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魔王の後継者は英雄になる!  作者: 城之内
二章 王国闘技大会編
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勇者の選択




「ま、て……」


 かすれた弱々しい声が背後から聞こえ、ノアは踏み出した足を戻した。背後に視線を向けると、身体のいたるところから血を流したレイン・アスカテルが傷を手で押さえながら立ち上がって、強い瞳で見つめてくる。


「兄の……オスカーの暴走を止めるのは、ボクだ。こんな無様を晒したままなんて……ボクは恥知らずなままでは、いられない」


「……もう動けるのか。見てよ、俺の鎧。かっこいいだろ?」


 レインの宣言には触れずに、友達に自慢するようにノアは自身の全身を見せびらかす。漆黒の鎧はシャープで機動性を重視したスリムな造形だ。竜を模したその鎧に、レインが顔をしかめた。


「今はそんなことを言っている場合じゃない。国民は今もーー」


「オスカーと戦うのは好きにすればいい。ただ、俺の邪魔はしないでくれ。レイン、君は俺に負けたんだ」


 先を制して、ノアはレインから視線を切る。


「それに、観客の方は大丈夫。俺の仲間が、()()()()したら戦ってくれるから」


「もう少ししたら、だと……それはどういうーー」


 呆然とした呟きがレインの口から出た。が、ノアは最後まで聞くことはなく、すぐに貴賓席へ軽くジャンプした。それだけで風圧と地面を圧砕する音を置き去りに、猛スピードで上階にある貴賓席のガラス扉に突っ込んでいくのを、レインの視力が辛うじて捉えた。





*   *    *   *






 レナは観客席で行われる惨劇を空中から俯瞰して見ていた。既に妖精紋の力を使って、背から蝶の羽を出している。だが、レナは助けようともせずに、悪魔族に変異した貴族達が王国民を殺していく様を見つめていた。


「ギャアアアアアアアアッ⁉」


「ひぃッ、く、くるな、くるな、来るなアアアアアア⁉」


「……お、お母さん、ど、どこ、どこにいるの⁉」


「どけ、早く、どけッ、俺を通せッ⁉ ば、化け物が、化け物が来るッ!」


「騎士は……王国騎士は何をしているんだッ⁉」


 逃げ惑う人々で、出入り口は封鎖されている。あれでは身動きがとれない。観客席に座っていた者達の慌てようを見つめて、レナは頃合いかな、とそう思った。


 悪魔族の一体が密集している人々に狙いをつけた出した。手から赤黒い魔力弾を放つ準備をし始めたのだ。当たれば、あの付近の人々は塵も残さず消滅する。


 ここで、レナはやっと動いた。腰に吊るしてある布袋から植物の種を地上に蒔こうと取り出したその時ーー密集した人々の群れから、茶髪の少年が勇ましい顔で飛び出し、短剣を手に悪魔族に斬りかかった。


「……ハンス……」


 獲物をとられて、振り上げた手を力なく下げる。レナがここまで手出しをしなかったのはノアの指示だった。人は絶体絶命の時に助けられた時、感謝の度合いが極端に大きくなる。


 だから、助ける時はギリギリで。恐怖を助長するために、何人かを見殺しにしていい。昨夜、そう告げたノアに、レナは一も二もなく頷いた。


 大切な人以外、どうなってもいいと考えるのはレナも同じだった。自分と関わった事がある人は、助けてあげよう。それくらいの認識だ。だが、ハンスはただ一人気乗りしなさそうだった。


 それでも明確に反発しなかったのは悪魔族を恐れたからだろう。彼は無鉄砲ではない。自身が正しいと思う正義に向かって、愚直に直進できるほど馬鹿ではないようだ。


 ノアは悩むハンスにやんわりと言った。気にくわないなら自分で好きに動いてみればいいと。曖昧に頷いたハンスが退出した後、ノアは一つレナにお願いをしたのだ。


『ハンスがどの程度強いのか、それを見てくれ』


 静かにそう告げたノアに、レナはただ頷いた。


 それを思い出し、レナはハンスを観察していた。彼はC級冒険者だと言っていたが、動きを見る限りそれ以上の身体能力を持っている。ただ、英雄級には程遠い実力だ。前衛としての実力はそこまでではない。


 レナはそこで一度視線を外した。ハンス以外にも、悪魔達に立ち向かう人たちがいることに気付いたのだ。


ーーあれは……英雄紋所持者。


 闘技大会に参加していた者達が動き出した。呆気にとられていた彼らは、時間と共に冷静になったのだろう。


ーーむぅ、活躍の機会が……。


 レナは今度こそ手にある種を真下に投げる。紋章術を使って急激に成長させ、悪魔族の頭を巨大な木で押しつぶした。狙われて、今にも殺されそうになっていた人々をレナは間一髪で救いだし、泣きながら感謝の言葉をかけてくる者達の前で、眠そうな表情で手を前に突き出し親指を立てた。


 



*   *   *   *



 来賓席にいた聖王国使節団、聖女の護衛として来ていた聖騎士団長レノス・アマデウスは目の前で起こる惨劇に目を眇めていた。


「これは……一体何が起こって……」


 聖女フィリアが呆然とした表情で声を発する。その呟きに答えるものはいない。


ーー王国は終わりかもしれない。


 亜人種族を守る王国が、その亜人国家からの来賓が大勢着ている闘技場で、自国の貴族が悪魔族に変化する。聖王国、というよりも、教会はこのチャンスを狙わないはずがない。いや、そもそもこの状況こそが狙いなのかもしれない。


ーー教会が絡んでいるのか。


 レノスは澄ました顔で惨劇の光景を見つめる聖女の副官ロベリアに視線を向ける。今問い詰めても時間の無駄だ。レノスが行うべきは、聖女の護衛だ。


 どさくさに紛れて、今なら舞台の上で戦っている漆黒の鎧を着た人物を殺せるかもしれないという物騒な思惑を捨てる。身体能力が制御できていない今の状態なら、レノスにも勝機はあるが任務を優先することにした。


 何より、教会が絡んでいるかもしれないなら、なおさらロベリアとフィリアを一緒にいさせるわけにはいかない。


「フィリア様、ここから脱出すべきです。すぐにお支度を」


「な、何を……言っているのですか? 私はこの場に残ります。私の力を必要としている人々は、この場に大勢います」


 一瞬、呆けたような顔をした聖女は、すぐに表情を引き締めて我に返る。そして普段見せない静かな、それでいて強い意思が込められている瞳でレノスを見る。


 舌打ちをしそうになったレノスは、それを押さえて口を開く。


「ここは敵国だ。貴方が助ける必要などない。むしろ貴方が王国を助ければ、教会の上層部は不快に思うでしょう。貴方はそれが分かっているはずだッ」


 問答をしているような時じゃない。自然とレノスの口調は余裕がないものに変わる。だが、そんなレノスの表情を見つめて、フィリアは何かに気付いたように優し気な表情を作った。


「レノス様、貴方だって、人々を救いたいと思っているはずです」


 その言葉に、レノスは拳を痛いほど握りしめた。


「原初の英雄、”勇者アベル”に与えられた勇星紋。貴方は勇者と同じ魂の波長をもつ、聖王国の英雄です」


「……違う、俺はーー」


 レノスの反論を遮って、フィリアは続ける。


「救いたいと思っているはずです。でも、聖騎士団長、聖王国の守護者。人が作ったしがらみに囚われて、動けなくなっている。真面目で、とっても不器用で、ひねくれている人」


 フィリアの真っすぐな眼は、レノスの心に真摯に訴えている。


「行ってください。貴方は今、この時から私の護衛の任を解きます。そして、聖騎士団長でも聖王国の守護者でもない。貴方は人々を悪魔族から守る、人類すべての英雄、”勇者”です」


 握りしめていた拳から、力が抜ける。図星だったのだ。レノスは救いたいと思っている。それも助けを求める全ての人をだ。でも、そんなことが不可能なのは聖騎士団長になったときから分かっていた。


 でも、レノスは確かに憧れた。小さいころに、先代の聖騎士団長に呼んでもらった”勇者”の物語、その軌跡に。


ーー敵わない。


「……勝手な人だ、人の事を散々言ったので、この際言わせてもらいますが、貴方は底なしのお人好しで、気弱なくせになぜかここぞというときは胆が据わっていて、それでいて人の心を見抜くのが上手い、意味不明な人物です」


 笑みを浮かべて、レノスは腰にある聖剣リゼルを抜き放った。それから今まで、一言も発さないロベリアにしっかりと視線を合わせる。


「フィリア様を、頼んだぞ」


 その視線はただただ力強かった。もしフィリアに何かあった場合の事を想像するのが恐ろしくなるほどに。その視線をしっかりと受け止めて、ロベリアはレノスが納得する答えを出す。


「命に代えても、守り抜きます」


 レノスはその言葉に満足気に頷きを返し、正面にあるガラス扉を切り裂き、階下に見える観客席に飛び降りていった。


 勇者の背を見送った後、ロベリアはすぐに聖女に視線を向けた。これからどういった行動を起こすのか聞くために。だが、聖女フィリアは肩を落として俯いていた。


「い、意味不明、ですか……」


 沈んだ声音でそう言うフィリアに、ロベリアはとりあえず背に手を置いて宥めた。慰める言葉は……見つからなかった。


 

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