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魔王の後継者は英雄になる!  作者: 城之内
二章 王国闘技大会編
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ノアVSオスカー



 ノアは悪魔族の一人、エレムを倒した後、王国の姫であるヘレンを王城まで送り届けた。本人は大丈夫と言っていたが、やはり他の悪魔族が狙っているかもしれないのだ。一人にしては置けない。近衛騎士達に気圧されながら感謝を告げられた後、ヘレンは一つ頷きを込めてノアを見送った。

 

 そうしてノアが闘技場に戻った時、既に兄弟同士の交戦は決着がついたようだった。


 ギルベルの背を踏みつけ、醜く嗤う竜魔人の姿に、ノアの胸の内に負の感情が湧き出した。情報屋で得たギルベルの人生。それを聞いた今、思う事は一つだけ。彼の今までの人生は、きっと楽しいものではなかったはず。


 素直に言えば、ノアはギルベルを仲間にしたいのだ。初めに盗賊達のアジトで出会った時、その実力に驚いた。一緒にいた時間は少ないが、どういう性格かは分かる。簡単に言えば、気に入ってしまった。だから助けに入るのだ。


 瓦礫と化した闘技場では、未だに悪魔族達が暴れている。よく見ればフィリアもいて、英雄紋を堂々と使っている。

 ノアは場違いにも笑みが漏れる。聖女という立場であり、聖王国の来賓としてきた身でありながら、避難もせずに闘技場に残っているとは。


 やはり、彼女の心根はあの時のまま。誰よりも優しい彼女のままなのだろうか。しかし今は、確かめることはしない。


 闘技場で暴れている悪魔達はレナやエルマに任せるとする。


 この王都の混乱をただちに止める方法は、オスカーを殺す事だ。だからノアは、竜の鎧に魔力を通し一瞬でオスカーに肉薄した。


 閃光のような速さで、ギルベルに止めを刺そうとしているオスカーの右腕を背後から斬り捨てた。しかし速すぎたのか、オスカーは自分の腕をなくなった事に気付かない。


「ナ、に……?」


「--今頃気付いたのか。痛覚がないのかな?」


 ノアの軽口に、オスカーがゆっくりと背後を振り返り、ノアと眼と眼が合った。オスカーの眼は、既に人の眼とは思えなかった。だから会話などせず、一切の躊躇なく、その瞬間にノアは容赦なく身体を微塵斬りしていく。


 まず急所である首を斬る。次に前腕を斬り飛ばし、次に上腕。その次は胴体部に入り、心臓を突きで一刺し。腹を掻っ捌き、膝から下を斬り飛ばし、最後は縦に身体を真っ二つにした。


 全ての攻撃が終わった後、やっと重力に引かれて最初に斬り飛ばした首が地面に落ちた。ノアが感情を感じさせず、その首に視線を向ける。

 見れば、オスカーの表情は驚きに染まっており、信じられない事にまだ生きていた。


「フ、フフ、ハハハ……私の、ワタシノ、身体ガ……こんナにモ呆気なく……素晴らシイ。その鎧、アスカテル家の力だナ……?」


 いまだ余裕を失わず笑みを浮かべるオスカーだが、ノアは警戒していなかった。ただただ生物として、その歪な姿に嫌悪感を覚えた。だから、それ以上は見ないで、ノアは傍で倒れているギルベルに言葉をかけた。


「……随分やられたね。手でも貸そうか?」


「……その、声。ノア、か……いらねえよ、クソがッ」


 途切れ途切れの声と、ボロボロの身体。誰が見ても重傷だ。しかし、ギルベルは血を流しながらも立ち上がった。ノアは肩を貸そうとしたが、結構な強さで押し返された。地味にノアはショックを受ける。


「……よそ見、してんじゃねえ! こいつは、もう人間じゃ、ねえんだぞッ!」


 ギルベルの鋭い眼光の先を見れば、オスカーの身体が既に再生を終えていた。地面に落ちてある頭を手で拾い、そのままつける様は何というか、悪魔というよりアンデットのようだ。


 黒鱗を纏った竜魔人は、ノアを賞賛するように拍手を送った。


「素晴らシイ。その力、何なンダ? 他の英雄の力を自身に纏えるのか? 興味が尽キないナ、君は」


「まあね。自分でも驚くほどうまくいったよ」


「……エレムを殺シたノか?」


 ノアは躊躇いなく頷く。しかし、オスカーの表情に驚きはなく、ただ納得の色が見えた。


「なるほド、君の余裕はソこカら来ていルのか、理解した。だが、私は悪魔族を凌駕スる魔の王ダぞ?」


「……別にその事が根拠じゃないさ。何をしたって、お前じゃ今の俺には勝てないよ。英雄紋と悪魔化は両立できない。お前を見ているとそれが良く分かる。英雄紋所持者が悪魔化したにしては、随分と弱い。人の能力と魔の能力、反発する力を併せ持つなんて出来るわけがなかったんだ」


「……言いタいこトはそレだけか? ならば証明しテやろウ、この新たなる『魔王』が。今度は不意打ちなどつまラなイ真似はすルなよ。本気で相手をしテやル」


「ならギルベル、最初は任せてくれーー」


 黒騎士と竜魔人はその言葉を最後に激突する。取り残されたギルベルは、次元が違う戦いにそっと奥歯を噛みしめた。


 闘技場で、黒爪と魔剣が幾度も重なり、火花を散らす戦いが始まった。



 悪魔族であるエレムとの戦いで、ノアは<黒竜機装(バハムート)>の力を引き出せるようになってきた。しかし、流石に絶大な力の代償はあるようで、筋肉痛のような痛みが身体に広がり始めている。早く決着をつける必要がある。


ーー身体能力上限、六割。


 魔剣ルガーナで黒爪の斬撃を弾き飛ばす。たしかに両手に伝わるオスカーの膂力は、歴戦の悪魔族であるエレム以上の衝撃だ。人間であったオスカー自身の技術も感じられる。

 しかし、ノアの技量はそれ以上で、身体能力も同程度。絶大な魔力を生かして魔力弾なども放ってくるが、予備動作が大きく避けるのはたやすい。


ーー脅威に感じる攻撃がないんだよな。


 余裕すら感じるノアだが、何を勘違いしたのかオスカーは嗜虐的な笑みを見せる。


「どうシた? 反撃すル暇もないカ?」


 攻撃をいなすか弾くだけに徹していたため、防戦一方にも見えるノアだが、相手の能力上限を見極めているだけだ。まあノアは兜を被っているため、表情は見えないから勘違いしたのかもしれない。


ーーだったら、現実を教えてやるか。


 身体能力上限七割。


 魔剣ルガーナが魔力を吸い、嬉しそうに紅に脈動した。そして嵐のような黒爪の斬閃をかいくぐり、魔剣を振りぬく。全ての攻撃が見切られ、ノアの剣が首元に到達しようとしたその瞬間、オスカーがニタリと嗤った。


「待っテいたぞ、そレをッ! <悪魔収束砲(デーモン・ブラスター)>」


 開かれた口の中、そこには圧縮された魔力を溜まっていてーー


 眼前にある黒き輝きに、ノアは躊躇いなく英雄紋の力を発動させた。嘲笑うような嗤いをオスカーに向けて。


「<魔力変異(マジック・フォーゼ)・伸縮自在カラドボルグ>」


 振るう魔剣の刀身が勢いよく伸び、魔力砲撃が発射される前にオスカーの首を斬り落とした。


「--それダけで、私が止マるとでモ?」


 発射された魔力砲撃は明後日の方向へ飛んでいったが、オスカーの首なしの身体が動き出した。握りしめられた拳で、剣を振りぬいた後の無防備なノアの腹部に渾身の一撃を叩き込む。


「グハッ⁉」


 甘んじて受けるしかなかった。吹き飛ばされつつも、ノアに大したダメージはない。竜の鎧の影響か、打撃攻撃はあまり効かないようだ。


 砂埃を身体から払いつつ立ち上がった先には、身体が首を拾い上げくっつけているオスカーの姿がある。再生する時間があった影響で、追撃まではしてこなかったようだ。


「やれやれ、再生能力はアンデットみたいだ。普通にキモいな、ねえ、ギルベル君」


「……全くだ、アレと血がつながっているとは、思いたくねえ……」


 吹き飛ばされた場所は、丁度最初の戦闘が始まる場所。ギルベルの隣に並んだノアは軽い口調で会話を続ける。


「ギルベル、俺は身体能力でオスカーを圧倒できる自信があるが、あの化け物を殺すには範囲攻撃が必要だ。だけどね、今の俺の魔力量じゃあちょっと厳しい……だから、お前がやるんだ」


 嘘である。確かにノアは<黒竜機装>を維持したまま、強力な紋章術を使う事はできない。しかし、ノアの<魔力支配>の能力で、悪魔化は解除できる。それをしないのは、ギルベルのためである。


 彼はきっと、自分の手でオスカーを殺したいはず。


「……範囲攻撃。オレの神器なら、可能だが……」


「なら話は早い。俺がバラバラに解体するから、そうしたら塵も残さず綺麗に抹消してくれ」


「ちッ、てめえ、俺にーー」


 ノアは無視して、オスカーに向かう。オスカーも魔力を身体から発し、ノアへ向かってくる。


ーー身体能力上限八割。


「クハハッ!、何やラ面白イ話をしテいたガ、私を倒す事なドでキるわけガない! 私は魔王なのダッ!」


「--どうでもいいんだよ、魔王とか。でも、お前はレナを殺そうとしただろ、そのツケは払ってもらう」


 ノアの魔剣とオスカーの黒爪。交差する瞬間、ノアは殺気を研ぎ澄ませる。レナを狙った元凶であり、ヘレンまで傷つけようとしたのだ。


 先ほどまでとは違う。魔剣に殺意を乗せて、ノアは動く。高められた身体能力で黒爪を弾き、オスカーの身体の関節部を次々と切り刻んでいく。オスカーも抵抗しようとするが、ノアは打撃攻撃を受けながら、オスカーを斬っていく。攻撃をくらっても、ひるまずにただ相手を殺す事だけを考えて。


 オスカーの瞳に、やっと恐怖が映る。自分の攻撃にも怯まず、ただ自身を殺すために動くノアの姿に。


「--な、何故ダ! なぜ、引かない⁉ 効いテいなイのか⁉ 」


「--効かないさ、アスカテルの鎧が優秀でね」


 身体を微塵切りした後、ノアは飛びのく。オスカーが最後に見たのは、血まみれになりつつも、眼に殺気を宿らせて自分を見つめる弟の姿だった。


「ーー死ね、<地獄抱擁(ヘルズ・エンブレイス)>」


 大鎌から重力波が放たれた。超至近距離からの重力波に、オスカーは悲鳴をあげる暇もなく、木っ端みじんに爆散して地面に埋まった。





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