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魔王の後継者は英雄になる!  作者: 城之内
三章 聖女護衛編
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新たな旅路




 多くの犠牲を払いながらも、アスカテル公爵がき起こした貴族派の反乱は、首謀者死亡で幕を閉じた。

 反乱を起こしたアスカテル家を含めた多くの貴族家の今後の存続が協議される中、今回の件で大活躍した者達には、王からたんまりと褒美がもらえる事に決まった。


 そして、玉座の間では。褒美の授与が行われている最中だった。


「冒険者ノア、前へ」


 小人族の宰相が声を張る中、ノアは深紅の絨毯の上に片膝をついた。左右に並ぶのは煌びやかな衣服をまとった貴族達。

 皆、王派閥に属する貴族だ。


「面を上げよ」


 玉座から重い声が響き、ノアは素直に顔を上げる。玉座に座るのは、リンヴァルム王国の王ダスティヌスと、その隣に座る絶世の美貌を持つ王女ヘレンである。


 ヘレンはノアとは視線を合わせず、下を向いている。時々、チラチラと視線が合うと、すぐに逸らされる。その様子を少しだけ不思議に思うが、今は式典の最中だ。ノアはあまり気にしない事にした。


「貴殿には特に世話になった。我が一人娘であるヘレンを守った事、王ではなく父として素直に感謝する」


 王がしっかり頭を下げても、臣下たちは何も言わない。貴族達も自分の子がいる。王としてではなく、父としての気持ちを汲み取ったのか。

 そしてダスティヌスも、娘に対してそれだけ想いが強いのだろう。


「いえ、陛下。頭をお上げください。私は当然の事をしたまでです。この国の無垢なる民が傷つき、王国の宝石である王女殿下が傷つくのは見ていられなかっただけの事。身体が勝手に動いただけです」


 全く思ってもいない事をスラスラと述べたノアに、一瞬ヘレンがこちらを睨むが、ノアと眼が合うとすぐに逸らした。

 しかし、貴族達からは感嘆の息を漏れる。


ーー王都の民が噂しておった。新たな『黒騎士』の誕生だと。


ーー精神までも、かの英雄に似ておるな。


ーーでは、彼が持つ英雄紋は『黒騎士』が与えたもので間違いないのでは?


ーーそれより、王女殿下を抱きかかえて悪魔族と戦ったというのは本当なのか?


ーー本当らしい。それとな、噂では既に姫殿下と恋人同士だとか。


 様々な囁き声が貴族から聞こえた。流石に身体能力も強化していない中で、ノアには彼らが何を囁いているのか聞き取れないが、少なくとも悪意はない事が分かった。


(だったら、別に何を言われようがいいよね)


「ふむ、そなたの心意気、正に英雄そのものだ。して、ここからが本題だ。この式典は褒美を与えるためのものだ。何か望むものはないか? 可能な限り……いや、必ず叶えて見せよう」


 ノアは心中で笑みを浮かべる。その言葉を待っていたのだ。金には困っていないし、強い武具もいらない。

 それでも、欲しいものはある。


「では、僭越ながらーー」


 話始めた内容に、貴族が大きくざわついた。王も目を見張ったが、最後まで話を聞き、やがて大きく首を縦に振った。








*   *   *   *








  


 宿屋『黄金亭』の一室。ベットには一人の青年が身を起こして、静かに自分の身体を見下ろしていた。その姿は、全身グルグルにまかれた包帯だらけ。

 まるでミイラのような姿をしている。


「ちッ」


 舌打ちをしてベットから出ようとしても、全身に激痛が走ってすぐにベットに倒れこんでしまう。青年はそのまま悪戦苦闘をしつつ、何度もベットから出ようとするが、何度やっても無理だ。


 もはや諦めて、ベットに入る。すると、部屋にノックの音が響いて扉が開かれた。


「やあ、ミイラ男くん。あ、間違えた、ギルベルくん」


 やってきたのは、中性的な容姿をした黒髪の少年だった。彼はからかうような楽し気な笑みを浮かべている。


 ミイラ男ーーギルベル・アスカテルは目元を歪めながら口を開く。


「……毎度思うが、なんでてめえはそんなに元気なんだ……」


「まあまあ。そんなことより、朗報を持ってきたよ」


「……なんだ」


 角が取れたように素直に聞く自分自身に、ギルベルは少し驚いてしまった。


「君は無罪放免になった。そして、アスカテル家に戻れることにもなった」


「な、何だと⁉ ッぐ⁉」


 起き上がろうとして、すぐに痛みが全身に回る。


「君は選べるんだ。これからの人生を」


「……余計な事を……大体、今更あそこに戻っても気まずいだけだ」


「そうかい。じゃあ、もう一つの選択肢が一番かな? 俺達と共に来てくれ」


「……何?」


 笑みを浮かべて、ノアは言う。今度はからかうような色は見せずに、ただ楽しそうに。


「身寄りもいない。丁度いいだろ、行く当てもないし、これから何をするか目的もない。だったら、恩ある俺と一緒に来た方がいい」


「……お前が良くても、他の奴らは何て言ってる」


「男なら誰でもいいってさ」


「……」

 

 思わず、力が張っていた肩を脱力する。

 それからノアは無言で拳を突き出す。そのままの姿勢で、真剣な表情で真っすぐこちらを見つめるノアに、ギルベルは根負けしたように弱々しく拳を突き出しーーコツンとぶつかり合わせた。

 

 




 

*   *   *   *







 ギルベルと話を終えて、ノアは同じく王から褒賞を受け取ったレナがいる部屋に向かう。レナの部屋、というか、本当はノアの部屋である。そこに彼女が住み着いただけだ。


 扉を開けると、木のテーブルを囲んでレナが座り、メイド服を着たエルマがコップに果実水を注いでいた。


「あ、ノア。どうだった?」


「ああ、無事に仲間になってくれた」


「そっか」


 特に嬉しそうには見えず、いつも通り眠そうな表情で注がれた果実水を口に運ぶレナ。エルマも興味なさそうに、無言でもう一つあるコップに果実水を注いでくれる。


 その様子に、ノアは少し呆れたような表情を見せる。


「いや、新たな仲間の加入にさ、レナは『そっか』の一言で終わってエルマはもはや何も言わないって……何だか淡泊すぎるような……」


 しかし、予想通りというか、納得の反応ではある。


「それ以上言うことない」


「レナの言う通りです」


「……もういいよ」


 ノアは椅子に座って、自分もエルマに礼を言って注がれた果実水を飲む。ひんやりとして、甘酸っぱい味がして美味い。


 テーブルの上にはお菓子も用意されている。非常に作りこまれている菓子だ。これを街で買えば、結構な額になる事は間違いない。


「これ、どうしたの?」


「宿からです。何でも、王都を救ってくれたお礼だとか。全部タダだそうです」

 

 この果実水もです、と氷が大量に含まれた水差しを持ち上げる。


「なるほど、まあ結構活躍したよね、特に俺」


 実際、反乱を企てた首謀者も、王女を狙った悪魔族も一人で倒したようなものだ。


「ん、でも私も結構な額を王からもらった。雑魚しか倒してないのに」


 レナは悪魔化した貴族達から多くの民を救った。それを評価され、レナは多くの金銭をもらった。ちなみにエルマは何も貰っていない。悪魔族も数体倒したと言っていたが、多分目撃者がいなかったのだろう。というか、意図的に避けたのだ。


「これで資金も更に潤ったし、仲間はそろった」


「……ノアは、ギルベルの罪を帳消しにすることで、本当に良かったの?」


 ノアが望んだことは、ギルベルのこれまでの罪の帳消しである。それと、アスカテル家の前当主、つまりオスカーやギルベルの父を殺したのは今まではギルベルという事になっているが、これをオスカーに訂正した。


 更に望んだことはアスカテル家の取り潰しの免除だ。もしかしたら貴族に戻りたいというかもしれなかったし、それにレインの今後もある。一族郎党皆殺しになってしまえば、関わった身としては寝覚めが悪くなる。


「首謀者のアスカテル家が取り潰しを免れれば、貴族派閥に属していた貴族達も同じく取り潰しは免れるでしょうね」


「それでいいだろ。別に俺にとっては王派閥とか貴族派閥なんてどうでもいいし、無関係なのに意味もなく死ねというのは流石に可哀想だ」


 この時、ノアの脳裏には舞踏会で一緒に踊った令嬢を思い出していた。少なくとも、あの場にいた令嬢たちは自分達の親が国に反乱を企てているとはとても思えなかっただろう。


 貴族派の貴族達は、才能を見るダスティヌスに不満を抱き、オスカーの口車に乗ってしまっただけなのだろう。血を重んじる彼らの弱さを、オスカーに付け込まれた。彼らもある意味被害者と言えるかもしれない。


「それとさ、今回の件で結構俺達は名が売れた。闘技大会は中止になったが、それ以上に俺の名は知れ渡ったはずだ」


 少しだけレナが拗ねたように口を挟む。


「でも、冒険者パーティ名はまだ決まってない」


 ノアは声を詰まらせ、


「ま、まあそうだけど、これからは指名依頼という依頼が増えるだろう」


 一拍を置き、ノアは言う。どことなく嬉しそうなノアに、レナは不思議そうに首を傾げた、


「既に、ものすごい人物から指名依頼が入った。さっき王城から帰ったときに、直々に頼まれたんだ。ただ、詳細は冒険者ギルドに出してあるらしい」


「……それは?」


 急かすように聞いたレナに、ノアは言う。


「聖王国の聖女ご一行からだ」


 新たな旅路は、聖王国へと舞台を移す。




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