近衛騎士団副団長
『第一騎士団副団長』、通称、近衛騎士団副団長、レイン・アスカテル。最年少で近衛騎士団に入団した剣の神童である。アスカテル一族は全ての者に、先祖の英霊、アスカテルの加護が与えられている。幼いころから才能が突出していたレインは、同年代で負けたことがなかった。
アスカテル家前当主は二人の妻を持っていた。妾の子であるギルベル。レインはアスカテル家現当主、つまり長兄と同じ正妻の子である。ギルベルと長兄の確執についてレインは関わってこなかった。
長兄が怖かったのもあるが、レインは何より剣術の修行が楽しかった。いや、何かに没頭したかったのかもしれない。家族の問題から目をそらし、レインは剣の頂を目指した。
ーー入団試験の時に見た、あの近衛騎士団団長の流麗な剣技を目指して。
近衛騎士団に入ったレインはすぐ頭角を現した。英雄紋を持つだけでも、特別だがレインは何より、剣術の才能があった。天才である。
王族護衛が任務の近衛騎士。手柄を立てる機会が少ないと思うが、本当は違う。年に一度、王都トランテスタで開かれる闘技大会。騎士団からは唯一、出場権がある騎士団だ。王国最強の騎士団として、誰にも負けることを許されない。
レインは去年の優勝者である。その功績として、副団長に任命された。近衛は何より実力が重要視される。レインに不満を持つ者がいても、大貴族の一族、そして団長に次ぐ実力者に、表向き文句を言う者はいなかった。
まさにエリート中のエリートであるレイン。
それが先日、宰相から近衛騎士団全ての団員に召集がかかった。その内容は近衛の失態。王女殿下の護衛についていた近衛騎士二名が何もできずに昏倒されたらしい。
犯人は新たな英雄紋所持者として噂が広まった冒険者の少年らしい。レインは興味を抱いた。自分と同年代であるその少年に。
そして同時に任務を言い渡された。これを機に、近衛騎士団の引き締めとして、またその英雄の実力を測るという二つの目的で軍事演習が行われることになった。
陛下が面白そうだと思ったから、というのが理由の大半かもしれないが。
* * * *
レインの前には、不敵に笑う黒髪の少年の姿がある。近衛騎士達に囲まれながらも、余裕そうだ。
(すぐに、その余裕をはぎ取ってやる)
「状況を分かっているんですか? 君は僕たち全ての近衛騎士達を相手に出来ると本気で思っているのかな?」
「分かっているさ。ただ、俺は敵対者に容赦しない。君達こそ分かっているのかな? 俺に剣を向けていることを。殺しても……いいよね?」
その深紅の瞳が輝きを放った。その禍々しい瞳と凶悪な笑みに、近衛騎士達が気圧されたようにひるんだ。レインも背中に薄らと冷や汗をかいた。
しかし、レインは一瞬、胸に抱いた感情を振り払った。黒髪の少年、ノアは今は燕尾服を着ている。防御は皆無に近いため、彼は一刀でも浴びたら終わりだ。
レインは剣を抜き放った。それに倣うように、部下である団員達も剣を抜いた。
完全装備の近衛騎士団対新たな英雄紋所持者。
「手加減はしない。<魔力支配・黒装>」
その言葉を呟いた瞬間、目の前の少年の身体から、禍々しい漆黒のオーラが立ち昇った。それが徐々に体に纏わりついていく。
(黒いオーラが他者の魔力を支配でできる、だったかな。放出系は効かない。つまりーー)
「ーー僕の得意分野だッ。<鋼竜機装>ッ!」
レインも腕にある英雄紋に魔力を流す。
初代アスカテルは竜殺しの英雄だ。時代は魔王が勇者によって倒された、混迷期。残党の魔人種や魔物達が好き勝手に暴れた時代。魔王軍の幹部だった『黒竜』を討伐し、その血を飲んだのだ。そして彼は新たな人類、『竜人』になった。
レインの身体が、アイスブルーの竜を模した鎧に包まれる。レインの魔力属性は水。それが鎧に反映された色だ。
レインが斬りかかる。超速の斬撃はしかし、ノアが持つ剣に受け止められた。
(強い……)
王国でも有数の強者であるレイン。流れるような剣戟を、相手は涼しい顔をして捌いていく。近接戦闘もずば抜けているがーー
「相手は僕だけじゃないぞッ!」
レインが鍔迫り合いをして、ノアの動きを封じる。その隙に、近衛騎士二名がそれぞれ左右から斬りかかる。だが、
「ーー<空間転移>」
放たれた斬撃は空を切り裂く。ノアは近衛騎士達の背後に転移。そして一層、黒いオーラを身体から漲らせ、水平斬りの構えをとる。深紅の瞳が殺気を帯びて、不気味に光った。
レインはゾクッとして、
「ーー<魔力変異・伸縮自在・カラドボルグ>!」
ノアから放たれた漆黒の斬閃は常軌を逸していた。剣の刀身を漆黒のオーラが包み込むと、刀身が長く伸びた。
そんな能力は効いていない。そして何よりーー
ーーこいつ、本気でッ⁉
レインは近衛騎士達を押しのけて、辛うじて、軌道上に剣を刷り込ませた。しかし、剣閃を反らすことで精一杯だった
「……ぅァ」
「……ば、バカなっ……」
「ギャアアアアア‼ う、腕が……」
背後にいる近衛騎士達は、レインが割り込んだおかげで致命傷の者はいない。それでもノアが持つ剣の刀身が勢いよく伸びたため、避けたとしても、身体を斬り裂かれた者がほとんどだ。中には腕を斬り落とされたかけた者もいる。二十名程度いた近衛騎士一個小隊が一度の斬撃で壊滅した。
かくいう、レインも無理やり受けたため、腕が痺れている。それに英雄紋の能力で生み出した竜の鎧にも胸元に罅が入っていた。
ーー鋼竜機装に罅なんて。いつぶりだろう……。
今、もう一度あの技を受ければ、自分はともかく背後の部下たちはまずい。
ノアが感心したように言う。
「……あれを反らしたか。すごいすごい。でも、他の近衛騎士は足手まといだね。今のをくらっても生きているのは人族の限界、A級の実力がある証拠だけど副団長の足を引っ張っている。もっと戦い方を工夫した方がいいんじゃないかな?」
その言葉にレインは歯噛みした。近衛騎士はなまじ一人一人の実力が高いため、連携がずさんなところがある。それも、彼らは城内という事で無意識に遠慮しているのもある。全く力を活かせていない。
「続ける? 俺はどっちでもいいけどね」
片方の眉だけ上げながら、小馬鹿にするように言うノアにレインはイラっとしながらも、剣を鞘に納めた。
「……ここは引く。僕たちの負けのようだ」
「……ふ、副団長……」
「動けるものは手当てを。急いで」
そう言いながら、レインは鎧を解除した。魔力でできているため、すぐ霧散し消えた。
「ノア、一つだけ言っておこう。……僕は負けてない……決着は闘技大会で」
レインは毅然とした眼差しで同年代の少年を見た。しかし、彼は戦闘時の緊迫した雰囲気が嘘のように、ポカンとしてレインを見つめていた。薄らと頬を赤らめて、ノアはじーっとレインを見ている。いや、正確には少し下の方に……。
レインはゆっくりと首を下げて、自身の身体に視線を向ける。
レインの騎士服の胸元に切れ目が入っていた。それだけなら、先程の斬撃の影響だ。問題はレインのふっくらとした胸の膨らみが見えていることだ。巻いていた晒しも切り裂かれている。胸の先端は服で隠れているが……
レインはゆっくりと首を上げて、、ノアに視線を戻した。それからーー
「--うわああああああああああああ⁉」
レインはしゃがみ込み、ノアの視線から逃れた。城内に女性の悲鳴が響き渡った。
* * * *
ノアは近衛騎士達の襲撃を退け、既に謁見の間の扉の前に来ていた。しかし、どうしても先ほどの場面を思い出してしまう。
(確かに、男にしては少し伸長が低いと思ったけども……声だってちょっと高めだなあと思ったけども。まさか女性だったなんて……)
威勢がいい言葉を言った直後だからこそ、より恥ずかしかったのではないだろうか。ノアはあの後、レインに散々怒られたが、顔を真っ赤に染め、涙目と上目遣いのコンボで叱られても全く怖くなかった。むしろ可愛いとさえ……。
しかし、ノアは頭を左右に振って切り替えた。そして、謁見の間に続く、大門を両手を使って押し開いた。




