王城へ
爽やかな朝の日差しを感じて、目が覚める。久しぶりに一人でベットを使えたノアだったが、
「……結局、こうなるのか」
苦笑しながら、隣で寄り添うように眠るルガを見た。普段の元気のいい姿も可愛いが、寝顔も可愛い。
今日は王へ謁見をする日になっている。少し早く起きたのはそのためだ。面倒だと思うが、この国の王がどんな人物なのか、確かめる必要がある。
ーーヘレンの父親、か。
ヘレンは平民を見下していた。その父親はどうなのだろう。第四騎士団の団員に話を聞いたが、現国王は能力主義。平民を差別することはないらしいが……。
ノアは部屋にある窓を開け放ち、宿から見える王都の街を見渡した。
それからノアは仲間たちとヘレンと共に食堂に向かい、朝食を一緒にとった。王女であるヘレンは不平不満を言うかと思ったが、意外にも出されたものに文句も何も言わず食べていた。
すると、気になっていたのかヘレンがレナやルガを見て、恐る恐るといったふうに尋ねてきた。
「ね、ねえ、ノア、この幼い子たちも冒険者なのですか……?」
「まーレナは冒険者だね。ルガは違うけど」
「そ、そんな、こんな小さい子が……」
「……ノア、この人だれ?」
レナはノアが帰ってきたときには既に寝ていたため、分からないようだ。
「この王国の王女らしいよ。自称だけど」
「だから自称ではありませんわ! 本物ですのに」
口を尖らせて、ノアの肩を叩いてくるヘレン。それを見てレナはジトっとした目をノアに向けた。
「……どこから拾ってきたの?」
ペットのような感覚で言うレナに苦笑して返し、説明する。その間、ヘレンは自分の正体が分かっても動揺しないレナ達を見て酷く困惑していた。
朝食を取り終わり、時間が少し経った頃。ノアの自室にガレスの部下である地方騎士の一人が来た。呼ばれたのはノア一人だが、地方騎士に聞いたら、エルマとレナを連れて行ってもいいという。
という訳で、エルマとレナを連れていくことになったのだが。
宿の前に厳格そうな顔をした男が立っていた。メルギスの街の領主、ガレスである。後ろには装飾が施された高級感あふれる馬車ある。
「ノア、随分と値段が高そうな宿に泊ったのだな」
「まあ、少しは贅沢してみてもと思って」
ヴァレールの下にいた時は、豪魔の森で寝泊まりしたこともあるノアは、その反動なのか人の世に来て贅沢してみたい気持ちがあるのだ。
「早速で悪いが、ここに王女殿下がいることは分かっている。出してもらおうか」
その言葉にノアは驚かない。急に決まった謁見の日程には思うことがあったし、何よりヘレンの容姿は目立つ。特に隠すつもりもなかったノアは素直に頷いた。
「エルマ、悪いけどヘレンを呼んできてくれ」
「よろしいのでしょうか?」
「本人は行きたくないって言ってるけど、王国と揉めるのはまずい」
この国が持つ戦力は多大なことは薄々分かっていた。聖王国からも狙われ、王国からも狙われれば面倒なことになる。それでも負けるとは思わないが。
「物分かりがよくて助かる。陛下は聡明なお方だが、王女殿下を溺愛しておられるのがな……。君の所にいると聞いて肝が冷えたよ」
少しだけやつれたような表情をしているガレスを見ても、ノアは特に思うことがなかった。が、王に対しては違う。
ーー王も人の親か。
少しだけ王に対して好感度がアップした。
その後、ノア達は馬車に乗ってゆっくりと王都の街を進んでいた。現在は平民街を過ぎて、貴族街に入っている。平民街との違いはまず建物の大きさである。一軒一軒が屋敷と呼ぶにふさわしい邸宅だ。それに頻繁に馬車とすれ違う。逆に歩いている人の姿が少ない。より街路も整備されているため、乗っていても振動がほとんどないほどだ。
馬車内はノア達が乗っていた魔道具の馬車であり、空間魔術が付与されているのか馬車の大きさに反して馬車内が異様に広い。
そこでリラックスした姿勢でソファに座りながら、ノアは不機嫌な面持ちの王女、ヘレンを見た。
「……何でそこまで王城に帰りたくないの?」
ノアは今まで気になっていたが結局後回しにしていたことを聞いた。ヘレンは視線を迷わせた後、俯きながら話し始めた。
「……闘技大会が近づいてきて、ほとんどの貴族は出席するのですが……。その中にわたくしに対して熱烈なアピールをしてくる面倒な貴族がいるのです」
ノアはその話を聞いて、なるほどと思った。たしかに目の前にいる王女は絶世の美少女と言ってもいいくらい綺麗だ。現に、昨日街中を一緒に歩いていても、まず男達がその美貌に見惚れ、次に隣を歩くノアを睨むということが何度もあった。昨日、ノアがいなければ何人の男達に言い寄られたのか知らない。
ましてやこの国の王女でもあるのだ。貴族なら猶更、手に入れたいという欲求が強くなるだろう。それも爵位が高ければ高いほど、チャンスも高くなるのだから。
「……美人というのも中々つらいんだね」
「び、美人、ですか……? ま、まあ当然ですわね!」
薄らと頬を赤らめて、俯いていたヘレンがこっちを向いた。ヘレンのその表情がどこか照れているように感じたノアは、
「今更、何を言っているのか。それだけ、美人なら言われ慣れているだろうに……」
呆れたように言ったノアの言葉に、更に顔を赤くしながらも、ヘレンは当然、という顔をした。若干にやけながらだが。
「あ、当たり前ですわ! そんな誉め言葉など聞き飽きていますもの!」
体面に座っていたヘレンはなぜか立ちあがって、ノアを見下ろしてきた。
「だから嬉しくなんてありませんわ!」
最後にそれだけ言って、ヘレンは風にあたりに馬車の窓の近くへと移動した。
その後、それを隣で座りながら見ていたレナが当然、突撃してきた。頭がノアの腹にあたって結構痛い。
「ど、どうしたの、レナ?」
「……何でもない」
「本当……?」
「……何でもない」
ただそれだけ言って、頭をぐりぐりと押し当ててくるレナ。ルガが茶化すように言った。
「あるじをとられまいと必死なのだ。我はもうすでに繋がりがあるゆえ、そんな心配はいらないのだ! フハハハハハ!」
馬車内にルガの高笑いが響き、それを聞いたレナと取っ組み合いになりそうだったので、ノアはルガの頭に弱めにアイアンクローをして落ち着つかせようと動こうとしたがーー
エルマが先に動く。ルガの口を塞いで能面のようにピクリとも動かない表情をルガに近づけた。それから、人差し指を口の前に持ってきた。ノアにはエルマが珍しく怒っているように感じた。
「ルガ、馬車内では騒がないように」
「むむ、エルマも嫉妬ーー」
「お静かに」
「……はい」
馬車内は静かになり、同じ空間内にいたガレスは気まずそうにしていた。
そんな話をしていると、やっとリンヴァルム王国の王城リンスレッドが見えてきた。石造りの前門を通った先は、大きな庭園になっている。花や木がそれぞれ左右対称になっており、ノアは思わず見惚れた。芸術としてみるなら、人の手が入った自然もそう悪い物ではない。ノアはそう感じた。
そのまま庭園を見ながら、馬車は進み、王城の前にやっと着いた。
ノア達は馬車から降りて、見上げる。その大きさに思わず圧倒される。王国で一番大きな建造物である王城、リンスレッド城。灰色の外壁の中に、いくつもある窓。その窓は金色の装飾で彩られ、華やかで綺麗だ。
「ほわー大きくて首が疲れてくるのだ……」
「……すごい」
「……」
ルガはもうほとんど首を真上に上げるように見ている。それほど大きいのだ。レナは普段ほとんどの事に無関心だが、この時は目を見開いて驚いている。エルマは静かに見つめているだけ。特に思うことはないのだろうか。
しばらく見つめていたノアだったが、唐突に我に返ってガレスを見た。待っていてくれたガレスは特に表情を変えることなく一言。
「ノア、無事を祈る」
その意味が分からない一言に首を傾げた。その直後、王城の門番をしている純白の騎士服を着た男二人が声をかけてきた。近衛騎士か。
「よくぞお戻りになられました。ヘレン王女殿下。そしてようこそおいで下さいました。ヘルミナス伯爵閣下、それにノア様。無事のお着きを心よりお喜び申し上げます」
「……ええ。貴方達もご苦労」
そのヘレンの言葉に、近衛騎士の二人が目を見開いた。その動揺を無視して、ガレスが声をかける。
「うむ、早速だが案内を頼めるか」
「……は、はい、申し訳ありません。陛下からも至急連れてくるように仰せ使っていますので。案内はメイドがいたします。それでは」
そう言って近衛騎士の二人は門を開けた。中にいたのはずらっと横に一列に並んだメイドたち。皆、見目麗しい。その背後には大きな階段があり、床には深紅の絨毯が敷かれている。壁には国旗が左右対称に並べられていた。双頭の鷲と交差した二本の槍が描かれている。
先にヘレンが入り、次にガレス。そしてノアが入る番になったとき。一瞬だが、近衛騎士から敵意を向けられた気がしてーー。
それを確認する前に、扉は閉じられた。




