魔剣幼女
ノアは夕食を食べ終えて、明日の準備を行っていた。準備と言っても必要な物を空間収納に放り込むだけだが。
それから、やっと抜くことができた魔剣ルガーナの刀身を機嫌よく磨いて時間を潰していた。
「レナは話し合い終えたかな……」
ノア自身も話し合いに参加して、ロミーナさんやラクスさんには許可をもらうことができた。一週間ごとにノアが空間魔術によってレナを連れて帰ってくるという約束をして了承してもらった。
それを思い返しながらいると、扉からノックの音が響いた。魔剣をベットに立てかけてからノアは扉を開き、訪問者を見た。
「……ノア、今、少しいいかしら?」
そこにはレナの姉、レミーナがいた。
「いいけど、どうかした?」
「あなたには話しておきたいから。レナのこと。……あの子ががあれほど懐いたのには、あなたも英雄紋を持っているから。きっとそれを持つ者にしか分からないことがあるんでしょうね……とにかく、あの子に何があったのか、話すわ」
そういうことなら、そう言ってノアは部屋の中にある椅子をレミーナへ進め、自分はベットに腰かけた。そして、ノアは特に表情を変えずに、
「俺も聞こうと思ってたよ。俺にとってもきっと、レナは大切な存在になると思うから」
レミーナは優し気に笑顔をみせた。
「そう、なら良かったわ……。十三年前、ある森妖精族の家庭に、一人の女の子が生まれた。彼女はそれはそれは美しくて、両親とその子の姉は喜んだ。でも、その子には英雄紋があった。英雄紋を持つ者は、知ってると思うけどすごく貴重。この街の領主は、その子のことを秘匿することにした。でも、何故か五年前、その子を狙って人さらいが来たのよーー」
レミーナは一度、言葉を切ってから続けた。
「ーー人さらいが、その時攫ったのは私……。間違えたのでしょうね。そして、その時に英雄紋の力で助けてくれたのが、レナ。あまりの力に、私は怖くなって、悲鳴を上げてしまったの……。助けてくれたあの子に対して、ね」
それからレナは私たち家族に、心を開かなくなってしまった。そう語ったレミーナの姿は痛々しくて、懺悔しているようで……。ノアの口は自然に開いていた。
「……事情は分かったよ。レミーナがレナを大事に思っているという事はきっとレナにも伝わってるさ。その気持ちがあるだけでいいんじゃないかな……?」
村に攻めてきた盗賊たちを、英雄紋の力で殺しつくしていたらーー。そんな意味のない想像がノアの頭をよぎった。
レミーナはその言葉に、静かに一滴だけ涙を流した。それを見て、彼女が冒険者をしている理由が分かった気がした。
部屋から出ていったレミーナを見送り、ノアは一人ベットに横になっていた。英雄紋はいい事ばかりではないのだ。ノアは自分の右手の甲にある紋章を見る。
鍔に不気味な目がある漆黒の剣。
レナが英雄紋を指して言った言葉。それは、『呪い』。
ノアには痛いほど気持ちが分かった。
それから少し経つと、コンコン、と控えめなノックが響いた。ノアはベットから起き上がって扉を開けに立ち上がった。
ノアには気配で誰が来たか分かっていた。扉を開けて、視線を下に向ける。そこにいたのは先ほど話に出たレナである。ふわふわの金髪と眠そうな瞳、幼いながらも非常に整った顔立ちをした美幼女である。
「……レミーナから、聞いた……?」
「まあ、ね」
そう、とだけ言ってレナは部屋に入って、そのままノアのベットに横になった。ノアは苦笑するだけで、何も言わなかった。
それから、天井にある魔石ーー魔物の身体に一つはある魔力の結晶ーーで作られた魔道具である魔石灯の光を消した。
それから、ノアも同じようにベットに横になるとレナが抱き着いてきた。ノアの右手をもって、枕にしたレナは満足そうに眠り始めた。それを確認しながらノアはレナの頭を左手で撫でてあげた。ふわふわの髪は撫でている自分も気持ちいい気がする。
ーーきっと、伝わっているさ。
口の中で呟いたノアは、自分も目を閉じて眠り始めた。意識が落ちる寸前、ベットに立てかけてある魔剣が振動した気がした。
窓の隙間から、爽やかな日差しが差し込んでいる。王都へ向かう日にはちょうどいい快晴の気配。ノアはそれを瞳の奥で感じ取り、目を擦ろうと手を動かそうとしたが、そこに違和感を感じた。
右手にを枕にしているのはレナ。それはいい。昨日のことを思い返せば、一緒に寝たことは覚えている。問題なのは左手の方だ。
「……」
左の手を枕にしているのは、サラサラの黒髪をした幼女である。レナと同じで外見年齢は五、六歳に見える。まつ毛が長く、鼻筋が通っていて唇はプルプルして瑞々しい。正直に言えば可愛い。それもレナと同じくらいに。
しかし、問題はそこではない。なぜ自分のベットに幼女がいるのか。そういえば、レナとの出会いもこんな感じだったなあとノアが遠い目をする。
何なんだろう。この街の幼女はこんな無防備なのか。
「……俺が健全お兄ちゃんじゃなかったら、君ら危なかったよ。不用心すぎるからマジで……」
天井を向きながら呟いていると、黒髪の幼女が起きだした。目元をごしごし擦りながら、猫のように伸びをした。
「……ふうぅ。久しぶりによく寝たのだ……」
そう言って、幼女は起き上がった。その瞳はノアと同じ血のように紅い紅眼をしている。
ノアはとりあえず挨拶してみる。
「や。おはよう。いい朝だね」
「お? あるじではないか! うむ! これも全てあるじのおかげなのだ!」
そこで満面の笑みを浮かべた。そして身体を寄せて抱き着いてくる。ノアの頭は絶賛混乱中である。
(”あるじ”だと⁉ それって俺の事か? でもなんで……)
ノアは、嬉しそうに左手に抱き着いている幼女を見るが覚えがない。
「えーと、”あるじ”って俺の事?」
「む? 当たり前だろう。あるじはあるじ以外の何物でもないのだ!」
「……いや、ごめん。俺の記憶にはないんだけど……」
「おお、そうだったな。この姿では初めてだった。では、当てて見せるがいい!」
黒髪の幼女は抱き着くのを止めて立ち上がった。それから片手を腰にあて、もう片手をノアに向けて指を差した。顔は楽しそうに笑みを浮かべていてノリノリである。
すると声に反応したのか、今度は右手を枕にしていたレナが起きだした。うるさかったのかちょっと不機嫌そうだ。
「……んぅ。うるさい」
レナは目をほとんど閉じながら、黒髪の幼女に掴みがかった。
「のわー⁉ な、何なのだキサマはー⁉」
そして二人はベットから落ちてそのまま格闘し始めた。髪の毛を引っ張り合ったり、頬を引っ張ったり。
「……何なのだーは俺のセリフだな」
とりあえず自由になった手を使ってノアは起き上がった。それから、一先ず喧嘩? を止めることにした。
ベットから降りると、ノアはそこにあるはずの魔剣ルガーナが無くなっていることに気付いた。
(……いやいやいや、まさか、ね)
とりあえず喧嘩を止めたノア。二人をベットに座らせ、自分は用意した椅子に座る。レナは寝ぐせと取っ組み合いの影響で髪が爆発したみたいになっている。黒髪の幼女はそっぽを向いていて不機嫌そうだ。その頬は引っ張られた影響か赤くなっている。
「それで、さ。もう答えを言ってくれ。君が何者なのか」
ノアがそう切り出すと、調子を取り戻したように元気になった。
「……ククク、薄々分かっているのではないか、あるじよ?」
魔剣ルガーナ。以前、冒険者であるソフィに魔剣を視てもらったとき。
ーーこの魔剣には意思がある。
そう言っていたのをノアは思い出す。
「……魔剣ルガーナ」
「クハハハハハ! 流石は我があるじなのだ! それでこーー」
「--朝からうるさい」
隣にいたレナがそれを遮った。半開きの目で睨みつける。睡眠を邪魔したことによっぽど腹が立ったのだろうか。
「むむ、キサマこそ、この神工魔剣ルガーナ・スペル・ディス=クロウに対して、ブレイだぞ⁉」
思ったよりも名前が長かったことに驚いた。しかし、そうこうしている内にまた二人が喧嘩を始めようとしている。レナが対抗心というか、妙に突っかかっている気がする。それをノアは意外に思いながら、二人をなだめた。
「喧嘩はダメだって。とりあえず今日は王都に行く日だから、そろそろ準備しないとまずい。でもその前に、どうして人型になったのか、と魔剣の姿に戻れるのか。この二つを確認しておきたんだけど」
もしこのまま人型のままの場合は武器探しをしなければならない。そうなると王都で探すことになりそうだ。
「うむ。あるじよ。最もな質問だ。人型になれたのはあるじの魔力のおかげなのだ。まず、我を使いこなすには大量の負の感情を必要なのだ。あるじのそれは大変美味であったぞ?」
そこでルガーナは外見年齢にそぐわない蠱惑的な笑みを浮かべた。すると横目で見ていたレナがむすっと頬を膨らませた。邪魔しないのは今大事な話をしているからだろう。ノアは顎をしゃくって先を促した。
「そして目覚めた我にあるじは大量の魔力を注ぎ込んでくれた。戦闘で使う必要のなかった魔力を我は自身に貯めおいたのだ。それを使って実体を持たせたのだ」
「ふむふむ、なるほどね。じゃあ魔剣の形態には戻れるの?」
「うむ、すぐにでも戻れるぞ」
そう言うと、ルガーナの身体が粒子状に分解されて、それがノアの手に集まってくる。再構築されるとそこには魔剣ルガーナがある。
「おお! なんかすごいな。でも何でルガーナは人型になる必要があったの……?」
ノアが純粋に疑問にもったことを聞いてみると、再びルガーナは人型に戻って顔を俯かせた。
「……羨ましかったから」
「羨ましい……?」
何のことにたいして? そう思ったが、次の瞬間には抱き着かれた。
「う、うむ。我もこうして直にあるじに触れあってみたかったのだ。それで観察していると、あるじは幼子の姿の方が好きという結論になったのだ」
触れ合えるのはノアも嬉しいが。ノアは最後の方の言葉に顔が引きつるのを止められなかった。
「いや、ちょ、待て。幼子の姿の方が好きってどういうこと……?」
「そこの幼女にデレデレしていたではないか。その者にだけ、あるじは不自然に甘かったぞ」
そう言ってルガーナが指を差したのはレナ。そう言われたレナは照れたようにノアを見詰めた。上目遣いで、頬を薄ら染めて。
ノアは可愛いとは思ったが、それはデレデレしているというのか。どうなんだ。
「……そ、そんな、俺はロリコンなんだろうか……」
その呟きに答えるものは誰もいなかった。




