鮮血騎士団
「では、何があったのか聞こう」
場所は関所内にある応接室。ガレスが椅子に座って声を発した。ノアは護衛役としてガレスの後ろに立っている。
机を挟んだ向かいの椅子には、糸目の魔剣使い。話によれば王国騎士団の一つの第四騎士団というところの団長らしい。
「はい。あの者達はある商団だったのですが王都へ向かう途中、盗賊に襲撃されたそうで……。私達が現場に着いた時には怪我人多数であの状況になっておりました。生き残った者達が必死に街まで逃げてきたそうです」
「……やはり、盗賊か……討伐の目途は?」
「今部下に襲撃された地域中心に捜査させていますが、まだ情報は何も。もうじき日も暮れますし今日中は無理かと」
「……そうか」
ガレスはメルギスを治める領主。この宿場街は王の直轄領のため、この件に関わることはできない。王国騎士の管轄である。しかし、自由な冒険者は違う。
「……俺が討伐してきたら、報酬ってもらえるかな?」
ノアが言った言葉に、糸目の魔剣使いは笑みを浮かべた。
「大した自信ですね。私としましても噂の英雄の実力に興味があります。へルミナス伯、よろしいでしょうか?」
ノアは強力することを、簡単に許可されたことに内心驚いたが顔には出さず、相手の真意の見えない顔を見た。
「……かまわない。護衛役と言っても名目上だ。ノア、好きにしていい」
よし、と内心で思いながらノアは静かに笑みを浮かべた。
話を終えて、ガレス一行は宿場街で一番の高級宿屋に案内された。
宿は貸し切りのようで、ガレスの部下である騎士達が数十名いても大丈夫だった。夕食を食べ終え、ノアは用意された自室のベットに、着替えて寝ころんだ。
なぜかレナとルガもいる三人部屋。しかもベットはキングサイズベットである。二人に涙目と上目遣いのコンボでねだられてしょうがなく了承した。本当は嬉しかったが。
大人の女性でスタイル抜群のエルマは一人部屋だ。。ノアにはどこか不満そうに見えたが。気のせいかもしれないから、あまり深く考えない。もしエルマと一緒の部屋でだったら緊張して眠れなかったかもしれない。
そのエルマだが、もはや標準装備になったメイド服を着てノアの部屋に来ている。
レナは大きなベット上に座って、メルギスの街であげた魔道具で遊んでいる。ルガもそれを羨ましそうにして見ているが、レナはずっと無視している。このままじゃ、また喧嘩しそうだ。
ベット近くにある椅子に座って、ノアは考え事をしていた。
「ノア様、盗賊退治に協力するのは何故でしょうか?」
エルマが問いかけてきた。その顔は無表情だが、わずかに疑問の色が見える。
ノアが騎士団に協力するとみんなに伝えた時、部屋にいる三人はすぐ自分も協力するといってくれた。それは嬉しかったが、やはりノアがどうして協力するのか、その理由を知りたいらしい。
別に怪我人達が哀れだったとか、悪人を懲らしめたいだとか、そんな立派な理由じゃない。ノアは自分の大切な人以外の他人には、基本的に無関心だ。
これは後でガレスに聞いたことだが、第四騎士団は別名で”鮮血騎士団”とも呼ばれているらしい。理由は仕事にある。第四騎士団の主な仕事は国内の犯罪者の対応。権限として、殺人を犯した犯罪者はその場での死刑執行権、始末することが許可されている。
騎士服は黒。”闇に溶け込む人殺し集団”ともいわれている。そして糸目の魔剣使いの男。あの男の名はアザミ・レトール。そんな人殺し集団の長をしている男。そんな男が今、王都を離れるだろうか。確かにこの場は王の直轄領だが、人が多く集まる王都の方が大事なはずだ。
そのことがノアには引っかかっていた。
「……考えてみると、出来すぎな気がしてね」
「……何がでしょうか……?」
「あのアザミっていう団長と俺達がここにいること」
そうノアがいうと、エルマも静かに考え込んだ。
「それに、暇つぶしにはちょうどいいからね」
「ノア様、今日中に盗賊達の居場所を掴んでおきましょうか?」
その言葉には自信が見えるが、ノアはやんわりと断った。
「いや、それは騎士団に任せよう。エルマはゆっくりと休んでくれ」
かしこまりました、という声が聞こえてノアは一度目を閉じた。
王が持つ戦力として第一から第四まである王国騎士団。それは王国騎士と呼ばれるエリートだ。
そして街を治める領主の私兵、それが地方騎士と呼ばれる。ガレスがメルギスの街から護衛として連れてきたのが地方騎士にあたる。
王国騎士に平民も貴族も関係ない。王国騎士になれるのは実力が高いものだけ。その王国騎士の中でも第四騎士団は異質だ。国内の犯罪者を狩ることが任務の彼らは、王国のどの騎士団よりも対人戦闘のエキスパートだ。
宿場街にある駐屯所の一室で。配下からの報告を聞き、アザミ・レトールは微笑を浮かべた。
「アジトを見つけたのですね?」
「はい。間違いありません。宿場街近郊の洞窟内部に潜伏していました。正確な数は不明ですが、襲われた者達から聴取した結果、五十名程度だと考えます。また、商団にいて、盗賊に攫われた者達の数は十名。全員が女性とのことです」
「……分かりました。明日は噂の英雄殿を連れて、盗賊達を殲滅します。あなたもしっかりと休みなさい」
しかし、配下の第四騎士団の象徴である黒の騎士服を着た団員は部屋から出ていかない。何かを躊躇うようにアザミに視線を向けたままだ。
「まだ何か?」
「……襲われた商団の者達が、隻眼の大男を見たそうです。賞金首表に載っているA級犯罪者、【戦鬼のモウル】の可能性が高いです。彼は、貴族との繋がりがあるとの噂が……本当なのでしょうか……?」
アザミは顔色一つ変えず、微笑んだまま答えた。
「ええ、事実ですね。それも、背後にいるのは大物貴族です。ですが、我々の職務はそれでも変わりません。この任務は、陛下直々に私に命じたことです。背後の貴族など知った事ではありません」
「……ですが、我々はやりすぎたのではないでしょうか。第四騎士団だけ噂に誹謗中傷が入っています。貴族を刺激するのは、陛下にとってもあまりよろしくない事態を招くのでは?」
現在の王国は、王と貴族の関係は複雑だ。全ての貴族が王に従っているわけではない。特に、英雄の一族、アスカテル公爵家と王家との関係は冷え切っている。かつて王の懐刀と呼ばれていたアスカテル家は今代の当主に変わってから、衝突が目立つようになった。現在の王国は、王派閥と武家出身の貴族との争いが激化しているのだ。
それもこれも全て、王国騎士が実力さえあれば平民でもなれるようになったから。現国王は優秀な人材を国中から集めることに成功し、武力を底上げした。しかし、そのせいで貴族派閥からは物凄い反発にあった。
確かに王国騎士、それもアザミは元平民ーー今は騎士爵になっているがーーが貴族と繋がりをもつ盗賊を殺すのはまずいだろう。斬れすぎる刃は嫌われるのだ。
しかし、
「ーーそれはお前が判断することではない。分かったらさっさといけ」
アザミの糸のように細められた瞳が、開く。目の前の団員が気圧されたように後ろに一歩下がり、慌てて礼をして部屋から出て行った。
アザミは座っていた椅子から立ち上がって、窓を開けた。窓から空を見上げると、そこにあったのは大きな満月である。
「……楽しみです」
一言呟いたアザミの瞳は、月と同じ金色に輝いていた。
* * *
場所は変わって、聖王国ではーー
聖光教の本部、星堂神殿の礼拝堂では、一人の少女が神に祈りを捧げていた。その少女は、まるで月の女神のような美しさを放っている。純白のドレス型の法衣をきたその少女の周りには、聖光教の信者たちが集まっている。涙を流しながら、その少女を見ている。
ぐったりした様子の子供を抱えた母親。
片足を失った聖騎士。
火傷を負った街人。
ヨボヨボの翁。
怪我人が多い。そしてその周りを囲むたくさんの一般観衆。
中央にある祭壇で、少女はゆっくりと詠う。
「<聖神の加護をどうか我らに。生命の施しと癒しの恵みを。全治回復雨>」
薄緑の暖かな雨が、礼拝堂内に降り注いだ。身体に傷がある者、病気を持っている者は瞬く間に完治して観衆からどよめきの声があふれた。その後、涙を滝のように流しながら、観衆は一人の少女を称えた。絶世の美貌を持つ、その少女を、人々は”聖女”と呼んだ。




