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魔王の後継者は英雄になる!  作者: 城之内
二章 王国闘技大会編
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盗賊退治 二



 ゴツゴツした岩壁に囲まれた洞窟の中は、通路に一定の間隔で松明が置いてあるためか意外と明るい。また、一方的に殺されたのが分かる幾人かの盗賊達の死体が通路にある。そして断続的に響く男達の悲鳴。やはり、自分達よりも先に襲撃している者達がいることは確実だ。


「これ、もしかしたらもう終わってるかもね」


「……問題はそこではありませんよ。我々より先に入った者が何者なのか。もしかしたらもっと厄介なことが起こるかもしれません」


 通路に転がっている盗賊達の死体を避けながら、二人は進んでいく。やがて、通路が二つに分かれている所にたどり着いた。


「どっちにいきます?」


 右からは断末魔の声が聞こえてくる。対して左からは重厚な殺気を放つ気配が近付いてくる。ノアが選ぶのはより面白いと思う方。


「どっちでも面白そうだ。けど、俺は右に行くよ」


「……いいのですか?」


「俺が商人達から受けた依頼は攫われた人達の奪還。盗賊の首魁を殺すことじゃない。でも、後でそっちにもお邪魔するかも」


「欲張りですね」


 その言葉を最後に、冒険者と騎士団長は二手に分かれた。





 断続的に聞こえていた盗賊達の悲鳴が途絶えた。右側の通路を選んだノアはその原因を想像しながら楽しそうに笑った。洞窟内にコツ、コツと音を響かせながら、ゆっくりと歩く。


 通路の終わりが見えた。その先は大きな開けた場になっている。ノアはその場に入る前に、腰に差してある魔剣ルガーナを人撫でして小声で、行くよ、と呟いた。するとルガーナは頷くように大きく一度震えた。


 その後、ノアは大きく開けた場所に出る。


 そこには、むせかえるような血の海が広がっていた。ざっと見た感じだと五十名くらい。すべての盗賊が身体を両断されて死んでいた。視界の隅で攫われてきた女達が半裸の恰好で震えているのを確認しつつ、ノアはその原因を作った男に挨拶をした。


「やあ、これ、君がやったんだよね?」


「……ちっ」


 こちらを一瞥して、舌打ちをしたその人物は深紅のローブに身を包み、馬鹿でかい大鎌を肩に担いでいる。ローブについているフードを深く被っているため、容姿はよく見えない。しかし、身長も高いため男だろう。殺した盗賊を尋問していたのか、その男の足元にいる盗賊には拷問の痕が見える。



 何も答えない謎の男はノアの方へ歩いてくる。血を滴らせた大鎌を一度、大きく振って血を振り落とした。


「……ここから出ていけ」


 一瞬フードから覘く、目付きが異常に悪い目が見えた。


「無理。それと悪いけど、左側の通路の方へは行かせられないかな。今、連れが戦っているーー」


 その言葉を聞き終える前に、フードの男は斬りかかってくる。ノアも警戒していたため、隙などない。魔剣ルガーナを抜き、相手の大鎌に合わせるように魔剣を振った。男はノアの技量に一瞬、目を見開いたが、動揺は一瞬。刃と刃がぶつかり合いーー


「ーーぐッ⁉」


 ノアは気付けば、洞窟の岩壁に叩きつけられていた。その男はどこか焦ったようにーーノアの方を見向きをせずにーー通路へ向かった。


「……やれやれ、押し負けた、か。吹っ飛ばされたのは純粋な身体能力だとして。俺はあの大鎌を斬り飛ばそうとしたんだけど無理だった。ルガ、あの大鎌は神器かな?」


 ノアが魔剣を視ながら、そう言うと、魔剣は粒子となって黒髪紅眼の可愛らしい幼女の姿になった。


「うむ、あるじよ。あれは間違いなく古代の英雄が残した武装、神器なのだ……。名前は【地獄大鎌ゲザー】」


「分かるの?」


「うーむ。薄らとだが記憶にある程度。でも能力などは分からないのだ」


 しゅん、と落ち込むルガの頭を撫でて、ノアは笑みを浮かべながら立ち上がって、装備についた石や砂を振り落とす。


「さて、俺も行きたいけど、まずは冒険者としての仕事をしてからか」


 そう言って、ノアはこちらを警戒するように見ている女性たちを安心させるように笑みを浮かべた。近付いていくと、青褪めた顔で息を飲む女性が何人もいて、盗賊達の行為がどのようなものだったかが分かる。女性たちの中には顔を殴られながらしたのか痣や顔が腫れている人もいた。


「俺はBランク冒険者のノアと言います。貴方たちの救出を依頼されたものです」


 冒険者カードを取り出して見せるが、誰も近付いて来ようとしない。ノアが困ったように笑うと、一人の女性が疲れ切った顔でノアを睨んだ。


「……なんで、もっと早く来てくれなかったの……?」


 言った女性が周りの女性たちにたしなめられていた。それでも、それはこの場にいる女性たちの本心だろう。ノアは女性たちに先ほどの深紅のローブの男について、聞いてみたかったがとても聞ける雰囲気ではない。


 女性たちがそういう感情になるのは仕方がないと思うが、同情などしない。弱いのが悪いし、ノアは自分の大切な者以外がどうなろうとどうでもいいからだ。


 そしてその時、この洞窟が揺れた。アザミとA級犯罪者との戦いが始まったのか。


「不満は最もですが、それは後で。視たところ盗賊達はいないようなので、俺は先ほどの男を追います。皆さんは嫌かもしれませんが、少しの間だけここで待っていてください」


 一方的に言って、ノアは血の匂いが充満してきたこの場を離れた。







*   *   *







 アザミはこちらに向かってくる人物に目視すると、笑みを浮かべて自らが持つ魔剣を向けた。


洞窟の曲がり角から現れたのは二メートルにも届きそうな肉体を持った筋骨隆々の男。盗賊にしては高価な金属製の鎧を着ている。片目は大きな傷が縦に入っている。隻眼の大男は片手に持った戦斧(バトルアックス)を地面に引きずりながら、こちらに向かってくる。


「隻眼の大男、手配書通りのようだ。【戦鬼のモウル】」


「……お前は、人殺し集団の長じゃねえか。【雷騎士】、まさかてめえが部下達をやったのか?」


 この時、洞窟内はすでに盗賊達の悲鳴が聞こえなくなって静まり返っていた。おそらく、襲撃者が殺しつくしたのだろう。あの少年が襲撃者を足止めしてくれたらいいが、アザミはノアが全力を出さないだろうことを見抜いていた。それは依頼を受けた冒険者として女性達を戦闘に巻き込む可能性があるからだ。しかし、それだとこちらが厳しくなるのだが。


「いえ、私は今ここに来たばかり。私ではありませんよ……。第四騎士団以外に狙われるなんて、随分と敵が多いようだ」


 薄らと笑みを浮かべて、アザミは魔剣を自然体に持ったまま。対して、モウルの方は肩に戦斧を担ぎ、構えをとった。それから、モウルは冷や汗を浮かべながらも、強気に笑った。


「……俺を本当に殺すののか? 貴族派、いや、アスカテル家を刺激することになるぞ?」


「……」


「ハハッ! 王国に暮らすなら、アスカテル家は敵に回したくないよな。アザミ、俺を見逃せ。そうすればーー」


「--やめましょう。それを聞いて、私が怖気ずくとでも? アスカテル家でも何でも向かってくるのなら容赦はしない。王国で暮らせなくなったとしても、騎士団を辞めることになっても私は痛くも痒くもない。ただ、王国が損をするだけだ」


 そして、アザミは手に持つ魔剣いや【神器・斬痛剣スカーぺイン】をモウルへと向けた。それから、アザミが魔力を魔剣に流すと、刀身に刻まれている文字のような羅列が光りだした。


「ちッ! この、狂い野郎がッ!」


 交渉決裂を悟ったモウルが、戦斧を大きく振りかぶって振り下ろしてくる。この狭い空間の中で、そんな大きな獲物を振り下ろせば、天井にぶつかるのは当たり前だ。しかし、それさえ、自慢の身体能力で、壁を削りながら無理やり振り下ろしてくる。


 アザミはバックステップを踏んで躱すが、モウルは攻撃の手を緩めない。暴風のような攻撃で次々と戦斧を繰り出してくる。確かにその強さは人の限界。Aランク級に届いているだろう。しかし、英雄の領域には遠く及ばない。


 モウルはわざと洞窟内を壊すかのように、斧を振り回している。岩壁をぶち抜き、天井を破壊して。何か目的があるのだろうが、それに付き合う気にはアザミにはない。一瞬の隙を見計らい、後ろに避けてばかりだったアザミが攻撃に移る。斬痛剣スカーペインで、モウルの、斧を振り下ろした直後の腕を斬った。しかし、モウルもA級の実力者。すぐ腕を引き戻してほんの小さい傷でとどめた。


「はッ、この狭い場では、お前が持つ英雄紋は使えねえだろう。そして、その魔剣は斬れ味がすごいだけの能力。気を付けていればなんてことはねえ。確かに普通の剣よりは優秀だがーー」


 ペラペラと調子よく喋る目の前の男に、アザミは心底愉快な気持ちになる。アザミが持つこの斬痛剣の能力はそんな生易しいものじゃない。それに魔剣なら総じて普通の剣より斬れ味は上だ。それを分かった気でいる目の前の男が哀れで仕方がない。


 しかし、アザミは表情には出さず、いつも通りの糸目で相手を見つめた。


「……残念ながら貴方はもう終わりですよ」


「あ? 何を言ってーーぐ、な、何だよ、こ、れは……⁉」


 アザミがモウルを斬った傷。手の甲を薄皮一枚分だったその傷が、どんどん深く、そして広がっていく。傷が広がり、血が噴き出していく。痛みもどんどん強くなり、脂汗が流れ出す。


 かすったような傷が、最後には剣で滅多切りにあったような傷になっていく。


「ひ、ひぃあ、ひゃあアアアアアアァッ! い、だい、いだい! だ、ずげて……」


 血だまりに沈むモウルをアザミは興味なさそうに見た。それから、背を向けた歩き出そうとした時ーーモウルは最後の力を振り絞って、懐から何かを取り出して、それを口の中に入れた。


 不気味なその果実を、食べた。


「……グ、ギ、ガガガガガガ、ルルルルロオオアオオオオオオオオオッ‼」


 その咆哮だけで、衝撃波が発生。周囲の岩壁を破壊。アザミは驚愕で、思わず糸目だった目を見開いた。狭い天井を、拳の一振りで破壊。洞窟が揺れ、天井が崩れだした。


 アザミが一瞬だけ見えた姿は、蝙蝠の翼と捻じれた角を持つ一体の化け物だった。


 


 










 


 






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