我儘王女
とりあえず、ノアは誤解を解こうと思い、倒れている近衛騎士二人をを起こそうとした。しかし、それを止める者が一人。王女と名乗った少女、ヘレンだ。
「何をしていますの? 起こしてダメですわよ。そんなことをしたら連れ戻されてしまいますわ」
「いや、連れ戻されればいいんじゃないですかね。俺このままじゃ、騎士を殴った犯罪者なんだけど」
「……無礼ですわよ。その事についてはわたくしが口利きしてあげますから大丈夫ですわ。貴方には、このわたくしに特別に街を案内することを許可しますわ」
物言いが腹立つこの少女。傲慢そうに顎をツンと上げて、命令のように言うヘレンは流石は王族である。
ノアは無視して、背を向けた。
「いや、俺のような愚民では王女様にふさわしくありません。ではーー」
「お、お待ちなさいッ! こ、このわたくしの頼みを断るんですの⁉」
断られるとは思っていなかったのか、少女は焦ったようにノアを引き留めた。よく見れば、足が震えている。心細いのだろうか。城から抜け出してきたと言っていたが、その割には繊細だ。
何か訳があるんだろうか。
目の前にいる少女について、ノアは改めて見た。
プラチナブロンドの美しい髪。つり上がった瞳の色は、綺麗な赤。ノアの瞳のような、血のように紅い色とは違う宝石のような色だ。
この少女の価値は、この国にとってどれほどなのだろう。アスカテル家という貴族派閥のトップに睨まれたかもしれないノアとしては、王族の後ろ盾はありがたい。
「案内って言ってもね。俺もこの王都に来たばかり何ですけど」
「そ、そうなのですか。で、でも! それでも……」
「それに人に物を頼む態度じゃないなぁ」
「くっ、愚民は、私に従えばいいのですわ!」
あ、そうですか、と言って再びノアが背を向けて歩き出そうとする。すると同じようにヘレンが袖を引いて止める。ノアが意地悪そうに笑う。
それを見て、睨みつけてくるヘレン。
それからしばらくもじもじとして、何かをためらっているヘレン。ノアが何も言わず待っていると、やっと決心がついたのか、ようやく口を開いた。
「だ、だから、わたくしに、王都の案内をしてほしいのですわ。お、お願い、しますっ」
プルプルと身体を震わせながら、涙目で睨んでくる彼女はよほどプライドが高かったのだろう。それを見て、ノアはすっきりとした顔で言う。
「そこまで言うなら、手を貸しましょう。俺の名前はノア、Bランク冒険者です」
やれやれと動作を芝居じみたものにして、少し大袈裟にするとヘレンは苛立ったように唇をかみしめた。
それからノアは人気のない路地を出ることに成功して、大通りに戻ってきていた。隣にはこの国の王女を名乗る少女、ヘレンがいる。ちなみに近衛騎士だと判明した男達はそのまま道に転がしてきた。持ち前のノアの能天気さが発動した結果だった。
「ノア、足が疲れましたわ。馬車を用意なさい。それと、お腹が空きました。何か食べるものを。ただし、わたくしに相応しい物を持ってくるように」
ノアは残念な者を見る目で、横を歩く少女を見つめた。
彼女は見た目だけは完璧なのだ。それだけにこの我儘で傲慢な王女の性格が残念でならない。ノアが自分を見る目に、不快感を感じたのかヘレンが睨んできた。
「……何ですの? その目は」
「いや、何でもないけど。歩くのが疲れたなら止まればいいんじゃないですかね。あと食べ物はどっかにある飲食店からもらえばいいんじゃないですか」
「わたくしは貴方に頼んだのですわ。それに、このわたくしに合う食べ物ですわ。平民街にあるとは思えませんが、それでも何事も経験ですの」
好奇心はあるのだろう。ただ、彼女の根底にあるのは平民を下に見ていること。差別ともとれるそれは、やはり王族としての育て方がそうさせたのだろうか。
人の価値が、この少女の中では平民と貴族と王族に分けられているのだ。それをノアは不快に思った。
「歩くのが疲れたなら俺が背負いますよーー」
そう言ってノアは歩く彼女の足を手ですくい取るようにして、持ち上げた。それから荷物を持つようにに、自分の片方の肩に彼女の腹がくるようにして担ぐ。
「な、何をしていますの⁉ お、下ろしなさいッ、無礼者!」
顔を真っ赤に染めて足をじたばたし、拳を作りながらノアの身体を叩いてくるが、ノアは気にしない。道行く王都の人々はぎょっとした顔で視線を向けてくるが、それもノアは無視する。
「平民の価値を、教えてあげるよ」
相変わらずジタバタしている王女を担ぎ、ノアは日が暮れ始めた王都の街を歩いた。
ーー王都トランテスタにある平民街、第三区画ーー
ここは冒険者ギルドが近くにあるため、冒険者達が多くいる区画だ。ここには宿屋が多いが、何より屋台が多い。レナ達と来た時も食べ歩きして楽しんだ。
ノアは腹が空いたという我儘王女の望みを叶えるために、数ある屋台の一件に来ていた。ちなみに、もう既にヘレンを下ろしている。しばらくすると、諦めたのか抵抗しなくなったのがノアは面白く感じたが。
「こ、これが料理なんですの……?」
何かの肉を串に刺したまま焼くだけ。屋台の店主の調理する姿を見ながら、料理とも思えないのか、ヘレンは驚いた顔でこちらを見てきた。その顔は屋台の熱気で少しだけ上気していた。
「そうだよ。出来立てがすごく美味しいんだ。食べてみればわかるさ」
「お。いいこと言うな。坊主。ほれ、彼女さんにこいつの美味しさを教えてやってくれ」
「だ、誰が誰の彼女ですか⁉」
ノアは銅貨六枚で『マザーカウの串焼き』を二本買った。大きな木の串にブロック状にカットされた大きな肉が五つ並んで刺さっている。それを受け取り、店主に礼を告げる。
湯気が立ちながら、たっぷりと垂れが乗った串焼きをノアは歩きながら食べる。ヘレンは、歩きながら食べるノアを見て、
「……こ、これを歩きながら食べるんですの……?や、野蛮ですわね。流石はーーはぶっ」
ノアは、言葉を続けようとしたヘレンの口の中に串焼きを突っ込んだ。
「ーーあ、あつ、で、でも、もぐもぐ、ん、美味しいですわ!」
瞳を輝かせて、こちらを見てくるヘレンに苦笑した。ノアが初めて見た、少女の純粋な笑み。それを素直に美しく思った。
「残りはどうする?」
「……た、食べますわっ」
顔を赤らめて、おずおずと手を伸ばしてくるヘレンを見て、ノアは声を殺して笑った。
それから色々な屋台を回りつつ、食べ歩きしたノア達。ヘレンはやはり串焼きなどは食べたこともなかったらしく、最初は難色を示していたが、その度に強引にノアが口の中に放り込んだ。結果は大満足。態度は相変わらずでかいが、少なくともノアに対しては打ち解けてきている。
「美味しかったでしょ?」
「……ま、まあまあですわね」
そっぽを向きながら答えるヘレンの頬は赤くなっている。
「相変わらず変なところで意地を張るね」
「張ってませんわ!」
そんなやり取りをしながら、ノアは街の様子を見渡してみた。どことなく、ざわざわしている。それは街の人が自然に奏でる喧騒とは違うものだ。ノアは耳に魔力を流して、聴覚を強化する。
「こ、近衛騎士団。な、なぜ王族護衛の彼らが街に……」
「王族のどなたかに何かあったのだろうか……」
街の人がひそひそと喋りながら、向ける視線の先には純白の騎士服を着る二名の騎士がいた。彼らは必至の形相で、何かを探しているようだ。
それに気付いたヘレンは顔色を青くして、ノアを見た。
「近衛ですわ。ど、どうしましょう」
「……帰りたくないの?」
「今は……帰りたくありませんわ……」
今の姿は、彼女が持つ傲慢さと真逆である。弱々しさと守ってあげたくなるような儚さが同居していた。胸元で手を組んだ彼女は上目遣いでノアを見詰めてくる。その仕草は、彼女の大きな胸を強調している。
「しょ、しょうがないな。なら、俺が泊っている宿に来る?」
決して、おっぱいに負けたわけではない。
「い、いいんですの?」
「見つかったら、そこまでだよ」
「分かりましたわ。そ、そのーー」
その瞬間、ノアは瞳をまぶしそうに細めた。
「ーーありがとうですわ!」
お礼の言葉がすっと出てきた彼女の笑みは、これまでで一番華やかで美しく感じた。




