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魔王の後継者は英雄になる!  作者: 城之内
二章 王国闘技大会編
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疲れと不安



 地面から吹き出す、何本もの漆黒の炎柱が舞台上を破壊する。もはや瓦礫と化した舞台で、ノアに向かい合う一人の男。


 その男が持つ弓はただの弓ではない。他の武具とは一線を画すその迫力は、古代の英雄の武具、”神器”に通じるものがある。銀色に輝く弓と同色の矢。装飾などは一切なく、武骨なデザイン。


 それを持つ男はノアを鋭い隻眼で見据えていた。弓使いと真正面から戦うのはノアは初めてである。すでに矢をつがえている相手を警戒し、ノアは腰を低くした。


 緊張感が場を支配する中、二人が同時に動き出そうとしたところでーー


『しゅ、終了‼ 終了です! もう選手はお二人しか残っていません‼ Cブロック予選終了!』


 実況が慌てた声で、ノア達を制止した。その声を聞いて、相手の男はゆっくりと弓を下ろし、ノアも紋章術を解除して魔剣ルガーナを鞘に納めた。


 その後、歓声が響く。ノアの強大な力に興奮する声と恐怖して萎縮する声。反応は二つに分かれた。だが、何よりレナの時より少ない歓声に、ノアは不満げに口をへの字に曲げた。







*   *   *   *





 時はCブロック予選開始前。


 レノスは城内に響いた実況の声を聞いて確信した。そして、闘技場上空に空間魔術で創られたスクリーンを見る。そこに映ったのは夜空のような漆黒の髪と、紅色の瞳を持つ一人の少年の姿。


(やはり、生きていたのか)


 レノスと豪魔の森で互角に戦った少年。


 魔物の集団。メルギスの街の襲撃。


 ノアに教会側がちょっかいをかけたのだろう。その結果、王都でも有名になった。それが手に取るように分かる。


 退屈な闘技大会の観戦が少し楽しみになったレノスは少しだけ口角をあげた。


 彼がいる場所は来賓席。正面はガラス張りになっており、そこから闘技場の舞台を見下ろせる作りになっている。


 隣には”聖女”フィリア・ルナトリアが座っていたが……会場内にノアの名が響いた瞬間、突然フィリアが立ち上がった。


「……そんな……やっぱり……ァくん、生きて……」


 椅子から立ち上がり、正面にあるガラスに手を置き、何かを呟いている。レノスは嫌な予感がした。


「どうかしましたか……?」


「……」


 レノスの言葉にも、フィリアは振り向かずに何も答えない。傍仕えの神官服を着た女性、ロベリアも心配そうに声をかけた。


「フィリア様、いかがなさいました……?」


 その言葉にも答えない。聖女の後姿は、少しだけ肩が震えていた。


(泣いて……いるのか……)


 今までずっと静かに座っていた聖女の変化に、二人は驚いた。そうこうしている中、試合開始の合図がなる。舞台上を縦横無尽に動くノアの剣技、体術。それらはレノスと戦ったあの時よりも明らかに成長しているのが見て取れた。


 そして、ノアはヴァレールを斬り捨てたあの時と同じ、残酷な笑みを浮かべて詠唱を開始した。完成した紋章術、その威力は闘技場全域に張ってある結界を大きく揺らすほど。観客のざわざわとした声がレノスの耳に入るが、レノスは眼下に広がる光景に目を眇めた。


 巨大な漆黒の焔でできた柱が舞台上から天に伸びるようにして噴き出している。選手たちはなすすべもなく飲み込まれるだけ。能力を行使したのは一人の少年。漆黒の焔に包まれる舞台で、その少年は笑みを浮かべて、自分の魔法の結果を見ていた。


 レノスは椅子から立ち上がって聖女に歩み寄った。拳を強く握りしめている聖女の後ろ姿は、今にも倒れそうなほどか細く見えたから。


「……私は……大丈夫……ですから」


 制止する声を聞いて、レノスは足を止めた。その声は悲しみを内包して、震えている。レノスは思わず質問をなげかけていた。


「あの者を、知っているのですね……?」


 その言葉に”聖女”は答えずに、レノスに質問を返した。


「……レノス様、貴方は確か、ヴァレールの仲間はいなかった……そう言っていましたね」


 絞り出すように言う聖女の姿に、レノスは背中に嫌な汗をかいた。


 レノスはどんな強敵と対峙した時でも、冷や汗など流したことがなかった。それは経験に裏打ちされた自信と自らの力を信頼しているから。


 だが。


 そこで聖女はゆっくりと振り返った。その目元は前髪で隠れていて、表情がうかがえない。


「……真実を……話してもらえますか……?」


「……」


 儚い雰囲気ながら、そこには強い意志が見え隠れしていた。今の”聖女”に、聖王国の英雄、”勇者”は気圧された。





*   *   *   *





 試合が終わり、観衆に愛想よく手を振るノア。正反対に無愛想に瓦礫と化した舞台を降りる隻眼の男。二人は観客に対してそれぞれの対応をする。


「……その弓、神器かい……?」


「……そうだ」


 隻眼の男はどこまでも平坦な声で簡潔に肯定した。男が先に舞台から降りたので、ノアも降りて隣に並んだ。入場の時に通った通路を会話しながら歩く。


「何か聞きたいことがあるのか」


「いや、あのまま続けていたらどっちが勝っていたかな」


「知らん」


 無愛想に言うが、それでも無視せず答えている。別にノアを嫌っているわけではないのだろう。これがこの男の素なのだ。


「君、名前は……?」


「……ゼンだ」


「そう、俺の名はーー」


「ーー知っている。ノア、王国の新たな英雄紋所持者。順当な結果だろう。Cブロック予選の出場選手の中で英雄紋を持っているのは俺とお前だけ」


 お前のおかげで手の内を見せずに済んだ、そう続けてゼンは足を止めた。そしてその鋭い隻眼で真っすぐにノアを見た。ノアも足を止めて、ゼンの視線を受け止めた。


 ゼンの装備は身軽な軽鎧とブーツ。ノアが見ても、それには魔術的な付与はされていない気がする。


(俺の紋章術をどうやって防いだのか、装備じゃないとすればやはり能力、か)


「どうやって俺の紋章術を防いだのか、気になるけど、それは決勝トーナメントの時に自分で解き明かすとしよう」


 そう言って、ノアは笑みを見せた。


「……やってみろ」


 ノアの言葉に、ゼンの方も無表情ながら少しだけ口角をあげて答えた。





 







 それから、ノアはレナ達と合流して宿、『黄金亭』に帰った。決勝トーナメント進出者のノアとレナは、一躍有名人になっている。二人が連れ立っているだけで、街の人から声をかけられたりして大分到着が遅れた。むしろ、試合よりもそっちの方が大変なくらい人に囲まれた。


 やっとの思いで宿に到着。従業員から祝福の言葉に礼をして、自分の部屋に向かった。すぐにベットにダイブする。


「……有名になるのも大変だな」


「……ん、大変」


 当然のようにノアの部屋に来て、一緒のベットにダイブしたレナが頷く。すると、ノアの腰に差さっていた魔剣ルガーナが赤い粒子へと変化した。


「むふふ、レナよ、ぬしの能力、あの大樹など、我があるじの焔で燃やし尽くす。もはや我らの勝利は揺るがん。果たして、戦いになるのか……?」


 バカにするように、そして得意げに言うルガに、レナが頬を膨らませた。


「……我らじゃない。負けるとしてもルガにじゃない。ノアだから」


 突っ込むところはそこなのか、そう思いつつ口には出さない。これでもノアは疲れているのだ。人前では堪えていたが、<レーヴァテイン>の紋章術は初めて使ったノアの最大火力の技。制御にも神経を使うし、何より魔力の消耗が予想以上だった。ノアの魔力量はレナと同じくらいで熟練の魔術師の十倍程度。その八割くらいは消費している。


 二人の幼女が口論する中、美貌のメイドが止めに入ってくれた。


「……二人とも、ノア様はお疲れのようです。静かにお願いします」


「……ん、ごめん、ノア」


「……わ、悪かったのだ」


 そう言って、ノアが寝ているベットに潜り込む幼女二人。ノアの両手を持ち、片方ずつに引っ付いた。暖かい体温が両手に伝わる中、ノアはぼんやりとした思考で考え事をしていた。


 決勝トーナメント進出を決めたのは当たり前のこと。だが、闘技大会本選は英雄紋所持者がざらにいるだろう。自分の強さには自信を持っているが、それでも絶対勝てる、その保証はない。


 王国の第一騎士団団長を見たことで、ノアは自分の強さに絶対の自信を持つことができなくなった。決勝トーナメントの中で、成長していけばいい、そう思ってもいたが、新たな力の獲得は急務。今日だって、ゼンと本気で戦っていたら勝てたか分からない。


 いつアスカテル家や聖王国が仕掛けてくるかも分からない。だから、もっとーー


 思考の渦にノアが沈み込んでいると、エルマの優しげな声が耳に届いた。


「……お一人で、抱え込まなくてもいいのです」


 ノアが目を開くと、エルマが覗き込むようにして、自分を見つめていた。レナやルガも起きてノアを心配そうに見ていた。


「私達を頼ればいい。私たちは、そんなに弱い存在ではありません」


 自分の気持ちが見抜かれていた。それと同時に、そんなことは分かっている。でも、彼女らを大切に思えば思うほど、戦いから避けたい。そう思ってしまう。それは、信頼しているとは言えないのだろうか。仲間とは、言えないのか。


 レナの実力も闘技大会で見た。英雄級に届いているだろう。それでも、ノアは怖いのだ。彼女らを失うことは、家族を殺されたあの時に戻る事だから。


 世界に自分を知る者がいない。それは、ノアには自分が無価値な存在に思える、そんな世界に感じられるのだ。


「……分かってる。分かってるよ、そんなことは」


 そう言って、ノアは片手で目元を隠した。彼女らからの視線を振り払うようにして、寝返りをうって背を向けた。


 

 




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