説得
「なるほど、冒険者であるあなたが個人的に依頼を受けて、ですか」
「そ」
場所は第四騎士団の駐屯所内にある部屋。団長であるアザミの執務室に来て状況を説明していた。
部屋にいるのはノア達三人ーールガは魔剣形態のままーーと商人の男達、三人。それとこの部屋の主である鮮血騎士団とも言われる騎士団の団長、アザミ・レトールである。
口元は笑みの形にして、何を考えているか読み取れない糸目でこちらを見るアザミ。
ノアはアザミがどう答えようと討伐に行くつもりだった。騎士団が助けてくれない、そんな時に差し伸べられた手。家族を一刻も早く救出するためには、商人達は縋るしかないのだ。
「……英雄殿。私達がなぜ深夜に盗賊を討伐するのかはご存知で?」
「深夜は盗賊達が洞窟内にいるから。昼間だといない可能性があるから、でしょ?」
「その通り。生き残りを出すわけにはいかないのです。一網打尽にするためにもーー」
「ーーでも、被害は増えるかもね」
盗賊を討伐する上で、最も成功確率が高いのが夜襲である。しかし、夜まで待っていたら次の被害者が出るかもしれない。盗賊達が大人しくしてくれるという想像はやめた方がいいだろう。
「……今回の盗賊は普通ではありません。賞金首表に載るA級犯罪者がいる。その他にも何人か賞金首表にある犯罪者がいます。だからたとえ被害が出ようと、逃してはならない」
その言葉を聞いて、商人の一人が不満を爆発させた。
「で、では私達の妻達は、娘は犠牲になれと⁉︎ 冗談じゃない‼︎」
「落ち着いて下さい。私は別に見捨てるとは言っていない。深夜になれば助け出しますよ」
しかし納得がいかないのか、再び声を荒げる商人。
「それではーー」
「いい加減にして下さい。不幸な者はあなた方だけじゃない。自分だけが苦しんでいるわけではありません」
ノアは商人達とのやり取りを黙って見ていた。ノアの観察眼ではアザミという男がどういう人なのかわからない。アザミの視点は、騎士団長の立場として言っている。しかし、アザミ・レトールとしての答えは違うのではないか。
「私は第四騎士団団長。民衆を守っているわけではない。国を守っているのです。騎士団として、この決定は許しません。そして、自由な冒険者といえど私の決断には従ってもらいます」
きっぱりと言い放ったアザミ。このままでは楽しくない。
「それは?」
「取り逃がしがでたら、騎士団としての責任が生じる。貴族たちが喜ぶ格好のネタです。我々は失敗できない」
「俺は皆殺しに出来る力を持ってるけどね」
「力を持っていても、貴方の身体は一つ。別の場所にいる盗賊を殺すことなどできない」
「俺が無理やり行ったら?」
「その時は罪人としてあなたを殺す」
そう言った瞬間、エルマが動く。メイド服のどこから取り出したのかその手には逆手に持ったナイフ。それをアザミの喉元に突き付けていた。
「ノア様を殺せるとでも?」
「さあ、どうでしょうか」
アザミは顔色一つ変えずに、用意された紅茶を平気な顔ですすっている。商人たちは今の動きがまるで見えなかったのだろう。翡翠色の髪を揺らした美しいメイドを驚愕の瞳で見ていた。
「エルマ、とりあえずその物騒な物は仕舞おう……とりあえず、生き残りがでたらだめなんだよね?」
アザミが首を傾げてこちらを見た。
「……何か策が?」
「盗賊達にメルギスの街とこの宿場街をつなぐ街道で商人さん達は襲われたんだよね?」
ノアは念のため、商人のリーダー格の男ーー片腕を失った男ーーに聞く。
「……そ、そうですが……」
商人の男は戸惑ったような顔をしているが無視する。それに、だったら話は簡単だ。
「街道を騎士団が見回ればいい。そうすれば盗賊達は大人しくなるだろ?」
「……」
「それに、これなら他の人達が襲われる心配も少なくなる」
「ですが、それを見て盗賊達が逃げ出したらどうするのですか。やはり確実ではない」
ノアは一度、大きくため息を吐いた。騎士団長としてのこの男は面倒だ。しかし、ノアはこの男に興味がある。今も表情を崩さずにこちらを見るアザミ。その騎士団長としての仮面をはぎ取るにはーー
「……エルマ、悪いけど、力を貸してくれ」
そう言って、美貌のメイドを見た。突然言ったノアの言葉にも、エルマは表情をピクリとも動かさない。相変わらずの無表情。それでも、頼られたからか、ノアにはどことなく嬉しそうに見える。勘違いかもしれないが。
「私はノア様のメイド。あなた様はただ望めばいいのです」
「……ありがとう。嫌なら、断っても構わない……。街道に行って騎士団に協力してくれ。もし盗賊達の気配を察知したら……」
ここで、ノアは言いかけた言葉を一度飲む。彼女は元暗殺者。人を殺す罪の意識に苛まれてきた彼女に、盗賊達を始末して、と言っていいのか。
「殺せばいいのですね?」
ノアは驚きに目を見開いた。
「そ、そうだけど……」
「ノア様はあの時、言っていました。魔物達を殺して食料にして生きていた。それが人でも同じことだ、と。盗賊達を殺せば、報酬がもらえる。それだけのことです。それに、犯罪者を殺すのに私はためらうほどお人好しではありません」
眼鏡をくいっと上げて、瞳に冷徹な光を宿すエルマ。
どうやら心配はいらないようだ。ノアは一度頷き、それからアザミの方へ向き直った。
「彼女は気配察知に優れている。エルマがいれば安心だ」
「……どうやら英雄殿は諦めが悪いらしい。失敗した場合は?」
「何でもお願いを聞く……うーん、例えばーー」
ノアは一度言葉を切って、その中性的な容姿をにっこりと笑みの形にした。
「--目障りな貴族でも、殺してくるとか?」
その言葉を聞いて、アザミは初めて表情を崩した。糸目だった目が見開き、ノアを見た。それから、
「くく、ハハハハハハッ! 面白いですねえ、ノア殿は面白い人だ」
腹を抱えて、大笑いしたアザミ。その様子に部屋にいるノア以外の人全てが驚いた。
「いいでしょう、分かりました。騎士団を動かします。それで、あなたと、そこの幼女と二人で行くのですか?」
そこでノアはレナを見た。今までの話がつまらなかったのか目が閉じかけて、眠そうにしている。
「いや、レナは悪いけど、お留守番してくれるかい?」
その言葉に、レナは即座に眠気を飛ばして、ノアを見た。上目遣いでノアに縋りついてくる。
「……ノア、何で……?」
ノアだって連れていきたいが、これは教育上よろしくない。盗賊達のアジトには攫われた女たちがいる。当然攫った女たちがどんな目に合うのか、いや合っているのか想像は容易い。その光景をレナがもし見たら、ショックを受けるかもしれない。それはダメだ。
しかしそのままを伝えるわけにはいかない。ノアはここまで来るときに考えていた、必殺の言い訳を伝える。
「……レナ、元々俺達はメルギスの領主、ガレスさんの護衛として雇われた。でも盗賊討伐なんていうものを勝手に請け負った。それでもガレスさんは許してくれたけど、申し訳ない気持ちもあるんだ。だからレナにはガレスさんの護衛として、宿屋にいてほしい」
「……むぅ、ならノアが宿屋に戻れば……?」
「……レナ、王都に着いたらお菓子食べまくろうか。そのためにはお金が必要。俺は盗賊退治で稼いでくるから、レナは護衛依頼をしてーー」
「ーー分かった。宿屋に戻る」
ーー速すぎでしょ! 最初の説明が丸々無駄になった!
と思ったが表情には出さずにノアは優しく笑って、レナの頭を撫でてあげた。そこで、ルガが人型になっていたら余計なことを言っただろうが幸い彼女は魔剣形態だ。このまま話を進めよう。
「では、あなた一人で盗賊退治に?」
「うーん、それでもいいけど、ね。どうせなら騎士団長さんの実力を見たいな、なんて」
「フフフ、いいでしょう。私とあなたで向かいましょうか」
二人して鏡合わせのように笑い合う二人に、エルマはどことなく楽しそうに、レナは苦笑して、商人たちはどこか不安そうに見ていた。




