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魔王の後継者は英雄になる!  作者: 城之内
二章 王国闘技大会編
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妖精姫




 木々に覆われた舞台上と空を突くように伸びる大樹を見ながら、ノアは笑いが抑えられなかった。これがレナの全力なのだろうか。これを見ると、メルギスの街で魔物達と戦ったときの力は一端でしかなかったのだと気付く。


「ハハッ! いや、凄いなぁ、これ……圧倒的じゃないか」


「むむむ、だが、あるじと我ならばどうという事はないのだ!」


 ノアの膝の上に座る黒髪の幼女、ルガが頬をプクリと膨らませて反発する。その言葉に、ノアは自分だったらどうするかと考えてみるが……


 エルマの声が思考を戻す。


「レナの力、これほどの規模で操れるとは思いませんでしたが……」


「……だね。これはもう試合終わったんじゃない?」


 手を頭の後ろで組んで楽観的にそう言ったノアに、隣のガレスが瞳を細めて舞台上を見た。


「どうかな……王国闘技大会で勝ち残るには、これだけでは甘い気がするが……」


 どうやらその通りのようだ。ノアは木々を薙ぎ払いながらレナにものすごいスピードで迫る人影と森のようになった舞台の一角で炎が広がるのを見て、面白そうに頬を緩めた。


 胸の内で、確かな信頼と心配が同居する中、ノアは妖精のような可憐な幼女にエールを送った。







*   *   *    *





 

 

 闘技場を覆うように枝葉を広げた巨大な大樹の上で、レナは地上を見下ろした。決勝トーナメントに残れるのは二人。そして舞台上に残っているのがレナも含めて四人。


(……つまり、後二人)


 なぜ残りの者が分かるのかというと、木々が教えてくれるため。レナの能力は自然を操る事。意思疎通もできるのだ。


 向かってくるものは一人。残りの二人は戦っているのか、森の一角が火事になっている。それを見て、レナは顔をしかめた。


 だが、まずは向かってくる者の対処をしなければならない。木々に覆われているため、向かってくる者がどんな能力を持つのか分からない。だが、それでもレナがすることは変わらない。


「……ん」


 腕を一振りするだけで、この森の木々が一斉に敵対者へと牙をむく。木が細く、尖った形状へと変化して次々と襲い掛かる。だがーー


 赤い軌跡を残しながら、その人影は正面から木々を薙ぎ倒す。周囲一帯の木々を吹っ飛ばしたため、レナにも容姿が確認できた。


(……拳士、それも……|獣人族(ビースト)ッ)


 拳を振り切った体勢で止まっていたその男の頭の上には、獣の耳がついていた。次の瞬間、男は大樹を見上げて笑みを浮かべた。てっぺん付近にいるレナを見上げて、力強く、そして好戦的な笑み。


 それは、見つけた、これから行くぞ、とそう言っているようにレナには感じた。


 拳士は近付いて真価を発揮する。距離はまだまだ遠い。


(……近付かせちゃ、ダメ)


「……ん」


 気の抜けた声で腕を再び一振りする。周囲の木々が男に次々と襲い掛かるが、男はそれを拳で砕きながら接近してくる。紅い粒子を纏っている男の身体能力は、ノアが倒した『黒狼』と呼ばれていた暗殺者に迫るほど。


 だが、それでもレナに焦りはない。自身の木々がいくら砕かれようが、倒されようが脅威を感じない。レナはそれ以上の実力を持つ人物に並び立ちたいから。


 やがて、その男はレナが待つ模倣した世界樹の根本に辿り着いた。そして、その男は大樹の幹をへし折ろうと拳をぶち当てた。


「らああああああああッ!」


 裂帛の気合で振り下ろした拳の一撃は、わずかに大樹を揺らす程度。だが、それでも戦意を落とさない男はすぐさま切り替えてレナがいる大樹に長い手足を器用に使って、するすると登ってきた。


 レナは葉っぱで疑似的な舞台を作り、その上で男を待ち受けた。十秒も経たずに、男は葉で造られた戦場に足を踏み入れた。


「……よう、まさかこんなえげつないことをしたのがちっこい森妖精(エルフ)の嬢ちゃんだとはな」


 レナには何の獣人かは分からないが、これまで見たことがない形をした耳だ。防具は何も装備しておらず、道着のような服と手甲をつけているだけ。若い、二十代くらいの男だ。人懐こそうな顔立ちだが、その身に纏う雰囲気は並みの者ではない。


「……ここまでよく来れた」


 レナはそう言って、眠そうな瞳で相手を見た。


「まあな。これでも俺も古代の英雄から加護をもらってるんでな。俺の名はアゼル。ま、拳士だ。A級冒険者で『彗星』の異名を持ってるんだが、知ってるか?」


「……知らない」


「お、おう、そ、そうか。知らないか……王都では有名なんだが、な」


 少し傷ついたように顔を俯かせた男、アゼル。だが、切り替えたようにアゼルは構えをとる。


「悪いが……俺は普段は女性には優しいが、ここは闘技場。傷つけることはないんでな。それに決勝トーナメントまでいったら……結婚してくれるって彼女が言うんでな」


 負けられねえんだ! そう言ってアゼルが油断なくレナを見据えた。だが、そんなことを聞いても、レナの心は揺らがない。同じ英雄紋所持者に勝てば、絶対ノアは褒めてくれる。そして頭を撫でてもらうのだ。そのために、この男には負けてもらう。


「……<世界樹槍(ユグドラシン)>」


 レナがその魔法名を唱えた瞬間、大樹の枝がレナの所まで伸びて、それが槍に変化して手元に収まった。装飾までついているその槍を片手で持ち、構えた。 


「近接戦か、望むところだッ! <闘気開放>ッ!」


 その瞬間、アゼルの身体から赤色のオーラが噴き出した。髪が逆立ち、プレッシャーも増す。この男も実力的には英雄級に届いているのだろう。


 だが、この男は勘違いをしている。この槍は近接武器ではない。ただの指揮者が使う指揮棒(タクト)でしかない。世界樹は女王であるレナが住まう絶対の領域。


 詠唱が必要な<世界樹(ユグドラシル)>の魔法の真価が発揮される。

 

 アゼルがレナに向けて一歩を踏み出したと同時に、レナが<世界樹槍(ユグドラシン)>を振り下ろした。その瞬間ーー


「ぐうあああああああああああっ⁉」


 タイムラグなく、世界樹の無数の枝が槍の雨となってアゼルの身体を貫いた。


「……ば、バカな……反応、できなーー」


 無数の<世界樹槍>に貫かれたはずなのに、アゼルの身体は無傷であった。しかし、意識が朦朧としているのか、その言葉を最後に気を失うと光の粒子となって場外に消えた。


 観客の歓声が響き渡るのに合わせて、レナは空に向けてピースサインを作った。


「……ぶいっ!」








*   *   *   *



 




『決まったーーー‼ 注目選手を軒並み押さえてAブロックの決勝トーナメント進出を勝ち取ったのは『妖精姫』レナ選手と『双剣使い』のバロン選手です。皆さま、二人に盛大な拍手を‼』


『……単純な強さだけではない、見る者が圧倒される内容でした。本当に見事です』


 その声が響いた瞬間、会場から割れんばかりの歓声が轟いた。レナの容姿や能力を褒め称える声が多い。


「うおーー‼ レナちゃん、結婚してくれー!」などと言った声も聞こえてきた。よし、顔を覚えておこう。


 それはともかく。


ーーよく頑張ったね。


 ノアは、大歓声に眠そうな目をしながらもピースサインで応じるレナの姿を見て、頬を緩めた。それからレナがキョロキョロと何かを探すように観客席を見渡した。そして、ノアの姿を見つけると、ふわりと柔らかな笑みを見せた。


ーーか、可愛いな。


 心の中だけで呟いたはずなのに、エルマとルガからジトっとした目を向けられた。


 








 


 それから、ノアとエルマはレナを迎えに行った。他の参加者たちはまだ気絶した影響で目を覚ましていないため、医務室に運び込まれている。控室にはレナ一人だけ。


 控室から出てきたレナはそのままノアの懐に突撃してきた。だが、準備していたノアは慌てずに抱き留めてあげた。


 「……ノア、決勝トーナメント進出したよ」


 やはり、嬉しかったのだろう。上気した頬を緩めて、レナがそう言った。ノアはレナと目線を合わせるように片膝をついて、


「おめでとう、レナ。頑張ったね」


「……んっ」


 頭を撫でてあげると、レナは喉を鳴らして気持ちよさそうに目を細めた。そこで、ノアはちょっとしたいたずら心が芽生えた。闘技大会決勝トーナメント進出者には異名が送られる決まりになっている。ノアは『妖精姫』というレナの異名をからかうように告げた。


「見事な試合だった。流石は『妖精姫』だったなぁ」


 「……むぅ、意地悪」


 レナは頬を更に赤く染めて、ノアの胸をポカポカと叩いた。


 Aブロック予選はこれで終了。舞台上にあるレナが生み出した木々はレナの能力で種に戻っている。闘技大会予選は一日一試合ずつ。明日はBブロックの試合がある。ノアは崩壊した舞台を思いだしながら明日まで間に合うのだろうか、とも思ったがそれはノアには関係ないことのため、気にしない。


 それから祭りのようになっている賑やかな王都の街で軽くお祝いのために、レナの好きなシュークリームをたくさん買ってあげたノアであった。





 


 






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