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駆除人  作者: 花黒子
~南半球を往く駆除業者~

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190話


 花が一つ咲けば、他の蕾も花開く。

 一週間ほどで、世界樹は満開となった。

 俺たちはただ見とれるばかり。

 人だけではない。

 世界樹の下層部を住処にする魔物たちもプラナスの花に見とれているようで、争う音も聞こえなくなった。

 自分たちだけで楽しむには惜しいので、ドワーフたちも呼ぶことに。

 セスに連れてこられたメリッサとドワーフたちは、新年の挨拶もそこそこに、満開の世界樹を見て声を失っていた。

 上層部の枝でメリッサの酒を飲んでいると、ふらりと神様が現れた。

ドワーフたちにも普通の村人風に見えているようで、ただ「どうも」と言っただけで、あまり関心がない様子。神様の幻惑スキルなのか、精神操作スキルなのか知らないが、ドワーフたちは崇めることも大騒ぎすることもなかった。

「いやぁ、咲いたねぇ~コムロ氏。神の特権だね、これは」

 何が神の特権なのかは知らないが、勝手に俺の盃を奪って口をつけている。

「うん、なかなか美味しい酒だ」

 神様は俺の隣に座って、世界樹の花を見上げていた。俺も同じようにプラナスの花を見上げた。

「最近、どうですか?」

 神様と一緒に酒を飲み、芋餅を食べていたら、久しぶりにあった学生時代の友だちを思い出して、普通のことを聞いてしまった。

「最近、大変だねぇ。新しいスキルを作ったり、水の精霊の後任を探したりさ」

「あ、水の精霊のときの報酬忘れずに。あとで請求しますから」

「ハハハ、コムロ氏にもまだ欲しいものがあるんだね」

「ありますよ、そりゃあ。人間ですからね」

「人の願いはなくならないか……フフフ、邪神の部下の残り滓ともうまくやっているようだね」

 神様は幹の方を見て言った。悪魔の残滓が見えているのかもしれない。

「どうですかね? とりあえず、仕事の邪魔をしないので放っておいてます」

「ああ、そうか。だから、今ここに邪神がいないのか……」

 不意に周囲を見回して、神様がつぶやいた。

「なにかあったんですか?」

「いや、なにもない。大丈夫だ。僕はコムロ氏を信じてるし、コムロ氏も僕を信じてくれれば、なんの問題もないさ」

「あれ? 俺、今すでに邪神の罠に嵌められてます?」

「いや、邪神が嵌めようとしたのは僕だ。まぁ、それもコムロ氏がなんとかしてくれる」

「ちょっと待って下さいよ! 俺に何させる気ですか? 面倒はごめんですよ」

「いずれわかることだから。それよりも今は世界樹の花を愛でようじゃないか」

 はぐらかされてしまったが、なにか危険なことが待っているらしい。

「本当にあと1年は南半球にいるのかい?」

 少し寂しそうに神様が聞いてきた。

「そのつもりですよ。植物の種がちゃんと拡散していくのか見たいし、スライムの駆除も終わってませんからね。あ、前に見せてもらった、この星の縮小図を見せてもらえますか? あと、どこ回ってないのか確認しておきたいんですよ」

「構わないよ」

 神様は手のひらを広げ、この星の3Dマップを見せてくれた。

「ここがたぶんコムロ氏たちが抜けてきたダンジョンだ」

「ああ、土の悪魔が作ってるところですね。見ました?」

「うん、立派なのが出来ている。抜け道も完璧で、僕はそこを抜けてきたんだよ」

 面倒なので、俺たちも抜け道を使わせてもらおう。邪神の依頼で南半球に魔素を拡散しているのだから、そのくらいの権利はあるはずだ。

「南半球で行ってない大陸はあと一つか。あれ? この島、北半球と南半球にまたがってませんか?」

 赤道上に細長い島があった。

「ああ、ここはたぶん行けないから無視していいよ」

「なにがあるんです? 空間の精霊と関係のあることですか?」

 赤道にある壁は空間の精霊が作っているはずだ。

「まぁ、そうだね」

 空間の勇者でも住んでいるのだろか。

「傷を抉ることになるだろうから、あまり、ね」

 神様もなにかに気を使うんだな。

「……儚いね」

 話題を変えるためか、唐突に神様が言った。酔っ払っているのかもしれない。手に持った盃は、何度飲みほしても、次の瞬間には酒が満たされている。

「急にどうしたんですか? 酔ったんですか?」

「そうかもしれない。コムロ氏がいた世界ではサクラっていうんだろ? 人の命も世界樹と呼ばれるサクラも僕には儚いよ」

 いつから神様がいるのか知らないが、長いタイムスケールで生きている者にとっては、人の一生も、世界樹の一生もほんの一瞬に見えるのだろう。

「酔ったから、帰る」

 自由だな。神様は言いたいことを言って、俺に盃を返してきた。

 大きな花弁が一枚ひらひらと落ちてきて、盃の上に乗った。大きすぎて盃の中には入らず、蓋になってしまった。

「これじゃあ、飲めませ……帰ったのか」

 神様はいつの間にかいなくなっていた。盃の上の花弁は神様から「飲みすぎるなよ」というメッセージだったのかもしれない。

「そんなわけないか! 飲んじゃおう!」

 その日はドワーフたちと飲み明かした。


 翌日、酷い二日酔いで足元が覚束なかった。

「懲りないね。同情の余地はないよ」

 ベルサが言った。ちなみに、アイルもボウも二日酔いでフラフラだった。

 現在、下層部の拠点には分裂した発光スライムが溢れるほど飼育され夏を待っているので、俺たちは少し離れた場所にテントを張って寝泊まりしている。初めて世界樹に来たときはもっと危機意識が高かったはずだが、すでに植物や魔物の調査もほとんど終わり、どこが危険なのか、何が危険なのか、わかっている状況なので、世界樹がコムロカンパニーの庭と化している。見上げれば、満開のプラナスの花が咲いていて、少し薄暗い。

 「ただいま戻りました」

 セスが空飛ぶ箒で下りてきた。ドワーフたちを送り届けてくれていたようだ。


 朝飯を食って、作業開始。俺たちは最後の追い込みと思って、発光スライムたちに種団子を食べさせていく。すでに、上層部辺りまで飛んでいってしまっている個体もいるが、まだ寒いのか山脈を越えて飛んでいく奴らはいない。

「花に隠れて日光が届かないのもあると思うけど、追い風が吹いてないのもあるだろうね」

「花が散ったら、焚き火をしようか」

 ベルサと俺の意見で、大体の計画が決まった。焚き火で上昇気流を作って発光スライムを飛ばそうという計画だ。

 冬に上層部から落ちてきた朽木や枯れ葉などのゴミが溜まって山になっているので、焼いてしまいたい。

「焚き火というか、野焼きになっちゃうんじゃないですか?」

「フハ、ナオキは焚き火の規模が違う」

 リタとボウにツッコまれながら、冬の間に溜まったゴミを集めた。リタの水魔法があるので火事になることはないと思っている。最悪の場合、俺が魔力の壁で覆って空気を抜けばいいだろう。

 雨に降られて湿ってしまうと焚き火が出来ないので、誰かが魔力の壁でゴミ全体を覆うことに。じゃんけんで俺に決まった。

「なぜだ? 一発で決まるとは!」

 俺は自分の握った拳を呪った。とはいえ、雨が降った場合だと高をくくっていたら、2日後雨が降ってきた。

 カミナリを伴う激しい雨が、世界樹の花弁を落としていった。下層部の森にも川にも花片が流れていき、谷の終着点にある風呂がサクラ色の池に変わる。

丸一日、俺はゴミを守り続け、花の隙間から星空が見えた。

 周囲も湿っているので、社員を全員起こして、急いで焚き火の準備を始める。空が白み始める前に、焚き火開始。すぐに火の光に誘われて発光スライムが集まってくる。火の中に飛び込まないようにアイルが光魔法で誘導しつつ、朝日を待つ。

 焚き火が発光スライムたちを温め、活動的になっている。

「そろそろか」

 西の山脈が朝日に照らされ輝き始めると、焚き火の上昇気流に乗って、発光スライムたちが一斉に飛び上がった。

 完全に陽の光が下層部まで差し込むと、シャボン玉のような発光スライムの群れが勢い良く太陽に向かって飛んでいく。

雨に負けずに咲いていた花も、山からの風に吹かれて舞い散っているなか、発光スライムは花弁を振り払い風に軌道を変えられながらも高く高く飛んで、山脈を越えていった。

 

 下層部に日光が届けば、植物もミシミシと音を立てて成長し始める。枝葉が伸び、見る間に青々とした森に変わっていった。

上層部の挿し木もまっすぐ太陽に向かって伸び始める。

まるで現実感のない光景に、俺たちは静かに興奮していた。

「どんな光景になるか想像していたけど……想像以上だな……」

「すごい臭いだ。うぅ……」

 ボウは立ち込める青汁のような新緑の臭いが苦手なようだ。

 発光スライムが飛んでいけるように、通り道だけは確保した。

ちょうどその通り道に日が差し込むと、発光スライムも列をなして勢いよく飛び出していった。

 発光スライムは山脈よりも高く飛んだところで、ようやく寒さに気づくのか、風に吹かれて東に流されていく。昼を過ぎると、風向きが変わるようで、北へと飛ばされていった。


 日が暮れて、焚き火を消し発光スライムの流れも落ち着くと、今度は大型の虫系の魔物の卵の孵化が始まった。

 バリバリバリ、ミキャミキャミキャ、ジュルジュルジュル。

 そこらじゅうから、色んな種類の卵が割れる音が聞こえてくる。ライトワームがまだ腐葉土の下にいるため世界樹は暗く目では確認できないが、探知スキルで、孵化した魔物の幼虫が川や発光スライムがいなくなった風呂の跡に潜っていくのが見えた。幼虫と言っても、ヤゴの魔物やカマキリの魔物は小型犬くらいはあり、共食いも始まる。生まれたばかりだというのに、厳しい現実の中で生きていかねばならないらしい。

 大発生したり、環境や他の魔物に害がなければ弱肉強食ということで、放っておくことに。


 一週間も経つと世界樹の葉が生い茂り、発光スライムの通り道も塞がれ、昼でも下層部はかなり暗くなった。残った発光スライムの僅かな光と、地面の下から仄かに見えるライトワームの明かりだけ。

「どうやってライトワームは上層部と下層部の間に住みつくんだ?」

 ベルサが魔石灯を掲げながら、世界樹の葉の裏を見上げた。ベルサがわからなければ俺たちにわかるはずもない。

 上層部では初めて来た時と同じように、朝日とともに成長が終わり、日暮れとともに枯れていく植物も現れている。その枯れた木や蔓が上層部と下層部の間に溜まり、いろんな植物の葉が重なっていく。

 そこにライトワームが住みつくはずなのだが、特にそれらしいものは見当たらない。

 試しに、夏になったら解放しようと思っていた拠点の発光スライムを表に出してみると、腐葉土の中からライトワームを見つけ出して、貪り食っていた。食べ終われば、ふわふわと浮かび上がり、他の魔物が邪魔してこない世界樹の葉の裏で休んでいる。

 全員で様子を見に行く。

「ああ、そうか、発光スライムが運んでいくんだ。食べかすのライトワームが、ほら……」

 空飛ぶ箒に乗ったまま、ベルサは世界樹の葉の裏についたライトワームを手にとって見せてきた。発光スライムに食べられず、残ったライトワームが葉の裏で繁殖するらしい。


「それで、どうする? 春休み?」

 アイルが聞いてきた。ライトワームと発光スライムの関係性についてベルサが論文を書いている間、俺たちは暇だ。

 今後は世界樹の生態系が崩壊するようなことがなければ、基本的にここでやることはない。世界樹の花が咲き、魔素は花粉に乗って拡散しただろうし、種団子入りの発光スライムも山脈を越えて、飛んでいった。

「そう何度も休んでられないよ。飛んでいった発光スライムの行き先を確認するのと、南半球を探索しながらスライム駆除だ」

「でもそれって、ほとんど冬休みと変わらないじゃないか……」

アイルにツッコまれて「確かに!」と思ってしまった。

「……でも、もう皆、世界樹を経験して強くなったと思うから、二人一組で違う方角に手分けして行こう」

 そういうことになった。


 もしかしたら、この時、俺は世界樹を出るべきじゃなかったのかもしれない。すっかり神様が言っていたことも忘れていたのだから。


『まずいことになった! ナオキ、至急戻ってきてくれ!』

 唯一、拠点に残ったベルサから連絡が入ったのは、世界樹を出て8日目のことだった。

 


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