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魔王の後継者は英雄になる!  作者: 城之内
二章 王国闘技大会編
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預言者との邂逅



 第一試合が終わり、ノアは舞台を降りて通路へと戻ってきていた。薄暗い場所まで来ると、そこにはすでに壁に寄りかかりながらノアを待っていた深紅のローブを着る人物がいる


「……意外と早かったな」


「ああ、相棒が嫌そうにしていたから、さっさと切り上げた」


 ノアが愛剣の鞘を撫でながらそう告げると、魔剣ルガーナが人型に変化した。その顔はどこか不機嫌そうだ。


「むう、あの毒、うざかったのだ。我を溶かそうとしてきおって」


「ごめんね、何回もぶつけ合わせて」


「それはいいのだ。肌に触れただけで致死量に到達する劇毒だからな。しょうがないのだ」


「……なるほど、そんな程度、か」」


 ルガは余裕そうな表情を浮かべるノアを奇妙なものでも見るかのような視線を向けた。


「あるじも人間だ。あんなものを受けては……」


「くらってみないと分からないけど、多分どうにかなるよ」


 ノアは余裕ある笑みを見せてルガの小さな頭に手を置いた。どういうことか聞きたそうなルガに、ノアは手を動かして頭を撫でることでその問いを封じた。


 ノアの脳裏に浮かぶのは友人でもある巨大な盲目の蛇の姿。天災級の魔物である彼の毒に比べたら、そんなものは些細なものだと感じたのだ。


 話が一段落したため、ノアはルガとのり取りを黙って見守っていたギルベルに話しかけた。


「結界の方はどうなったの?」


「案の定、刺客が狙ってたが全員始末した。今頃は護衛が殺されていることに気付いて、運営は大慌てだろうな」


「……闘技大会自体は中止とかは……?」


「なるわけがねえ。他国の王族も来ているこの闘技場で事件が起きたなんて言えるわけがねえからな。何事もなかったように大会は進行するだろうぜ」


 なるほど、とノアは一度頷き顎に手を添えて考えてみる。ノアは闘技大会のことはどうでもいいのだ。だが、観ると約束したレナの試合が行われるかは気になる。


「ギルベルの用ってさ、次の試合まで間に合うくらいに終わる?」


「さあな、これから会う人物に聞け」


 ノアはレナの試合を見ると言ってしまったので、あまり長い時間拘束されたくはないが、この際しょうがない。


(それにしても、”これから会う人物”、か。どういうことだ?)


 疑問に思ったが、ギルベルはついてこい、とだけ言ってどんどん進んでいく。ノアはその背についていくことしかできなかった。


 闘技場内を警備している騎士などに見つからないように、ギルベルは隠れながら歩いていく。ノアもその背に倣って同じように隠れながら進む。ギルベルは犯罪者ということになっているため分かるが、ノアまでいけないことをしている時のようなスリルを感じた。ルガも子供の容姿らしく、ノリノリで楽しんでいた。


 そしてたどり着いたのはとある部屋の前であった。扉の上には”選手控室”の文字があり、ノアは訝し気にギルベルを見つめた。


「いや、会う人物ってまさかそこにいるーー」


「うるせえ、いいから行くぞ」


 ギルベルに手首をつかまれて、ノアはその部屋に入った。闘技場の選手たちがいると思われたが、次の瞬間、ノアは身体が浮遊する感覚を味わった。その感覚は空間系魔術の空間転移(テレポーテーション)を使ったときの感覚だ。


「これ、はーー」


「むう、空間系魔術なのだ」


 視界がぐにゃりと歪み、頭上から鈴の音が聞こえた。室内に目を向けると、まるで商品のように魔道具(マジックアイテム)の数々が棚に並べられていた。


 明らかに試合前にノアがいた室内とはまるで違う。天井の造り、壁、置いてある家具、何もかもが。


 部屋の奥には木で造られたカウンターがあり、一人の女性がこちらを見つめていた。


「あれがてめえに話があるそうだ。そっちのちびもついていけ」


「ち、ちびとはなんだッ、キサマ⁉」


「ふむ、とりあえず行ってみようよ、ルガ」


 ノアは憤慨するルガの手を引いて、カウンターにいる妖艶な笑みを浮かべた絶世の美女の所まで移動する。


 外見年齢は二十代後半くらい。栗色の髪は緩くウェーブがかかっていて、瞳は何事も見透かすような黄金色をしている。身体の形がはっきりと分かるローブを着ており、その抜群のプロポーションが分かる。下半身は座っているために、カウンターで隠れて見えないが想像することは容易い。


 どこか懐かしそうに、それでいて面白そうにこちらを見てくる女性に、ノアは困惑の視線を向けた。


「あの、どうかしました?」


「ふふ、悪かった。昔の知り合いにとても似ていてね」


 落ち着いた口調で話す女性は、過去を振り返るように瞳を細めた。その表情はとても優し気で、ノアは少し居心地が悪くなった。


「あるじよ、こやつ、ものすごい魔力量だ……。人間とは思えんほどの……」


 ルガが警戒するように目付き鋭くさせて、ノアの来ているジャケット型の装備『覇竜の衣』の裾を引っ張った。その言葉に、先程の闘技場からこの不思議な空間までノア達を転移させたのはこの女性だということが分かった。だが、目の前の美女からは一切の敵意を感じない。そのため、ノアは自然体のまま応対する。


「あなたは……?」


「……そういえば自己紹介がまだだったね、私は”預言者”。王都にある、この魔道具店を経営している者だ」


 両手を広げて、棚に並ぶ魔道具(マジックアイテム)の数々を指し示す”預言者”。そこで、以前王都の平民街に唯一ある戦闘用魔道具店の噂を聞いたのを思いだした。色々あって忘れていたが、噂では行ったことがある人全員違う扉から入ったということ。


 ノアは空間系魔術を使った設置型魔術の応用ではないかと考えたところで、色々あって探すのを忘れていたのだ。”預言者”という名は引っかかるが、それは今は置いておく。


「それで、ギルベルの話では俺に用があると?」


「ああ、君が手に入れた”種”と呼ばれるものを見せてもらってもいいかな?」


 ノアは思わぬ問いに目元をピクリと動かした。彼女はギルベルから聞いて知ったのだろうが、あれは一つしかない貴重なものだ。この女性からは悪意が感じられないが、それでも警戒してしまう。


「それはなぜ?」


「純粋な興味が一つ。それと、君は”種”を持て余しているだろう? 私は魔道具(マジックアイテム)に詳しいからね。もしかしたら力になれるかもしれない」


 そう言って、彼女は微笑む。だがノアはバロンという男と戦ってから、”種”の活用法を見出していた。彼が使った赤黒いオーラ。あれから悪魔族と同じ力を感じたのだ。


 バロンは正常な思考と理性を保っていた。つまり、”種”を使っても制御できるということだ。しかしそんなノアの考えを読んだように、”預言者”は黄金色の瞳を細めた。


「ーーだが、確実ではない。君が戦ったあの男が特別に適合しただけかもしれない」


 そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。結局、危険があるうちは自分に使えるものではないことは確かだ。


「あるじよ、どうするのだ……?」


「……まあ、このまま腐らせるのはもったいないものなのは確かです。悪魔族になりたいとは思わないけど、強くなりたいとは思うんでね」


 ノアは無詠唱で空間収納(ストレージ)の魔術を使う。空間に波紋ができ、裂ける。ノアはその中に手を突っ込んで、血管が浮き出ているようなグロテスクな果実のようなもの、”種”を取り出して渡した。


 ”預言者”と名乗った彼女も”種”を受け取った後、息をするように空間収納(ストレージ)を使い、中から拡大鏡のようなものを取りだした。取っ手があるそれを持ち、”種”を真剣な表情で観察する。


「……ふーむ。これは悪魔族にのみある臓器、”魔核”と呼ばれるものを加工したもののようだね」


 観察を続けながら”預言者”はそう断言した。その言葉が本当なら生き残った悪魔族は、死んだ仲間の死体から抜き取ったのだろうか。


「悪魔族の生態に詳しくないからなぁ。そう言われれば納得するほかないですね」


「……ふふ、ひねくれているところもそっくりだな……まあこの”種”というものが何で構成されているかなんてどうでもいいことだ。君が知りたいのは活用法だろう?」


 ノアはただ頷いた。それを見て、”預言者”はノアの隣にいる幼女、ルガに声をかけた。


「鍵は君さ、魔剣ルガーナ。いや、”破滅の(つるぎ)”ともいうかな?」


 言われたルガは目を大きく見開き、次の瞬間”預言者”を睨みつけた。


「キサマ、やはり只者ではないようだな……」


 ノアはルガの過去について、どんな英雄の武器であり力を持っていたのか、これまで聞かなかった。聞いてみたいという思いもあったが、魔剣ルガーナを使っていると、何となくだが聞いてほしくないという気持ちが伝わってきたのだ。


「坊やは知らなかったのか。古代の時代に英雄をことごとく失墜させた神器、『三大呪剣』の一つ。”破滅の(つるぎ)”の話を」


「……坊やはやめてください。俺の名前はノアですから」


 そう言いつつ、ノアは横目でルガをみた。ルガは唇を噛みしめて俯いていた。否定の言葉がないということは、真実なのだろうか。


「負の感情をため込む性質を持つ魔剣ルガーナ。その莫大な負の感情は持ち主さえも狂わせる。人の欲望、嫉妬、増悪。それらが絶え間なく聞こえてくる。人間の汚い部分を強引に見せられ続けるーー」


 ”預言者”はノアの瞳を真っすぐ見つめた。その瞳はまるで、お前に耐えられるか? そう言っているように感じた。


「過去に使いこなせた者はただ一人だけだった。その一人も失くし、以降現代まで人の手に渡ることなく封印されてきた。近年、ヴァレールによって持ち出されたようだが」


 ルガは”預言者”の正体が分かったようで青い顔しつつ驚愕で喉を震わせた。


「な、なぜそこまで知っているッ……まさか、キサマ……我を封印した勇ーー」


「待った。私の正体はいいんだ。話を戻すとしよう。話を続ける上で、”破滅の剣”の力が必要になる。君は信じられるかい?」


 これまで使っていた愛剣をこれからも使えるか、そういう問いだろう。ノアは身体の向きごと変えてルガを見つめた。


 ルガは脅えていた。恐怖で震える自分自身を抱きしめて。ノアの方に視線を頑なに向けようとしない。まるで、これまで隠してきた悪いことがバレてしまった幼子のように。


ーーそんな表情をさせたいわけじゃない。


 ノアは目線を合わせるために、しゃがみ込んだ。ルガの潤んだ瞳と自分の視線が重なった瞬間、ノアは優しく抱きしめた。小さな身体を自分の体の中に閉じ込める。


 以前、聖女が幼馴染のフィリアだと分かったときに、ノアはひどく取り乱した。でも、彼女の暖かさが自分を冷静にしてくれた。


「……ッ」


「俺は君に支えられた。前に君が言っただろ? 我とあるじは一心同体と言ってもいいって。俺も同じ気持ちさ。普通に考えて自分の半身を手放すはずがないだろ」


 優しく頭を撫でて、髪を梳いてあげる。


「……んぅ……」


 ルガは安心しきったように目を細めて、気持ちよさそうにしていた。しばらく撫で続けると震えが収まったため、ノアは身体を離して、目と目を合わせてルガの不安を取り払うように告げる。


「俺は英雄じゃない。人の負の感情なんてなんとも思わない。それに、俺は人間がろくでもない存在という事も知ってる。人に絶望したりしないさ」


 もうすでに一回絶望したから。その言葉は胸にしまい、ノアは胸中で自嘲した。慰める言葉に似つかわしくない言葉の羅列ばかりだということに。それでもノアは最後に優し気に笑った。


「……う、うむ。あるじは……やっぱり……あるじだ」

 

 瞳に涙をためて、頬を赤らめて花のように微笑むルガの姿はとても可愛らしく思えた。ノアはルガの頭をもう一度だけ撫で、立ち上がって”預言者”を見つめた。


「……さっさと教えてくれませんか? 仲間の試合が控えているんでね」


「ふむ、魔剣ルガーナに歩み寄ったのは君で二人目だな。これも……運命か」


 彼女は固く目を閉じ、それから毅然とした眼差しでノアを見詰めた。


「教えよう……更なる強さの高みまで、昇る方法を」







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