255話
昼飯のあと、俺たちはシンシアが御者をする幌馬車に乗り込み、一路ノッキングヒルへと向かう。
男性陣は眠っていて、女性陣3人は御者台のシンシアと話していたようだ。
夕方起き出して、今夜は荒れ地でキャンプ。フィーホースを休ませるためにもゆっくり移動する方がいいだろう。
他になにもない真っ暗な中でバーベキューをしていると、盗賊や魔物などが寄ってくる。近づいてくる前に倒していたのでシンシアは気づいていなかったが、マルケスさんとシオセさんは「なんの魔法だ?」と聞いてきた。
「いや、石投げてるだけですよ」
探知スキルの範囲内に入ってきたら、小石を拾って投げているだけだ。盗賊は服とか防具があるから命までは取らないが、魔物はちゃんと夜食になっている。
「生き残った盗賊はどうしてるんだ?」
マルケスさんが聞いてきた。
「セスを見てればわかりますよ」
セスはバーベキューの肉を焼いている片手間に、盗賊の身ぐるみを剥いで、街道の脇に時々生えている木にくくりつけていた。
「君らはずっとこんなことをやってたのか?」
シオセさんが聞いてきた。
「だって、衛兵に渡すのには馬車のスペースがないし、地面に捨ててたら魔物に食われちゃいますからね。明日、ここを通る商人とか衛兵が見つければ、拾って帰るでしょう?」
俺の説明に、マルケスさんとシオセさんは若干引きつつも納得していた。
女性陣はシンシアの結婚生活に興味があるようで、熱心に聞いている。だいたい「男というのは指示されないと動かないし、女の気持ちなんて察することはない」ということをいろんな言葉を使って言っていた。聞いちゃいられないので、早々に寝る。
翌朝、濃い霧の中、しっかり朝食を取ってから出発。
今日はセスが御者台に座って、シンシアの教えを受けていた。俺は暇な荷台で、石鹸作り。女性陣はさんざん飲み明かしたらしく、眠っている。
マルケスさんとシオセさんも石鹸作り。細菌の話をしたら、積極的に参加してくれた。
「僕も死なないとはいえ、風邪は引くからね」
「回復魔法や回復薬でも治らない病気があるのは知ってたが、まさかそんな小さな魔物がいるとはなぁ」
2人とも感心しながら手伝ってくれた。
途中で昼飯を挟み、日が傾いてきた頃、ようやくノッキングヒルに到着。やはり道が舗装されてかなり早く着いた気がする。
ノッキングヒルに近づくと道は広くなっており、町には馬車がひっきりなしに出入りしていた。
「町も広くなってるなぁ」
新しい建物が、門の外にも広がっている。
「交易の要の町だからね。アルフレッドの爺様は城で待ってると思うけど、城まで送っていく?」
シンシアが聞いてきた。
「いや、冒険者ギルドまででいいよ。町の様子も見ておきたいから」
「わかった」
アルフレッドさんに会ったら、そのまま依頼を押し付けられる可能性があるので、その前に下見をしておきたい。
シンシアとは冒険者ギルドの前で再会を約束して、別れた。
「ダークエルフの奴隷が多いね」
アイルが周りを見て言った。
確かに、町には布面積の少ない服を着たダークエルフが多い気がする。皆、痩せていて食べ物を売る商人を見て喉を鳴らしながら、奴隷商に連れて行かれていた。
「よほど空腹なんだな」
冒険者ギルドの掲示板を見ても、奴隷商の護衛の依頼や密入国者を取り締まる警備の依頼など、魔物討伐の依頼よりもダークエルフ絡みの依頼が多かった。商人ギルドからも護衛の依頼が山ほど来ているようだ。
「これは奴隷というよりも難民じゃないか?」
こんなのただの国際問題だよ。
「全員集合」
俺は一度マルケスさんとシオセさんも含め、全員で円陣を組んだ。
「今一度、確認をしよう。俺たちは清掃・駆除会社だ! 国際問題には関係がない! いいな!」
「「「「おおっ!」」」」
全員の意思統一をした頃、衛兵が数人、誰かを探すように冒険者ギルドに入ってきた。
「ここに青い服を着た業者が数人紛れ込んだと聞いたが!?」
「隠してもろくな目に合わんぞ!」
「確かな情報は入ってきているんだ。さあ、姿を現せ!」
衛兵たちが口々に声を上げた。
冒険者ギルドは依頼を受ける冒険者と、依頼を出す商人とでごった返していたが、すぐに視線は俺のツナギに集まった。自然と人混みに分かれ、衛兵と俺との間に道が出来上がる。衛兵は片頬を上げて笑い、「さあ、来るんだ!」と俺の腕を掴み、強引に冒険者ギルドから出された。
「大丈夫。逃げないよ。城だろ?」
「いいから、来い!」
衛兵はなかなか俺の腕を放してくれない。
後ろにいるうちの社員は自分に触ろうとした衛兵の頭をアイアンクローしたり、衛兵が持っている鉄の槍を曲げたりして遊んでる。マルケスさんとシオセさんはその様子を見て爆笑しながら、ついてきている。気がついていないのは俺の腕を掴んでいる衛兵だけだ。
「どうしてそう堪え性がないんだ。まったく……衛兵さん、絶対に振り返るなよ」
「はぁ? なにを言っている?」
「このまま俺をアルフレッドさんに指示されたとおり、城に連れていけば危害を加えるつもりはない。いいか? この腕を放すな。なにが聞こえても決して振り返るな。長生きするコツだ」
「な、なんのことだ!? なぜアルフレッド氏のことを?」
俺の腕を掴んだまま衛兵はちらりと後ろを振り返って立ち止まって絶句。
ちょうどアイルが気絶した衛兵たちを冒険者ギルドの建物の屋根に放り投げているところだった。
「あ~、見ちまったか。応援を呼んでもあまり結果は変わらない。おとなしく城に連れて行ってくれるか? たぶん君の仲間は冒険者ギルドの職員が介抱してくれるはずだ」
俺がそう言うと、腕を掴んでいた衛兵はこくりと頷き正面を向いて黙ったまま、城へと案内してくれた。途中で異変に気づいた他の衛兵たちがこちらに向かってきたが、俺たちの先頭を歩く衛兵が手で制し、止めていた。
城の中に案内される頃には、なぜか俺たちの後ろには民衆が集まり列をなしていた。なにかが始まることに気がついたのかもしれない。
「こちらです。アルフレッド様、件の者たちを連れてまいりました!」
「ん、ご苦労。ん~? なんだ減ってないか?」
顔の半分が歪んだ老人が振り返った。老人が手をついているテーブルには地図が広げられ、まるで戦でも始めるように騎馬を模した駒が並んでいる。テーブルの周囲には賢そうな貴族たちが厳しい顔の皺をさらに深くしながら地図を睨んでいた。
「来たか、コムロカンパニー。早速やってくれたな、衛兵は何人やられた?」
アルフレッドさんが衛兵に聞いた。
「必要最小限ですよ」
「ふむ、衛兵1人を一人前にするのに、いったい軍費がいくら掛かると思ってるんだ? 教育費に食費、鎧、槍、その他装備品。お前らにそれを奪っていい権利があるとでも?」
出会って早々にマウントの取り合いだ。
「不毛な問答は止めませんか? 難民が出てるんでしょう? 俺と遊んでいる暇はなさそうです。状況の説明を」
あぶねー、町を見ておいてよかった。
「現状、黒いバレイモの悪臭がウェイストランドに広がっている」
黒いバレイモ? 病原菌か?
「エルフたちは、ウェイストランドが我々ルージニア連合国と交易を始めたため、さらに呪われたと言っているそうだ。純度の高い回復薬をかけても治らん。高名な僧侶に解呪の魔法や祈祷を使わせたが、まるで呪いは消えん」
「人的被害は?」
俺がアルフレッドさんに聞いた。
「すでにウェイストランドでは餓死者が出ている。口減らしのためダークエルフの若者たちが奴隷となってルージニア連合国に逃げてきているのをこの町で見ただろう。それも受け入れられなくなるのも時間の問題。状況は、打つ手なしだ」
「黒いバレイモはルージニア連合国には入ってきているんですか?」
さらに聞いた。
「いや、それは瀬戸際で防いでいる……はずだ。時間の問題かもしれん。すでに、このヒルレイクの国の管轄を超え、ワシら中央政府が仕切っている。まったく予期せぬ事態だ。頼む、コムロカンパニー、ダークエルフの国・ウェイストランドを救ってくれ」
アルフレッドさんにしてはやけにストレートな物言いだ。それだけ切羽詰まっているということか。
「意外ですね」
「なにがだ?」
「アルフレッドさんがなにも策を使ってこないので驚いています」
俺が正直に言うとアルフレッドさんは笑った。
「言ったろ? やれることはやった。植物学者にも呪術師にも意見を聞いたが、それでも解決策が見えてこない。謀略を使って解決できるなら、ワシもそうしているが……コムロカンパニーに対して値切り交渉をするくらいしか思いつかん」
アルフレッドさんは悔しそうに拳を握った。怒りながら値切られてもなぁ。
「ダークエルフたちはバレイモに依存しているんですね?」
俺は確認するように聞いた。
「そうだ。ウェイストランドの30パーセント以上の畑で育てている。呪いは日を追うごとに広がっている。実際のところどう思う?」
「どうって言われても……回復薬や祈祷が効かないなら、呪いじゃなくて病原菌だと思いますよ。調べてみないことにはわかりませんけどね」
「病原菌というのはなんだ?」
なんと説明したものか。
「目に見えないくらい、ものすごい小さなキノコの一種ですかね?」
「そんな小さいものがこんなに影響を及ぼしていると?」
「十分に、ありえる話です」
「キノコ学者に頼めばよかったのか? いや、そんな学者はいないか……それで助けられるのか?」
このままいくとせっかく始めたウェイストランドとの交易も再び断絶しかねないようだ。周囲の貴族たちも脂汗をかいている。
「俺たちは清掃・駆除業者です。国同士のことはわかりませんが、駆除できるものは駆除していきます。どうせ、エルフの里に行かなくてはなりませんし」
「ふん、エルフなど当てにならん。聞く耳を持つなよ!」
アルフレッドさんの怒気を含んだ声で言った。
「エルフの里がどうかしたんですか?」
「ウェイストランドの食料輸出禁止に反対してやがる。ウェイストランド内に土地を持ってるから収入が減ると思っているのだろう。ダークエルフが食べる食料がないっていうのに、輸出する食料は確保してるんだから、無茶苦茶だ。どうやらテロリストを作りたいらしい」
アルフレッドさんは歪んだ顔をさらに歪めた。よくわからないがエルフが悪いことをしているらしい。
「心配なさるな」
突然、後ろで話を聞いていたマルケスさんが口を開いた。
「食は生きる基本です。生きるためにはなによりも大事にしなくてはいけない。それを守るためにコムロカンパニーは依頼をやり遂げますよ。必ずね」
なに勝手なことを言ってるんだ、マルケスさん!
「ハハハ、面白い奴を雇っているな。これで引けなくなったぞ、ナオキ」
アルフレッドさんが笑った。
「勘弁して下さいよ。マルケスさん! もう、これ以上プレッシャーをかけられないうちに行きますね」
「おう、これ持ってけ」
アルフレッドさんが、黒い革の手帳を渡してきた。
「今からルージニア連合国の特使に任命する。国境線でこれを見せれば通してくれるはずだ」
俺は黒革の手帳を受け取ってポケットにしまった。
「それからウェイストランドにサブイが潜入している。手が足りなかったり情報が欲しければ、宿の窓に風ぐるまを差しておけ」
サブイとはアルフレッドさんの馬車で御者を務めていた人で、たしか元盗賊という経歴の持ち主だ。
「わかりました。他になにかありますか?」
「このままだと、世界からダークエルフが半分消える。頼んだぞ、コムロカンパニー」
なんというプレッシャーをかけてくるんだ、まったく。
俺たちはとっとと城を出た。
「マルケスさん、できるかどうかわからないことを言うのは止めてくださいよ」
社長として、マルケスさんに注意しておく。会社の信用に関わる。
「大丈夫、コムロカンパニーならできるさ。それにバレイモがダメになってもキャッサバがあるしさ!」
マルケスさんはそう言って親指を立てた。齢300歳を超えた出向社員の屈託のない笑顔に思わず笑ってしまう。
道の端にはダークエルフの奴隷が奴隷商の後ろを歩いている。笑っていられるのも今のうちかもしれない。先が思いやられるなぁ。




