預言者
それから近衛騎士達の目を避けつつ、移動して、二人は何とか宿屋『黄金亭』に着いた。ロビーへと入り、ヘレンの宿泊手続きをする。それから自分の部屋の鍵をもらって、エルマ達に状況報告しようとエルマ達がある部屋に来た。
広間から直接つながった大きな階段がある。この宿屋は四階まであり、ノア達が泊る部屋は三階。大きな階段を二つ上った先に、それぞれが泊る部屋がある。ノアは一番端の部屋で、その隣がエルマとレナ。ヘレンの部屋は一人離れたところにある。
エルマ達の部屋の前に着いたノアはノックを二回する。中から落ち着いた女性の声で返事があったため、ノアは金属製の取っ手を回して開けた。
「……ノア様、お帰りなさいませ。随分遅くなりましたが……その方は……?」
部屋から出てきたエルマは相変わらずのメイド服姿にノアが渡した光彩眼鏡をつけている。エルマの服装を見て驚いたのか、人間離れした美貌を見て驚いたのか、ヘレンが目を見開いて驚いていた。
「ああ、この人はね、この国の自称王女らしい」
「じ、自称ではありませんわっ」
「でも、君が言ってるだけだろ? 街中を歩いても誰も君が王女だって分からなかった」
「それは変装しているからですわ。わたくしの正装を見たら、きっとノアは見惚れて動けなくなります」
どこか楽しそうに会話をするヘレンを見て、エルマはそっと嘆息した。それから、心なしかノアにジトっとした目を向けて言った。
「お二人とも、お静かに。今、私の部屋ではレナが寝静まったところなのです。なので詳しい話はノア様の部屋で」
部屋を変えて、ノアはエルマに説明した。近衞騎士を殴り倒して気絶させてしまったこと。ヘレンをしばらく匿うこと。
エルマから賛成も反対もされなかった。ノアの考えに従うとの事。
それとノアが出かけている間、ガレスの部下である地方騎士の一人が訪ねてきたらしい。どうしてこの宿屋に泊まっている事が分かったのか疑問に思うが、肝心の要件は王への謁見の日程だ。それが明日に決まった。
物凄く急だが、もしかしたらすでに王女を匿っていることが伝わっているのだろうか。
「……ノア、なぜお父様に謁見する事になったのですか……?」
自分の部屋では無いのに、ベットに寝そべりながら寛いでいたヘレンが、ノアに聞いてきた。どことなく不安そうだ。もしかしたら自分のせいで王に呼ばれたのか、という思いがあるのかもしれない。
「元々、俺は王に謁見する予定だった。それは話すと長くなるから、そこは気にしなくていい」
ノアは豪魔の森から出てきた魔物達の大群を退け、新たな英雄として王に活躍が伝わったらしい。しかしそれは聖王国の刺客がノアの暗殺を計画して起こした事。ノアとしては降りかかる火の粉を払っただけだで、称賛されることではない。
ノアはそう言ったが、ヘレンは気になるようで頬を膨らませていた。
その後、ヘレンを部屋まで送り、エルマと別れてノアは自分の部屋で一人になっていた。この頃はレナやルガがいたため、一人の時間というのは久しぶりだ。
そして、ノアは日課である魔剣ルガーナを研いであげる。何かを斬っても、切れ味は損なわれないらしいが、やってもらうと気持ちいいらしく、毎日してあげている内に日課になってしまった。
また、この宿は高額な宿のため、風呂もついていた。ノアは水浴びならしたことがあるが、温かいお湯に身体をつけるのは初めての経験だった。初めて入ったが、身体の芯が温まったような気がして、ノアは快適に夜を過ごした。ベットもふかふかで、ノアは明日の謁見の事など軽く考えたまま眠りについたのだった。
* * * *
王都にある平民街第七区画と呼ばれる場所。王都の西端にある第七区画は別名がある。
町並みは暗いの一言に尽きる。家屋はボロボロで、壁に穴が開いてあったり、潰れかかっているものもある。また、人々の雰囲気も悪い。浮浪者や失業して行き場を失くした者から脛に傷を持った犯罪者、落ちぶれた冒険者などがいるこの地域は貧民街とも呼ばれる場所である。大都市には必ずある貧民街は、豊かな王国にも存在するのだ。
悪事や犯罪が日常的に起こるこの場には、一般人は決して近付かない。
そんな場所に、ギルベル・アスカテルは来ていた。道に座り込んでいる浮浪者の間を通り、道を歩く。
深紅のローブを着るギルベルは、はっきり言って目立っている。ここに住む住民ははっきりいって清潔ではないが、ギルベルのローブは汚れが見当たらない。
それでも気にせず、ギルベルは歩く。元々、この貧民街に用があったのもあるが、何より身を隠しやすいためにここにいるのだ。ここは国家権力もあまり立ち入ることがないためだ。
それから、ギルベルは人気のない場所に立つ民家の前で足を止めた。見るからに人が住んでいなさそうなボロボロの家。支柱が一本折れており、その影響で屋根が傾いている。
迷うことなくその家の扉に手を置いたギルベルに、周囲の住民から困惑の視線が向けられる。ギルベルはそれに気付きつつも躊躇いなく扉を開けた。
一瞬の浮遊感を経験した後、鈴の音が響いた。それから、ギルべルは視線を室内に向ける。ボロボロだった外観とは全く違う内装。整備された壁は何で造られているの分からないが、多分金属だ。
そして天井には大きな魔石灯が備え付けられており、室内を照らす。そして何より目を引くのは大きな棚にびっしりと並べられた魔道具の数々。
そこはまるで、別の場所に転移したような空間。あまりにも外観とかけ離れている。
室内の奥には、木で造られたカウンターがあり、そこに頬杖をついてギルベルを見つめる一人の女性がいた。色気が服を着たような淫靡な女性だ。栗色の美しい長髪には緩くウェーブがかかっている。そして何より目を引くのがその瞳である。黄金色に輝く漉き取った色。ギルベルはこの瞳が嫌いだった。この瞳に見つめられると、まるで全てを見透かされるよな気がしてくるためだ。
カウンターで遮られているため、上半身しか見えないが、身体の形がはっきりと分かるローブを着ている。結果として、それがグラマラスな体系をより強調していた。
この女性こそ、王都にある平民街で唯一の戦闘用魔道具店の店主。ギルベルはこの女性を”預言者”と呼んでいた。言った事が全て的中するためだ。名前は知らない。別に知りたいとも思わないからいいが。
「……随分と久しい客だ、ギルベル・アスカテル。一年ぶりくらいかな? 私の予言はどうだった?」
「……ちッ、当たってた。一応、阻止はしたが、あのクソ野郎のことだ。まだ何かあるんだろうぜ……」
ギルベルはそのまま店内をズカズカと進み、棚に並べられている魔道具を物色し始めた。
「君の協力者になった坊や、あの子はどんな子だった……?」
ギルベルは驚いた。預言者がカウンターから少し身を乗り出して、少しだけ瞳に興味の色を出していたためだ。この女が興味を持った事など今まで見たこともなかった。
それから、ギルベルはフードの下で口を歪めた。
「……むかつく野郎だが、強さはずば抜けているな。あいつの手の甲にある英雄紋の形、見たことがなかった。それに、あの能力は……」
すると、預言者はその言葉に唇を尖らせて苦言を零した。
「違う。私が聞いているのは人柄さ。君もやはりあの能力主義の兄と似たところがあるようだ」
その言葉を聞いて、ギルベルはすぐに頭に血が上った。
「クソがッ‼ 一緒にするんじゃねえ‼ てめえが予言した内容はこの国にとって、いや周辺国家である亜人種の宗主国もあぶねえ。戦力としては数えられるってだけだ」
「……なら、君の目にはどう映った?」
ギルベルは真面目に答える気などなかった。しかし、預言者の真剣な金の瞳がじっとこちらを見ているのを感じ取り、ギルベルは視線を上に向けて、思い出すように言った。
「……自由な奴だった。俺も、ああなりたいと思えるほど、な」
「……そうかい。君なら、なれるさ、きっと」
「得意の予言か?」
「違う。願望さ」
ギルベルはその言葉に、思わず声を出して笑った。預言ではないとしたら、きっと自分は自由にはなれないのだろう。だが、それでも構わない。
それから、いくつかの魔道具を買い取って、ギルベルは店から出る。
「次はいつになるかな?」
「さあな」
無愛想にそれだけ言って、店から出る。外に出ると、そこはやはり貧民街だ。ギルベルは歩き出して、そのまま貧民街の夜に消えた。




