9-1
二日間の空の旅は、焦れるように過ぎていった。
何せ〝天蓋聖徒〟の安堵どころか、惑星の覇権を決めるかもしれないのだ。ここで全てが転んだら、ヴァージルが笑う世の中になる。
それは避けたい。ヤツの野望が何かしらないが、碌でもないことをしでかしてきたヤツなのだ、どうせ碌でもないことに決まっている。
大方、世界征服とかそんなとこだろ。自分を神格化する準備といい、〝天蓋聖都〟だけで欲が止まったとは思えん。
まったく、未だに宇宙征服を企んでいる国家があることは知っているが、そんなに征服して何がしたいのかね。管理領域が増えて、住民が増す度に処理領域が膨らんで、十分に食わせて楽しませていけなければ常に反乱に脅えるがため、防止策でまた要らんリソースを食う。
これ程に不毛で面倒臭いことが何処にあるね? 旧太陽系の連邦政府でさえ、地球という小さな天体一つを丸っと支配するだけで苦労したんだ。そこに月、火星、木星圏や水星まで加わっててんやわんやだったのに、この程度の科学技術で惑星一個支配しようというのが烏滸がましい。
どうせ地方で反乱フェスティバルか、守護代が形骸化した私戦バンザイの戦国時代になるに決まっている。たった三隻の陸上戦艦と、機動兵器で何とかできるものなら、是非やって見せてもらいたいものだ。国家経営系シミュレーションVRの攻略参考にするから。
『ノゾムー……』
『ガラテアか。どうだった?』
涙声の無線が届いたので通信枠を開けば、外骨格のヘルメットを脱いだガラテアがいた。後ろにあるのは仮象訓練装置と、息も絶え絶えの中隊員達。
どうやら、また駄目だったか。
『また駄目だったよ。全滅だ。僕も戦死、〝テミス11〟も轟沈』
随行した舞台には、今回の作戦をシミュレートした仮象戦闘をさせていたのだが、初日で合計八回目の全滅を遂げたようだ。今回も誰一人離脱できなかったようで、母艦まで落とされる散々な戦果だったらしい。
まぁ、実際に想定される戦場より、かなり辛く作ってあるからな。
今回の設定は敵が三隻密集、同時に巨竜の掃討はほぼ終了。敵の注意は殆どこちらに向けられて、私という〝テラ16th〟では理不尽っぽさのある性能を持つユニットも三回目の突撃で撃破される設定にしておいたので、かなりしんどかっただろう。
『戦果は?』
『陸戦隊を内部に送り込むところまでは行ったけど、それでも駄目だったよ。空挺降下時点で半数以上撃破されてさ』
今回、テイタン2の背部には降下装備と同じく、人員輸送用のコンテナを背負わせてある。〝テミス11〟から直接降下すると何割が迷子になるか知れたものではないので、テイタン2ごと下ろすことにしたのだ。
結構無謀ではあるのだが、此方には安全に下ろす降下装備がないので苦肉の策であった。そもそも、機動兵器を〝アイガイオン級〟に下ろすため上空を一度通過することでさえ、かなりの博打なのだから仕方がない。
となると、やっぱり私は最期の最期まで無茶し続けんといかんか。操縦手はベイルアウトできても、流石に同時降下用コンテナの人員までは助からないからな。
『分かった、無理のない程度にシミュレーションを続けてくれ。明日は夕方から朝まで半休だ』
『りょーかい。しんどいけど頑張るよ。聖都の運命は僕らの双肩にありってね』
彼女は力のない笑みを浮かべ、掌を見せない航宙群流の敬礼を――恐らく神祖達から続く文化だろう――送ってから通信を切った。
『上尉、シミュレーションが厳しすぎませんか?』
『常に最悪を想定せよ、だ。聖ハインラインもそう仰っている』
『今にも死にそうな顔で、悲壮感たっぷりだと士気も上がりませんよ』
ふんむ、そう言われてみればそうか。
では、ちょっと想定を甘くした物をやって、私がNPCではない僚機として参加する設定でもやってみるか。
ただ、今は厳しさに揉んで貰った方が良い。明日の最後、そこでやって、盛大に勝って喜んで貰おう。
『で、セレネ。君はどう思う?』
『弊機としては、もう少し甘い見積でもよいかと。疑似知性主導で管制されている船ですから、性能はかなり下がっているはずです。船員も俄仕込み、それも無理に直結しているギアプリーストとあれば、長期間の戦闘には耐えられないでしょう』
そういえば、そうか。仮象戦闘装置には難易度こそ設定されているものの、内蔵されている仮想的のデータは〝船員が万全〟な状態であるブリアレオースパッケージだ。
当然ながら練度も連携も桁違いであり、きちんと艦長がファジーな判断をしながら疑似知性を率いて行動させている。
要は面白いAIではなく、強いAIで――プレイヤーを楽しませるのではなく、叩き潰す目的で運用される――シミュレーションを組んでいるのだ。
そりゃ難易度も上がるか。
彼等の船に搭載される疑似知性は、あくまで船を動かす煩雑な処置を全て代行してくれる存在であって、完全な艦長の代理にはなれない。
仮にヴァージルが娘を実験体に成し遂げたように、深度Ⅴの電脳化が施されていたとしても、すぐ熟練の艦長になれるとは思えない。我々でさえ船員ではなく船長になろうと思ったら、データをダウンロードしてから圧縮時間でも一週間の慣熟訓練を要するのだ。
それも、最も小型の掃宙艇であってもだ。巨大にして強力で、管制すべき部署が膨大にある標準陸上戦艦なら一月は要るだろう。
つまり、基底現実世界では三年くらいは勤務して、やっと我々の速成艦長と同じ土俵という計算になる。
そして、艦長に押し寄せる情報の並は膨大だ。騎士としての彼が熟練の兵士であったとして、発掘してから何年経っているかは分からないが、碌な実戦経験もなしに万全の動きができるはずもなし。
そうか、少しだけ明るい未来が見えてきたな。
『よし、少し元気がでてきた。ありがとうセレネ』
『お気になさらず。弊機は上尉がピリピリし過ぎて仲間達を扱きすぎないよう、相方として当然の助言をしたまでです』
『そんな辛口の君も愛してるよ』
『それはどうも』
さらりと流されてしまったが、私達はいつもこんな感じなので思うところはない。ただ、リンクしている人形用筐体がCICで機嫌良さそうに足をブラつかせているのが可愛らしかった。
それから翌日、私達は予定通り最後のシミュレーションを行うこととなった。
案の定、それまでの結果は連戦連敗、全滅に次ぐ全滅で兵員達の心は折れきっていた。特にNPCとしての参加で見ているだけなのだが、自分達が目標に降りることもできず全滅を繰り返していたトゥピアーリウスとテックゴブの機嫌が最悪で、一回くらい成功させていないとコンテナに載ってくれなさそうな勢いなので、我が相方の進言は正しかったと思える。
『あー、では最後のシミュレーションを実施する。私の小隊は一番、テイタン2は以降2、3、4で3までのナンバーを振り分ける』
『……僕が1-2なのに』
NPCに自分の定位置を取られたガラテアが少し不満気にぼやいたが、流石に今回の作戦でウラヌス3とテイタン2でバディは組めないので我慢してくれ。
『作戦総指揮は私が執るが、中隊長はガラテアだ。私が回避や攻撃で忙しい時は彼女の指示を仰ぐように』
『『『了解』』』
『それでは状況を開始する。各員の奮戦に期待する』
あまり覇気を感じられない返答を聞きながら、我々は仮想空間に放り込まれた。
体感として、私は今まで通り〝テミス11〟の外殻にへばり付いているので変化したところはないように思えるが、高度一万五千の下方に戦闘中のブリアレオースの巨人達が見えるので始まったことは確実だ。
『セレネ、この上を取るのは確実にできるのかい?』
『正直自信はありませんが、砲台の仰角からして最も安全なので、多少無理してもねじ込んでみせます』
仮想空間で見下ろすアイガイオン級は、本当にこれだけ離れているのかと自分の視覚素子がバグっているのではないかと思うほど巨大であった。
言うなれば、超大型の積層空母であろうか。街数区画はありそうな円形浮動ユニットを軸として、大量の武装と飛行甲板が並べられたコットス級本体より巨大な甲板が八枚展開する様は、まるで鋼色の花弁が咲いているようだ。
その中でも時計の三時、六時、九時方向に向かって伸びる500mm大口径重対地レイルガンは、その名に反して弾頭種類を入れ替えれば様々な役割を果たす。散弾を詰めれば対空攻撃にも使えるし、出力によっては大気圏外にも届くため航宙艦迎撃にも転用可能である。
『ひゃー、こえー』
『あれよりヤバいレキシントン級に三度も肉薄攻撃を成功させた人が何を』
『彼我の戦力差を考えてくれよ。今の乗機は〝紫電4〟の劣化品だし、弾除けがたったの二十発と二機だぞ』
『今、自然と僚機を弾除け扱いしましたね』
NPCだから文字通り弾除けだし、と嘯いて――実際、統合軍ではバディを弾除けとか肉壁とか、親しみを込めた揶揄で呼ぶことも珍しくないが――私は機体を係留している索を切り離した。
『1-1より各機。攪乱作戦を開始する。敵陣に穴をブチ開けるぞ』
それに続いて二機の〝ニュンペー22〟が操るウラノス3も離床し、鏃系の編隊を組んだ。
まぁ、計算能力だけは高いのが疑似知性のウリだ。セレネが手綱を握っているのならば、足手まといにはなるまい……って。
『おい、えらく混乱してるぞ。竜に滅茶苦茶集られているじゃないか』
『同梱されている格闘機の護衛隊がお粗末だった設定です』
『ここまで都合が良いことないだろ』
ぼやきつつもパラパラ打ち上げられてきた対空砲火が爆ぜ、先行していたミサイルを撃墜。二種の攪乱幕がばら撒かれ、電子戦の帳が降りる。
私は靄を突っ切って弾幕の中、微かに開いた隙間に身を投じつつ急降下。甲板から僅か100mの上空まで一気に突っ走ると、そのまま回避不能な距離で全てのミサイルを斉射した。
とりあえず一二次方向を第一甲板とすると、第三甲板に降りた私はまず滞空誘導弾サイロと機銃群を破壊した後、高射砲が群れを成している上を悠々と飛び去って爆弾槽から対地爆弾を投下。
僚機と共に焦土と化した甲板の上を逃げ纏う歩兵を踏み散らして対艦機銃を手当たり次第に迎撃火器に浴びせ掛け、帰りがけの駄賃とばかりに主砲の真ん中に杭打ち機を叩き込んだ。
爆発、炎上する第三甲板。こうなればここはしばらく用を為さないであろう。
『離脱する……って、おい、流石に温すぎないか? 今ので第三甲板の防空網にデカイ穴が開いたんだが』
『ええ、テイタン2達が悠々と落下できるくらいの大きな穴ですね。では、これより降下シークエンスに入ります』
二、三回は弾幕を潜る曲芸飛行をするつもりだったんだがな。やっぱり設定が温すぎないか?
防空網に開けた穴を使って離脱しつつ、弾薬を補給するため〝テミス11〟への帰還を試みていると、丁度降下していくテイタン2達とすれ違った。
2-1、ガラテアの機体が親指を上げながら落ちていき、やがてスラスターを噴射して着地。他八機も無傷で降りられたようで、戦果を拡張するべく手持ちの機銃をバカスカ撃ちながら、中枢式ブロックがある花弁で喩えるなら軸に当たる塔へと向かい始めた。
そして、解き放たれる四部族合同戦士団。機銃で開けた穴から侵入したNPCが暴れ廻り、同時に甲板に開いた穴からテイタン2達も機動兵器区画に侵入。そこから大型機械がなければ整備できない縮退炉区画へ破壊行為を繰り返しながら突入していけば……二時間ほどして、実に容易く〝アイガイオン級〟は陥落した。
『いやセレネ、温すぎるってコレ』
『最良を計算したら、これくらいあり得るってシミュレーションにしましたので』
湧き上がる歓声を余所に私は酷く冷めていた。これくらい簡単に勝てたら、私は道化だよ。
その日の晩、翌日の戦勝を願って行われた壮行会は快勝もあって大いに盛り上がったのだが――曰く聖徒様のご加護だそうだ――流石にアバターでモニターに映った私も、苦笑いしか浮かべることができなかった…………。
【惑星探査補記】仮象戦闘装置には様々なパラメータが存在するが、基本的に統合軍は常に最悪を想定するため難易度設定は〝狂気〟に固定されているといっても過言ではない。
ルナティックを成功させられるまでやり続けることのできる精神性を持つ者だけが、正規兵になれる高次連という狂気。
明日も更新は未定でお願いします。
感想などいただけると諸所のブラッシュアップ、筆者の気付いていないポカに気付けるので大変嬉しく存じます。




