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魔王の後継者は英雄になる!  作者: 城之内
二章 王国闘技大会編
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ギルべルの過去



 ギルベル・アスカテルの母は貴族ではなかった。平民階級者であり、職業は冒険者だった。


 英雄の一族であるアスカテル家は領内の魔物を冒険者に任せることなく、自分達で狩ってきた。それは代々一族全てに英雄紋が与えられる特殊な家系にあり、英雄としてのプライドがあるからだ。


 だが、魔物討伐という仕事を奪われた冒険者は当然反発する。その冒険者の先頭に立っていたのがギルベルの母だった。ギルベルの母と先代のアスカテルの当主は利権をめぐって何度も衝突した。


 怪我人が出ることもあり、アスカテル家と冒険者は決闘という形で決着をつけようという話になった。英雄紋を持つアスカテル家当主と冒険者であり英雄紋所持者でもあったギルベルの母。


 勝敗はギルベルの母の勝ち。その戦いでなぜかアスカテル家当主はギルベルの母に惚れてしまい、何度もアプローチして結果、ギルベルが生まれた。


 しかし先代の王は、今代のダスティヌス王のように平民に目をかけたりしない人物だった。曲芸的な貴族主義の王に仕えるアスカテル家の当主は、この事実を隠すことにした。


 ギルベルにはアスカテル家の誰もが持つ英雄紋がなく、一族からも冷たい視線にさらされた。英雄紋を持つ母の影響なのか、それとも平民だからなのか、理由は定かではないが母とギルベルだけが一族の中で常に侮蔑の視線の矛先だった。


 ただ一人、先代の当主のみが庇護者だった。


『気味が悪いわ、旦那様もどうして平民なんかを妻にしたのか……』


『目付きの悪い奴だ。見ろよ、こっちを睨んでるぞッ』


 そんな中で生活するギルベルは、しかし性格を歪めることはなかった。豪快な母の影響か、そんな視線を意に返していなかったのだ。だが、それを気にくわない者がいた。


 アスカテル家の屋敷内、庭園の芝の上で、当時10歳の子供だったギルベルは木剣を振っていた。日が出たばかりの朝早い時間帯にもかかわらず、彼の額からは汗が滴り落ちていた。


 そんな彼を、近くの木に身体を預けながら見る青年が声をかけた。


『やあ、ギル。随分と早いね……修練かい?」


 にっこりとした笑顔で言う青年ーーオスカーだが、その眼差しに宿る感情はうすら寒いものがある。


『……兄上』


『無駄だよ、ギル。どんなに頑張っても君は英雄紋を持たないんだ。私は君のように真面目に修行したことがない。馬鹿みたいに剣を振った事なんてないんだ。でもーー」


 オスカーが腰に差してある木剣を抜き払って、ギルベルに斬りかかった。ギルベルは瞬時に自分が持っていた木剣を盾にするが、膂力の差で木剣を吹き飛ばされてしまう。


『うっ……』


『こんなふうに簡単に勝てる』


 手を押さえてうずくまるギルベルを見下ろして、


『手を痛めたのか、脆弱だな。いくら努力しても、強くなることなんて無理だと思うけど』


『……兄上、オレは誰にも迷惑をかけていない。どこで何をしようといいでしょう』


『残念だけど、迷惑ならかけている。目障りなんだよ、お前の存在が。お前が生まれてから父上は俺に目も暮れなくなった。次期アスカテル家当主である私をだ……。それもこれも、全ては私の父を惑わしたお前の母に原因がある。人を誑かす魔女のような人だ、恐ろしいよ』


 口元を歪めて嘲笑うオスカーに、拳を震わせたギルベルが声を荒げた。


『撤回しろッ! オレの事はいいが、母上の事を悪くいうのは許せないッ‼』


 飛び掛かかってくるギルベルを冷静に見つめて、溝にオスカーは蹴りを入れる。オスカーは激痛に声も出せず崩れ落ちるギルベルを見下ろして、その背を踏んだ。


 背を踏まれながら、ギルベルは必死にオスカーを睨む。オスカーは見下すような視線を向ける。互いが互いを敵視する関係は……兄弟喧嘩はこの時より始まった。


 のちに、オスカーは自分の父でもあるアスカテル家当主とギルベルの母を殺害。その罪をギルベルにきせて、自分は新たに当主となった。


 一族の者はほとんどがオスカーを支持し、ギルベルは罪人として追われることになった。ただ一人だけ、母の世話役だったメイドが逃げ道を手配してくれて、ギルベルは辛うじて逃げ出すことができた。


 大好きだった母を奪った兄への復讐心のみが、今のギルベルを動かしている。






*   *   *   *





 崩壊した闘技場。瓦礫が散乱し砂煙が巻き起こる場所で、赤ローブを着て大鎌を肩に持つ灰色髪の青年と、悪魔と竜の二対の翼を持つ魔人が相対していた。


 ギルベルは勝てるとは思っていない。


 だが、可能性はあると思っている。チャンスは一度だけ。油断をしている今しかない。実を言うと先ほどのレインと同時に防いだオスカーの爪の斬撃は軽く防いだようで相当な体力を使った。


ーーだが、手がないわけじゃねえ。


 バカげた身体能力だが、ギルベルにはそれを封じる力がある。実はここにくるまでずっと、鋼色の魔力球を空中で待機させていたのだ。


 ギルベルの神器、地獄大鎌の力は重力操作。


「<地獄抱擁(ヘルズ・エンブレイス)>」


 オスカーの頭上で、鋼色の魔力球がはじける。ギルベルのほぼ全ての魔力を注いで作った魔力球は大きさこそ小さいが、その効力は絶大だ。


「な、に……これ、は……」


 空間が歪むほどの重力波に、オスカーが地面に沈み込んでいく。その隙にギルベルは一気に距離を詰める。大鎌を振りかぶり、オスカーの首を一閃ーー


「ーーなンてナ」


 英雄級の者でも一切の動きを封じられる重力波の中を、オスカーは歪な笑みを浮かべながら長く伸びた黒い爪を振る。大鎌と爪の一撃が合わさり、甲高い金属音を響かせる。


「私がこノ程度で動けなイとデも思ったのか?」


「……化け物が喋るな。キモイんだよッ」


 オスカーは強引に後ろへ飛び、重力波から逃れようとするがギルベルは追撃の一撃を放つ。それを再び爪で受け止め、反対の手をギルベルの首目掛けて振るった。


 ギルベルは柄を地面に打ち付けて身体を浮かせ、上に飛んで爪の一撃を躱す。空中にいるギルベルは大鎌の柄を軸にして蹴りを放つ。頭部に命中した全力の蹴りはオスカーを吹き飛ばした。


 しかし、その影響で重力波の範囲から逃れられ、しかも立ち上がったオスカーの姿は少し口元から血が垂れているだけだった。


「くそッ、硬すぎんだろ。化け物が……」


「ふぅ、英雄紋を持タず、ヨくぞここまで。だが、無駄だァ、全てが無駄ナのだッ!」


 オスカーの身体から膨大な魔力が放出される。それだけで周囲の瓦礫が吹き飛び、ギルベルは吹き飛ばされて地面を転がる。


 周囲にいた悪魔や戦っていた騎士、冒険者。それぞれが被害を受けて吹き飛ばされる。


「フハハハハハハハハハハッ‼」


 高笑いしながらオスカーの身体がどんどん変化していく。筋肉が膨れ上がり、身体が大きくなっていく。顔にまで黒い鱗が生え、全身を覆っていく。


「これ、は……」


 膝をつくギルベルは呆然とした呟きが口から洩れるが、次の瞬間、視界が黒に覆われた拳で埋め尽くされる。


「グぁッ、ぐッ……」


ーーやば、いな……。


 気付けば腹に拳が突き刺さっていた。視認不可能なスピードで距離を詰めた一撃をもろにくらい、ギルベルは必死に激痛を押し殺すために奥歯を噛みしめた。血が口からこぼれ落ち、地面を汚した。

同時にオスカーはギルベルの足を踏み、吹き飛ぶことを許さない。


 そのまま崩れ落ちるギルベルの背を踏みつけるオスカー。


「あノ時と同じデ、無様な姿だナァ? ギル」


 ギルベルは激痛を堪えて必死にオスカーを睨みつける。だが、いくら自分がここであがいたところで、もはやどうすることもできない事は分かっている。


ーー母上、オレは……貴方の仇を討つこともできねぇ。復讐という、たった一つの目的を遂げることすら……。


 いつかの時のように、見下す視線を向けるオスカーは黒の鱗に覆われた顔を楽しそうに歪めた。


「いい事を教えテやろうか。お前を屋敷かラ逃がしたメイドはな、身体に火をつケて殺してやっタんだ。ゴミのようナお前を庇っタ愚かな罪人の末路は、何よリも醜いモのだったな」


 必死で助けを求めるメイドを、皆が嗤ってみている。そんな光景がギルベルの脳裏によぎり、視界が霞む。屋敷から逃してくれたメイドは母の専属だった人だった。ひたすら優しい人で、ギルベルもその人にだけは心を開いていた。


 自分の生は意味があったんだろうか。母は情けない自分をどう思うだろうか。逃がしてくれたメイドは、何もできずに殺される自分に何を思うのか。


ーーたった一つの目的すらできない。オレは、一体何のために生きていたのか……。


 諦めたような笑みを浮かべたギルベルはその瞬間、必死に起き上がろうと抵抗していた全ての身体の力を抜いた。


 その様子に、満足気に縦長の瞳を細めたオスカーは漆黒の爪を空へ向けた。


「てめえは……きっと、地獄に落ちる……はぁ…はぁ、どうせ、お前もアイツに殺されるんだからなッ」


「……そレが最後の言葉カ。じゃアな、ギル。先に地獄へ行っテくれ」


 そしてそれを振り下ろそうとして、腕を振るった。だが、


「ナ、に……?」


 奇妙な事にギルベルはまだ生きていた。凶刃が呆気なく、簡単に命を奪うはず。オスカーは疑問に思って振り下ろした手ーー自分の右手を見つめた。


「--今頃気付いたのか。痛覚がないのかな?」


 オスカーの眼が見開かれる。視線の先にあるはずの腕がなかった。肩から先が失われ、血が垂れ流しになっていた。


 声の出所である背後を見れば、竜を模した漆黒の全身鎧を着た騎士が、血が滴り落ちる魔剣を手にして立っていた。兜の隙間から、不気味な紅い瞳を覗かせて。

 


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