復活の魔術師
聖光教の総本山、星堂神殿の最上階の部屋には。
三名の枢機卿と暖簾に包まれた上座に教皇の姿があった。聖光教会のトップたちが勢ぞろいする中、彼らはそれぞれ雰囲気を固くして冷たい殺気を振りまいている。
三名の枢機卿は、それぞれ癖の強い者達だった。
一人目は蛇のような見た目の壮年男性、エストビオ・アース・ユルング。
二人目は年端も行かない幼い見た目にして、背から竜の翼を生やしている少女。
三人目は翡翠色の髪を垂らした美青年だ。
それぞれ枢機卿が着る装飾の付いた神官服を着こみ、訪問者を迎えていた。そして暖簾に包まれシルエットしか見えない教皇が、訪問者をじろりと睥睨した。
「今更何をしに来た。ヴァレール」
豪魔の森で討たれたはずの魔術師が、不敵に微笑んでその場にいた。
「フフ、そう警戒しないでもらいたいね」
軽く肩を竦めて見せた魔術師の姿に、三名の枢機卿から殺気が放たれる。しかしその空気に構わず、ヴァレールは足を崩して楽な姿勢に変えた。
「それに、なんだ、その姿は……」
「はは、やはり気になるかな?」
ヴァレールの見た目は若返っていた。それも十代でも通用しそうなほどに。
そして彼の瞳はぞっとする程に冷たい赤い輝きを放ち、肌は病的な青白さを見せて不気味さが増している。
「『魔人種』に分類される種族は誰しもが”魔核”を持っている。悪魔族しかり、吸血鬼しかり」
「……」
「実験用のサンプルの”種”を持ち出した事は謝ろう。しかし、こうして成功例がある事はあなた方にもメリットがあるのでは?」
「……悪魔族とは違い、吸血鬼族の”種”は人間ではその異常な再生力に身体がついていかない事が証明されている。どうやって適合した?」
「私の情報を与える代わりに、そちらにも私の計画に協力してもらいたい」
「ふふ、随分、えらーくなったねぇ」
冷たい眼差しで竜の魔力を溢れさせる少女には目も向けず、ヴァレールはただシルエットのみの教皇の姿をじっと見つめた。
自分を無視するようなヴァレールの反応に、少女は額に青筋を浮かべて口を開くが、
「リウス。今は交渉の場と心得よ」
「……ちっ」
少女を宥めた教皇は、一つ頷き。
「いいだろう。ただし、その情報の価値を決めるのは余だ。我々が貴様に協力する範囲は余の一存で決める。この場で貴様を殺しても、余はいか程も苦に感じないのだから」
「やれやれ。折角死から舞い戻ってきた私をもう少し労ってもいいのではないかね?」
「黙れ。余計な雑談は自分の死期を早めるだけだ。はやく本題に入れ」
殺気を心地よさそうに受け止め、目を細めるヴァレールは三名の枢機卿と暖簾の向こうの教皇それぞれを見渡しながら説明を始めた。
「死霊魔術を自分に試したのだよ。一度、私は魔物の死霊となって身体を変え、その後”種”を使った」
「……なるほど」
「復活には本当に気を使ったよ。森の王者に気付かれないよう細心の注意を払った。やはりあれも元魔王軍の幹部。ただの魔物と侮るのは早計」
「貴様の所見などいらん。だが、死霊魔術を扱えるのはごく一部の優れた魔術師だけだ。その方法では量産は不可能か」
「まあそうだろうね。だが、私の情報で手がかりはできただろう?」
「……ふん、いいだろう」
教皇が頷くと同時に、三名の枢機卿がそれぞれの反応を示した。エストビオは目を見張り、竜の少女リウスは舌打ちを放ち、翡翠色の美青年は軽く肩を竦めた。
「貴様の望みを言ってみよ」
「では、王国で実験したアレを。竜に染まった魔核を私にくれないかね?」
「なんだと?」
「……悪い条件ではないはずさ。あなた方の些末な問題を一息に解決してさしあげようと思ってね」
少年の姿をした魔術師は、不気味な笑みを浮かべてローブの裾を広げた。
* * * *
「本当に、成功するのか?」
「ええ、今まで”種”は人族にしか使ってないはず。ですが、私が自分で試したように魔物に与えるとどうなるか」
「……」
「魔王軍の幹部。古の黒竜が復活する瞬間を、まさかこの目で見れる時が来るとは……」
呟きの後で、暗闇に絶叫が響いた。
牢の中に繋がれた小さかった影が、徐々に不気味に変化していく。
翼が伸び、獰猛な牙が生え揃い。隆々とした筋肉を持つ堂々とした骨格が形成されていく。
「こんなの、お父様じゃない……あたしは、お前を絶対許さないよぉ」
「分かっているよ。確かにこれは君の父じゃない。だけど、結局あなた方のやり方では黒竜は生き返らない。私の方法も所詮は理性すらないただの化け物を生み出すだけだ。でも、力は同じにできる」
魔術師は笑い、神官は圧倒される。竜の少女は唇を噛みしめ、美青年は愉快そうに口を吊り上げる。
直後、見上げる程大きく成長した”ソレ”が、生物全てに恐怖を与える絶望の咆哮を解き放った。
長く太い首には、武骨な首輪が不気味に光り輝き、
「世界を滅ぼす力を、君に見せてやるよ。ノア」
魔術師は”ソレ”に乗り、聖王国を出立した。
* * * *
リンヴァルム王国の王都と城塞都市メルギスを繋ぐ宿場街では。
聖女護衛を依頼されたノア達は宿泊していた宿を出て、馬車に乗る間際に差し掛かっていた。
しかしノア達は先にフィリアを馬車に押し込み、薄暗い路地裏に集まっていた。ノアの仲間であるエルマやレナ、ギルベルが勢ぞろいする中、国の騎士団長の一人、アザミから報告を受ける。
傍には勇者のレノスがむっつりと黙り込み、壁に背を預けて瞑目していた。
「ノアさん、国王陛下には昨夜の内に部下を走らせ、協力を要請しました。転移魔術でメルギスには既に続々と英雄紋所持者が集められているとか」
「助かったよ、アザミ」
報告を受けたノアは、それに頷きを返して魔剣ルガーナの柄に手を振れた。しかし、ノアは自分を怪訝そうに見つめるアザミの視線が気になった。
「どうかした?」
「……いえ、いつも自信満々な貴方にしては随分な用心だと思いまして」
その言葉に、レナやエルマも口々に同意を示す。ちなみにメルギスが決戦の場になる事は、今朝起きた時、聖堂騎士の眼を盗んでレナやエルマには伝えてある。
そしてノアはフィリアにはこの事を最後まで伝えないつもりだ。
優しい彼女には、自分を殺すために聖王国の教会派が刺客を差し向けてくるなんて情報をわざわざ伝えない。
彼女に真実が伝わる前に、自分がそれを握り潰せばいい。そう思っている。
「そんなに心配?」
「いや……」
「……何か、懸念することがあるのですね」
「まあ、勘、なんだけど」
歯切れ悪く、ノアは城塞都市メルギスがある方角を見据えた。
「俺も、何か胸騒ぎがする」
瞑目していた勇者が、ノアの隣に並んだ。そして二人は向き合い、視線を交わし合う。
「珍しく意見があうね」
「ああ、本当にな」
ノアはもしもの時のために、仲間内に打ち明ける。
もしもの時、皆がどうすればいいか。小さな村に住んでいたノアとフィリアの運命を変えた、悲劇を思い出して。
「俺は”種”を一つ持ってる。もしかしたら、アレを使うほどの状況に陥るかもしれない」
レナやエルマは怒りに顔を歪め、ギルベルは真剣な顔で聞く。レノスは鋭い眼差しで、アザミは糸目を見開き、
「もし使ったら、俺は自制心を失う。だからその時は、俺を放って逃げてくれ」
「そんな、そんな事できない!」
「私も申し訳ありませんが賛同できません」
口々に嫌だと首を振るレナの頭に手を置き、ノアが黙ってレノスを見る。その視線に含まれた意味を問うように、レノスは口を開いた。
「……いいんだな?」
「ああ、頼む」
簡潔に言葉を交わし、それっきり去っていくレノスを見送る。
そして憤慨するレナとエルマを宥めて、ノアは再びメルギスの方角を見つめた。
「大丈夫、もしもの保険だ。今までも乗り越えてきた。今度は必ず制御して見せる」
心の中にある小さな不安を消し飛ばし、ノアは不敵な笑みを取り戻した。




