王都への道に
それからノア達は一階に降りて、朝食を済ませた。魔剣であるルガーナも人型になった影響なのか普通に食べることができた。ルガーナとレナの二人の幼女がノアの膝の上に座る権利をかけて口論している姿は、朝の食堂でものすごく目立っていた。それを見た客達が、面白半分で新たに誕生した英雄はロリコンだという噂を流し、王都から帰ってきたときにそれを聞いて愕然するのはまた別の話である。
そんなこともありながら、レナの両親に挨拶とレナに何かあったときは自分が必ず守ると約束して宿を出た。それをジト目でみていたルガーナにはまた甘いといわれたが。
そして移動して現在、ノアはメルギスの街の街門に着いた。
そこには巨大な馬車が用意されており、すでに領主であるガレスが来ていた。私兵である騎士団から数十名くらいこの場に来ている。きっと護衛だろう。馬の数も数十頭いるため、騎馬隊のようだ。
ノアも名目上はガレスの護衛として依頼を受けたが、これなら騎士団に任せてもいいはず
(これで依頼をさぼれる。俺は馬車の中にいよう)
ノアのそばにはレナやルガーナがいる。見た目は幼い彼女達を歩かせて護衛するのは領主だって良心が痛むだろう。
そして次にノアはその近くに集まった集団に目を向けた。見送りのために集まってくれたのは共に魔物と戦った冒険者達が大半。しかし、忙しいのかAランク級冒険者のバッカスとマールさんは来ていないようだった。
(まあ、ギルドマスターとついでにバッカスには昨日挨拶したしな)
ノアが街門から出てきたのが分かったのか、見知った顔が声をかけてきた。
「よお! ノア。見送りに来てやったぜ」
「おはよ!ちょっと遅かったね」
「やっと来たわね」
「……」
声をかけてきた順でロイド、ソフィ、レミーナ、最後にゲイル。冒険者パーティー赤竜の牙の面々である。メルギスの街に来るときに最初に出会った冒険者である彼らには世話になることも多かった。同じ宿に泊まっているにも関わらず、宿で挨拶しないでここまで来てくれたのか。
「いや、ちょっと問題が発生してね」
ノアはそう言いながら視線をルガーナに向ける。そして見知らぬ幼女を連れていることに疑問を持ったのか、冒険者達の集団の中から代表して赤竜の牙の四人がノアを取り囲むようにして質問してくる。
「お、おい。お前は幼女に好かれる何かを持ってるのか……?」
「……もしかしたら持ってるかもね」
「この子、可愛いーね! 髪サラサラじゃん!」
「クハハハハハ! 小娘よ、中々見どころがあるではないか。もっと褒めるがいい!」
ソフィは瞳をキラキラとさせてルガーナの頭を撫でている。ルガーナはソフィの言葉を聞いて、凹凸のない胸を張った。
「ノア……この子は?」
冷静に聞いてくるレミーナに感謝の視線を送りながらノアは答えた。
「ソフィなら知ってるかもね。魔眼の能力で視てみれば分かると思う」
「へ、魔眼で視る……?」
戸惑ったようにソフィがこちらを見てくるが、ノアは顎をしゃくって促した。ソフィは瞳を空色へと変化させて、黒髪の幼女を視ると次の瞬間に顔を驚愕に染めた。
「……え⁉ この子、魔剣⁉」
「そう、魔剣ルガーナだよ」
ノアが頷くと、みんなが驚いた。
「……すげえな。人型になれるのか。そんな魔剣見たことも聞いたこともないな……」
「すごいね、ルガちゃん!」
「レナ、あなたもウカウカしていられないわよ」
「……むぅ。分かってる」
「……」
相変わらずゲイルは無言だが、それはいつも通りなので気にしない。そんなことより、呼び方だ。ルガの方がいいかもしれない。
ノアはルガーナと目線を合わせるために、腰を落とす。
「ルガーナとルガ、どっちの呼び方がいい?」
「……ふ~む。考えてみると、ルガ、がいいぞ、あるじ。何だか愛称みたいでいいのだ!」
元気いっぱいに答えるのが何だか微笑ましくてノアは頭を撫でてあげた。
「ふ、んぅ。これ、は……」
気持ちよさそうに瞳を細めてくれる。それを隣で見ていたレナはノアに体当たりしながら、私も、と短くおねだりした。
その光景を見ていた女性冒険者はうっとりとして、そして男性冒険者の数名が息を荒くしていた。後で殺す。
そしてノアがやっと冒険者達に一時の別れを告げて馬車の傍に行けば。そこには額に青筋を浮かべた領主であるガレスの姿が。
(……やべ、すっかり忘れてた)
「あまり時間がないんだがね。貴族である私を無視できるのは君が初めてだ。個人的には好ましく思うが、間違っても他の上位の貴族にしてはならない」
「……了解です。でも、それなら俺を貴族の上に立つ王様に会わせてもいいんですか?」
「それは気にする必要はない。王は寛大であり、何より好奇心の塊のような方だからな……」
ノアはふーんと軽く頷いて、当たり前のように馬車の中に乗り込んだ。それを見たガレスは疲れたようにため息を吐いて、自身も中に入る。そして号令をかけると、周りの鎧を纏った騎士達が予想以上に速く陣形を組む。
ノアは馬車に付けられた窓から見送りに来た冒険者達に手を振りながら、王都へ出発した。
貴族が持つ馬車だけあって前に乗せてもらった商人のレイモンさんの馬車よりも快適だ。しかも、馬車自体が魔道具にでもなっているのか、ものすごい広い。空間魔術が付与されているのか、馬車の大きさに反して広さがおかしい。
「エルマ、紅茶でも頼める?」
「はい、かしこまりました」
そして馬車内にはベットやソファまである。執務もできるように机まであるのだ。もはや部屋といっても過言ではない。しかも超絶美人なメイド付き。
レナやルガはソファに座って、出されたお菓子に夢中になっている。ノアもその隣に座り、用意された紅茶を飲みながら窓の外にある景色を見る。体面には領主であるガレスが座って同じく用意された紅茶を飲んでいる。
「エルマ座ったら……?ずっと立ったままなのは疲れるよ……?」
ここで、一通り用意が終わったエルマにノアは座るように促した。
「はい。ノア様。それがご命令とあらば」
眼鏡をくいっと上げて、エルマは近付いてくる。歩くたびにロングスカートがふわりと揺れた。なぜか不思議と視線が引き寄せらてしまう。
そしてエルマはノアの隣に座った。開いているガレスの方ではなく。それを見たガレスが一瞬だけ傷ついたような顔をしたのをノアは視てしまったのでちょっと気まずくなった。
ソファにはノアの右隣がエルマ。左隣がレナとルガである。多少きついが我慢できないほどではない。ノアは何となくいい気分になった。
それから魔物の襲撃などもなく、一行は順調に王都へと向かっていた。朝に出て、昼はラスクさんからいただいた弁当を食べた。それから夜になるころ、メルギスの街と王都をつなぐ宿場街が見えてきた。今日はそこで一泊するらしい。そこで問題は発生した。
メルギスの街のような立派な街壁ではないが、そこは宿場街だ。王都とメルギスの中継地点になるここには高い街壁などいらないのだ。
薄明りが照らす門の入り口に、たくさんの怪我人と一台の馬車があった。人々が慌ただしく声をかけたり、治療をしていたりする中、貴族であるガレスの馬車が来るので、更に混乱が大きくなっている。いったん馬車を止めて、ガレスが騎士の一人に指示を出した。何があったのか聞きに行けということだろうか。
ノアも興味があったので馬車から降りた。何よりじっとしているなんて性に合わない。ためらわずに近付いた。そして馬車内部の痕跡を調べる。
「これは……ひどいな」
馬車はボロボロで、魔術による焼け跡や弓で射られた形跡もあることから人為的なもの。怪我人達の数は数十人。重傷者は片手や片足を斬り落とされたような人がいる。緑色の液体ーー回復薬というらしいーーをかけて傷は治せる。だが、手足が生えてくるわけではない。
ノアがその光景を見ていると、門に設置された関所から一人の男が出てきた。紫水晶色をした頭髪を目元まで伸ばした男。顔立ちは整っているが、目が細く糸目になっている。ノアはその男が出てきたとき、冷たい風が頬を撫でたように感じた。
ーー濃厚な死の気配。
そして何より男の腰に差さっている剣、あれは魔剣だ。気配が何となく似ている。黒色の柄に鞘まで黒。刀身は何色何だろうか。
怪我人の間を縫って、ゆっくりと近付いてきた男はノアから三歩程離れた位置で止まった。ノアは自然と気を引き締めていた。
「盗賊の仕業ですよお客人。ひどいものですよね。近々王都で闘技大会が開かれるので、その影響で商人や旅人も王都に集まってくるのです。そうすると、盗賊達も活発になる」
「王国が討伐したりしてくれないの?」
「フフ、そうですね。私共も頑張ってはいるのですが……何分、全ての賊から王都へ向かう人々を救うにはいささか手が足りないのです」
(私共ね。騎士なのか……?)
それにしては随分と物騒な雰囲気を持つこの男。雰囲気で言えば、正義の騎士というよりも、人斬りの犯罪者の方がよっぽどあっている気がする。
ノアがそのことに対して考えていると、ガレスの低音で渋い声がが聞こえてきた。
「ーー第四騎士団団長殿か。久方ぶりだ。一体何があったのか」
「これはこれはへルミナス伯。申し訳ありません。我々の不手際でこのような場に……」
「それはいい。詳しいことを聞こうではないか」
「ではこちらにお越しいただいても?」
ガレスが行こうとしたので、ノアもその後ろに続く。すると、興味を持ったように魔剣をもった男が視線をこちらに向けた。
「へルミナス伯、この方は?」
ノアはガレスに視線でお願いした。すると、ため息を吐いてガレスが答えた。
「今、王都で話題の新たな英雄にして……私の護衛役だ」
その言葉に、満足そうに笑みを浮かべたノアは堂々と後ろについた。それを見て、糸目の魔剣使いは面白そうに口元に弧を描いた。




