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駆除人  作者: 花黒子
~極地にて見つめ直す駆除業者~

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288話


 レベルがなくなったリハビリは順調だった。

 そもそもレベルがない前の世界の身体に戻ったようなものだったからだ。ちゃんと身体を動かして慣れていく。全力で走っても、全然スピードは出ないし、めちゃくちゃ疲れる。

「これが普通のアラサーの身体だよな。人間らしいや」

 前の世界と違うのは、魔力があることくらいか。

 スキルもないので火魔法は使えなかったが、魔力の壁でボール作るのはできた。ものすごい小さいやつだけど。ただ、魔力の消費量が激しい。

「7日後に転生するんだろ? だったら、もっと身体を鍛えないとなぁ」

 アイルが不敵に笑いながら、『修行プログラム』と書かれた紙を渡してきた。

 今回のレベルをなくした理由は転生前に身体を、転生後の身体と同期するためだ。現在、ベルサとヨハンとともにすくすくと人工子宮の中で育っているホムンクルスと俺はほぼ同じにならないと、魂が拒否反応を起こす。

「気持ちだけ受け取っておきまーす」

 『修行プログラム』は俺の尻ポケットに入れた。

「な! ちゃんと筋トレしないと、転生した後、動けなくなるぞ」

「アイル、俺がレベルをなくした理由がわかっていないようだけど、生まれたての身体は筋トレしてないんだよ」

俺の目的は転生し直すこと。魂を引っ越しさせてようやく、転生できるわけだ。一応、レベルがなくなってから股間をイジってみたけど、EDのままだ。

「じゃあ、なんでダンジョンの中を走ったりしてるんだ?」

「あれは筋トレじゃなくて、自分の身体に慣れるためだ。転生後もちゃんと動けるようにね」

 アイルは遠くを見て考えていたが、「転生後は鍛えてもいいのか?」と聞いてきた。

「それはいいだろうけど、できたてホヤホヤの身体に無茶はさせたくないよ」

「でも、できるんだな。そうか、じゃあ転生後にしよう。フフフ」

 アイルは転生後の俺のスケジュールを勝手に決め始めた。

「待て待て! なにをさせる気だ!?」

 アイルに聞いたが、「フフフ」と笑いながら、どこかへ消えてしまった。

「転生後の食事なんですけどね。スープを中心に身体に吸収しやすい料理をコマさんに教えてもらったので予定組んでおきましたけど、いいですね? もちろん、精のつくものが中心ですから」

 いつの間にか、俺の横に立っていたセスが聞いてきた。予定を作ってしまっているようなので、俺としては文句の言いようがない。

「よ、よろしく」

「それから、服のサイズなんですけど……」

 セスの隣にいたメルモが口を開いた。お前ら一体どこから現れたんだ。

「今、育っているホムンクルスのサイズを考えると、ちょっと社長の今の身体よりも小さいかもしれないそうで、採寸し直さなきゃならないんで、転生後はしばらくじっとしていてください」

 至れりつくせりで転生するのか。

「いや、ちょっと待て。お前ら、独り立ち計画はどうした?」

「しますよ。ただ、社長が転生し直した後でもいいかと思って」

「その方がアドバイスもすぐにもらえるし楽だってベルサさんが……」

 ロクな先輩じゃねぇな。

「全部、自分で責任を持って仕事しろよ。世界中旅してきて顔見知りが多いんだから、チャンスなんだぞ」

「わ、わかってますよ」

「べ、別に今すぐやらなくてもいいじゃないですか……ちょ、ちょっとくらい心の準備が必要です」

仕事もこなして自信をつけたと思っていたが、2人とも不安になって俺のところに来たのか。

「俺だって転生できずに死ぬ可能性だってあるんだ。ちゃんと俺がいなくても仕事できるようにな」

「仕事はできるんですよ!」

「そう仕事はうまくいってるんですよ!」

 2人ともそう言って、大きくため息を吐いた。

「じゃあ、なにがうまくいってないんだ?」

「相談する相手がいないんですよ。アイルさんは鍛えればなんとかなると思ってるし」

「ベルサさんは迷ったら社長に聞け、としか言わないから」

 役に立たない先輩たちだな。

「わかった。あの2人には俺から言っておく。ただ、お前らも間違っているのかどうか、正しいのかどうか、それは自分で決めろ。そのために世界中を旅していろんなものを見てきたんじゃないか」

「「そうですけど……」」

「俺だって間違えることもあっただろ? それでも前には進むんだよ。うだうだしてなにもしないことこそが悪だ。まずやり始めろ。失敗したって、この会社はたぶん潰れないから」

「はぁい」

「ほぁい」

 セスもメルモもわかってはいるのだが、一歩踏み出す勇気が足りないようだ。

「レベル100を超えているような奴らが、うじうじするなよ! 俺なんかレベルがなくなったって、前に進んでいるからすごいハイテンションだぞ!」

 俺は「うっひょー!」とジャンプしてみせた。

「ひ、低い!」

「ぜ、全力でそのジャンプ力、面白すぎるぅ!」

 完全にバカにされたが、しょうがない。

「あ、そうだ。お前らには俺のアイテム袋の管理と魔法陣帳を託しておく」

 俺はアイテム袋と魔法陣帳をセスとメルモに渡した。

「俺はアイテム袋を使っても魔力消費しちゃうから、もう使わない。魔法陣帳はいいタイミングで使うように、な」

「はい、わかりました!」

「はぁーい!」

 こういうところは素直だ。2人は協力して仕事をしていけば、ちゃんと世間に評価されていくだろう。

「いいか。俺はどこにいても……いや、やめておこう」

「なんですか?」

「なにをいいかけたんです!?」

「自分たちで考えろ! それも修行だ!」

 俺がどれだけ応援しようと、セスもメルモも自分たちで壁を乗り越えていくしかないのだ。


 俺は自分の次の体を見に行った。

「おつかれっす~」

「お、レベルをなくした男が来たか」

 机に座って、論文を書いていたベルサが振り返った。

「どうですか? 身体の調子は?」

 人工子宮の中の様子を観察していたヨハンが聞いてきた。

「悪くないよ。レベルがないこと以外は絶好調だね。そっちはどう?」

「順調って言いたいところだけど、もしかしたら育ちきらないかも……」

 ベルサが人工子宮の中を見ながら言った。

 赤く半透明の人工子宮は天井と床の台座に繋がれていた。その中には5歳児くらいの俺の身体のシルエットが丸まって眠っていた。

「ナオキの血の魔力量がちょっと多すぎて、薄めたりしないといけなかったから調節に時間がかかったんだ。転生日には青年くらいにしかなっていないかも」

 ベルサが説明してくれた。

「そうか。じゃあ俺は若返っちゃうな!」

「せいぜい今のうちに、その身体を楽しんでおくことだ」

「あ、セスとメルモの相談に乗ってやれよ。先輩なんだから」

「私とアイルよりしっかりしている後輩たちに言うことなんてないよ。あの2人ならちゃんとやるさ」

 ベルサはそう言いながら、干し肉をかじっていた。セスとメルモがベルサのために用意してあげたものだろう。

「ハハハ、それは違いない」

「あ、そうだ! ナオキさん、光の精霊様がお礼言ってましたよ」

 ヨハンが言った。

「お礼なんて言われる筋合いはないよ。こっちがお礼したいくらいだ」

「いやいや、ナオキさんからレベルがなくなった時に、行き場を失った大量の魔力が光の精霊様の部屋にあるダンジョンコアに充填されたそうです。『保つわ! あと100年は』と喜んでいました」

「まぁ、役に立ってなによりだ。今度、転生し直したらなんか貰おう」

 新しい身体の方も順調そうなので、俺は基地に戻ることに。


 若いネクロマンサーたちは同世代の研究者たちに刺激を受けて、薬学や歴史などを吸収しているようだ。

「転生の準備はすでに完了しています」

「いつでも言ってください」

 初めてみたときは警戒心丸出しで厄介な奴らが来たと思っていたが、ケルビンさんがアイルの言う死者の国の防衛策を聞き始めてから、一気にこの基地に馴染んでしまった。

 転生に必要な儀式に使うものも、うちのアイテム袋の中身と基地の研究者が用意してくれたものでまかなえるらしい。ポーラー族たちは俺がレベルをなくしたことでEDを深刻に受け止めてくれるようになったし、転生についても非常に協力的になってくれた。

 清掃や駆除の仕事も、特にレベルが必要というわけでもないので、基地内の依頼についてはこなせた。レベルがないおかげで、より食事、掃除、洗濯のひとつひとつが大事に思えてきた。そうすることでレベルのない身体にも馴染んでいった。

 転生日が近づくにつれ、転生前にすべきリストをどんどん消していく。準備は怠らない。仕事も同じ。いつもの日常と変わらず、生活を大事にしていくだけ。

「あとは最悪の場合も考えて、神々の報酬についてだな」

 それについては、すでに俺の中では決まっている。


 コンコン!


「なぁ~、ナオキくんか。その後、身体の調子はどうだ?」

 セイウチさんはいつものようにドアを開けて自分の研究室に俺を迎え入れてくれた。

「いいですよ。セイウチさん」

「そろそろか、なぁ~?」

「ええ、もうすぐ転生日です。もう会えないかもしれないので、神様たちに挨拶を、と思いまして」

「そうか、なぁ~。わかった」

 セイウチさんはいつものように部屋を明け渡してくれた。

 俺はドアがしまったのを確認して、ガラクタ置き場の中から神様の青年像を取り出した。

「神様」

 魔力をあまり込められないためか、呼びかけても神様の青年像は動き出さなかった。それでも、聞いているだろう。

「報酬についてですが、土の勇者の駆除は雨という形で貰っています。それ以降の水の勇者、南半球の悪魔の残滓、それから火の勇者、風の勇者については受け取っていません。悪魔の残滓については邪神から貰ったほうがいいかもしれませんが、とりあえず、こちらの要求は4つ、書いておきました」

 そう言って俺は紙を取り出し、机に置いて神様の青年像を重しにした。

 内容は非常に単純。

『アイルはアホなので時々様子を見て、死なないように命を守ること。

 ベルサも同様にアホなので、時々様子を見て健康管理を見守ること。

 セスはしっかりしているように見えて女に騙されたりすることがあるので、メンタルを守ること。

 メルモはなかなか前に出ないので、ちゃんと自信を持ってやりたいことに突き進んでほしいので、失敗してもくじけないように見守ること。

 俺が仮に死んだとしたら、この4人が会社を続けていくことは奇跡だと思っているので、上記を奇跡として神々に要求する。   ナオキ・コムロ』

 社長としてできることなんか、神々に願うことくらいだ。

 4人とも勝手に生きていきそうだが、俺が神々からの報酬として考えられるのは4人の生活のことだけだった。

「俺が自分で決めたことですから神様が罪悪感をもつ必要はありませんし、邪神がバカにする必要もありません。それじゃあ、転生し直してきます」

 そう言って俺は部屋から出た。


 転生日、当日。

 俺が若いネクロマンサーたちとダンジョンに向かう時、ポーラー族たちが見送りに来てくれた。

「必ず帰ってくるんだ、なぁ~」

「大丈夫よ。なるようになるわ」

「正直、こんな形で予知が的中していくとは思っても見なかったです。大丈夫。僕の予知ではナオキさんがこの基地で笑っている姿が見えますから」

 セイウチさん、コマさん、オタリーが握手をしながら背中を押してくれた。

「ナオキ殿の転生を見届けたらワシも勇気を出して、腹違いの弟に会うことにしたんじゃ」

 ショーンさんも声をかけてくれた。


 ダンジョンに入ると、セスとメルモが護衛についてくれて、ホムンクルスの部屋まで案内してくれる。まったく順調そのものだ。

 部屋に入ると、すでに俺の新しい身体は人工子宮から出されていて、台座の上に寝かされている。15歳くらいの俺が同じツナギを着ていた。心臓も動いているし、息もしているようだが目をつぶって動かない。

「汚れているのもなんだと思って、身体を拭いてスペアのツナギは着せておいたよ」

 ベルサがやってくれたようだ。

「ナオキだけ、2回も転生するなんてずるいけど、ちょっと楽しみだな」

 アイルは転生することに関しては腑に落ちていない様子だが、現実は受け入れるようだ。このあと地獄の修行が待っているのかと思うと、転生するのがちょっと嫌だ。

 セスとメルモは食事の用意し始めている。ヨハンは腕を組んで、ただ笑みを浮かべて様子を見守っていた。失敗する要素がないと思っているのか、やるだけのことはやったと思っているのか。

 新しい身体が寝ている台座の前に机が置かれ、俺が寝ることに。

「意識が邪魔なので、眠っていただけると助かります」

 ネクロマンサーが言うと、「ちょっと待て」という間もなく、速攻で社員たちに取り押さえられ、眠り薬をかがされた。

 あっさり俺は机の上に寝かされ、ブラックアウト。


 夢の中にいるような感覚のまま、俺は意識を取り戻した。

耳元でお経のような声が聞こえてくる。

 聞いているうちに、シールが剥がれていくように俺の魂と肉体が離れていくのを感じた。

 宙に浮かんでいる俺の魂を、うちの社員とヨハン、ネクロマンサーたちが見ている。手を振ったら驚くかな?

 動いてみようとしたが動けず、シンメモリーのような白い球体に囲まれてしまった。

 お経のような声が大きく、激しくなる。

 まるでジェットコースターにでも乗っているような感覚で、俺は新しい身体へと入っていった。

 頭は頭に、胸は胸に、腹は腹に、腕は腕に、腰は腰に、足は足に、くっついていくの感じた。手の指先、足の爪先までしっかり魂と肉体が張り付いた瞬間、俺は転生が成功したことを感じた。

 あっさりと、なにか不備が起こることなく、転生が終わった。


 目を開けると、部屋の天井が見えた。

「ナオキ!」

 アイルの声が聞こえる。

 前の俺の身体から血の臭いがしている。ボロボロだったからな。

 ゆっくりと身体を起こす。手はひんやりとした台座の冷たさを感じる。

 口が異常に乾いていたが、鉄のような味がした。

 五感は無事に揃っているようだ。

 大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 手の指、足の指も問題なく動く。

「よし!」

 俺は立ち上がって、未だ硬い頬の筋肉をほぐして、笑みを浮かべた。

「よう! 元気か?」

 そう言うと、その場にいる全員が笑みを浮かべた。


次の瞬間、床になにかの魔法陣が浮かび上がり、光り輝いた。

俺は咄嗟に目をつぶり、全身に力を込めた。


……。

…………。

特になにも起こっていない。痛みもないし、地面が揺らいでいる感覚もない。


「ったく、せっかく運んできたっていうのに、なにやってるのよー」

 聞いたこともない声だった。

 目を開けると、真っ白な空間だった。四方八方上下左右まるでなにもない白い空間が広がっている。

 そこにひとり白い修道女のような服を着た女性が立っていた。

「どちらさんですか?」

「どちらじゃないわよー。あんたを連れてきたのは私よ~、忘れちゃったの? コムロ?」

「もしかして空間の精霊ですか?」

「正解!」

 俺は転生した途端、空間の精霊に攫われたようだ。



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