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魔王の後継者は英雄になる!  作者: 城之内
二章 王国闘技大会編
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準決勝開始



 リンヴァルム王国の王都トランテスタ。今にも雨が振り出しそうな空模様。それを吹き飛ばすように、闘技場は人々の叫びで埋め尽くされていた。


 闘技大会準決勝ノアVSレイン・アスカテル。


 実況が選手二人を紹介する中、ノアは珍しく真剣な顔で対戦者を見つめていた。


ーーレイン……。


 無表情で静かにたたずむ剣士を見つめる。人形のような表情の彼女を見て、内心、オスカーに嫌悪の感情を抱いた。


ーー何かしたな。血のつながった、家族なのに……。


 それから、ノアは観客席に目を向ける。聖王国使節団がいる来賓席。リンヴァルム王とその娘ヘレンがいる王族が座る貴賓席。それぞれに目を向ける。


 ノアは視線を戻し、意識を試合に切り替える。王国で地位を上げるには、これから起こる全ての事を掌握する必要がある。ただ、一つ不安要素は”勇者”がどう動くか分からないことだ。


ーーストッパーは用意したけど、どうなるか。


 そこまで考えた時に、ノアは初めて笑みを浮かべた。それと同時に試合開始の合図が会場中に響き渡った。爆発的な歓声が上がる中、全ての感情が抜け落ちたような表情のレインが、鋭い斬撃を繰り出してくるのに合わせて魔剣ルガーナを抜き払った





*   *   *   *





ーーもうすぐだ。この透明の刃を振り下ろせば、全てが終わる。


 胸に満ちるのは暗い悦びだった。


 ギルベル・アスカテルは”預言者”が経営する魔道具店で買った『透明衣(インビジブル・ローブ)』を着こみ、既に闘技場へ忍び込んでいた。


 貴族席に繋がる通路の入り口から、頂点近くに座るアスカテル家の当主を見つめた。


 周りを固めるのは貴族派閥の貴族達だ。だが、貴族達は不安げに視線を右往左往している。これから起こることでも気にしているのだろうか。


ーークーデターは、アイツが止めるだろ。


 ギルベルの望みはただ一つ。兄であるオスカーを殺すこと。それが終わればいい。ギルベルは兄に向けて、足を踏み出した。だが、背後から声がかかり、思わず動きを止めた。


「ノア様から貴方を止めるように言われています。できれば何も言わず引いてください」


 その声には聞き覚えがあった。王都に入るとき一緒だった少年の仲間。背後を振り返っても、誰もいない。自分と同じように彼女も魔道具を持っているのだろう。


「……仮面女か。オレを止めろ、とアイツが言ったのか……」


「はい、聞かない時は、実力行使で止めろ、とも」


「……余計なお世話だッ。これはオレが、オレ自身で決めた事だ。アイツに伝えろ、何様のつもりだってなッ」


 ギルベルが右手に持つ大鎌で空間を薙ぎ払う。ガキン、という金属音が聞こえた。周囲からは何もないところで急に音が鳴ったように不自然に見えるだろう。だが、幸い闘技場の大歓声によって音は誰にも届かない。


「てめえ程度が、オレを止められるか?」


「あなた程度、止められないようでは話になりませんから」


 暗い通路で、もう一つの戦いが始まった。




*   *   *   *






 レインの剣技は王城で戦った時よりもキレがある。振り下ろされた上段の一撃を、ノアは魔剣を横にして防いだ。


ーー技は身体が覚えている、か。


 身体強化のみの戦いは、前座のようなもの。純粋な剣技で言えばレインに分があるが、それでもノアは汗一つかかずに猛攻を防いでいた。


 防戦一方のノアに、観衆がざわつく。ノアはそれを煩わしく思いながら、剣を大きく払った。大きく後退するレインは身体からアイスブルーの魔力を吹き上がらせる。


 徐々に形づくられたのは竜を模した鎧。以前にも見たそれに、ノアは挑戦的な笑みを浮かべた。


ーーそれを待ってたッ。


 ノアは悪魔族になれる”種”を用いたことで、ヒントを得た。あれは危険すぎて使うのは禁止されたし、ノア自身も使った瞬間から記憶が飛ぶので使うとしても本当に追い込まれた時だけだ。


 悪魔族という他者の魔力を吸収して、自分は強くなれた。だったら、悪魔族じゃなければ、人族の魔力を吸収すればどうなるのだろうか。


 ぶっつけ本番だが、やってみる価値はある。


ーーあるじよ、面白い試みだ、我も賛成だぞ。


 手に持つルガーナが震える。ノアは頷き、右手にある英雄紋に魔力を注ぐ。身体から昇った黒いオーラが、身体に纏わりついていき、黒いコート状になる。


 準備が整った第二ラウンドに、観客たちが再び熱狂する。ノアとレインは同時に飛び出し、剣と剣をぶつけ併せる。


 凄まじい膂力と膂力がぶつかり合った影響で、衝撃波が発生する。それだけで闘技場の舞台に罅が入る。嵐のように矢継ぎ早に繰り出してくる剣戟に、ノアは目を細めた。


ーーまるで雨のようだ。


 避けることを許さない。ノアがフェイントを織り交ぜ、死角に回りこもうとしても瞬時に察知して、追撃してくる。一部の隙もない剣の雨。


 すべての攻撃が次の攻撃に繋がっているかのような流麗な剣技に、ノアは内心感嘆した。高速の剣と剣がぶつかり激しく火花が散る。だが、受け続けるだけでは面白くない。


 受けに回っていたノアはここで強引に剣を払い、レインの懐に踏み込んだ。レインの弾かれた剣は流れに逆らわないよう軌道を描き、再び雨のような剣戟を繰り出すーー前に、ノアは手に持つ魔剣を手放した。


 ノアの予想外の動きにも、レインの動きは止まらない。


ーー動揺はないか。


 すぐに振り下ろされる当たれば退場の一撃をノアは足裏で受け止めて、思いっきり蹴り飛ばす。反動で伸び切ったレインの身体が前にある。ノアはレインの鎧に手を伸ばした。


 アイスブルーの鎧に手が触れた。その瞬間、ノアは力を開放する。


「<魔力吸収(マジック・ドレイン)>」


 新技を開放する。魔力を支配、変異、その次にある力に、ノアは辿りついたのだ。相手の魔力を吸収する。レインが纏う竜を模した鎧が明滅する。


 レインが剣を振り下ろす頃には、ノアはその場から引いて床に落ちた魔剣を拾い取った。傍目から見れば、一連のノアの行動は奇妙に映っただろう。簡単に言えば、隙を作って鎧に触れただけだ。


ーーあるじよッ、我を落とすなら最初に言っておいてほしいのだがッ。


ーー悪い。少しでも動揺するかなと思ったからさ。


 脳内にプリプリと怒るルガーナの声が響く。謝りつつ、レインから吸収した魔力をノアは一先ずルガーナに貯めた。


「レイン、そろそろ奥の手を出した方がいい。俺は純粋な剣技のみで相手をしている。君がどれほど剣術を極めても、それだけじゃ俺には勝てない」


 挑発的な言葉を投げるノアに、レインの無表情がわずかに歪んだ。ノアは意外そうに見つつ、余裕そうな笑みを浮かべた。


「……」


 レインは白い騎士服の懐に手を入れた。ノアは何もせずに待つ。大勢の観客の戸惑い、不安、恐怖が混じった声が響く。実況をする騎士団の者が慌てだす。


 レインは取り出した不気味な血管が浮き出ているような赤黒い果実を、そのまま自分の口に入れた。一口かじれば、”種”は砂状になってレインの身体に吸い込まれた。レインの身体が変化していく。鎧が消えて、代わりに肌に竜のような鱗が浮かび上がる。犬歯が伸び、尻尾と翼が生える。


 竜の特徴がある悪魔。ノアの眼にはそんな風に見えた。


「フー、フー」


 吐き出す息が煙となって消える。レインの変化と同時に、闘技場を覆う結界が音を立てて壊れた。人々の悲鳴をそこかしこで沸き上がる。貴族席に目を向ければ、既にアスカテル家当主の姿がなかった。


 ノアはそのまま観客席に目を向ける。我先にと逃げ出す平民達だが、突然貴族席に座っていた一人の貴族が、レインと同じような変化を遂げて、手から魔力弾を放出した。次々と悪魔化していく貴族達はそれぞれが好き勝手に暴れ始めた。


 視界の隅に、紅蓮の爆発が映った。


「……やれやれ、貴族達を扇動して”種”を食わせたか」


 ノアは観客たちの喧騒をどこか他人事のように見つめていた。それから、悪魔化したレインに目を向ける。


「さて、悪いが時間はかけられない。レイン、できるなら、素面の君と戦って驚かせたかったなーー」


 魔剣ルガーナに貯めたレインの魔力を、ノアは取り込み支配した。レインの能力が、魔力構成が分かる。


「君の力、俺がもらう」


 純黒の魔力が、ノアの身体を包み込む。


「<黒竜機装(バハムート)>」


 繭のようにオーラが膨れ上がり、段々と収束していく。吹き上がるオーラを消えて現れたのは、漆黒の竜を模した鎧。全身を鎧に包んだ騎士のような姿をしたノアは、満足気に自分の身体を纏う漆黒の装甲を見た。兜の隙間から、深紅の光が漏れ出ている。


 周りの喧騒などまるで気にせず、ノアとレインの視線が絡み合った。そして同時に一歩を踏み出す。竜の特徴をもった悪魔と、夜空のような漆黒の光沢をもつ騎士。悲鳴混じる闘技場で、決戦する。



 

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