冒険者ギルドへ
リンヴァルム王国王城リンスレッドの客室。部屋にある大窓を開けてバルコニーに出た”聖女”フィリアは、惨劇の爪痕を復興させようと王国民達が続ける工事の様子を見下ろす。
新たな石畳が敷き詰められ、街道を出来ていくのを確認して嬉し気に目を細める。そんな彼女に、背後から声をかける者が一人。
「どういうつもりですか? 聖王国へ帰国する際に冒険者を雇うなんて」
鋭い眼を更に尖らせて、問い詰めるように聞いてくる”勇者”と呼ばれる青年に、フィリアは困ったように視線を下げてから口を開いた。
「ご、護衛としてですよ……やっとノア君と会って話せたけど……時間が少ししかなかったから」
「そんな理由で、ですか?」
レノスの絶対零度の眼差しに気圧されつつも、フィリアは何とか言い訳を考える。
「そんなに睨まなくても……それにレノス様にも責任の一端はありますし……」
元々、ノアと少しの時間しか会わせてくれなかったのは目の前の青年である。
「……ともかく護衛など不要。私や聖騎士達が何の為に用意されたものか、よく考えてほしいものです」
話は以上と言わんばかりに背を向けたレノスに、フィリアは恐る恐ると言った様子で声をかけた。
「えっと、もう既に冒険者ギルドの方に依頼は出したので……」
「……今、なんと?」
「うぅ、だ、だからそんなに睨まないでください。恐ろしい顔をしていますよ?」
「……もう既に依頼を出した? 一体、どうやってーー」
「私が依頼を出しに行きました」
二人の問答に、割って入る声が一つ。レノスの更に背後、バルコニーに入ってきたのはフィリアの副官であるロベリアだ。
赤髪で目付きの悪い美女である。神官には見えないが、一応神官服を着ている。
「フィリア様の命は、すぐにでも叶えるべきかと」
優雅に礼をする彼女に対して、レノスの眉間に青筋が浮かぶのをフィリアは見た。
「……」
「あ、ありがとうございます、ロベリアさん。それではこの件はこれで終わりという事で」
「ええ、丁度ダスティヌス陛下から会食の申し込みがありまして。そのお迎えにお呼びした次第です」
「そ、そうですか! では行きましょう、すぐに」
フィリアを連れて、ロベリアはバルコニーを後にした。速足で去っていく二人を見送り、レノスはただ拳を握りしめ、苛立ちを紛らわせた。
* * * *
「おお、あんたは”漆黒の英雄”さんじゃないか!」
「ほんとだ! すごい、本物だ! かっこいいなぁ!」
「ありがとう、俺はあんたに命を救われた!」
「私は”妖精姫”に助けられたわ。本当にありがとう!」
宿から一歩でも出れば、まるで感謝の嵐。商店街を通れば、目的地に到着する頃には両手が贈り物でいっぱいになっているなんてザラにあるし、人に囲まれ、中々前に進めなくなる時もある。
街人達に愛想よく手を振り、ノアとレナ、そして魔剣形態から人型になったルガの三人は目的地に向けて足を進める。
「やれやれ、英雄様も楽じゃないな……」
「うむ、だが、あるじが民衆に褒められているのは、気持ちがいいのだ!」
「ん、ノア、それより手、つなご?」
「ぬ、ズルいぞ貴様! 我もだ」
「……二人は全くブレないね」
幼女二人で両手が塞がったノアの姿に、暖かい眼が向けられる。その視線、雰囲気を感じ取り、少し羞恥心を感じる。
しかし、ここで彼女らの手を振り払う事などできるわけがない。
「あー、変装でもしてくればよかった……」
「ん、なんで?」
「する必要などなかろう。何をコソコソする必要があるのか。見よ、皆、あるじのかっこよさに見惚れておるわ」
「む、それは行けない。またあの我儘王女みたいな面倒なのが増えたら大変」
「すごいな。ほんとに全くブレないね」
二人には、民衆の視線がどう見えているのか。歩を進めながら、呆れを通り越して感心してしまう。
「それにしても、あるじに刃を向けたあの小僧が仲間になるとは」
「ギルベルにも事情があったのさ。気にするほどじゃない」
「……私は男だったらオールオッケー。女だったら危険。性悪女にノアが誑かされないか心配」
「君は俺のお母さんか」
こうやってゆっくり会話をするのも、随分久しぶりな気がする。相変わらず周囲から、まるで家族団欒を見つめるような眼差しを向けられることに慣れてきた頃。
三人は足を止めた。目的地へと到着したからである。
目の前には剣と盾が交差してある看板が目印の、大きく武骨な建築物がある。ここは王都の冒険者ギルド。
鎧やローブを身に纏い、各々の武器を背負った冒険者達が出入りをする場所。
「手を繋いだまま入るのかい?」
「ん、当たり前」
「何か問題があるのか?」
「まあ、二人がいいならいいか」
舐められそうだが、自分達は闘技大会でも有名になり、国の危機を救ったのだ。今では誰しもが知る王国の英雄だ。
まさか、まさか絡まれたりしないだろう。
* * * *
「おうおうおう! ここはガキのくる所じゃねえぞ! さっさとガキども連れて外へ出てくれ、坊ちゃんよぉ!」
「……嘘だろ」
「ん、不細工な顔」
「なんだ、このアホ面は」
逆立たせた前髪を突き出したような変な髪型。鼻ピアスに、目付きの悪い人相。
両手をズボンのポケットに突っ込み、前かがみで顔を寄せてくる男にノアは愕然としてしまう。
冒険者ギルドの扉を潜り、唐突に目の前の男に絡まれたのだ。併設されてある酒場にいる冒険者達からは、男に対して憐みの目を向けられていることから、目の前の男が特別アホなだけのようだ。
「おい、またあのアホが絡んでるぞ」
「またかよ。前はSランク冒険者に絡んでボコボコにされてたのに……」
「闘技大会では予選落ちしたらしいからな。ストレスが溜まってるんだろ」
「よりによって、今話題の英雄様が相手とは……」
ザワザワとした周りの囁きがそのまま耳に入り、ノアは呆れて声も出ない。前に絡んでボコボコにされた事があるなら、少しは学習してほしいものだ。
「おう、てめえ、ガキが! ビビッて声も出ねえか⁉」
「……うるさいハエなのだ」
「ノア、どうするの?」
最初は話し合いで何としてみよう。ここは大勢の目がある。最初から武力行使はしたくない。
「悪いけど、そこをどいてくれないか? 俺達は依頼を受けにきた、れっきとした冒険者さ」
一応持ってきておいて正解だった。ノアは胸ポケットに入れていたギルドカード見せる。
「……ああ? Bランクだとぉ? バカ言っちゃいけねえよ、てめえみてえなーー」
「馬鹿なのはお前だ!」
突然、チンピラ風の男が横に吹っ飛んだ。やってきた一人の男が、顔面に裏拳を叩き込んだのだ。チンピラ風の男は併設されてある酒場の椅子やテーブルを派手に叩き割り、顔から血を流して気絶した。
(明らかにやりすぎだろ)
「む、加減を間違えたな。まあ、死にはしないだろ。ワハハハハハ!」
筋骨隆々な体躯に、上半身はタンクトップ、そして下半身は迷彩柄のズボン。にじみ出る雰囲気はまさに強者。
一部の隙もない佇まい。
「……今度は筋肉お化け」
「次から次に来るな……」
年齢はまだ若いが、拳には大小様々な傷があった。きっと拳士なのだろう。
「ギ、ギルドマスターだ!」
「騒ぎを聞きつけてやってきたのか」
ギルドマスター。つまり、王都の冒険者ギルドのトップという訳か。
「すまないな、君達。私は君達が来るのをずっと待っていたのだよ」
「ああ、依頼の事ですね」
「それもあるが、冒険者の長として君に感謝したかった。冒険者が英雄と呼ばれるのは、我が事のように嬉しいのだ。街を救ってくれて、ありがとう」
しっかりと頭を下げる彼に、少し好感が持てる。
「とんでもない。俺は自分のしたいようにしただけです」
「いや、それでいいのだ。自由な冒険者らしいじゃないか!」
笑いながらノアの背をバンバン叩いてくるギルドマスター。無駄に力が強いため、むせそうになる。そんなノアに気付くこともなく、目の前の男は楽し気に笑っている。
(前言撤回。好感が持てるは言い過ぎだった)
ひとしきり笑った後、男はノアに向き合い、親指を天井に向けて言う。
「私はこの王都冒険者ギルド『ギルドマスター』マキシム。詳しい話は上階にある私の執務室で話そうか」




