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魔王の後継者は英雄になる!  作者: 城之内
二章 王国闘技大会編
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闘技大会まで




 聖王国使節団は予定よりも進行が遅れていた。城塞都市メルギスを出発して、現在は王都とメルギスの中間にある宿場街にいる。


 進行が遅れた理由は現在泊っているこの宿場街にある。レノスは目の前の光景に目を細めた。


 聖女フィリアが英雄紋の治癒効果を使って、怪我人達を治癒しているのだ。怪我人達の中には片腕を欠損した者もいて、それが瞬く間に再生していて姿に歓声を上げていた。レノスの目には、その光景が星堂神殿で見た光景と被った。


 なぜ、こんなことになっているのかというと、盗賊に襲われた商人達がいるという噂を聖女の傍仕えであるロザリアがどこからか持ってきたのが始まりである。それを聞いて聖女は動いて、こういう結果になった。


 王国の伯爵で、案内役でもあるガレスは自国民を無償で救ってくれることで、あまり強くでれないのだ。


 ”聖女”は聖光教の象徴だが、逆に言えば象徴でしかない。政治的権威は無いに等しい。救ってくれるというのだから、その好意にガレスは甘えることにしたのだ。


(王国でも信者を増やすのが目的なのか……? 教会は何を考えている?)


 レノスとしては教会の狙いが気になっていたが、何より聖女であるフィリアは優しすぎるのではないかとあきれていた。自国民でもない彼らを無償で救うなど、少なくともレノスは考えられない。


 いつの間にか、治癒が終わったのか、レノスの間の前には怪我人の姿がなくなっていた。


「お疲れさまでした、フィリア様。それではヘルミナス伯爵の所へ向かいましょう。予定より遅れているようですので」


 赤髪の女性、ロザリアが声をかけてきた。レノスはこうなった原因はお前にあるだろうと思ったがそれを言葉に出すことはしない。


 レノスはフィリアにじっと視線を向けた。魔力を消費したはずだが、その顔に疲れの気配は見えない。単純に魔力量が多いのだろう。


 レノスの視線に気付いたフィリアが小首をかしげてみてきた。


「どうか、しましたか?」


 レノスはここで苦言を言うことを決めた。これからも怪我人を見るたびに、こんなことをしていたら闘技大会まで間に合わない可能性だってある。


「いえ、ただ、聖人君子もおやめになった方がいいと思っただけです。王国は聖王国とは違いーー」


「ーー私は自分が聖人君子だとか、そういう大層な存在と思ったことは一度としてありません。私は私の出来ることをしているだけ。私にはその義務(能力)があるのですから」


 その言葉を聞いて、レノスは失礼だと思っても苦笑してしまった。それは勇者の力を持つレノスにも当てはまる事だから。










*   *   *    *







 リンヴァルム王国、王都トランテスタは大いに賑わっていた。王国闘技大会は過去最大の規模で行われる予定である。闘技大会参加者は発表されていないが、民衆はすでに予測して賭け事にしたりしている。


 他国からの来賓も続々と王都入りしている。


 森妖精(エルフ)族の宗主国アルフヘイムからは王族直系の第二王子が来日。


 土小人(ドワーフ)族の宗主国ドヴェルグからは七人の鍛冶王の一人である王が来日。


 その他にも周辺国家からの来賓は毎日のように城門をくぐっている。


 闘技大会参加者も勿論集まっている。先代の王までは貴族の推薦がある者しか、闘技大会に参加できなかったが、現在は王国民は全て参加自由になっている。また、他国の傭兵や他国の冒険者なども参加できる決まりになっている。


 現王ダスティヌスは参加者の制限を無くしたことで、隠れていた強者を発掘し、彼らを積極的に王国騎士団に入れ、国力を底上げしたのだ。


 それ以外にもダスティヌスはある取り決めをした。


 領地持ちの貴族は一人、参加者を連れてくる決まりにしたのだ。自国の貴族が用意する限界、それをダスティヌスは知っておきたかった。


 彼らは面白いように競争してくれた。それは彼らが一番大事にしているメンツにかかわる事だからだ。いくら大きな領地、爵位を持っていても用意できる戦力が弱いなら、他の貴族たちに舐められることになるため、貴族たちは必死になって探すのだ。


 そんな狙いもあり、闘技大会のレベルは高まり、ひいては王国の戦力増強に一役買っているのが、王国闘技大会である。






 王都が騒がしくなる中、ノアは暗い路道を歩いていた。隣を一緒に歩いているのは第四騎士団団長、アザミ・レトールである。


 彼は王都周辺に潜む賊を討伐してきて、王都へ帰還してきたらしい。突然、ノアが住む宿に押しかけてきて、話がある、と連れ出されたのだ。


「……どこまで行くの?」


「気にいるかどうかは知りませんが、私の行きつけの店です」


 隣をあるくアザミは今日は非番らしく私服である。黒のシャツを着ているが、その腰には変わらず神器『斬痛剣スカーペイン』が差さっている。


 二人は歩きながら世間話に興じる。


「そう言えば、第一騎士団の団長、あれって何者なの……?」


「おや? その様子では完敗でしたか?」


 面白そうに聞き返してきたアザミに、イラっとしながらもノアは素直に白状した。


「……まあね、今の俺じゃ勝てないかもね」


「……あれは簡単に言えば化け物です。Sランクである英雄級を超えた存在と言っていいでしょうね。あまりの強さと特徴的な剣、”刀”を自由自在に操る流麗な剣術、付いた異名は”剣聖”」


 剣聖、ノアは口の中で呟いた。


「逸話としては悪魔族の討伐、それと北方の大国である帝国の大群をたった一人で食い止めたらしいですね、真偽は分かりませんが……」


「同じ王国騎士団の団長なんだろ、真偽が分からないって……」


「いえ、何でも今から二百年前の事らしいですからね」


 軽く言ったアザミに、ノアは目を見張った。


「それが本当なら人族じゃないよね? 見た感じ森妖精(エルフ)でもなかったし、一体……」


「誰にも分りませんよ。一つだけ分かっているのは、あれだけの強さを持つ者が陛下に従っているという事です」


 つまり、王に敵対しなければ、剣を向けられることはないということか。




 話をしているうちに、アザミは一軒の店の前で足を止めた。外観は暗く、寂びれた雰囲気の店だ。


「ここ……? まあ、人目にはつかないところかもしれないけど」


「隠れた名店というやつですよ。味は保証しますから」


 そう言って、アザミは店の中に入った。扉に手を当て押して開けると、年季が入った扉だからギィーと音が鳴った。


 とりあえずノアもアザミに続いて店内に入る。意外にも店内は清潔で、少しだけ薄暗く落ち着いた雰囲気で、ノアは驚いた。


 店内には他の客がおらず、カウンターの向こうにはグラスを拭いている店主のみ。


「いらっしゃい、久しぶりじゃないか、団長さん」


「ええ、今日は知り合いもつれてきました。結構食べる方なのでお金は期待していいですよ、マスター」


 勝手な事を言うアザミが、カウンター席に座るのを横目で見ながらノアも隣に座った。


「ん? どっかで見た顔だ。あ、そうだ、思い出した。お前さんはメルギスの街で誕生した英雄様じゃないか」


 軽く言った店主の言葉に、ノアは瞳を細めた。メルギスで誕生した英雄、その容姿までは王都に伝わっている様子はなかった。それはノア自身が実感していること。


「……」


「彼はしがない飲み屋でもありますが、情報屋でもあるのですよ」


 補足するようにアザミが言う。


ーー情報屋、ねえ。


「ふーん、なら俺が連れている仲間たちの正体は?」


「先祖返りの古代妖精(ハイ・エルフ)の幼女と元聖王国暗部『星影』の一人で妖魔族、こんなとこでいいかい?」


「……なるほど、アザミがわざわざ連れてきてくれるわけだ」


 ノアは否定も肯定もせず、そう言っておいた。そのやり取りが終わるのを見計らったのか、アザミは昼間から酒を頼んだ。


「一先ずエールでもいただけますか? それと何かつまめる物を」


「はいよ、そっちのお客さんはどうする?」


「昼間から酒か、俺は……果実水を」


「ははッ、英雄殿は子供だな」


「……俺からしたら逆になんで苦いのを好んで飲むのか、理解できない」


 バカにされたノアは内心ムスッとしながら、言葉を返した。店主が準備に入るのを見つつ、ノアはアザミに視線を向けた。


「……それで、何の話なの?」


「ええ、貴方にとっては重要なことかもしれないと思いまして。近々、アスカテル家当主が王都に着く予定です。警告という意味も込めて寄ったのですよ」


「アスカテル家、か、なるほど。それで、わざわざここに来たのは、彼をうまく使え、とそういう事かな?」


 ノアはそう言って、フライパンで何か炒め物を作っている店主の方へ視線を送る。


「察しが速いですね。ノアは王都に伝手がないでしょうから、手助けですよ。情報屋というのは、信頼が命です。貴方を裏切ることはありませんよ」


 ノアとしてはそういうものか、と頷くしかない。情報屋という者がどれほど役に立つのかも未知数だが、ありがたく受け取っておくことにする。


「アスカテル家当主オスカーは色々と暗い噂があります。貴方は”種”を持っているのですから、確実に狙われるでしょう。精々、死なないようにしてください」


「分かっているさ。でも、守るだけじゃ性に合わない。俺は命を狙われて、黙っているほどお人好しじゃない」


「……本来は私の仕事なんでしょうが、ね」


 自嘲するように言ったアザミに、ノアは少しだけ驚いた。


「……国に仕えるってことは色々なしがらみが出てくる。まあ、任せてくれよ。柄じゃないが、法では裁けない悪っていうやつを俺が裁くから」


 ノアは瞳に残酷な光を宿しながら笑った。アザミがその笑みを横目で見て苦笑した。


「とても、英雄がする顔ではありませんね」


 そんなことはノアだって自覚している。だが、そんな自分を変えようとは思わない。


 王国闘技大会まで、あと一週間。





 





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