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6-4

 地平線から眺めるだけで「うへぇ」と言いたくなるほど、その森は鬱蒼としていた。


 地衣類が巻き付いたシダ類と槙の木は密度が凄まじく、惑星地球化(テラフォーミング)中期に酸素濃度を増やすため多様される物と似ている。


 というかそのものだ。どちらも頑丈で増やしやすいため、ガンガン植えて役割を終えたら有機燃料に転換するか、軌道爆撃で焼き払うようにしているのだが、それがそのまま残ったのであろう。


 それが禁足地となった北の森というのであれば、尚更なんかありそうじゃないか。この高緯度にあっても適応するよう品種改良した品ではあるが、手入れなしでここまで元気に広々育つようには作っていない。


 やっぱりここには、今もエルフが住んでいるのだ。


 そう言うと途端に神秘的に見えてくるから、人間の認知ってのは不思議なもんだよな。何十ものフィルターと数え切れないバイアス、色々な補正がかかって本当に危ない物であっても素敵に見えちゃうんだから困ったものだ。


 何はともあれ、エルフだエルフ。平和裏に接触できたらいいな。


 「こりゃあ難儀しそうだ」


 『偵察衛星が欲しいですね』


 といっても、上の電波は静かなもので生きている衛星は存在しないか、万が一に備えて生き残りが使えないよう隠匿されているのだろう。かつてはそれらを通じて広大な通信帯(ネット)と共通記憶領域に接続し、あらゆるデータを共有していた我々にとって今の世界は狭すぎる。


 問い掛けてみたとしてもナシの礫で、下手すると質量弾が降ってくるかもしれないから試していないんだけど、運良く一基くらい生き残ってない物かしら。


 せめて自前の人工衛星くらい打ち上げる設備が欲しいもんだ。


 まぁ、それができるなら宇宙進出できるので、大目的の一個が解決されるから、わざわざ地表を(つぶさ)に観察する必要もなくなるんだけどね。


 [どうする族長。森なら我等の領域だ。多少勝手は違おうが偵察はできるぞ]


 リデルバーディがそう提言してきたが、私はセレネが操るディコトムス-4 TypeIから送られてくる高解像度映像から現実に視界を戻し、首を横に振った。


 [人間に敵対的だからといって、テックゴブとすぐ仲良くなれるとは限らない。ここは細かく情報を探るべきだ]


 [だが、表でウジウジしていても仕方なかろう]


 [だから偵察するのさ]


 言っている間にセレネのディコトムス-4から小型の偵察ドローンが放たれた。今まで使っていた箱形筐体にティルトローターが生えた物ではなく、ピンポン球大の球体に蜻蛉めいた翅の生えた機体だ。


 軽量小型、小熱源で低騒音。稼働時間は六時間と短いし電波も半径30kmほどまでしか届かないが、気付かれずに偵察するなら、この乙種一型標準偵察ドローンは優れものだ。


 大体の外骨格には補助として一機か二機搭載されていた普及型偵察ドローンの傑作機であり、アップグレードされた工廠と電子戦機の登場でやっとこ運用できるようになった装備は、軍用という観点では物足りない部分が多いが、圧倒的利点が一つある。


 どれだけ喪っても惜しくないことだ。


 製造は簡単で、枯れた技術だけを使っていることもあって鹵獲されても漏れる情報はなく、同時に最低限のスペックを満たしている。


 正に前線を這いずる軍人にとっての頼れる目なのだ。


 ただ、小さいことと飛び方が独得なのもあって――ちょくちょく不意討ちに備えた乱数回避軌道を取る――ついた愛称が〝コバエ〟なのは可哀想だが。


 多分コレ、デザイナーは蜻蛉をイメージして作ったと思うんだよな。


 [君も見るか?]


 [この面覆いにはどうやっても慣れんな]


 単眼の彼でも立体視できるよう作った小型のバイザーを渡すと、飛び立ったコバエの機動と視界の差異に釣られたのだろう。体が右に左に動いているのがちょっと面白かった。


 [おっ、うおっ、おう……速いな]


 [小さいから尚更そう感じる。最大速度は群狼と大差ないよ]


 翅を震わせて飛び立った一二機のコバエは二機一組のバディを組んで、相互に監視し合いながら飛翔。半数は木々の上空を遊弋して情報を探り、残りが森へ静かに入り込む。


 森の内部は良くも悪くも普通だった。木々が繁茂し、ばら撒かれた動植物が生態系を構築していて上手く循環するよう作られている。


 リスといった小型の獣が這い回って若芽や虫を食み、その糞や死骸に落ちた葉と枯れた樹木を糧に分解者達がせっせと栄養を還元するべく蠢いていた。


 地球型惑星では有り触れた光景、標準パッケージに含まれない動物などが跋扈していないことに少し拍子抜けしたが、本当に普通の森だ。


 鬼が住んでいると言われてもあまり納得は……。


 『八番ロスト!!』


 「おっとぉ?」


 などと思った瞬間、暢気にしているのはそこまでだとでも言うようにドローンが一機機能を落とした。


 『電子戦ではありません。物理的に叩き落とされました』


 「拙い、バディの七番も落ちた」


 それは殆ど同時のこと。コバエは残念ながら視界が240°くらいしかないので――全体に視覚素子を埋め込むハウジングがない――死角をカバーし合うように合わせて跳ぶルーチンを組んでいたのだが、察知できずに叩き落とされるとは。


 空中を超高速で飛び回るコイツを、一体どうやって視認した? 光学迷彩こそ積んでいないが、小型なのと速度も相まって旧人類スペックでは余程注視しなければ気付けないはずだ。それ程に速度という名の装甲は分厚い。


 それを、二機同時に死角から、察知させずに叩き落とすとなると相当の兵器が必要になるぞ。


 それこそ対ドローン兵装やドローンキラーと呼ばれる、ドローンを狩るドローンでもなければ……。


 「って、五番、六番もロスト」


 『上空の三番、四番を潜り込ませます。何で撃墜されたかだけは確認……っ!? 三・四番ロスト!!』


 「馬鹿な、高空域に滞空させていたはずだぞ!」


 『待ってください、相互監視状態にあった一番と二番の映像を解析できそうです』


 クソッ、大量投入できる廉価品は、対応できる武装があった時に性能で負けると何もできなくなるから困る。今回は大量投入していたおかげで何とかなったが、半数を喪ってやっとヒント一つくらいでは割に合わんな。


 やはり空間掌握型のレーダーが欲しい。


 『これは……矢?』


 「いやいや、待て、突入組は時速200kmでかっ飛ばしてたんだぞ。散弾銃でも撃ち落とせない速度だ。況してやセレネ、見張り組は500mの高さだよ」


 『ですが上尉、データは嘘をつきません』


 視界に投影されるのは一番のドローンが撮影した物をコマ送りに編集したものだが……うん、俄に信じがたいが三番と四番に地上から打ち出された〝矢〟のような物が突き立っていた。


 しかも、あろうことか貫通して爆発四散させた上で、まだ上空に向かって飛んでいるのか一瞬で視界から消える有様。


 いやいや待て待て、初速何kmだよ、矢が出せて良い速度じゃないよ。何があったら命中して、あまつさえ貫いて吹っ飛んでいけるんだ。


 『一番、二番ロスト!!』


 「ああ、もう、勘弁してくれ!!」


 乱数回避を定期的に取っているドローンが次々撃墜される? ということは、敵は乙種義体並の反射神経と戦闘能力を持っていると見て言いだろう。


 そして、この矢はマギウスギアナイトが装備していた物と同じく、第二種致命兵装である可能性が高い。丙種の肉体では容易く貫通してしまうことだろう。外骨格を着ればマシにはなろうが、それでも危険であることに違いはない。


 『残存部隊も続々撃墜されています』


 「一方的に懐を探られるのは好みではない、か……致し方ないな」


 私はディコトムス-4との直結を解除し、後部に止めていた外骨格に潜り込む。


 『上尉、何を!?』


 「友好的に接することができるか、身を持って試してみるしかないだろう」


 『危険です!!』


 「なに、今の私は体に換えが利くんだ、そう心配することはないよセレネ」


 幸いにも現状のボディは斬首さえされなければ、大破しつつも逃げ帰ることができるし、回収用のドローンもあれば戦士団も控えている。何とでもなるさ。機械化人の強みをちゃんと活かしていかなきゃ勿体ないでしょう。


 『また無茶をしたがる……』


 「セレネ、君こそ丙種だった頃の記憶を引き摺りすぎて過保護になっていないないかい?」


 着ぐるみのように割れた背中に体を潜り込ませれば、体が定位置に収まったことを内蔵された疑似知性が感知して外骨格が封鎖される。同時に首筋に端子が伸びてきて、自動で直結された。


 OSと接続が即座に行われ、起動プロトコルは数秒で終了。民間人用の義体を着ていても、だましだまし装甲化した丙種外骨格があれば即死することもなかろう。増設したセンサー系統のおかげで知覚能力も向上するため、貰ったデータのマギウスギアナイトが如くホラー映画体験をさせられる心配もない。


 なに、ちょっとご挨拶に行くだけだ。そこまで心配しないでくれ。


 「まぁ、それに今回のアプローチは我々も少し無粋だった。誠意として姿を見せるくらいやってもいいだろう」


 『せめて護衛を連れて行ってください』


 「私と違って筐体に換えが利かないんだぞ、無茶はさせたくない。戦うとなったら仕方ないが、大人数で押しかけて敵意ありと勘違いされるのも困る」


 武器は最低限で良いか。太股の拳銃嚢に収めたレイルガンと単分子原子ブレードを帯び、遠隔操作で開かせたディコトムス-4の後部より飛び降りる。現在は多脚状態で立っているため3m程の高さがあるが、腰と膝のショックアブソーバーのおかげで着地の衝撃は殆ど感じなかった。


 『はぁ……言いだしたから聞かない人ですね、まったく』


 「苦労をかけてすまないね」


 『自覚してやっているなら、より性質が悪いですよ上尉。とりあえず、全員に臨戦態勢を取らせます』


 そこは絶対に譲らないと主張するセレネを否定することなく、私は一人で、歩いて森の境界まで赴くことにした。


 敵が異形のように一切会話が通じず、ただ殺し合うことしかできない存在なら仕方ないが、意思疎通の方法が違うだけですれ違っているのならば何とかしたい。


 何と言ったって我々は高次連の一員。知性体が大好きで、隙あらば同盟に引き込もうとする寂しがり屋の集団だ。


 それにエルフだぜエルフ。2,000円くらいで買えそうなCG集みたいに初手で森を焼きに行くような野蛮な真似をしたら勿体なかろう。


 さぁ、どんな出会いが待っているか、今から楽しみだ。


 「ノゾム! 僕も行く!!」


 「何かあった時に直ぐ助けに入れるよう、君が戦車隊を指揮してくれガラテア」


 「だけど!!」


 「隣にいてくれるのは心強いが、後ろに控えてくれることだって頼り甲斐としては大した物なんだ。頼むよ」


 護衛としてついてこようと指揮を任せていた有人型に改造した〝サシガメ〟の車長席から降りてこようとするガラテアを押し止める。


 戦闘が不可避となった場合、後方でちゃんと射撃できる人間がいるのは心強いものだ。特に彼女は操縦用のソフトをインストールして貰ったから、煩雑な操縦系統を操作しているテックゴブやシルヴァニアン達より即応性が段違いに高い。


 「……危なくなったら直ぐに撃つからね」


 「分かったよ、任意射撃を許可する」


 同じく心配性な戦友に権限を預け、私は心躍る足取りで森へと向かうのであった…………。




【惑星探査補記】乙種一型標準偵察ドローン。愛称はコバエ。危険な室内のクリアリング、上空からの斥候、休憩時の見張り番など多用途で活躍する小型偵察ドローンであり、多くの外骨格に標準装備されている。


 コンセプトは安価かつ使い捨ててても惜しくないであり、破壊されることも偵察活動の一つとして設計されている。  

2024/08/24の更新は15:00頃を予定しております。

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― 新着の感想 ―
[一言] 飛ぶドローンを撃ち落とせるのなら歩いてくる人間の眉間くらいスコーンと撃ち抜けそうだなあ
[一言] 名前が悪いよね コバエなんて駆除してくれと言ってるようなものさ
[一言] エルフといえば弓 でも、これは「必中」とか「貫通」の魔法使ってるんじゃない? 流石に素の能力でドローン打ち落とすってのは無理がある
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