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魔王の後継者は英雄になる!  作者: 城之内
二章 王国闘技大会編
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ただの斬撃



 近衛騎士達が貴賓席にいたダスティヌスの無事を確かめ、他国の来賓は第四と第三騎士団が死守する。闘技場内では英雄紋所持者が貴族達が変身した悪魔族たちと激戦を繰り広げている。だが、それぞれが敵を引き付けているため、次第に指揮系統が回復していき避難誘導は円滑になっていく。


 闘技場から退場した人々は、ほっと一息。家族の安否を確かめる者、すぐに家に帰ろうとする人、はぐれた家族を探す人。それぞれが動き出そうとした時、市街地で轟音が響いた。


 音の出所へ一斉に目を向けると、一際高い家の屋根上で漆黒の全身鎧を纏った騎士と、炎槍を手に持つ悪魔が戦闘を繰り広げているところだった。


 奇妙なのは、黒騎士の首に手を回して抱き着くリンヴァルム王国第一王女の姿だった。彼女は片手のみで騎士に横抱きにされており、さも危険などなさそうに笑みを浮かべている。その視線は黒騎士にのみ注がれている。


 その姿は、まさしく英雄に守られる姫であり、一人の恋する乙女のようであった。


 街を破壊する凶悪な悪魔に対して、まるで騎士は踊るように華麗に攻撃を避けて、烈火の如き剣戟を繰り出す。その姿は、王都の民にある有名な英雄の姿を想起させる者だった。


「黒騎士……」


 一人の男が呟いた。それだけで、その呟きはまるで水面に起こった波紋のように周囲に拡散して、その戦いを誰もが瞼の裏に焼き付けた。


ーー黒騎士。


 それは太古の物語。悪魔族から仕える姫を守り抜いた忠誠の騎士であり、気高い英雄だ。





 



*   *   *    *





 ノアは蹴り飛ばしたエレムが、貴賓席を突き破って、闘技場の外壁すら破って市街地の地面に叩きつけられたのを類まれなる視力で確認した。


 舗装された石造りの歩道に、音を立ててめり込む悪魔の姿に王都の住民たちが恐慌状態になる。ノアは足に少しだけ力を込める。


「しっかり掴まってください、ヘレン姫」


「……はい」


「ちょっ、待てッーー」


 ギュッと首に手を回す力を強くしたヘレン。ノアは頷いた後、背後で慌てて引き留める王の声を無視して彼女を横抱きにしたまま悪魔が待ち受ける場へ向かう。


 今、ノアはほぼ力を抜いた状態で大ジャンプした。本気の一割も出していない。だが、ジャンプした足場は衝撃で吹き飛び、オスカーが吹き飛ばした天井を突き抜けて流星の速度で空へ飛ぶ。


ーーこの戦闘で、力に慣れるしかない。


 一割も出していない身体能力でも、歴戦の悪魔族を吹っ飛ばすことができた。それは戦闘に慣れて全力を出せるようになれば、きっと歴戦の悪魔族にも余裕で勝てるようになるのではないか。


 だが、不安がないわけでもない。

 

 横抱きにするヘレンの温もりが、それを助長させる。戦闘でヘレンを怖がらせるわけにはいけない。これ以上、あの表情をノアは何故かもう見たくないと思ったから。


 天高く舞い上がり、空中で下降する時、ヘレンがギュッと両目を閉じて身体を預けてくる。ノアは彼女を大切に抱え、風を切りながら着地した。


 轟音を立てて道路を圧砕する。土煙が舞う中、ノアはエレムが持っていた槍を横に払ってかき消し、その槍を既に立ち上がっているエレムへと投げつけた。


ーーヘレンはいい顔をしないかもしれないけど……。


 それはノアの意地だった。ダスティヌスを殺そうとした武器をエレムに返すのは理由がある。ヘレンはあの槍に恐怖の感情を抱いている。それは、返したときに強張った彼女の身体が証明している。


「大丈夫です、私はあの槍を持つ悪魔に勝つ。貴方の恐怖を、私が取り除きます」


 ヘレンは驚いたように目を見開いた後、静かにゆっくりと眼を閉じた。


「……おねがい、勝って……」


 囁くように告げた彼女の表情は、ただの幼子のように純粋だ。


「お任せを」


 力強くそう言って、目の前に立つ悪魔に目を向ける。エレムは槍を持ち、魔力を通して炎を纏う。苛立ちに顔を歪め、その表情は明らかに余裕を欠いている。


「舐めやがってッ、お前は誰だッ⁉ 俺の目的を邪魔するなッ‼ 姫を渡せッ‼」


ーーこいつも俺に気付いていないのか。


 兜の中から呆れたような視線を向けて、ノアは自然体で立つ。片手でヘレンを抱え、もう片方の手で魔剣ルガーナを抜き放つ。


「私は黒騎士。悪魔族の……お前の目的を阻む者だッ」


 そう言って、ノアはそっと足を踏み出す。それだけで超加速する身体は瞬時にエレムの懐までたどり着き、斬撃を繰り出す。横なぎの一閃を、炎の槍が阻んだ。


「これを俺に返すなんて甘いやつだッ、これは神器なんだよ。炎槍アグニは魔力を込めるだけで炎を生み出すーー」


 槍と剣がぶつかり、火花を散らす。幾重にも重なる斬閃を槍で受け流し、瞬時に反撃してくる。


「俺は英雄の武装を使う悪魔族だッ、たかが人間が敵うわけがないッ!」


 それはノアに言っているのではなく、まるで自分に言い聞かせているようだった。


 エレムが口を開く中、ノアは剣戟を容赦なく続ける。打ち合う音を聞きながら、ヘレンはじっと目を閉じてノアにしがみつく。


 そんな中、兜の中のノアの紅い眼差しとエレムの黒い目が重なり合う。その瞬間、エレムがニタリと嗤った。


「知ってるか? 悪魔族は人を惑わせ、巧みに操るんだッ!」


 エレムの瞳が怪しい光を放つ。


ーーなるほど、これがレナを殺そうとした時の……。


 エレムの魔力が自身の身体に侵入してくる。不快感を感じるそれは、幻術となってノアの身体を支配しようとするがーー


ーー俺を支配なんて、お前程度ができると思ったかッ!


 異物の魔力を逆に支配して無効化する。それから、わずかに身体能力に力を込める。


ーー二割、と言ったところか。


「こざかしい真似など、私には効かんッ!」


 下段からの斬り上げ。巻き上げるようなその攻撃はまるで嵐のような苛烈さをもって繰り出された。


「ぐはッ⁉」


 槍の銅金で受け止めるが、あまりにも速い斬撃の衝撃は肉体に浸透して、エレムの身体を宙に打ち上げた。エレムはすぐに体勢を立て直し、周辺で一番高い家の屋根に乗る。ノアも後を追って、屋根上にジャンプする。


 向かい合って、再び剣と槍を向けなおす。口の端から指で血を拭ったエレムは、血が付着した指を見て信じられないような顔をした。


「なぜだ……? 俺が、人族に身体能力で押されている、だと……? あり得ない。そんなことはッ、クソ、ヘレンを渡せ、ソイツの瞳は、俺のモノなのにッ‼」


 その発言に、ヘレンが身を竦める。安心させるように、ノアは抱きしめる力を強くした。


「くろきしさま……?」


「大丈夫、少しの間だけ目を瞑っていてくだされば、貴方を覆う悪夢はきっと晴れます」


 我ながらガラじゃない言葉だと思う。でも、その言葉は嘘じゃない。魔剣を握り直して、今度は身体能力上限、三割で挑む。


 戦えば戦うほど、自身の能力が分かっていく。無意識に口元が弧を描く。エレムは青筋が浮かんだ顔に比例するよう、手元に持つ槍が一層強く炎を纏う。


 突き出してくる槍を大袈裟に躱す。炎がヘレンに当たらないように、熱気が彼女に当たらないように、自身の漆黒のオーラを使ってヘレンを守る。


 身体能力の操作と、オーラの制御。だが、ヘレンがいることによる極限の集中力が、ノアの成長を加速させる。


ーー身体能力、四割だ。


 高速で薙ぎ払われる槍を、ノアはもはや剣で受け止めない。身体の動きだけで躱していく。怒りで目を充血させるエレムの身体から赤黒い魔力が一気に放出され、槍を持つ手とは逆の手に収束していく。


「<悪魔収束砲(デーモン・ブラスター)> 死ね、ニンゲンが!」


 歴戦の悪魔族はこんなものか。底が知れたノアは魔剣を水平に構えて、魔力を収束させている右手を斬り飛ばす。


「は……?」


 集めた魔力が霧散していき、肩から先が地面に落ちて赤いシミをつくる。ノアは流れるように次の一撃を上段に構えて。


 思考が追い付かないエレムは、その漆黒の斬銭を呆然と見つめるだけ。


ーー必殺、ただの斬撃ッ。


 身体能力五割で振り下ろされた一撃はただの斬撃でしかない。だが、それはアスカテルの力である竜の鎧の身体能力の強化を十全に使った一撃。その力を、ノアの能力で支配して効率化させた極大の暴力だ。


 もはや一撃一撃が必殺技のような一撃を放てるバカげた身体能力は、紙屑のように悪魔の身体を易々と斬り裂く。


 その一刀は、エレムの身体を縦に両断して、戦場と化した王都に壮絶な死を晒した。


 

 

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