邂逅
王都の闘技場。そこでは一つの決着がついた所だった。力なく倒れこむギルベルの肩をノアは支えつつ、粉微塵になったオスカーの死体を見つめる。
よく見ると、粉々になった身体の中で、唯一形を保っている物体があった。それは、血管が通る不気味な果実のようなモノ。”種”と呼ばれる禍々しい物体。
悪魔化の原因でもあるそれが未だに脈動を続けていた。
だが、再生はしない。流石に原型すらわからず身体を吹っ飛ばせば再生はしないらしい。
「……終わったな、ついに」
ノアは<黒竜機装>を解除し、ギルベルを地面におろしてから自分も腰を下ろした。
「……流石に、疲れた……」
「……まだ、だ、アホがッ。アレを、壊せ。”魔核”だ、ノア、あの気持ち悪いモノを潰せ」
「……はぁ、筋肉痛みたいに身体が痛いのに……面倒だな」
通常の筋肉痛よりも、何倍も激しい痛みが全身から押し寄せてくる。それでも何とか立ち上がって、ノアが魔剣を魔核へと振り下ろそうとしたその瞬間、空から殺気を感じて飛びのいた。
「ーーア、アイツはッ⁉」
「……次から次へと……」
見上げた先には、背から悪魔の翼に頭部には角をもった大男。禿頭の悪魔族がいた。
「何匹来るんだよ、流石にもう限界なんだけど……」
「悪魔族を匹で数えるな」
低い声で言う禿頭の悪魔族は、静かに地面へと立ちオスカーの魔核へと手を伸ばした。
「それをどうするつもりだ、ハゲ」
「……」
ギルベルの問いを無視して、禿頭の悪魔ギドはじっと魔核を見つめる。そして、嬉しそうに目を細めた。
「竜の魔力がついてあるな。一応、計画は成功と言った所だが、エレムを殺したお前はここで殺しておく」
「……驚いた。同族意識なんてあったのか、でも、もう時間切れさ」
ノアがそう言った瞬間。
ギドの足元、地面から木が突き破って、ギドへと迫る。しかし彼も予見していたようで、空中へと逃れた。
空へ逃げたギドを追うように木が急激に成長していく。
そして、ふわりとノアの両肩に空から来た妖精が乗る。
「……もう貴族が悪魔化した奴らは全員始末したようだ。レナ、よくやったね」
「ん、ノア、頑張ったよ。えらい?」
「えらいよ、マジで」
えへへと笑う妖精を肩から地面に下ろして、頭を撫でてあげた。気配を感じて隣を見れば、美貌のメイドもいつの間にかいる。
集まってくれた仲間たち二人に、ノアは笑みを浮かべる。
「エルマも、ありがとう。ギルベルの足止め」
「はい、容易い事でした」
「ちッ……」
空で木と追いかけっこしている悪魔族は、不快に顔を歪め、更に上へと昇っていく。流石に木は成長限界を終えて動きが止まる。
ギドはそのままオスカーの魔核を持ったまま、空へと逃げ去っていった。
「……追う?」
「いや、俺も限界に近い」
顔をしかめながらノアが言えば、レナが心配げに眉根を寄せる。
結果的に悪魔一体は逃がす事になったが、ついに元凶であるオスカーを倒したのは事実。悪魔達を相手していた英雄紋所持者たちもこっちに集まってきた。
「何か、面倒な事が起きそうだが……今、はーー」
「ああ、終わった事を喜ぶと……げっ……」
ノアが後ろに気配を感じてみれば、純白のマントを着た勇者と第四騎士団団長アザミがいた。アザミは頭を抱えて、疲れたような顔をしていた。レノスの相手で疲れたのだろうか。
それから複雑な眼差しをレノスへと向ければ、
「……話がある。付いてこい」
勇者レノスは、それだけ言ってどこかへ歩いていく。その様子に、どこへ行くのか、という問いはしなかった。
ただノアは生唾を飲み込み、ついに邂逅の瞬間が来た事が分かったのだ。エレムやオスカーと戦った時より、緊張していく。
今分かった。
ーー俺は、彼女に会うためには身分が足らないとか何とか言ってたが、ただ覚悟が足らなかっただけだ。
倒壊した建物から砂埃が舞う中へ、勇者レノスは消えていく。
「……二人とも、少しだけ待っててくれ」
仲間たち二人の視線を背後に感じるが、ノアは振り向かずに行く。これは、自分の問題なのだから。
* * * *
レノスの背を追い、ノアは闘技場の舞台があった場所、中央付近へ来ていた。そこかしこに散乱する瓦礫の中、多くの人々が集まって何やら騒いでいる。
人々の輪の中にいて、歓声を浴びている一人の少女。冒険者、王国騎士、傭兵、身分役職関係なく、闘技場内で戦っていた全ての人々が負った怪我を癒やしていた。
足を斬り飛ばされた大怪我さえも、薄緑の暖かな光が癒やす。
人々の輪の中心に、一人の少女がいた。
銀色の髪に優し気なタレ目、絶世の美貌を持つ少女は、皆からかけられる感謝の言葉に、恥ずかしそうに笑みを浮かべていた。
聖女と謳われるに相応しい容姿、所業。
だが、ノアにはその光景が、優し気な彼女が変わっていない証明のように感じた。ヴァレールに連れ去られ、何年も会わずに離れ離れになっていた幼馴染の姿。
レノスが人々の間を縫うようにスルスルと通り、フィリアへ何か耳打ちした。すると、驚きに目を見開いて、フィリアは立ち上がりキョロキョロ辺りを見渡した。
レノスが指を差し、再びフィリアへ何かを言うと。
指の先にいるノアと、必然的に目が合う。しばらく見つめ合い、二人は時が止まったように動かない。フィリアが、ゆっくりとこっちへ歩み寄ってくる。
人々は空気を呼んだのか、自然と道を開ける。
視線が絡み合ったまま、フィリアはノアのすぐ目の前まで来た。
何を言われるのか、ノアは恐怖を感じた。どんな敵にも抱かなかった恐れが心に渦巻く。彼女をおいて、自分は外の世界へ出たのだ。
彼女がどんな経緯で『聖女』となったのか、それは分からないが、もしかしたら思い出したくもない過去を背負っているのかもしれない。
恐怖を感じるノアへ、フィリアは。
涙で潤んだ瞳を向けて、優し気に微笑んだ。
「--久しぶり、だね、ノアくん」
「……え?」
「あ、怪我、してるね。ちょっと待って」
フィリアがノアの身体に手を当てると、全身を暖かな光が包み込んだ。
「……」
副作用だった酷い筋肉痛、多数あった生傷も治っている。しかし、そんなことよりもノアは、思い描いていた彼女のリアクションの違いに驚き、呆けたまま固まっていた。
「……フィ、フィリア……あの……怒ってないの?」
「……えっと、なんでかな?」
「いや……俺、泣いてた君を置いて、一人でヴァレールに……」
「……ふふ、ノアくん、気にしてたんだ。泣きそうな顔してる」
安心した、そう言ってフィリアは涙を指で拭い、ノアの顔を改めて見つめた。
「……気にしてたに決まってる。会えない時も、ずっと考えていたさ。でも、あの時はそうするしかなかった」
ノアがそう言えば、僅かに頬を染めてフィリアは視線を下げる。
「そ、そっか……私はあの時にヴァレールを追っていた聖騎士に拾われて、そのまま王城に。だから、奴隷としての生活とかはなくて……」
「……よかった……」
万感の思いが籠った一言に、フィリアは嬉し気に表情を緩める。
「……ノアくんは……やっぱり変わってなかったね」
「……それは、こっちのセリフなんだけどな」
頭の後ろに手を当て、ノアは気恥ずかしげに言うと、フィリアも同様に恥ずかし気にはにかんだ。二人から漂うなんとも言えない空気に、誰しもが何も言えない中、聖王国の勇者は、勇者たる所以を見せつける。
平然とした顔で二人に話しかけた。
「フィリア様、その辺で。その者は聖王国の敵なのです。貴方様がどうしてもと言うから僅かに時間を取りましたが」
「……レノス、もう少しだけ……」
「レノス……お前、ひょっとして空気読めない奴なのか、それとも意図的に……」
ノアが戦慄していても、レノスは取り合わない。フィリアとノアの間に強引に割って入り、ノアにどこかに行けという風に首を振る。
「……ノ、ノアくん、ご、ごめんね。また、後で会えるから、絶対に!」
「……自分から呼んどいてからに。でも、まあ、レノス」
フィリアを守ってくれてありがとう、そう聞こえるか聞こえないかくらいの声量で言って、ノアは背を向けた。
緩んだ頬が見られないように、振り向かずに。




