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魔王の後継者は英雄になる!  作者: 城之内
三章 聖女護衛編
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各々の企み


 

 

 聖女一行が各々の部屋へ案内されたところを見送った後。


 ロベリアは傍にいる聖堂騎士と頷き合い、魔術石を手に取って魔力を注ぎ、一目を忍んで会話を続ける。

 会話の相手はロベリアの上官、聖王国の教会派で図抜けた権力を持つ枢機卿エストビオである。


「では、彼らには手を出すな、という事ですか?」


「……その通りだ。本当ならば今すぐノアと勇者、聖女を殺すべきなのだがね。まさか悪魔化したオスカーが敗北するとは予想外だった」


 だが、エストビオの声音には悲壮的な感じは見受けられない。逆に、ロベリアは楽しそうな響きが含まれていると感じた。

 その事に不可解さを持ったロベリアだったが、それを口に出す事はしない。


「では、我々はこの後、予定通りに聖王国へ帰還すればいいのでしょうか?」


「ああ。聖堂騎士とお前だけでは返り討ちに合うだけだろうからね。なに、既に打って付けの者が決まっている。勇者にも縁があり、ノアと聖女にも繋がりがある者だ」


「それは……悪魔族ですか?」


 しかし、ロベリアの問いには答えず、エストビオは少し間を置いてから感情を感じさせず告げた。


「……珍しいな。お前が任務内容に興味を持つなど」


「っ……」


 確かに、とロベリアは納得と同時に反省した。

 いつものロベリアは、命令された事を請け負うだけでしかない存在。自分から質問したことなど、もちろんなかった。


 少しでもノアのために情報が欲しくて、勇んでしまったようだ。

 すぐにロベリアは自らの過ちを謝罪した。


「出過ぎた真似、申し訳ありません」


「構わん。しかし、不幸中の幸いと言った所か。まだつきは私にあるようだな。まさか、聖女が護衛にノアを選ぶとは思わなかった。これでまとめて始末できる」


 エストビオはそう言って静かに笑った。だが、はっきり言ってロベリアは怪訝に思った。


 正直、勇者であるレノスや、アスカテルの力を取り込んだノア、そして回復の達人(スペシャリスト)である聖女フィリアをまとめて始末できる人物などいるはずがない。


 その他にもノアには強力な仲間がいる。


 もちろん、エストビオはその情報を知っているはずだ。アスカテル家が企てたクーデターに協力していた悪魔族の一体が、既に聖王国に帰還しているのだから。


 もしかしたら、王国から逃げた悪魔族が回収したという、オスカーの”魔核”を使うつもりなのだろうか。


 しかし、竜に染まった”魔核”を誰が使おうと、ノアやレノスには勝てないだろうというのがロベリアの見解だった。

 普段は水と油の彼らだが、聖女であるフィリアを守りたいという気持ちは一緒。つまり、今回に関しては二人は味方なのだ。


 悪魔化は確かに誰しもが強くなれるが、例え英雄級の者が”魔核”を使っても二人には勝てない。

 それは今回のオスカーの一件で身に染みて分かったはずだ。


 しかし、そこで彼女の考えを断ち切る声が聞こえた。

 エストビオは、暗い愉悦を含んだ声音で告げた。


「決戦の場は王国の城塞都市メルギス。そこで邪魔者どもをまとめて始末する。そうすれば、民衆の不満は人気者である勇者や聖女を守れなかった王国に向くはずだ。彼らには、我々が王国を()()()()()()になってもらおう」



 


 



*   *   *   *






 ちゃぽん、と水の滴る音が聞こえる。


 場所は湯気が立ち昇る大浴場。

 夕食を済ませたノアとギルベル、それにレノスの三名は、木で造られた大きな湯船に思い思いに身体を伸ばして浸かっていた。


 三人仲良く風呂に入っているのには、もちろん訳がある。ノアは夕食中、人目を忍んでロベリアから小さな紙切れを手渡された。

 その紙に書かれてある内容を伝えるため、聖堂騎士やフィリアの眼を忍んで話し合いの場に風呂を選んだわけである。


「いい加減、話せ。あと誰を待っている気だ」


 鬱陶し気に灰色の髪をかき上げてギルベルがそう告げるが、ノアはぐっと広い湯船で身体を伸ばしつつ、


「もう少し待ってよ。第四騎士団長がくるからさ」


「……糸目野郎か」


 顔をしかめたギルベル。そして彼ら二人から距離を置いた場に目を閉じて静かに待つレノス。

 しかし、勇者であるレノスの眼元には薄らと疲れが滲んでいるような気がして。


 ノアはたまらず声をかけた。


「まさかレノス。王国に来てからずっと寝てないの?」


「そんなバカな事あるか」


 鼻で笑うギルベルだったが、レノスはノアの問いに平然と肯定した。


「当たり前だろう。聖堂騎士は教会側だ。いついかなる時でも、俺は気を抜くわけにはいかなかった」


「なッ! そんなはずねえだろ! てめえらが王国に来てから、もう一か月くらい……」


 小さく、化け物かよという呟きが聞こえてノアは笑った。


「改めて感謝するよ、レノス。でも、もう聖堂騎士は安全だ。これから城塞都市まではね」


「……どういう意味だ」


 レノスの鋭い眼差しがノアに向くと同時に、風呂の扉が勢いよく開かれ、紫紺の髪を揺らして糸目の青年が入ってきた。

 腰にタオルを巻き、第四騎士団の団長、アザミは三人が入っている光景を愉快そうに見渡した。


「これはこれは。良い意味でも悪い意味でも有名な男性陣が勢ぞろいですね」


 悪い意味でもの時、しっかりとギルベルに視線を合わせるアザミに、ノアは隣で殺気が吹くのを静観した。


「お取込み中でしたか?」


「いや、なんでもないさ」


「ちッ、おせぇんだよ」


 アザミが身体を洗って湯船に入るのを待ってから、ノアは口火を切った。


「じゃ、早速俺が掴んだ聖王国の情報を共有しておこうか」


「……さっさと教えろ」

 

 上から来るレノスに軽くイラっとしつつも、ここで小競り合いになるのも馬鹿らしいのでノアは話を続ける。


「まず教会側が仕掛けてくる場所は城塞都市メルギスだ。そこで俺達を始末して、そのままメルギスを陥落させるらしい」


「……情報の出所は気になる所だ。信じていいのか?」


 レノスの威圧すら滲む問いにノアは臆せずしっかりと頷いた。


「心配しなくていい。ま、どうしても信じられないなら別にいいけど」


 明日にはメルギスに向けて出発する。今日の夜しか、ゆっくりと休める時間はない。可能なら、レノスにはしっかり休息をとってもらいたい所だったが、結局は本人次第だ。


「ふん、なるほどな。教会派としては民衆の人気が高い勇者や聖女が王国で死ねば、攻め込む口実になるってわけか。だが、その計画は随分と現実的じゃねえな」


「ギルベルの言う通りさ。この計画には俺やレノス、その他にも多くの英雄級の仲間たちを殺せる奴が必要になる」


 レノスが俯きつつ考え、首を捻った。


「……心当たりはないが、しいて言うなら悪魔族か?」


「いや、その可能性はないらしい」


 アザミはふむふむと頷き、


「そういえば、確かオスカー・リル・アスカテルが使用した”種”を回収した悪魔族がいましたね」


「……ちッ、悪魔族、いや教会派の目的は、そもそもオスカーによるクーデターの成功じゃなかった可能性もある、か」


「かもしれないね。あの時、ギドと言う名の悪魔族はオスカーが使用した”種”を手に取った時、竜の魔力がついているとか言っていた」


「特別な”種”を創る事が目的だったわけか」


 まだ推測でしかないが、ギドの反応から言えばそう考えるのが正しいように思えた。


「しかし、それでもだ。オレや他の奴らはともかく、オスカークラスならノア一人で十分だ」


「そこなんだよね、ギドだってあの場にいたから、俺の実力は教会側に知れ渡っているはずだ」


 そこで、アザミは何かに気付いたように笑みを浮かべた。


「なるほど、ノアさんがここに私を呼んだ理由が分かりました。私にも、メルギスへ来てほしいと、そういうことですね?」


「敵の戦力ははっきりと分からない。今回の一件は、何があるか分からないからさ。どうせ任務は王国を出るまで続くんだろ?」


「その通りですが。やれやれ、これは本気で面倒な事になっているようですね」


「だが、勝てばすべてが上手くいく」


 レノスの強気の発言に、ノアは頷いた。


「護衛任務が終われば、レノス達とは別行動だ。遠くから刺客を送られ続けるのは面倒だからね」


「まさか、てめえ。本拠地に……」


「ああ、メルギスを凌いだら、今度はこっちから攻め込んでやるさ」


 怜悧な笑みを浮かべるノアに、レノスも同じような笑みで笑い返した。


「手間が省ける。黙認するとしよう」


「ちッ、こういう時は似た者同士なのかよ……」


 嫌でも付き合う事になるだろうと、ギルベルは半場、諦めの境地で身体の力を抜いた。

 

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