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魔王の後継者は英雄になる!  作者: 城之内
二章 王国闘技大会編
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準決勝前夜



 ノアはほくほく顔でロベリアの自室の窓から地面に降りた。ロベリアを手に入れたことは大きい。アスカテル家がいつクーデターを開始するのかもわかった。それに聖王国の内情を聞くことができるのも大きいが、彼女の英雄紋の力は非常に有用だ。


 ノアは別に最初からロベリアを手に入れようとしたわけじゃない。最初は単純に脅迫して、アスカテル家についての情報を引き出すつもりだった。だが、彼女の気持ちが何となくわかったノアは、その場で作戦を変更したのだ。大分時間はかかったが、実りある時間だったと言える。


 ロベリアに最後に持たせたのは『黒狼』が持っていた通話用の魔術石だ。エルマの分はノアが持っているため、これでいつでも通信できる。


 裏切りの危険はない。すでに彼女の魔力は触れた時に支配したため、彼女の魔力がどこにあるかが分かる。もし、英雄紋を使った毒で仲間たちを狙おうとしても、支配した魔力波長が分かるノアが傍にいれば気付くことができる。


 と言っても、ノアは裏切りの心配はしていない。エストビオとノア。人はより自分を認めて、評価してくれる人の傍にいたいと思うからだ。


 ロベリアの部屋の窓から降りたところには、透明化の武闘技(スキル)を発動させているエルマが待っていた。彼女からノアは自分が脱ぎ捨てた魔道具『透明衣(インビジブル・ローブ)を受け取り、着こむ。すると、周囲の景色に同化するように透明になった。


 さあ、帰ろうかと声をかけようとしたら、


「ノア様、帰ったらお話がありますから」


 先にエルマから言われた。


(あれ……? いつもより声が冷たいような……)


 小声であったが、エルマからは確かに怒気を感じた。上機嫌だったノアは、何か機嫌を損ねるようなことがあっただろうか、と考えたが、答えは出ない。浮ついていた気分が、即座に変わる。ノアは戦々恐々とした気分で帰ることになったのだった。





*    *    *    *






 無事に宿へ帰還した。深夜のため、既に宿は閉まっていた。いつかの時のように、エルマに鍵開けをしてもらい宿に入る。


 そして今。


 ノアは自室でレナとエルマに囲まれていた。床に正座しているノアを、エルマは立ちながら見下ろしている。レナは椅子の上に立ち、同じようにノアを見下ろしていた。


「ノア様、なぜ私が怒っているか分かりますか?」


「……すいません。わかりません」

 

 エルマは額に手を当てた。彼女にしてはリアクションが大きい。もう、この人は……。声をあてるとすればこんな感じだろう。


「……聖女の副官であるロベリアの毒の力、ノア様は躱そうとすれば躱せたのに、それをしなかった」


「でも、俺は毒効かないし」


「……私はそんなこと知りませんでした」


 ここでやっと、彼女がなぜ怒っていたか、ノアにも理解できた。


「……もしかして、心配してくれた……?」


「はい、とても」


 エルマがノアの頬に触れた。わずかに冷たい手が、ノアは気持ちよく感じた。


「あまり、心配かけないでください。それと、無暗に敵の攻撃を受けてはいけません。ノア様は私と戦った時もナイフの一撃をわざと受けていました。自分を餌にするやり方はこれっきりにしてください」


 いいですね? と無表情で淡々と言うエルマだが、ノアには何となく本気で心配してくれたことが分かった。


「はい、ごめんなさい」


 素直に謝るノアに、レナとエルマは顔を見合わせてため息をついた。ノアは必要だと思えば、これからもやるので、彼女らのため息は間違っていない。


 話が途切れたのを見計らって、ノアは床から立ち上がって真剣な瞳をエルマに向けた。


「そろそろ、いいかな? 今日手に入れた情報を共有しておきたい。明日は準決勝だからね、もう時間がない。ギルベルの事もあるし、悪いけどハンスを起こしてきてくれない?」


 エルマは一先ず矛を押さえてくれたようで、頷きを返してから退出していく。


「ノア、ギルベルが心配?」


 レナの問いかけに、ノアは首を縦に振る。


「ああ、ここで失うには惜しい。多分だけど、ギルベル一人でアスカテル家の当主を暗殺できたとしても、背後に悪魔族が控えているんじゃ流石に無理だ……はぁ、クーデターがまさか()()だとはさすがに思わなかったな。ヘレンも……どうするか……勇者は、レノスは……どう動くかな」


 額を片手で押さえながら悩むノアに、レナは瞠目した。


「……明日って、準決勝の日?」


「そう。レインと俺が戦うことになるわけだけど、彼女は……味方なのか、敵なのか。まあどっちにしろ、アスカテル家は潰す」


 レナを狙ったのだからね。そう冷笑を浮かべるノアに、レナは嬉しく思った。自分が大切な存在だと言われているようで。


「……うん、でも、ノア、私も手伝うから」


「……ああ、俺がレナを守るから、レナも俺を守ってくれ」


 ノアがレナの頭を撫でながらそう言えば、レナが嬉しそうに頷いた。





*   *   *    *




 レイン・アスカテルは王都にあるアスカテル家の屋敷に呼び出されていた。近衛の任務は明日が準決勝の試合という事で、特別に王であるダスティヌスから休暇を通達されたのだ。


 明日の試合は王城で苦渋を舐めさせられた黒髪の少年、ノア。


(姫殿下に無礼を働き、ボクのむ、胸を……ッ)


 あの少年に対して、レインは不愉快な感情を抱いているが、それ以上に明日の試合が楽しみであった。英雄紋を持つレインにとって、本気で戦える相手となると王国騎士団長やS級冒険者くらいだ。どちらも気軽に戦える存在ではないため、レインは準決勝の試合が楽しみでもあった。


 そんな中での兄からの呼び出し。これまで積極的には関わってこなかった兄は、自分が仕える王家とは敵対している。複雑な感情を持ちながら、レインは招集に応じた。


 オスカーの執務室に案内されたレイン。ノックをすると、オスカーに入室を促された。オスカーはワインを片手に、ベランダに繋がるガラス扉から空を見上げていた。


「随分と久しぶりだね、レイン」


 落ち着いた声が部屋に響いた。何を言われるか、内心ビクビクしていたレインは安堵の息を吐いた。


「……はい、お久しぶりです、兄上」


「一先ず、準決勝進出とこれまでの戦いを労わせてくれ。流石はアスカテル家の長女、私の妹だ」


「いえ、ボクは当然の事をしただけですから」


 オスカーは振り向かずに話を続ける。


「……どうだね、明日は勝てそうかな?」


 ここでレインは悩んだ。正直に言えば高く見積もっても五分五分。ただそれを兄に言ってしまっていいのか分からない。言葉に詰まるレインに、穏やかな声音でオスカーは言う。


「正直に言って構わんよ。あの少年は強い。少し前の私では勝てそうにないほどね」


 レインは目を見張った。レインがまだ小さい時、オスカーは武の天才と言われていたからだ。それはレインのように剣だけを修行していたわけではなく、オスカーはあらゆる剣術、槍術、弓術に体術などを修めていたからだ。


 オスカーの実力は正確には分からないが、騎士団長クラスはあるはずだ。兄の言葉を聞いて、レインは正直に自分の見立てを話すことにした。


「……よくて五分五分、といったところだと思います」


「そうか、確かお前は王城で彼と一度戦っているのだったな……強かっただろう……?」


 そこで、オスカーはようやく振り返ってレインを見た。だが、オスカーの目を見たときに悪寒が走った。兄の眼は白目の部分が黒く染まっていて、紅い瞳孔が不気味に輝きを放っている。それは明らかに人間が持つ眼ではない。


 レインは声をあげようとしたが、そこで意識がどんどん重くなってくる。


ーーこれは、一体……。


「……は、はい。そう、ですね……」


 表情を失ったレインは、ただ肯定した。それをオスカーは満足気に観察した後、口を吊り上げて嗤った。


「レイン、だがお前は勝たなければならない。王家の盾である近衛騎士が負けていいはずがないだろう。だからーー」


 オスカーが懐から取り出したのは赤黒い禍々しい果実のようなもの。”種”と呼ばれるそれを、オスカーはレインに渡した。


「もしもの時は食べればいい。お前は、それだけであの少年を超えることができる」


 はい、と抑揚なく返事をして、レインは受け取った”種”を大事そうに懐に終い、部屋を後にした。


 








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