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魔王の後継者は英雄になる!  作者: 城之内
二章 王国闘技大会編
31/85

終息



 小高い丘に佇む二人の影がある。それは人のシルエットではない。


 異形の者達。まるでモウルが悪魔族化した時のような形をしている。


「どうやら、戦いは終わったようだ」


「……あちゃー負けちゃいましたね」


「心配はいらん。データも取れ、最低限の目標を達成した」


「ま、戦い方も知らないようだったし、英雄級の実力者が三名もいたんじゃ無理もありませんか」


「……英雄級か。もしかしたら、もっと上かも知れん」


「……この距離で気付きますか……」


「……行くぞ」


「あ、はい」


 二つの影は、背にある蝙蝠の翼をはためかせて飛び立った。その動きは生まれた時から持っていたかのように自然な動きだった。







*   *   *







 戦いの跡が色濃く残る森の中、ノアは倒壊した木の上に座りこんで一息ついた。怒る二人を何とかなだめることに成功したノアは、先程まで絶妙な連携で戦っていた二人を横目に見た。


「……ドッと疲れた」


「自業自得でしょう。あそこで煽る必要ありましたか?」


「……二人があまりにも気合入ってたからつい、ね」


 そう返したノアを呆れたように見てから、アザミは少し離れた場に立つ深紅のローブを着た男に、斬痛剣スカーペインを向けた。


「それはそうと、ノア殿、まだ終わっていません。この男は王国でも有名な大貴族の当主を殺した大罪人、ギルベル・アスカテル。私はこれからこの男を始末します。この男を殺して、アスカテル家に借りを作るのも悪くありません。丁度、アスカテルの息がかかったモウルを始末したのですから」


「殺したのは俺だけどね」


「上等じゃねぇか、やってみろよッ!」


 ギルベルの方も殺る気満々のようだ。大鎌を担ぎ上げて、アザミに向けた。一触即発の中、空気を読まずにノアが止める。


 ノアにはさっきから気付いていたことがある。


「二人とも待ってよ。その前にあれを何とかしよう」


 ノアが視線を向けた先には、ゆっくりと再生するモウルの肉体があった。ノアの攻撃によって、縦に真っ二つになったその身体は、悪魔族と化した影響なのか、身体から流れた血が巻き戻りのように戻っていく。それから肉が蠢き、煙を上げながらくっつき始めている。


「まだ生きてるってのかよ……」


「これは……」


 ゆっくりとだが再生していく身体に呆然としたような声が漏れた。心臓や脳を破壊してこれなのだから、生物としておかしい。


 だが、ノアにとっては都合がいい。この再生力のおかげで、ノアはある程度二人をコントロールできると確信していた。この二人は戦闘力がずば抜けて高い。できるなら、この二人とは敵になりたくない。


 ノアはゆっくりとモウルの身体に近付いていく。それから手をかざして、英雄紋に魔力を流す。


魔力支配(マジック・ルーラ)


 ノアの手から漆黒の光が放たれて、再生中のモウルの身体へと絡みついていく。


「何をするつもりですか……?」


「……」


 ノアが攻撃とは違う事をしているのが分かったのだろう。アザミは純粋な興味から聞いたのだろうが、ギルベルの方はノアを睨むだけだ。


 ノアはその質問には答えずに、モウルからあふれる魔力を支配した。その結果、人間のモウルの魔力と異物である禍々しい魔力。この二つが混ざり合った魔力であることが感じ取れた。ノアは笑みを浮かべながら、異物の魔力の方だけ集めて抽出した。すると、


「取り出せた。これが、この人が悪魔族とやらになれた原因だね」


 ノアの手には、血管のような赤い筋が透けて見える、果実のような赤い物体があった。そして、それが取り出されたためか、モウルの身体は再生が止まり、蝙蝠の翼や捻じれた角、鱗が付いた尻尾が砂状になって崩れ落ちた。残ったのはただの一人の人間の死体。


「……こ、これは驚きました。それが……悪魔化したモウルが言っていた”種”というものでしょうか?」


「……てめえ、何者だ? お前みたいな能力を持つ英雄紋所持者は見たことも聞いたこともねえ……」


 二人が驚く中、ノアはその赤い果実のような物、”種”を無詠唱で発動した空間魔術、空間収納(ストレージ)の中に放り込んだ。


 空間の裂けめに消えた”種”に、二人は更に驚いた。


「……どういうつもりですか? それは王国に証拠として提出すべき物です」


「……てめえ」


「まあまあ。落ち着いてよ。それより、ギルベル、だっけ? 君の事を詳しく教えてくれよ」


「……オレの事より、てめえの正体の方が重要だ。王国で聞いたことがない能力の英雄紋。それに、その剣は神器だな? 実力はSランク級。このことから推測すると、てめえが最近現れた英雄。メルギスの街に襲来してきた魔物の大群を退けたっていう冒険者、か」


 ノアは意外に思った。ギルベルの荒い言動からは想像できない、理路整然とした推測に対してである。人は見かけに寄らないという事か。


 ノアが密かに感心した。


「ま、そうだね」


 別に否定する必要はないだろう。軽く頷いたノアに対して、まだ思うことがあるのかギルベルが続ける。


「だが、腑に落ちないことがある。魔物討伐にはA級冒険者が二名。それと領主、ギルドマスター、合わせてA級四名がいたはずだ。A級の魔物は三体。それに聖王国の侵攻を何度も防いでるヘルミナス騎士団は精強で有名だ。いくら魔物の数が多かったとしても、負けることはねえ戦力だ」


 結局、何が言いたいのか。


「それなのに、大々的に報じられたのは新たな英雄紋を持つお前の活躍だけ」


「どこもおかしくないよ。俺が最も活躍したってだけだろ?」


 にっこりと笑うノアを見て、ギルベルの、フードから覘く口元がへの時に歪んだのが見えた。


「ちッ!胡散臭せえ野郎だ」


 ノアが聖王国から狙われていることは言えない。それはノアの弱みにもなるからである。それよりも、ノアは目の前のギルベルの情報が欲しい。彼は何かを突き止めて、ここにいる盗賊達を斬殺した。アザミが言っていた王国でも有数の貴族家、アスカテルの家名を持つギルベル。


 当主を殺害した凶悪犯。半面、アスカテルとの繋がりがあるモウルを始末しようとするその行動。目的は何なのか、疑問が深まっていく。結局、ノアは自分の目で見たものを信じることにした。


「アザミ、この”種”は俺が預かっておく。俺はこの後、王都に向かい、闘技大会に出るつもりなんだ。君は王様から命を受けて、俺を見に来たんだから予定くらい知ってるかもしれないけど」


 ノアがそう言うと、アザミは笑みを深めてノアを見た。


「……見抜いていましたか。それで、その”種”とやらをどうするつもり何ですか?」


「……王様に黙っていてくれない?」


 ノアの言葉に、アザミは自らの糸目を見開いてノアを見た。


「私に、陛下を裏切れと?」


「うん、そして、ギルベルの事も俺に任せてくれないか」


 アザミは面白そうに笑うだけだ。やはり、ノアの見立て通り、忠義とは程遠い男のようだ。


「おい、てめえ、どういうつもりだ?」


 ギルベルが問いかけてくる。


「君はアスカテル家に用があるんだろう? 多分、王都ではもう一波乱起こる気がする。この”種”を使って何かをするつもりだったのか、分かるかもよ。でも君は犯罪者だから、王都には入れない。ならへルミナス伯爵の護衛、俺の仲間としてなら王都に入れるんじゃないかな」


「……てめえのメリットは何だ?」


「誰が敵か味方かも分からない王都の中で、君ほどの力を持つ戦力がいるなら心強いから」


「……オレは、てめえの敵かもしれねえぞ?」


「それを判断するのは俺だ。君じゃないさ」


 それを聞いて、クククとフードの中で面白そうに笑うギルベル。


「……盛り上がっているところ、悪いんですが、それは私に犯罪者を見逃せといっているのですか?」


「そう聞こえなかった? アザミ、君も一緒に王都へ来るといい。きっと面白くなる。いや、俺が()()()()()()()()


「ーーハハハハハッ! いいでしょう。ノア殿がそこまで言うのなら、期待しておきましょう……それと、どうやら覗き魔がいるようです。早く帰った方がいい」


「そうだね」


「ちッ!監視か」


 そして三人は同じ方角へ目を向けた。目を魔力で強化する。肉眼では見ることすら叶わないほど遠くにある、小高い丘の上に二つの陰。ここから攻撃しても届かないだろう。


 すでに何かが動き出しているのかもしれない。






 その後、ノアの能力によって守っていた女性達を洞窟から救出。商人達から金銭と情報をたんまり集めたノアはほくほく顔で宿に戻った。


 街道を警備していた第四騎士団は盗賊の残党を全員始末したようだ。それと、盗賊の残党の中にB級犯罪者がいたらしいが、そいつはエルマが捕えたらしい。現在は情報を引き出している途中らしいが、アザミが言うには期待はしないでくださいとの事。


 また、B級犯罪者を捕縛したおかげか騎士団内からエルマは慕われているようで、中にはエルマの美貌とその強さから憧れを通り越した感情を抱くものも少なくないらしい。


 若い騎士団員の男がエルマに見惚れる姿を見て、ノアは何となく嫌な気持ちになった。


 また、ガレスに聞いたところ、王都へ出発するのは明日の朝。ギルベルについてはとりあえず目立つ大鎌をノアの空間収納(ストレージ)へと仕舞う事で誤魔化した。盗賊討伐を共に受けた、正義感の塊のような男だとガレスに説明したら後で滅茶苦茶怒られた。


 照れているのかとノアが言ったら、しばらく口をきいてくれなくなった。


 そして、あっという間に明日になる。ついに、王都へと出発する日が来て、ノアは馬車に乗り込んで、仲間たちを見た。 


 レナは王都で未知のお菓子をノアと食べたいと言ってくれる。


 エルマは無償でノアのために尽くしてくれる。


 魔剣ルガーナーー人型になったためルガーーは元気よくノアに甘えてくる。


 新しく仲間になったギルベルは馬車に取り付けられている窓から外の風景をじっと見ている。彼の目的は未だ不明のままだが、ノアは気にしない。これから知ればいいからだ。


 ノアは三人を視界に納めて、満足気に微笑んだ。


 馬車は、ゆっくりと、しかし確実に王都へ向かう。






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