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魔王の後継者は英雄になる!  作者: 城之内
二章 王国闘技大会編
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甘言



 ロベリア・イルザークの英雄紋は毒を生み出したり、操ったりする能力だ。爪から分泌される毒で、数々の者を暗殺してきた。だが、その能力は触れただけで生物を死に至らせることができる凶悪な力。そのため、彼女は親に捨てられ、孤児院で育った。


 だが、孤児院でも彼女は忌み嫌われた。幼いころは能力の制御が上手くできず、動物や虫を触れただけで殺してしまうような状態。それが同年代の子供たちに見つかってしまい、それ以来彼らはロベリアに近寄ることをしなくなった。


 誰も自分に触れようとはしなかった。誰も自分を必要としてくれなかった。でも。


『その力、素晴らしい。暗殺にピッタリではないですか』


 一人の男が自分に興味を示した。その男は教会でもトップクラスの権威を持つ男。わざわざロベリアの英雄紋を確かめに、小さな孤児院に足を運んだのだ。


 その男がどんな目的に自分の力を使おうとしているのか、知っていても誰かに必要とされることが嬉しかった。その男が、例え自分を道具のように思っていても、それでよかった。


 ただ一つ、ロベリアには願望があった。


 自分の毒を受けても、平然としている人がいたら……。


 この凶悪な力を、恐れない人がいたら……。


 夢物語だとしても、そう思わずにはいられないのだ。





*   *   *   *





 ノアの計画はこうだ。エルマを先に王城リンスレッドに潜入させて、聖王国使節団が使っている部屋を突き止めてもらう。ノアは”預言者”が経営する魔道具店で買った『透明衣(インビジブル・ローブ)』という魔道具(マジックアイテム)を着こみ、王城に忍び込みエルマからの合図を待つ。


 ちなみに『透明衣』は文字通り、透明になる能力だ。その力で誰にも見つからないように潜んでいたノアは、エルマからの合図として二階にある一室の窓が勢いよく開けられたのを確認して今現在に至るという訳だ。


 身体能力を強化して、勢いよくジャンプする。音を出さないよう気をつけながら、部屋の窓の淵に座り、魔道具(マジックアイテム)であるローブを脱ぎ捨てた。


「--やあ、こんばんは」


 穏やかな声音で言ったノアを、赤髪の女神官は身を固くして見つめた。目付きが悪く、キツイ印象を与える好みが分かれる容姿かもしれないが、ノアは十分に美人だと思った。ロベリア・イルザーク。彼女のことについて、再び情報屋に行き、徹底的に調べた。そう、徹底的にだ。


 聖女の副官にして、アスカテル家に協力している女性。彼女はノアの突然の来訪に驚いているようだ。


「……これはこれは。こんなところで会うことになるとは……」


「へえ、意外と冷静だねっと……。俺も王城に泊まったことがあってさ、とっても快適だよね」


 ノアは窓から降りて、部屋の中に足を踏み入れた。笑みを浮かべたまま、室内を物色し始める。その姿を、ロベリアは静かに見つめた。


「……悲鳴とか上げないの? 今騒がれたら結構ヤバイけど。それに俺がここに何をしに来たのか、気にならない?」


 彼女が暗殺組織である『星影』の所属だということは情報屋からの情報で知っている。自分を殺害することが教会の枢機卿からの命令であることも。そんな標的がのこのこ自分からやってきてくれたのだ。


 そんな状況で彼女が下す判断は一つしかない。


「いえ、わたくしの任務、その一つを達成するいい機会だと思いまして」


 呑気に部屋の中を歩き続けていた少年は、その言葉に動きを止め顔を向けた。


「……なるほど、でも止めておいた方がいいんじゃない? どうせ『黒狼』みたいに無駄死にするだけだと思うけど」


 ノアは注視した。ロベリアは自分の能力に絶対の自信があるのか、薄らと笑みを浮かべている。


「彼の力は貴方を殺す上で最適ではなかった、それだけのことです」


 ロベリアはそう言って、歩み寄ってくる。右手の爪が紫色に変色しているのがわずかに見えた。


「なら、それを見せてくれーー」


 ノアは笑みを消した瞬間、身体から黒いオーラを立ち昇らせる。深夜とはいえ、あまり騒ぐわけにはいかない。一瞬で距離を詰めて、ノアはロベリアの首を掴み壁にぶつけた。


「ぐッ……⁉」


 そのまま首を掴みながら、壁に押し付ける。だが、


「ぐッ、ですが、これで、終わりのようです」


 壁に押し付けられた状態で、ロベリアが薄ら笑いをノアに向ける。瞬間、紫色に染まった爪がノアの腕に食い込んだ。それを、ノアはどこか他人事のように見つめた。彼女の表情を見る。


(これで終わり、任務達成、とでも思っているのか?)


 安堵、それから馬鹿にするような、嘲るような表情。でも、少しだけその中に寂しさがあるのはなぜなのか。


「--なるほど、君の力は毒、か」


「っなッ⁉ ありえない……な、なぜ……」


 ノアは不気味な紅の瞳を細めて、ロベリアを見つめた。腕に食い込んだ爪は肌を突き破って、血を垂れ流している。確実に毒は注入された。だが、ノアには毒は効かないのだ。『毒の王』からもらった抗体は、あらゆる毒を無効化する。


「俺には毒は効かないんだ。友達の影響でね」


 目を見開いたまま固まっているロベリアに、ノアは顔を近付けて至近距離から目を合わせた。







*   *   *   *





 ロベリアは自身の毒が効かないという事実に驚愕していた。全ての生物は自分の毒で殺せると思っていたから。それだけ絶対の自信があった。


 少年が首の拘束を緩めて、喋れるようにしてくれたのが分かった。それでもまだロベリアは動揺から立ち直れない。


「毒の力、君はその力で暗殺を数多く成功してきたんだろうな」


 その言葉に、思わず身体が震えた。


「……ええ、その通りです。私の英雄紋は『九蛇紋(くじゃもん)』。ヒュドラと呼ばれる九つの首を持った大蛇に噛まれた、一人の女性。『毒殺姫』と呼ばれた伝説の暗殺者が与えた英雄紋ですから、その力が再び現代で暗殺に使われたことは何も可笑しなことではないでしょう」


 自嘲的に言うロベリアに、ノアの深紅の瞳が憂うような光を帯びる。


「君も、英雄紋で苦労したの?」


「……貴方には関係のない事でしょう。さあ、殺せばいい。命を狙う覚悟は、命を失う覚悟でもありますから」


「暗殺者としての矜持、とでもいうのかな?」


「……」


 無言で目を閉じるロザリア。その返答を少年は拒絶した。


「決めた、俺は君を殺さない。君の力は非常に有用だ」


 その言葉に、ロベリアは怒りにも似た感情が芽生えた。


「枢機卿と同じことを言うのねッ。わたくしに一生他人に使われろと? いいから殺しなさいッ」


「……そう、でも俺は君が欲しい。一人の人間として、君が欲しいんだ。君の英雄紋は俺以外には有効かもしれないけど、俺には効かない。君に裏切られても、俺は命の心配がないから」


 その言葉はエストビオと同じようで違う。少年は一人の人間として、ロザリアの事が欲しいと言ったのだ。


「毒の力なんて、英雄が使うような力じゃないだろ? さぞ、その力に苦労したんだろうね……」


「……」


「誰もが君を恐れて、遠ざけて、疎んだ。何となく君の今の表情を見たら、分かる」


 分からない、自分が今どんな表情をしているのか。


「そして君も怖いんだ、避けられるのが、遠ざけられるのが、疎まれるのが。でもそれは君が正常な証だ。可愛い言い方をすれば、他人に認められたいだけの、寂しがりやの女の子。人に必要とされて、君は初めて存在できる。だから今、君は暗殺者としてここにいる」


 囁くような、優し気な声がロベリアの耳に浸透し、身体から力が抜けていく。


「俺は君を怖がらない、避けない、遠ざけない。だって君の力は俺に効かないから。君だって分かっているだろう? 枢機卿は君にとって本当の主なのかな? 彼だって君を恐れているはずさ。でも、俺は違う」


 そこで、少年は更に顔を近付けてきた。深紅の瞳に魅入られる。内心では、葛藤している。暗殺者としての自分は、任務失敗した時点で自害すべきなのだと。でも、心の中にいるロベリアという幼い少女が言うのだ。


ーーこの人なら。


「……わたくしに、どうしろと?」


「今すぐに結論を出さなくていい。俺が今欲しいのはアスカテル家の計画の全て。でも、本当はーー」


 物語に出てくる悪魔族のように、人を誑かすのが上手い。


 話し合いを終えた去り際に、『黒狼』が使っていた連絡用の魔術石を渡されて。そして窓から出ていく少年は一度だけ振り返って笑みを見せた。その笑みを目にした時、ロベリアは自身の胸が高鳴ったことに愕然とし、そして自らを恥じた。でも、気分は今までにないくらいに満ち足りていた。



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