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魔王の後継者は英雄になる!  作者: 城之内
二章 王国闘技大会編
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人の価値

少し内容を変更します。



 聖王国の聖騎士団長レノスは、星堂神殿一階にある礼拝堂内の様子を、遠くから見ていた。泣いて喜ぶ観衆に、聖女は何も答えない。いや、答えないように言われているのだ。聖女は髪の依り代のような、そんな神聖な存在として民衆には伝わっている。しかし、レノスは知っている。彼女の優しさと聖光教の醜さが。


 今や彼女はその類い稀な治癒の紋章術によって、聖光教の象徴としてプロパガンダとなっている。


 レノスは”聖女”の護衛として、王国の闘技大会に出席しろと命じられた。聖王側にいる勇者と教会側の聖女。教会側が何か企んでいるだろうことは確実だったが、王国との関係悪化は聖王側としては避けたい。


 王国は王が今代になってから、毎年招待状だけは送ってきていたのだが、今までは無視していた。もちろんその理由は聖光教が原因だ。亜人を憎む聖光教が亜人と共に暮らす王国に行くことを許す訳がない。


 それも象徴たる聖女を送るのはどういった背景があるのか。それも聖騎士団長を護衛につけて。


 とは言え、レノスは友である聖王の命に従うだけだ。今から王国に向かうため、迎えに来たレノスだったが、あの聖女は怪我人を集めて、治癒していた。しかも無償で。おそらく教会の上層部は知らないのではないだろうか。そもそも一般の神官たちや教徒は教皇の姿など見ない。だから、教皇よりも”形ある奇跡”として”聖女”である彼女の方をあがめている者もいるほどだ。


 レノスは泣いて喜ぶ教徒達の間を縫って、聖女の元まで歩く。聖女は背を向けていて、こちらに気付いていないようだ。背後に立ち、それからゆっくりと跪いた。


「お時間になりましたので、お迎えに上がらせていただきました。()()()()・ルナトリア様」


 彼女がゆっくりと振り返ると、長く美しい聖銀(ミスリル)を溶かしたような銀の髪が流れる。均等に切り揃えた前髪から覗く大きな垂れ目が庇護欲を誘う。儚げな印象を与えるアイスブルーの瞳、整った鼻筋。体つきも少女とは言えないほど発育している。しかし、それをいやらしい目で見るものがいないほど、彼女からは神聖なオーラを放たれていた。


 レノスが黙って、見詰めたままでいると、彼女はゆっくりと首を縦に振った。







*   *   *


 





次の日の朝ーー


外から、チュン、チュンと鳥の鳴く声が聞こえ、ノアは目を覚ました。幼女二人に腕を枕代わりに使われたため、痺れが残っている。


エルマを部屋に呼び、部屋に運ばれてきた朝飯を一緒に食べてから、ノアは二度寝したりしてダラダラ過ごしていると、外から声が聞こえてきた。窓を開けてみると、黒の騎士服を着た男女二人が宿屋の従業員と話をしているのが見えた。


「……みんな、騎士団が来た。多分潜伏場所を見つけたんじゃないかな?」


「クハハッやっと我の出番か」


 ルガがベットの上に立ち、胸を張った。それに対抗するように、レナも同じように立ち上がった。


「……ルガの出番はない。私が全部やっつける」


 幼女二人は、自信満々なようだ。


「ノア様」


 エルマは静かにノアを見詰めるだけ。


 ノアは三人を見渡してから、満足げに微笑んだ。


「ああ、行こうか」





 途中でガレスが泊っている部屋に寄る。地方騎士二名が護衛をしている部屋に入ると、ノア達が泊った部屋よりもどこか豪華に感じられた。


 盗賊討伐に行くことを伝えると、ガレスは自分の護衛の任を一時解くこと、それと早く終わらせて戻ってくること。この二つを告げられた。


 一階に降りて、玄関ホールに向かう。改めて見ると、天井は魔石灯がふんだんに使われていたり、廊下には綺麗な絵が飾ってあったりと、高級感が出ている。


「さて、あの騎士とは思えない雰囲気の男、どのくらい強いのか楽しみだ」


 ノアが何気なく呟くと、興味を引いたのかルガが問いかけてきた。


「ほう、あるじが言っていた魔剣使いの事か?」


「そうそう」


「……その男が率いる第四騎士団。ガレス様のお話では王国の貴族に忌み嫌われている騎士団だとか」


「そのようだね、あくまで話に聞いただけだから分からないが、それを知るには俺はまだこの国を知らなさすぎる。やっぱり王都に早く行きたいな」


「……未知のお菓子があるかも」


 最後にぼそりと呟いたレナの頭を撫でて、ノア一行は玄関ホールへと歩みを進めた。





 ノアが玄関ホールに着くと、宿の従業員が黒の騎士服を纏った男女二名の団員を引き連れていた。騎士二名はノア達を確認すると、驚いた様子でこちらに向かってきた。


「ノア様ですね……?」


「今から向かうところでしたが、そちらから来ていただけるとは」


 やはり冒険者などとは違って礼儀正しい。


「すぐ終わらせるようにと、メルギスの領主からいわれてるもんでね。潜伏場所は見つかったんですね……?」


「もちろんです。これから盗賊討伐について詳しいことを説明しに、団長のところまでご案内させていただきますが……」


 団員が、メイド服を着たエルマ、幼女であるレナとルガを戸惑ったように見た。ノアは少しだけ逡巡した後、答えた。


「……彼女たちは……俺の仲間です」


 そう言ったら、ルガとレナがそれぞれ両腕に抱き着いてきた。エルマは「今はそれでも……」と言って表情は変わらないが、嬉しそうにしている。


「……そうですか。では早速行きましょうか」


 女の団員が、探るようにエルマ達をみたので、ノアは思わず苦笑した。





 宿を出て、宿場街の外に出る。街の雰囲気は盗賊の噂が広まったせいなのか、暗い。屋台や露店をしている人達も活気がないように見えた。


 それに、ノアは違和感を持った。街の人は、こちらに視線を向けないように生活しているような気がしたのだ。ノアが周囲の街人の様子を見ていると、それに気付いたのか男の団員が声をかけてきた。


「彼らは、我々を恐れているのです……我々が始末してきたのは犯罪者のみ。しかし、貴族たちによって捻じ曲げられた噂が民衆に伝わっているのです」


 ノアは興味を引いて、耳を傾けた。


「それは?」」


「貴族には薄暗いつながりというものが数多くあります。それらを、団長は関係なく、等しく始末してきました。しかしーー」


「--それを不満に思った貴族たちが流した噂の影響で?」


「……流石は新たな英雄と名高い方。頭の回転が早いようで……。その通りです。目をつけられた者を関係なく始末する人殺し集団と噂がたつようになりました」


 これは彼らの言い分だ。ノアはまだ貴族と第四騎士団、二つの関係を把握していない。しかし、一定の信憑性はあるだろう。武人肌で生真面目な貴族であるガレスが騎士団を特に嫌悪している様子はなかった。少なくとも、残虐性があるだけの騎士団ではないだろう・


「……なるほど、国家に仕えるというのは大変ですね」


 ノアの他人事のような言葉にも、二人の団員は苦笑するだけであった。




 騎士達と他愛ない話をしながら歩く。駐屯所が見えてきた頃、片腕を失った男や怪我を負った人達が必死な形相で声をかけてきた。


「ーーあ、あの! 騎士様ですよね⁉」


「はい。そうですがどうかしましたか?」


「お願いがあるのです!それはーー」


 ノアは聞き耳を立てて、男たちが話す内容を耳に入れた。どうやら昨日、盗賊に襲われたという商団の者達のようだ。彼らは皆、怪我を負っていて、リーダー格の男は片腕を失ったのか、袖口が風に揺られている。


 そのまま見ていると数人の男が騎士団員に縋りだした。

「ーー頼む! 速く討伐しにいってくれよ⁉ こうしている間にも妻と娘が……」


「--連れ去られたんだぞ⁉ あんたたちは犯罪者を始末するのが仕事だろうが⁉」


「ですから、何度も言っていますが討伐の時間は深夜になります。夜までお待ちください」


 必死な男達の声とは違い、騎士の声は冷酷にも聞こえるほど、冷静に断っている。


 ノアはその光景を見て、哀れに思った。弱いから全てを奪われる。弱いのが悪い。この考えは、家族を亡くした日から変わっていない。それでも街に来て、ノアは思ったことがある。


 ノアは料理が作れない。商売のことなど何も知らない。武器をつくれない。服や装備を作れない。


 自分に出来ないことを、簡単にできる人たちがいる。


ーー人の価値は強さだけではない。


 ノアは一度、レナとエルマを見た。そして、確かな頷きが返ってくると、ノアは笑みを浮かべて前に進んだ。


「ーー俺達が、あんた達の願いを叶えるよ」


 男たちと騎士団員は背後からきたノア達に驚いているようだ。いや、ノアが言ったその言葉にか。


「あ、あなた方は……?」


 戸惑ったようにこちらを見る男たち。確かに、メイド服を着た美女と五、六歳くらいの幼女二人を連れた少年に突然言われても困るだけだ。ノアは笑みを浮かべてーー


「ルガ、魔剣に戻れ」


「はい、なのだ!」


 そして黒髪紅眼をした可愛らしい幼女が、紅い粒子となってノアの手元に集まる。徐々に形が剣のように変わったときに、ノアが軽く一振りする。すると、そこには禍々しくも美しく澄んだ剣があった。その刀身は紅い。それを鞘にゆっくりとしまう。


 その後、ノアは冒険者カードと右手の手袋(グローブ)を取って見せた。


「Bランク冒険者・ノア。騎士団から協力を要請されたんだ」


「え、英雄紋⁉ ま、まさか、あなたが……」


「それで、俺達なら今すぐ行けるけど、どうする?」


 男たちはリーダー格の男たちに視線を向けた。そのリーダ格である片腕を失った男は土下座してきた。額を擦りつけて。それを見た人たちも同じように土下座した。


「頼む! も、もうあなたしか頼めない。妻と娘を救ってほしい!」


「俺達は高いよ? あんた達の憎しみは、悲しみは、殺意は。どの程度なのかな?支払える額なのかな?」


 ノアが悪魔のような笑みを浮かべる。それを見て、片腕の男は涙を流しながら言った。


「私の全てをお支払いします。彼女らを奪われたままでは……私は全てをあなたに支払います‼︎」


「お、俺もだ! 妻を救えるなら……」


 そう言って、他の者達もまた地面に額を擦りつけた。


 それを見ながら、ノアは満足気に微笑んだ。それはもう優しげな。


「分かりました。冒険者として、あなた方の依頼を個人的に受けます。ここまで必死にされたら、断るのは俺の良心が痛みますから。責任は俺が持ちます。いいですよね……?」


 そう言って、ノアは皮肉気に微笑みながら騎士団員を見た。


「……そ、それは……。団長に確認を取ります。それからでも?」


「もちろん、いいですよ」


 ノアは口の端を吊り上げて、石造りの大きな建物を見上げた。







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