歓迎?
城内をメイドたちに先導されながら、ノア達はそれぞれ別の部屋に案内された。
「ノア様はこちらになります」
そこは衣裳部屋になっている。部屋に入ると、左側が姿見になっており、全身を見ることができる。
「……謁見するために着替えるんですよね?」
「はい。同じように仲間の方々もされていると思いますが」
にっこりと笑うメイドの顔色を見る。
「……そうですか」
それだけ言って、ノアはされるがままになった。
てきぱきと動くメイドに圧倒されながら、ノアは衣裳を替えられる。ジャケット型の装備、『覇竜の衣』を脱ぎ、代わりに黒の燕尾服と呼ばれる後裾が長い衣服を着た。下も同じようなズボンを穿いた。
姿見で自分の全身を確認する。
自分の姿を客観的に見ても、どうも思わない。ただ、機能性の面で言うなら、ノアは少し窮屈で動きにくいと思ったが、支障になるほどではない。
「……とてもお似合いです」
メイドが薄らと顔を赤らめて言った。ノアは襟を正しながら、メイドに顔を向けずに言った。
「そうですか。ありがとうございます」
お世辞かもしれないが、言われて悪い気はしない。
「次は髪をセットしたいところですが、どうやらお時間のようです」
そうメイドが言った瞬間、扉がバンッ! と音を立てて開かれた。そこにいたのは、純白の騎士服を着た男二人。
ーー近衛騎士。
それが、なんでここに?
ノアが一瞬、戸惑っている間、近衛騎士は問答無用で剣を抜いて斬りかかってくる。
「おわッ⁉」
ギリギリで剣閃を避ける。その代わり、ノアが座っていた椅子が真っ二つになった。近衛騎士の実力は冒険者でいうAランク冒険者だ。英雄紋を使えば、容易いが何より状況が不可解すぎる。
ノアは距離をとり、近衛騎士に聞く。
「これは一体、どういうことですかね?」
「……お前には近衛騎士を暴行し、王女殿下を連れ去った罪がある。これは陛下からの命である」
それだったら、わざわざ城に呼ぶ必要はなかったはず。ここで自分が抵抗すれば、城内を壊すかもしれない。その危険を冒してまで、近衛騎士達を差し向けたのは……。
どうやら、王というのは相当面倒な相手のようだ。
「やれやれ、俺の力を測りたいのかな?」
「……」
「……」
その言葉にも近衛騎士達に動揺はない。
「お前が倒した近衛の二人はまだ若い者達だ。王国騎士の中で最強を誇る我らが、容易く倒されるなどあってはならない」
「行くぞっ!」
そう言いながら、二人の近衛騎士は剣を振りかぶりーー。
部屋に肉を殴打する音が響いた。
* * * *
ーー王城、リンスレッド、二階、『謁見の間』
城の入り口から見えた大きな階段を上った先にある大門。そこを抜けた先が謁見の間になっている。左右には大理石でできた柱が何本も建てられて、床は深紅の絨毯が敷かれている。
左右には何十人もいる貴族たちがこちらを見つめていた。その視線に、厭らしいものを感じて、エルマは不快に感じた。隣にいるレナ達は意に介していないようで、城の天井や壁を物珍し気に観察していた。
また、貴族たちの中にはガレスもいる。隣にいる貴族と談笑しているようだ。
上座にある、玉座と王族が座ると思われる豪華な椅子の横で。身長が低い少年が声を発した。顔も童顔で、十歳くらいに見える。
「陛下がくるまで待っているように」
エルマ達は既に、衣裳替えをして、謁見の間についていた。エルマが着ているのは翡翠色の髪がよく映える深緑色のドレスである。胸元が開いて、エルマの豊かな胸の谷間が露になっている。それが貴族たちの視線を集めているのだと、エルマは気付いていない。聖王国では性的な目で見られなかったため、そういう自覚は薄かった。
レナ達もそれぞれドレスを着ている。レナは薄桃色のドレスが可愛らしさを引き立てている。ルガは元々、服は自分の魔力によって作り出しているものらしく、衣裳部屋にあったゴシックドレスと呼ばれる変わったドレスを見て、それに替えている。
「……ノア様、遅すぎませんか?」
小声でエルマが聞くと、レナもそれに頷いた。
「……ん、おかしい。ノア、先に案内されてたし」
普通に考えて、女性の方が支度に時間がかかるのは当たり前だ。何か起こっているのだろうか。
「……うーむ。あるじが呼んでいる気がするのだ」
「それは本当ですか……?それならばーー」
「静粛に! 静粛に! ダスティヌス・ミルス・リンヴァルム陛下、並びに、ヘレン王女殿下が入室いたします」
玉座の一歩前に立っている少年が声を発して、跪いた。それに倣うように、左右に並ぶ貴族達も一斉に同じような姿勢をとる。貴族達の誰も、玉座の傍にいる少年をおかしいとも思っていない。
しかし、そんな事を考えても仕方ない。
エルマ達もそれに倣って頭を下げ、王の登場を待った。
少ししてから、足音が二つ聞こえた。ゆっくりと進む足音が途絶え、今度は玉座に座る音が聞こえた。
「皆、面を上げよ」
重々しい声が謁見の間に響き渡った。王の声以外には何も聞こえず、全くの静寂である。エルマはゆっくりと顔を上げる。
ヘレンの髪色は白に近い金髪だったが、王の髪は銀に近い髪色だ。精悍な顔立ちをしているが、少し皺が目立つ。四十代くらいのがっしりとした体形の男だ。服装はそこまで派手という訳ではないが、作りの良さは感じ取れる。隣には王女であるヘレンがドレスを着て、座っている。薄く、化粧をしているようで、女性であるエルマの目から見ても、美しく感じるほどだ。
「よく集まってくれた。だが、主役の登場がまだのようだ……。お前達は噂の英雄の仲間だそうだな?」
王が傍に佇む少年に目配せした。少年が声を発する。
「発言を許可する」
エルマがレナに視線を向けると、レナは一度、頷いた。
(ここは私が発言をするしかないようですね)
「はい。お初にお目にかかります。リンヴァルム王」
エルマは立ち上がって、そう言った。それに続いてレナもルガも立ち上がる。その瞬間、静寂を保っていた貴族たちからどよめきの声が溢れた。批判的な声が場を支配する。が、エルマは微動だにせず王の返答を待った。
すると、王が片腕を上げて、声を静めた。面白そうな笑みを浮かべて、エルマを見た。
「なるほど、この場で立ち上がるとは度胸がある。英雄の仲間ともなると、只人ではないらしい」
「……質問をよろしいでしょうか?」
「構わん」
「ノア様は今どこにいるのですか?」
「……フフ、気になるか……。軍事演習に付き合ってもらっている所だ」
王の言葉に、隣に座るヘレンが眉をしかめた。彼女は内容を知っているのか。それは一体? エルマは疑問に思い、追究しようとした時ーー
謁見の間の門が開かれる音がした。エルマは確信を込めて、振り返った。
* * * *
ノアは近衛騎士二人をどうにか気絶させた。それから、剣を一本、拝借した。武器がなくてはきつい。
だが苦戦はしたが、実力は森にいた時よりも確実に強くなっている。その事をノアは実感していた。
(動きが洗練しているというか……。無駄が無くなったというか……)
勇者と戦って時よりも、戦闘技術があがっている気がする。それから、ノアは特に驚いていないメイドに視線を向ける。ちゃっかり戦闘の余波が及ばないよう、部屋の隅にいる。
「……これから、どこに向かえばいいの?」
「おや、城から抜け出そうとはしないのですか?」
捕まえるために、城に呼ぶわけがない。
「そういうのいいから。早く」
苛立ったような声音に、メイドは苦笑してから素直に答えた。
「『謁見の間』に向かってください。城内に入ったときに、正面にある大階段を上った先にあります」
「そ、ありがとう」
そう言って、ノアは背を向けた。しかし、扉に手をかけたところで、思い出したかのように立ち止まって、
「言い忘れてた。俺は……敵対する者に対して、手加減はしないから」
振り返って笑みをメイドに向けると、メイドは一度震えた後、青い顔をして崩れ落ちた。
部屋から出ると、ノアは思わず笑ってしまった。部屋の前を、近衛騎士が剣を抜いて散り囲んでいるのだ。それも、全員が黄金色に輝く全身鎧を着ている。本気という事か。
ノアは段々イライラしてきた。
「……何の目的があるのか知らないが、剣を向けるという事は殺されても文句が言えないよ。それを覚悟してしているのかな?」
瞳がどんどん冷たく、硬質化していくのが、自分でも分かった。
「覚悟など必要ないですよ。我々が負けるはずがない」
その声が響くと近衛騎士達が左右に分かれた。姿を現したのはまだ若いノアと同じくらいの、中性的な顔をした少年だ。水色の髪色をした端正な顔立ちをした少年は自信満々に名乗りを上げた。
「僕の名はレイン・アスカテル。アスカテル家の
次男であり、近衛騎士団副団長だ!」
そう言った少年は近衛騎士の証である純白の騎士服の袖をまくった。腕の部分には、『翼を備えた剣』の紋章があった。
ーー英雄紋。それに、アスカテル家、ねえ。
ノアは口角を上に持ち上げて、対戦者を見据えた。




