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魔王の後継者は英雄になる!  作者: 城之内
二章 王国闘技大会編
32/85

王都観光 <前>



 王国。正式名称は【リンヴァルム王国】。


 亜人種族と共存し、聖王国から亜人種を守る砦のような国。東に聖王国、北は帝国という敵国に囲まれる中、その莫大な国力を損なうことがない大国である。

 

 そしてその王都、トランテスタ。メルギスの街より三倍は広い敷地は、中央から王城、貴族街、平民街と分かれている。近くの川から水を引いており、街には水路が巡っている。


 闘技大会で使われる闘技場は平民街と貴族街の間にあるため、平民も貴族も楽しむ大会、祭りのようなものだ。



宿場街から馬車で三日。魔道具の馬車のため、馬車内は広いが領主のガレスの物。夜は護衛としてついてきた騎士達と同じで、野宿をして過ごした。


 ガレスにはギルベルの正体を探ろうとする気配が見えるが、そこまで露骨ではない。もしバレても、ガレスならギルベルを見逃してくれる気がするし、何とかなるだろうとノアは考えた。


レナやエルマはギルベルについて、最初こそ距離を測りかねているようだったが、ノアが積極的にギルベルに話しかける事で、段々と話すようになってきた。


「ノア様、紅茶、入りました。どうぞ」


「ああ、ありがとう」


「レナとルガは果実水でいいですか?」


「うむ、とびきり甘いのがいいのだ!」


「……紅茶でいい」


 馬車のソファに入りながら、ノアはエルマが入れてくれた紅茶で喉を潤した。両隣には右にレナ、左にルガが座っている。素直に自分の好きな物を頼んだルガとは違い、背伸びして紅茶を頼んだレナはルガを見て自慢げにしている。


 貴族が使うカップは装飾も凝っており、目で見ても楽しめる。


 馬車内に用意された執務机に座り、こんな時でも書類に目を通しているメルギスの街の領主、ガレス。ノアがリラックスした姿で紅茶を飲む姿を、ガレスが苦笑して見つめた。


「君達、それは私のために用意された茶葉と果実水なんだがね」


 窓を見ていたギルベルがノアの迎え側のソファにどっかりと座った。


「……オレにもよこせ、仮面女」


 仮面女とはギルベルがつけたエルマの呼び方である。やはりピクリとも動かない表情が由来になっているのだろう。しかし、エルマは眼鏡をくいっと上げて、瞳を冷たく細めた。


「嫌です。自分で用意したらいいのではないでしょうか」


「……入れ方が分からねえ。おい、ノア」


 こちらを睨むギルベルにノアはため息交じりに、エルマにギルベルの分も用意するよう頼んだ。




 王都トランテスタの城門が見えてきた。メルギスは城塞都市なだけあって街壁は大きかったが、王都も負けていない。それで広さは三倍ほどもあるのだから、造るときにどれほどの時間がかかったのだろう。闘技大会が開催されるからなのか、門の前には旅人や馬車でできた列ができている。しかし、その列を無視してガレスの馬車は門に向かう。列は二列になっていて、片方は貴族達が乗る馬車でできている。


 通常の方は城門につめている騎士が入念に検査しているのに対して、貴族たちの方はほとんど無許可のようなものだ。


 城門の警備というより、出迎えのような出で立ちの騎士が胸に手を当てて礼をした。


「へルミナス伯爵閣下、王都トランテスタへようこそおいで下さいました」


「うむ。ご苦労」 


 ガレスが馬車に取り付けられた窓から顔を出して応じる。それから何かの書類を渡して、王都の中へ入れた。実に簡単だ。


 ノアは貴族だけが特別で、自分達は身元の検査などを受けるのかと思ったが、、杞憂だった。もしそんなことになったら、ギルベルの正体がバレたかもしれないため、結構危なかった。



 城門を潜った先の光景に、ノアは圧倒された。どこを見渡しても人、人、人。大通りをそのまま馬車で進む。店が並び、人々の活気のある声が馬車に乗っているノアの耳に響く。


 亜人守護を掲げるリンヴァルム王国は、それと同時に亜人の宗主国から様々な技術提供をされている。手先が器用な山小人(ドワーフ)族が営む鍛冶屋、森妖精(エルフ)族が作る魔道具(マジックアイテム)屋も王都には多い。


 ノア達が進む大通りには服飾店やレストランなどの食べ物系や生活必需品などを売る店が多いようだが、ノアとしては魔道具店にいずれは訪れてみたい。


 ギルベルの視線がノアに向く。それと同時にレナがお菓子でも見つけたのか、普段よりも目を輝かせながら、ノアの袖を引っ張った。丁度良い。


「ガレスさん。俺達はここで降ります。王都を見て回りたいし」


「……別に構わないが。私は貴族街にあるヘルミナス家の別邸に行く。部屋も余っているから来たければ、君達も来るかね?」


「いえ、俺は冒険者らしく宿をとります。レナやエルマはどうーー」


「--宿に泊まります」


「……ん」


 ノアは間髪入れずに答えたエルマとレナに、頬が緩んだ。本当は嬉しかったのだが、それを表情に出すまいと堪える。


 石畳の上を走る馬車を脇に寄せて、ノア達は馬車から降りた。王への謁見をする時に、使いの者を出すということでそれまでは自由行動らしい。ノアが出る闘技大会はまだ一か月近く先のため、しばらくゆっくりできそうだ。


 ギルベルがフードを深く被りなおす。


「ここからは別行動だ」


「そう」


 ノアが軽く頷いて了承したことを意外に思ったのか、ギルベルは一瞬固まった。多分驚いたのだろう。


「……意外だな。止めねえのか」


「ギルベルがこの王都にいる限り、きっと俺達はまた会うことになる。ただそれだけ」


「……一つ忠告しといてやる。てめえはモウルを殺した張本人。アスカテル家に目をつけられてる。だから……」


 言い淀むギルベルをノアがニヤニヤした笑みで見た。


「もしかして、心配してくれてるのかな?」


「ちッ!もう行く」


 ギルベルはそれだけ言った後、背を向けて雑踏の中に消えた。


「いいのですか? 戦力にはなりますよ」


「……ギルベル、いい人?」


「むふふ、あれもまた美味な悪感情を持つ男なのだ」


「……今はいい。それに、俺にあの大鎌を預けたままだ。彼も今は積極的に動く気はないらしい」


 それぞれの言葉でギルベルを評する仲間たちに苦笑しながら、去っていった方に視線を向けた。






 店が並ぶ、大通りをノア達は観光していた。今は、レナにせがまれて肩車してあげている。それを見たルガが駄々をこねたため、腕に抱っこしてノアは歩いていた。ルガは、実は体重は魔剣の時のままで結構重いのだが、ノアは微量に身体に魔力を流して身体強化しているため、片手でも抱えられる。


 肩には金髪の可愛らしい幼女。腕には黒髪の可愛い幼女。その二人を抱えた中性的な容姿の少年。隣には美貌のメイド。これで注目を集めないわけがない。


 周囲から凄まじい数の視線を浴びるのを感じたが、敵意は感じない。まあそこそこ嫉妬のような感情を向ける人もいるが、ノアは気にせず歩いた。


 最初に寄った店はレナが指さしたお菓子の店。お洒落なレンガ造りの店は繁盛していて十分くらい並んだ。


 ガラスケースの中に売られている見たことがない食べ物に、幼女二人は興味津々であった。


「おばさん、これを四つ……いや、六つで」


「ふふ、はいよ、シュークリーム六つね。お兄さんも大変ね」


 この見たことがないものはシュークリームというらしい。それをノアが人数分頼もうとしたら、レナとルガが瞳をウルウルとさせてこちらを見てきたため、追加した。エルマは遠慮しようとしたが、ノアは無視した。一人だけ食べないのは食べる者に心苦しさを与えるのだ。一個、銅貨七枚という中々の値段だが、ノアは食に妥協しない。それに、レナ達にせがまれると弱かった。


 店が並ぶ大通りをレナやルガがノアの身体から降りて、四人で歩く。ノア達は紙袋に入れられた食べ物をそれぞれ一個ずつ取り出して、改めて見た。大きさは拳に収まる程度。黄色のサクサクした生地。甘い香りが漂ってきて、唾液が分泌される。


 ノア達は一斉に口に入れた。


「--おい、しいッ!甘い」


「ーー美味いのだッ美味いのだッ! 中に甘いのが……」


「……美味しいですね」


「うーむ。確かに甘くてうまいな」

 

 中に入っていたたっぷりのカスタードクリーム。とろりとしていて、口の中で溶けていくのが何とも言えない美味しさだ。


 レナが小さい口を精一杯開けながら、美味しそうに目を細めながらシュークリームを食べている。そのためか、たっぷり詰まったカスタードクリームがレナの口の周りに結構な量ついているのが目に入った。


「レナ、口の周りにクリームが……」


「……ん、取って、ノア」


 笑みを浮かべてノアが指でレナの口の周りについたクリームを取ってあげた。しかし、そこで問題に気付く。


 指を拭くための紙がない。ノアはどうしようか一瞬迷ったが、特に問題はないだろうと指でとったクリームをそのまま自分の口に持っていた。


 綺麗に舐めとる。


「うん、美味しい」


 ノアがにっこりとレナに笑いかけると、レナが顔を真っ赤に染めて俯いた。レナは外見は五、六歳だが、生きた年数は十三年。


「……ん、恥ず、かしい」


 そのレナの様子に、ノアは首を傾げた。エルマからは嘆息。ルガからはやっぱり、あるじはロリコンなのだ、という声が聞こえて、ノアはルガの頭を掴んでアイアンクローをかました。ぐわーというルガの悲鳴を辺りに響く中、王都の住民はノア達に生暖かい視線を向けるのだった。








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