Aランク冒険者
案内された演習場は戦うためか、広くつくられており簡易的な結界が張られている。周りには観戦するために演習場を見下ろせるように作られた観客席がずらりと並んでいる。
受付嬢が演習場にいた冒険者の人たちに事情を説明している間、ノアはソフィに呆れた目を向けられていた。
「ノア、何であそこであんな余計なこと言ったの?多分、このままだと強い冒険者がノアの相手になる。あんなこと言わなければDかそこらのランクの人が相手になったのに」
それに対してノアは楽しそうに、その整った容姿を歪めた。
「いいじゃん、別に。ここは聖王国との戦争の最前線。亜人たちを守る要なんだろ?その最前線にいる冒険者がどの程度なのか知りたいんだ」
「……だからと言ってーー」
「--いいじゃねえか。こいつなら確かにAランク級はあるんじゃないか?」
ソフィの声を遮るように声をかけてきたのはロイドである。後方にはゲイルやレミーナもいる。茶髪の短髪を逆立てた青年は面白そうに笑って、期待してるぜと言いながら肩をバンバンと叩いた。
ゲイルは街に入ってからもずっと兜をかぶっていて、容姿は分からず声も出さない。ただ、応援しているのか手を肩の位置まで上げて、親指だけをくいっと上げた。
「あなた、得物は何で戦うのかしら?もしかして無手、それとも剣、ああ、ソフィが言ってたけどあなた、魔術も使えるんでしょ?」
問いかけてくるレミーナの言葉を聞いて、ノアは顎に手を添えながら考えた。そもそもノアは空間魔術しか使えない。空間魔術は、殺傷力がありすぎてこういう場では使えない。
(何がいいかな、魔剣は使えないし、んー)
「これ、武器借りれないの?」
「借りれるわよ、そもそも殺し合いをするわけじゃないの。刃は潰してある武器を使うのよ」
それを聞いて、ノアの中性的な容貌に好戦的な笑顔を浮かぶ。ノアの闘気に反応するように身体から薄く魔力を放出され、威圧となって、周囲の冒険者たちを襲う。一方的な試合になると笑っていた冒険者たちが気圧されたように冷や汗を流した。
「気合十分みたいだな。それに、そろそろ準備が整ったようだな、さ、俺たちは観戦席へ移動しようぜ。ノア、頑張れよ」
そう言ってロイド達は観戦席へと向かっていった。ロイドが言ったように準備が整ったようだ。演習場には無手の男が立っていた。赤髪を短く刈り込み、容姿は整っているが目付きが悪い男だ。身長も高く、二メートル近い。
ソフィだけが残って、警戒するように説明してくれた。
「……あの男はメルギス支部トップクラスの実力の持ち主。ソロで活動するAランク冒険者、バッカス・アルフレイド。凶暴さで有名なんだ。新人が何人も潰されてる」
「ふーん、まあ何とかなるよ。ソフィ、ありがとう。すぐ終わると思うけど、一応離れてて?」
ソフィは興味なさそうにバッカスを一瞥しただけのノアを見て、ため息を吐いた。心配するだけ無駄そうだ。
「こんな面倒なこと、ほんとはしなくてよかったのに」
ソフィはすでに審判役の冒険者が持ってきた武器選びにいそしんでいるノアを見て、聞こえないと分かっていても言わずにはいられなかった。
「これでいいかな」
とりあえずノアはできるだけこれまで使ってきた形に似た片手剣を手にして、相手へと視線を向けた。バッカスはニヤニヤと嘲るような笑みをノアへと向けた。
「剣と装備だけは立派な冒険者志望の坊ちゃんってとこか?大口叩くバカは冒険者には多いが、実力が伴わない奴は見ていて不快だからな!」
バッカスはノアの装備を見ながら声を張り上げた。両手に装備した手甲をガチリとぶつけ合わし、尖った犬歯をむき出しにした。
「装備の良さを見抜く眼を持ってるのに、実力も見抜けないのかぁ」
ノアは失望するようにあからさまなため息をついた。その姿は短気なバッカスにとって、これ以上ない挑発になったようで、バッカスの額に青筋を浮かび上がる。バッカスは早くしろと審判役の冒険者に殺気を乗せた視線を向けた。
審判役の冒険者が慌てて開始の合図を送った。
「--散々舐めた口叩いてくれたなあ、カスが!簡単には終わんねえぞ!」
巨体にも関わらず、バッカスは俊敏な動きで迫る。拳を後ろに引き絞り、ものすごいスピードで拳を繰り出してくる。ノアの体術とは違い、ちゃんとした型があるのか、拳を繰り出す動きが様になっていた。
ノアはとりあえず身体を限界まで強化し、剣を拳の軌道上に打ち合わした。拳にもかかわらず、剣には重い衝撃が伝わってくる。バッカスの拳は一撃の威力を突き詰めた拳術のようだ。ノアは後ろに飛びながら、重い衝撃を和らげた。
「ちっ!俺の拳を受け止めたか。大口を叩くだけはあるようだな、だがてめえの動きはきちんと訓練した奴の動きじゃねえな、我流か」
バッカスの瞳は鋭く細まり、嘲りの感情は消えていた。
「ああ、本気を出してもいいよバッカス。本気のAランク冒険者の力を俺に見せてくれ!」
両腕を広げたノアの容貌が裂けたような笑みを浮かべるのを、バッカスは警戒するように、だが楽しそうにノアに凄惨な笑みを向けた。
「ーー後悔するんじゃねえぞッ!」
強烈な拳にノアは今度は下がらずに、真正面から打ち合った。拳の連打にノアも負けじと剣を合わせ、撃ち落としていった。強烈な拳と剣が打ち合い、風圧で周りの地面を破壊していく。ギシギシと剣から嫌な音がなり、ついにバキッと根本から折れてしまった。
その隙を見逃すほど、バッカスは優しくない。
「ーーこれで、終わりだッ」
バッカスは変わらずに砲弾のような拳を放ってくる。ノアはその動きをこれまでの戦闘で観察してきた。ノアは気付いていた。バッカスは手加減している。これまでの戦闘でバッカスは武闘技は身体強化しか使っていない。だが、それはノアも同じだ。
ノアはバッカスと全く同じ動きで拳を繰り出した。素手だったが、元々ノアには半分魔物である魔人族の血が流れている。身体能力はノアが上なのだ。
バッカスは驚いたように眼を見開いたが、流石はAランク冒険者なのか動揺は一瞬、変わらずに拳を振りぬいた。ノアも合わせるように拳を振りぬいた。拳と拳がぶつかり合い、先ほどの剣と拳を打ち合った時よりも衝撃波が大きく発生し、演習場に張ってある結界を吹き飛ばした。
観戦席にいる冒険者たちははいつの間にか食い入るように、この闘争を見つめていた。しかし、結界が壊れ、風圧と砂塵で視界が塞がれてしまった。
「た、戦いはどうなった⁉どっちが勝ったんだ?」
「分からねえ⁉何も見えんぞ、どうなってんだ⁉」
冒険者たちが騒ぎ出して少し、風圧と砂塵が収まったときにはバッカスの姿がなく、拳を振りぬいた体勢で立っていたのは、目にかかるほどの夜空のような漆黒の髪に血のように紅い瞳を持つ、中性的な容姿の少年。その整った容姿に凶暴な笑みを浮かべて、それはそれは楽しそうに言った。
「バッカス、ありがとう。お前のおかげで俺はまた強くなったよ」
吹き飛ばされて演習場の壁に突っ込んだままのバッカスは、それに応えるようにノアと同じ笑みを浮かべて言った。
「化け物かよ、てめえ。戦いの最中に俺様の技を盗むなんざーよぉ……。ククッ、ハハハッ!ようこそ、ノア。冒険者ギルド・メルギス支部はてめえを歓迎する!」
いささかも衰えない覇気をもって、バッカスは周囲に轟くような声を張り上げた。
闘いが終わり、無事にノアは冒険者ランクBのカードを手に入れた。Aランク冒険者になるには、王都の冒険者ギルドで受けられる試験をクリアすることでしかなる事は出来ないらしい。担当してくれた受付嬢が引き攣った笑みを浮かべて説明してくれた。
現在、ノアは併設された酒場にいた。観戦していた冒険者たちからは畏怖の視線を感じながらも、ノアは気にすることなくロイド達冒険者パーティ・赤竜の牙と共に食事を楽しんでいた。
「も、物凄く美味い⁉︎何、これ?」
ノアは久しぶりに料理と呼べるものを食べ、その美味しさに感動で打ち震えていた。盗賊に捕らえられる前に母が作ってくれていた以来の料理の美味しさである。
上質な魔物の肉がゴロリと入っているシチューは、良く煮込まれていて味が染み込んでいる。パンも柔らかく、何より香ばしい匂いが食欲を誘ってくる。野菜とソーセージの炒め物も、何らかの香辛料がよく効いていて美味い。
勢いよく、食を進めるノアを微笑ましく見つめる赤竜の牙の面々。
「これも食べていいよ」
ソフィが優しげな表情で食べ物を分けてくれた。ソフィが頼んだのは、オークと呼ばれる豚の顔をした人型の魔物の肉を使ったステーキ。それを半分も切り分けて、くれたソフィにノアは食べ物を口に入れながら感謝を伝えた。
「ん、あひぃがお」
「……それにしても、こんなほのぼのとした奴があのバッカスに勝っちまうとはな」
ロイドが片手の肘をテーブルに置き、掌に頬を乗せながら呆れたように言った。
「これで少しは懲りたかしら。新人潰しなんて、止めればいいのに」
レミーナがバカにするように言った言葉に、ノアは頬いっぱいに詰め込んだ食べ物を飲み込み、レミーナの方を見た。
「んぐ、レミーナ、多分それ違うよ。バッカスはギルドから頼まれてたんじゃないかな、新人が冒険者としてやっていけるのかを。冒険者は命に関わる危険な職業だし、才能ある者を選別する意味でやってたんじゃない?」
そう言ったノアをロイド達は目を丸くした。
「そ、それは勘かノア?だが本当だとして、なんでバッカスは評判を落とすような真似をしてまでギルドに協力してるんだ?」
「フフッ、簡単さ。バッカスは優しいんだよ、単純にね。俺との戦闘でも手加減してたしね。その証拠に武闘技は一つしか使ってなかったし」
ノアはそのまま流れるように食事を続けた。ロイド達は衝撃を受けたように固まっていたが、ノアの様子を見て、笑みを浮かべながら食事を再開した。ちなみにゲイルは食事は一人で摂るらしく、ただ黙って座っていただけである。
昼食を終え、支払いを済ませたノアと赤竜の牙の面々は、とりあえず宿に向かうことにした。まだ日は高いが、ロイド達は朝早くから護衛依頼をしてきており、ノアも初めて入った街に興味深くもあったが何より慣れない環境にいたせいか疲れもあった。
冒険者ギルドを出て中央通りにある美しい噴水を、歩きながら興味深そうに眺めていたノアは、ロイド達に話しかけられ意識を引き戻した。
「--ア、ノア!やっと気付いたか。俺たちが泊ってる宿だがな、この中央通りを抜けた先を右に曲がればすぐのところにある。名前は、妖精の安らぎ亭って所だ。ちなみにレミーナの両親がやってる宿なんだ」
ノアはロイドからの説明に目を丸くした。
「レミーナの両親がやってる宿なんだ…それは驚いたけど、期待していいのかな?」
ノアが軽く笑みを浮かべて、レミーナに向けて問いかけた。レミーナは照れたように笑って、
「ええ、料理は期待していいわよ、森妖精は野菜料理が得意だけど、両親はちゃんと人族が気に入る肉料理とかも研究してる。どれも栄養満点の料理よ」
宿のことを説明しているレミーナは、本当に嬉しそうで家族を大切に思っているのが伝わってくる。
「レミーナの家は冒険者にすごい人気なんだぜ。なんせ冒険者は身体が資本だからな。栄養満点な食事はありがたいのさ」
「ノアも期待していいと思うよ!冒険者ギルドにある食堂とは全く違うから!」
ロイドやソフィも、宿に帰るのが嬉しいのか、宿が近付くにつれ会話が弾んでいる。ゲイルも首を縦に振り、身振り手振りで何かを表現しようとしているがノアには全く分からない。しかし、ロイド達には伝わっているのか、ロイドが頷いたり、ソフィやレミーナも時には笑ったりしている。そこには長い間生活を共にしてきた時間が横たわっているようで、ノアは目をまぶしそうに細めた。




