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魔王の後継者は英雄になる!  作者: 城之内
一章 聖王国からの刺客編
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妖精幼女


  聖王との話を終え、レノスは聖騎士の修練場へ向かっていた。もはや信用できるのは聖王本人しかレノスは信用していない。側近たちもどれだけ信用できるのか測りかねていた。


(教会勢力を叩くにも、俺の発言だけでははぐらかされて終わりだ。何より証拠がない)


 レノスが考え事をしながら歩いていると、向かいからコツコツと靴音が響いた。レノスが顔を上げると、廊下から最も合いたくない者が姿を現した。


「おやおや、お戻りになったのですか、聖騎士団長殿。心配いたしておりましたよ」


 どことなく蛇を思い浮かばせる容姿。ギョロリとした眼は今は細まり、口元には嫌らしい笑みが浮かんでいる。教会の聖法衣を着て、五指にそれぞれ違う色の宝石を付けた指輪がはまっている。エストビオ・アース・ユルング枢機卿。教会で教皇に次ぐ権力を持っている男だ。


「……枢機卿猊下。ご心配をおかけしました。ですが、この通り」


レノスは黙礼して通り過ぎようとしたのだが、案の定、話しかけられた。出来るだけ言葉を交わしたくないレノスは、五体満足である事を強調して、立ち去ろうとする。しかし、


「お待ち下さい、聖騎士団長殿。どうやら、厄介者が現れたようですね?」


レノスは振り返って瞳を細め、尋ねた。


「……どこでそれを?私は聖王陛下にしかお伝えしておりませんが?」


「何、聖騎士達が話をしていたのを偶然にも聴いてしまいましてね」


レノスの眉がピクリと動いたが、それだけである。レノスは、感情を感じさせない淡々とした口調で言った。


「そうですか。任務内容を軽々しく口にするとは…少し訓練を厳しくする必要があるようだ」


それを聞いたエストビオは笑みを深めた。


「いえ、彼等もまた人間です。それほど衝撃的な事だったというだけではありませんか?」


レノスは瞳を細めながら、そうですねと相槌を打ち別れの挨拶を告げてから、今度こそ背を向けた。


「ーーアマルデウス卿。私は敵ではありませんよ。その証拠として、貴方の悩みの一つを解決して差し上げましょう」


 レノスは顔だけ振り返り、怜悧な表情で期待しておりますとだけ言って、その場を立ち去った。エストビオはその背が見えなくなる最後まで、見据えていた。




 *      *      *       *






 天井に吊るされた、蝋燭のみが照らす薄暗い室内。その中央には玉座のようなものがあり、そこにエストビオ・アース・ユルングは座っていた。


「『黒狼』、前へ」


 瞑目したまま静かに呟いたエストビオの前に、部屋の陰から音もなく進み出て、一人の人間が跪いた。黒装束を着ており、その顔には狼を模った仮面を付けていた。


 彼はエストビオが持つ私兵。暗殺組織『星影』の中でもコードネームを与えられた最強の一人である。


「--『黒狼』ここに」


 跪く『黒狼』を見て、満足げに口の端を釣り上げたエストビオは、命令を下した。


「お前に暗殺の仕事です。『星影』の者は何人でも連れて行って構いません。王国の都市、メルギスへ潜入して、一人の男を殺しなさい。容姿はーー」


 伝えるべき情報を、エストビオは漆黒の狩人へと告げた。何としてでも聖王側に自分が役立つことを示さなければならない。


「--ああ、それと、あの女を使ってもいいですよ。あれならお前の足を引っ張らないでしょうからね……。あとは()()を持っていきなさい。ついでに、メルギスの街にも損害を与えておきましょう。卑しい亜人を守護する国など、あってはならないのだから」


「はッ!」


 黒狼は短く了承を告げて、音もなく消え去った。


(……”あのお方”のために、何としてでも殺さなくては)


 エストビオの脳裏には一抹の不安があったが、頭を振ってそれを打ち消した。勇者が苦戦した男といえど、人間であることには変わらない。それに黒狼はエストビオの命令を失敗したことなど一度もない。黒狼は正面から戦ってもAランク冒険者を超えるし、搦手を使えば英雄級であるSランクにも比肩しうる。更に黒狼には、あれがついている。負ける要素など、もはやどこにもないとエストビオは考えた。


 エストビオは暗く嗤い、立ち上がった。やがて蝋燭の火が消え、辺りは闇に包まれた。






 『黒狼』は、円形の闘技場を横切っていた。上から見れる形になっている観客席には今は誰もいない。闘技場内は黒装束を着た男女、人族もいれば様々な亜人種族もいる。数えきれないほどの人間種族が殺し合っている中、『黒狼』はそれを気にも止めずに足を動かしている。


ここは暗殺組織『星影』の修練場。修練と言っても、行なっているのは命の奪い合い。少しでも強さを磨くため、彼等は日夜問わず殺し合い、生き残った者が『星影』として任務につける。


 やがて『黒狼』は闘技場の南側にある分厚い扉の前で立ち止まった。『黒狼』は懐から鍵を出して、その扉を開け、薄暗い通路を進む。天井には魔石に含まれる魔力によって光る魔道具『魔石灯』が、消えそうにチカチカと点滅している。無音で、生物の気配がしない通路を通り、階段を下りていく。


 そして『黒狼』は目的地に着いた。鉄格子付きの部屋。地下牢と呼ばれる場所だ。何部屋もあるその場所には、現在は一部屋しか使っていない。『黒狼』は、正面の鉄格子付きの部屋に視線を向ける。


 そこには翡翠色の美しい髪を肩口で切り揃えた女がいた。能面のような無表情だが、とんでもなく顔立ちが整っている。簡素な服を着ているが、服の上からでもはっきりとわかるほどの双丘。キュッと引き締まった腰。反対になまめかしい臀部。男好きのする肢体をした極上の美女である。首元には行動を制限する首輪型の魔道具『隷属の首輪』がはまっている。


 更に特徴としては、人族よりも長く森妖精(エルフ)よりも短い耳があり、瞳孔が縦長で金色をしている。彼女は聖王国において、魔物に分類される『魔人種』の一つ。『妖魔族』である。非常に希少な種族であり、貴重な武闘技(スキル)や固有魔術を持つことが多い。


 感情を感じさせない低い声が、地下牢に響き渡った。


「……仕事だ、化け物。準備しろ」


 『黒狼』は短くそう告げて、いつの間にか持っていた鍵で鉄格子の扉を開けた。


「分かりました」


 ピクリとも表情が変わらないその女は、短く了承を告げて立ち上がり、牢屋から出た。しかし、『黒狼』の観察眼は、何も感情を映さないその無表情の中に、瞳だけはわずかに嫌悪を抱いていることが感じ取れて、『黒狼』は仮面の下で醜悪に嗤った。








 心地いい微睡を味わいながら、ノアは徐々に意識が覚醒していくのを実感していた。目を薄く開き、パチパチと瞬きをしてから、身体を起こそうとして、ノアはその違和感に気付いた。


(何か、身体が重い?あれ、もしかして……)


 掛けていた布団をどかすと、そこに丸まって寝ていたのは、ふわふわの金髪を肩口まで伸ばした、小さい女の子。まだ五、六歳かそこらに見える見知らぬ幼女が、自分の布団の中に寝ていたのだ。


「……いや、訳がわからない。そういえば鍵かけ忘れたけど……街ではこういう出来事もあるのかな?


 よく見ると、耳が長く尖っており森妖精(エルフ)の特徴と一致している。


「それにしても…可愛いな」


 髪と同色のまつ毛が長く、目鼻立ちをはっきりとしていて、人形のような人間離れした可愛さだ。正直、フィリアと同じくらいの可愛さを持った人間を初めて見た。肌も透き通っていて、ノアの手は思わず幼女の頬に伸びていた。


「す、すべすべだね。こんな経験が少ない事だけは流石の俺でも分かる。なら少しくらい堪能してもいいと思うんだ…」


 ノアは誰もいないのに言い訳を重ねた。ぷにぷにとした頬は気持ちよくて、ノアは自然と笑みを浮かべていた。しばらく遊んでいたノアだったが、幼女がくすぐったそうに身じろぎしだした所で、頬を撫でるのを止めた。幼女は目を擦りながら、緩慢な動作で起き上がった。ノアの腹に小さな尻を押し付けて起きたため、ノアは起き上がらずに幼女を見た。


「……ん、ここ、は?」


 目を開けた幼女の瞳は、翡翠色。レミーナより深い色合いであり、宝石のように美しい。部屋をゆっくりと見渡しながら幼女は尋ねた。


「俺が泊ってる部屋だよ。君は?」


 ノアが、自分の上に乗っている幼女に冷静に訪ねても、幼女はしばらくぼーっとしたままだったが、まだ眠いのか欠伸をしてからやっと口を開いた。


「ふぁああ、ん、そうだった。なまえ、おしえて?」


 舌足らずな声が、耳をくすぐる。


「え、俺の?」


「ん、そう」


「俺はノアっていうんだ。えーと、君は誰で、どうしてここにいるの?」


 ノアは軽い気持ちで問いかけたが、思いのほか幼女の瞳は真剣だった。


「わたしは、レナ。ノアも呪われた人だから」


 ノアは思わず目を瞬いた。


「呪われた?俺が?」


「ん…これ」


 レナが指をさしてきたのは、手袋(グローブ)に覆われたノアの手の甲。


「なるほど、英雄紋のことか。もしかして君も?」


「……ん」


レナはサイズが合っていない、ダボダボのシャツの首元を掴んで下げ、胸元が見えるようにした。突然の行動に驚きながら、ノアはその凹凸がない胸元を見た。そこには蝶の形をした英雄紋があり、ノアは納得した。


「……呪い、か。確かにそうかもしれない。君は……」


ノアはきっと、この幼い少女も英雄紋絡みで不幸な目にあったのではないかと考えた。しかし、会ったばかりで聞く事ではない。


レナは眠そうな目でじっとこちらを見つめるだけだ。もしかしたら、まだ眠いから半開きの目をしていると思っていたノアだったが、これが通常なのかもしれない。そして、いつまでも見つめ合ったままでは話が進まない。


「……あーとりあえず、君はどこから来たの?」


「ここからきた」


レナが指差したのは真下。真下にあるのはノアの腹だが、そんな訳がない事は知っている。とすると、


「……もしかして、この宿?森妖精(エルフ)って事はレミーナの関係者?」


レナは、拗ねたようにそっぽを向きながらも答えてくれた。


「レミーナは姉。でも、会いたくない」


(レミーナの妹、か。髪質は全く違うけどよく見ると所々似ている部分もある。それにこの様子じゃ、家族仲はどうなんだろ。上手くいってないのかな?)


ノアはとりあえず腹に座っているレナを抱っこして、自分の横に座らせた。 その時、部屋の外からコンコンとノックの音が聞こえた。


「ノア、起きてるかしら?緊急事態なの。力を貸して欲しい」


レミーナの声だ。ノアが扉を開けようとベットから出ようとした瞬間、レナが腕に飛びついて来て必死に引っ張っている。


「ダメ、出ちゃダメ。きっと私を探してる。だからーー」


レナが出来るだけ小さい声で伝えてきた。ノアはレナの小さい頭を撫でながら、優しく微笑んだ。


「ーーそういう事なら、冒険でもしようか」


そう言ってノアはレナを抱っこして立ち上がり、木で作られた窓を開けて、外へ飛び降りた。


「ーーふわッ」


可愛らしい悲鳴を上げたレナに、衝撃を与えないように地面へと着地したノア。街行く人々は突然、二階から飛び降りて、幼女を抱っこしている少年を見て最初に驚愕してから、次に悲鳴を上げて逃げて行く。飛びかかってくる人も中にはいて、ノアは戸惑っていた。


「ーーこの誘拐犯が!」


「待ちやがれッ!」


「いや、誘拐犯じゃありませんよ。知り合いの子と遊んでいるだけなんで」


ノアはとりあえずそれだけ言って、身体へ魔力を流して身体強化し、近くの家の屋根上に飛び上がった。


「ーーふふふっ、あははっ!」


声を上げて笑うレナを初めて見たノアは、驚きながらも、まだ追ってくる人々を撒くため屋根上を駆け抜けた。








「ーーなるほど、確かに誘拐犯に見えてもおかしくなかったという事か」


ノアは追ってくる人々を撒き、誰とも知らない人の家の屋根上に寝転びながら、レナから状況説明を受けていた。


「そう、種族も違う二人が突然二階から飛び降りてきたら……」


眠そうな目は相変わらずだが、どこか楽しそうにこちらを見るレナ。


「んー、もっと客観的に自分を見る必要があるかもね。はんせーはんせー」


空にある夕陽を見ながら、気持ち良さそうに手足を伸ばして、身体を逸らしているノアの姿は全然反省しているようには見えない。


「ノア、これからどうするの?」


「夜までにはまだ時間がある。と言っても俺はこの街に来たばかりだからなぁ。正直に言って、宿に帰れるかも怪しいんだよね」


ノアは内心では割と本気だったが、それを感じさせないよう冗談めかして言った。レナは笑みを浮かべながら、寝ているノアの腕に抱きついてきた。


(……懐かれてしまった。…でも、可愛いからいいかな)


ノアは抱きつかれている腕とは逆の腕を使ってレナの頭を優しく撫でた。瞳を細めながら、気持ち良さそうにしているレナ。


「……あれ、でもレミーナに何も言ってないで宿から出てきたからさ、俺って本当の誘拐犯じゃね?」


ノアの突然の疑問に、 小さく笑いながら小首を傾げるレナ。


「確かに。ノア、誘拐犯?」


「……ま、あとで説明すればいいか。何とかなるよ、うん。それは置いておくとして、どっかに行く?」


レナが身体を起こして、無言で大きく頷いた。幸い装備を着たままだったから、強い人に襲われても何とかなる。


ノアも立ち上がると、レナは両手を広げて、


「抱っこして」


「ほいほい」


もう既に慣れたのか、ノアはしっかりとレナを抱えながら、夕陽に照らされた屋根上を誰も見ていないのを確認してから降りた。それから、ゆっくりと街を眺めながら歩いた。



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