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魔王の後継者は英雄になる!  作者: 城之内
二章 王国闘技大会編
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聖女来訪



 聖女来訪。


その報は瞬く間に王都中に知れ渡った。聖王国の国教、聖光教の象徴として有名な”聖女”。だが、それは自国である聖王国ではの話である。敵国でもあるリンヴァルム王国ではその存在を聞いたことがあっても、容姿や逸話、人格などは伝わっていなかった。


 人々は予想した。聖光教の象徴なのだから、やはり亜人差別者なのか。それとも本物の聖人君子とした清らかな人物なのか。


 だが、大半の人々は歓迎していなかった。亜人を虐げる宗教の象徴、それも敵国でもある彼らを喜んで迎え入れるなどありえない。


 様々な憶測が流れる中、一台の馬車が王都に到着した。





*   *   *   *





 ノアはその日、仲間たちと外出をして楽しんでいた。見渡す限り、人しかいない大通りを歩いている。闘技大会まで二週間を切っているため、王都はほぼ祭りのような状態になっているのだ。喧騒から頻繁に聞こえてくる聖女という言葉に、ノアは何気なく呟いた。


「……聖女、ねえ」


 レナは大好物になったシュークリームを食べながら、森妖精(エルフ)の長い耳をぴくぴくさせた。


「……あむ……ん、美味しい……聖女って……?」


 レナの問いには、エルマが相変わらずの無表情で答えてくれた。


「レナが知らないのも無理はありませんね。”聖女”とは、聖王国の国境、聖光教の象徴とされる存在です。私も直接見たことはありませんが、とても美しい女性であると聞いたことがあります。人格は清らかで、慈愛に満ち溢れた方である、と」


  ん、とレナが短く返事を返した。あまり興味なさそうだが、ノアも正直に言うと聖女よりも、護衛としてついてくる勇者の存在が気になっていた。


「勇者も来るんだよなあ……」


「勇者とな? そう言えば、我を封印から解き放つ前に戦ったのだろう?」


 そう言えば、あの時戦ったときはルガはまだ封印されていた。今、勇者と戦えばどちらが勝つだろうか。


「……ルガがいればあの時の戦いはどうなっていたか」


「勇者、ですか。聖騎士団長の事ですね。『星影』からも、再び刺客が送られてきているかもしれません」


「……もう一度、俺を狙ってくるなら今度は元凶を叩きたいね。枢機卿、だったっけ?」


「……もしかしたら、もっと上の立場、それこそ教皇という可能性もありますが……」


 ただでさえアスカテル家の問題もあるのだ。闘技大会前にあまり面倒なことになりたくないのだが。


 そう考えながらいると、王都の入り口、門の方から歓声が上がった。もしかしたら、聖王国使節団が王都に到着したのだろうか。


「……行ってみる?」


 ノアは暇つぶしとして提案した。


「……ん、行く」


 レナが右手を握り、


「フハハ、我もだ!」


 ルガに左手を握られた。


 エルマは一歩引いたところにいるが、頷きを返してくれた。ノアは騒ぎの中心へ、足を進めた。






 無駄な装飾が一切ない純白の馬車が大通りを通っていた。その馬車を囲むようにして、王国の騎士団の姿が見える。内側は聖王国の護衛で固まっている。先頭の白馬に乗っているのは、黄金色の鎧と純白のマントを纏った切れ長の目をしたイケメンである。


 聖騎士団団長にして勇者の後継者、レノス・アマデウス。


 業魔の森で見た時と同じ人物にノアは、顔をしかめた。次にノアが馬車に視線を向けると、ちょうどカーテンで仕切られていた馬車の窓が開いた。


 歓声、というよりもどよめきが上がり、中にいる人物の姿が見えた。その瞬間、王都中の音が途絶えた。


 そこにいたのは、白磁の肌に鮮やかな銀の髪を流した、正しく聖女と言えるような人物。均等に切り揃えられた前髪から、優し気なタレ目が覗き、口元は薄らと微笑を描いている。


 観衆に照れ臭そうに、ぎこちなく手を振る姿は人々に親近感を沸かせ、その美貌に見惚れる者が続出した。


 やがて彼らは大歓声を浴びせた。敵国出身者でもある彼らに対して。


 だが、その大歓声が、ノアには遠く感じられる。信じたくない。あれは……。


 その姿を目にしたとき、ノアの呼吸が止まった。冷や汗が出て、心臓の音がどんどん大きくなっていく。思考が定まらない


「あ、そん、な……う、そ……だろ……」


 異常な様子のノアを見たレナやエルマが心配そうに声をかけた。


「ーーどうしたの……? ノア、ノア!」


「ーーノア様……?どうされたのですか……?」


 レナやエルマの声が遠くに聞こえる。ノアの身体は縫い付けられたようにその場から動けない。


 青白い顔をして、呆然とするノアは馬車にいる”聖女”にじっと視線を向けたまま固まっていた。その時、観衆に手を振る聖女が、自分の方に視線を向けた気がしてーー


 その瞬間、ノアはその場から背を向けて逃げ出した。









 ノアは何度も転びそうになりながら、王都の街を駆けた。不自然な息の乱れでうまく走れないのだ。心臓の音がうるさい。


(な、なんで……そんなはず……でも、あれは……フィリア……なのか……⁉)


 思考が定まらない。


 ヴァレールに連いていくとき、たった一人の村の生き残り、幼馴染であるフィリアをおいていった自分。ノアはそのことを後悔していなかった。なぜなら、力を得たからだ。自分では彼女を守れないと思った。でも、今思えばそれを言い訳にして彼女から逃げたのかもしれない。


 彼女は自分と別れた時、涙を流していた。今、自分をどう思っているのか。


 様々な思考が頭をよぎる中、ノアは宿屋の前に着いた。従業員からひったくるように鍵を受け取り、ノアは自室のベットに直行した。身体を丸めて、布団にくるまった。


 彼女に会うのが、怖い。


 ノアは何故か目頭が熱くなるのを押さえられなかった。声を押し殺しながら、ノアは涙を流した。










*   *   *   *






 エルマは咄嗟に、背を向けて駆け出したノアの背中を追おうとした。普段の彼からは想像できないほど弱々しく感じたその背中に心配しないほうがおかしい。


「ノア! 待って!」


 それはレナも同じなようで必死に声を上げたが、彼は聞こえていないのか止まらない。駆けだそうとしたが、行く手を阻まれた。漆黒の髪と深紅の目を持つ幼女に。


「どういうつもりですかッ……?」


「そう苛立つな、ここは我に任せておくといい。あるじがああなった原因に心当たりがあるのだ」


 思いのほか真剣な表情でこちらを見るルガの姿に、レナは何かを感じ取ったのか、


「ノア、元気になる……?」


「ああ、我に任せよ! エルマも、いいか?」


「……ええ」


 エルマが一先ず頷くと、ルガは笑みを浮かべた。それから身体を赤い粒子に変えて、その場から消え去った。それを見届けると同時に、エルマが口を開いた。


「……レナ、良かったのですか?」


「……ん、私は、ノアの一番力になりたいと思ってる。でも、それはエルマも一緒。今回は事情を知ってるルガに任せた方がいい」


 その言葉にエルマが一瞬だけ、目を見開いた。そのあと、レナのふわふわの髪の毛を撫でてあげた。


「……健気ですね、貴方は」


「……むう、それはエルマも一緒」


 女性二人は、優しく笑い合った。



 



*   *   *   *









 宿屋の一室で。変わらずにノアは布団にくるまっていた。そんな中、すすり泣くノアの背中に暖かい何かが触れてきた。


 優し気な声が頭に響いた。


「……あるじ、どうしたのだ?」


 ノアは今の状態を見られたくなかった。それに、今は何も答えたくないし、考えたくない。ノアが無視しても、ルガは変わらずに、優し気に言葉を続けた。


「あの”聖女”が原因なのであろ?」


 ノアは答えない。


「……我はな、あの魔術師に封印されてから、暗い空間でずっと一人だったのだ。我には意識があったから、その孤独を一人で耐えねばならなかった」


 語りだしたルガの言葉に、ノアは覚えがあった。それはヴァレールの研究所での話だ。


「……何も見えず、聞こえず、ただ思考だけができる世界。でも、それを破ってくれた英雄がいたのだ……」


 そこで、ルガは寝ているノアの頭をその小さな体で、背後から包み込むようして抱きしめた。細い腕が首元に抱き着き、薄い胸が頭を包み込む。


 胸にあった暗い感情が、氷のように溶けていく。その温かさに、ノアは段々、意識が落ち着いていた。


「今度は我が力になりたい。だから……」


 ノアは首元にある小さな手を握って、


「……ありがとう。かっこ悪いとこ、見せた、かな……?」


 くぐもった声でそう言った。ルガは抱きしめる力を強くして、


「我にはいくらでもさらけ出すがいいのだ。あるじと我は、一心同体と言ってもよかろ?」


 その言葉にノアはくすりと笑みを浮かべた。それから、そのままの体制で話し始めた。


「……”聖女”と呼ばれていた女性。あれは、俺の幼馴染なんだ……」


「……なるほど、それで、あるじはあの女子に負い目があるのであろ?」


「……分かるのかい?」


「うむ、あるじから筆舌にし難い感情があふれ出ていたゆえ」


 魔剣ルガーナの能力なのだろうか。一瞬疑問に感じたが、今はそれをおいておく。


 ヴァレールについていくと決めた時。ノアはフィリアには普通の暮らしを望んだ。普通の家庭に拾われ、そこで普通に生きて、結婚して、幸せに暮らしてほしいと思った。弱かった自分では守れないと思ったから。


 ノアには確かにその気持ちはあったが、それだけではなかったかもしれない。


 自分が持つ英雄紋のせいで村が襲われ、自分の家族も殺され、フィリアの家族、両親も殺された。あの時、ノアはフィリアに恨まれているのではないかと本当は怖くて仕方がなかった。彼女はいつも自分を励まし続けていたが、それが本当の気持ちなのか確かめるのが怖かったのかもしれない。


(でも、考えてみれば、普通の暮らしを望めるわけないじゃないか。俺がそうだった。英雄紋を持つ者が、只人でいられるはずがないのだと……)


 その時、ルガの優し気な声が耳朶に響いた。


「あるじは……あの女子(おなご)をどうしたいのだ……?」


 その問いに、ノアは一度目を閉じた。自分の根底にある感情は熱く、とめどなくあふれ出てくる。それだけ、彼女への想いが強いという事か。


「彼女に合って……可能なら、また一緒に笑い合いたい。思いを打ち明けたい。無事を喜びたい。謝りたい。そして、彼女を……今度こそ、守りたい」


「……ならば、そうすればいい。もし、あの女子(おなご)に拒絶されたとしても、あるじはもう一人ではないのだから……」


 そう言って、再びルガが包み込むように抱きしめてくれた。ノアの心を占める負の感情が消え去っていた。その心地いい暖かさに、ノアは甘えるように、眠りについた。


 





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