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魔王の後継者は英雄になる!  作者: 城之内
一章 聖王国からの刺客編
20/85

決着



 曇天に包まれた空の中、ラーム平野では一つの戦いが始まっていた。


 紅に光る斬撃が高速で閃き、怪物の長く伸びた爪と激突するたびに、大気を揺らす。その迫力はAランク冒険者でさえ、たどり着けない領域。


 Sランク級、いわば英雄級ともいわれる領域である。


 この戦いを見る者達は畏怖した。憧憬を抱く者がいた。魅入られる者がいた。


 ある一人は納得した。その者が持つ強さに。


 ある一人は危惧した。その者の右手の甲に輝く紋章に。


 それぞれの想いを胸に、この戦いを見守った。







*   *   *





先ほど抱いていた負の感情が、嘘のように無くなっている。ノアは右手に持つ【神器・魔剣ルガーナ】を握りしめて、漆黒の怪物を迎え撃った。


「グルァッ!」


「ふっ!」


 短く息を吐きだしながら、ノアの魔剣と人狼の怪物と化した『黒狼』の剛爪が激突した。魔剣の斬撃は、少しずつだが黒狼の爪を削っている。そのことに、ノアは満足しながら戦っていた。ノアには性能を確かめながらでも余裕があるのだ。


(……次は、と。英雄紋の力でーー)


「ーー<魔力支配(マジック・ルーラ)・黒装>」


 ノアは戦いながら、身体に纏っている漆黒の光を魔剣にも付与する。魔剣は、紅の刀身の外側が漆黒に染まり、中央部分は変わらずに血のように紅いままで。


 黒狼は、その禍々しく輝く刀身を見ても、臆することなく爪を振り下ろしてきた。ノアは、躱すのではなくあえて合わせるように、魔剣を振るった。


 先ほどと同じような一撃。しかし、結果は全く違うものとなった。魔剣ルガーナは、まるで抵抗なく黒狼の爪を斬りとって、そのまま胸元を斬り裂いたのだ。血が滴り落ちて、地面を汚す。


「グ、ガアアアアアアッ⁉」


 この結果にはノアでさえも驚いた。斬れ味がもの凄いなんてものじゃない。何でも斬れるのではないかと思ってしまうような、そんな斬れ味。


 しかし、動揺は一瞬、ノアは更に前に出て、黒狼の懐近くに入って止めを刺そうとしたが、人狼も、巨体を翻して避けようとしたがーー


「ーーグギギャアアアアアアァッ⁉」


 怪物の絶叫が辺りに響き渡った。それから、ドシャッと地面に落ちる音が聞こえてきた。それは毛におおわれた怪物の右腕。人狼の右手から、血が噴き出した。


 黒狼は後ろに飛びながら距離をとった。しかし、隷属の首輪には逆らえないのか、戦意はあるようだ。それでもノアは、目の前の人狼が、自分を見る目に脅えの感情が出てきているのを感じ取った。


「……グルルルル」


「理性が飛んでも、怖いという感情はあるのかな?」


 しかし、結局は近付かなければ、ノアは倒せないのだ。目の前の人狼の攻撃手段は近接戦闘によるものしかない。魔術も使わなければ、武闘技(スキル)も使っていない。確かに、黒狼の英雄紋は強力だ。人狼と化して、純粋な身体能力を底上げする。しかし、それだけではノアには勝てない。


「近付かなければ、俺は殺せないよ? 来たくなければ、俺から行くよーー」

 

 ノアは足元に魔術陣(マジックサークル)を展開する。


「ーー」<空間転移(テレポーテーション)>」


 ノアは人狼の背後に転移。そして、魔剣を三度振った。それだけで残っていた左手、右足、左足を斬り落とした。絶叫を響かせて怪物は倒れ伏した。真っ赤な血が噴き出して、地面に血が広がっていく。


 呼吸が浅くなってきている怪物は、もはや戦意があっても戦える身体ではない。ノアは近付き、人狼の首にはまった首輪を触った。


「……<魔力支配(マジック・ルーラ)>」


 ノアは隷属の首輪に登録された魔力を支配した。すると、人狼の巨体が人の身体に戻っていった。しかし、隷属の首輪が枯渇した魔力の分を生命力で代替していたためなのか。身体は痩せぼそって、肌も皺が目立つ。おまけにノアが斬り落とした四肢のおかげか、顔面が蒼白を通り越して白くなっている。


「……何か、言いたいことは……?」


 ノアは冷徹な瞳で見下ろした。


「……かはっ、ふぅ、ゴホッ、はぁ。まだ、俺に、そんな目、を、向けるか」


 息をするのも辛そうな黒狼に、ノアは表情を緩めずに答えた。


「当たり前だろ。お前は俺を殺そうとした。大切な者を奪おうとした。それでも、生かしているのは。お前にはまだ聞いておきたいことがあったからだよ」


 そこで、ノアは薄っすらと笑った。


「お前の主、枢機卿は聖王国のどこに行けば会える?」


「……く、く。ヴァレールは、碌な育て方を、しなかったらしいな……」


 ノアはその言葉を聞いて目を見開いた。


「……ヴァレールを知ってるの?」


「……俺の、家族を、殺したのは、あいつだ。あの男は、英雄紋を、探していた、のだ。ガハッゴホーー」


 むせるたびに口から血を吐きだしている『黒狼』。瞳が虚ろになってきており、死が近づいていることが分かる。


 ノアはそれを聞いて、ヴァレールが自分に最初に会ったときに、言った言葉を思いだしていた。そう、確かーー


『やっと見つけた』、と。


 そう言っていた。それでも、ノアは何も思わない。ヴァレールの目的が何かも知らない。それでもいい。ヴァレールは死んだのだ。そしてーー


 この男の想いにも気付いた気がした。


「……憎んでいるか? 俺の事を。お前は、俺の代わりに家族を失った、そう思っていたのかな?」


「……ああ、憎んで、いる。お前さえ、いなければ……」


 今にも死にそうな身体で、それでもその力ない瞳には増悪の感情が見えていた。しかし、ノアは表情を消して、


「不幸なのは、お前だけじゃない。それに、家族が死んだのはお前が弱かったから、そうだろう?」


 そう言って、ノアは魔剣を握る手に力を込めた。


「最後に聞くよ。枢機卿には、聖王国のどこに行けば会えるのか」


「……」


 『黒狼』は返事をせずに、ただ瞳を閉じた。それは、せめてものささやかな復讐なのだろうか。ノアは諦めたように、胸に魔剣を突き立てた。








*   *   *







 こうして、メルギスの街を襲った魔物達による突然の襲撃は幕を閉じた。それと同時に、王国に突然現れた、新たな英雄紋所持者の存在。それは王国にとって、新たに現れた英雄と同義である。噂は、加速度的に広まっていった。


 そして、その紋章の形が今まで見たどの英雄紋の形でもないことに、人々は噂話に花を咲かせた。




*   *   *






 戦後、軽度な負傷をした冒険者達は、討伐した魔物達の解体を行っていた。。どうやら、冒険者カードには自分が討伐した魔物の記録が残る仕組みになっているらしい。ただ、個体を判別する機能はないらしく、大きい個体は取り合いになっているが。


 また、負傷した冒険者達と騎士達はその場で手当てを受けていた。何やら緑色の液体を飲むと、傷が治っていくのだ。ノアはそれを不思議に思いながら、事情聴取を受けていた。事情聴取と言っても、その場での確認である。肩にはレナが乗っている。もはや指定席のようになっているなと思いながらも、ノアは安堵した。


 目の前には、厳格そうな男。領主のガレスとその背後には騎士二名を引き連れている。


「--と、言うことは、魔物達の襲撃は人為的なものだったということかね?」


「ええ。ま、俺にはどこの誰かは分かりませんが……」


 ノアは顔色一つ動かさずに、迫真の演技をしていた。


「ほう、そうか。分からないか」


 領主は瞳を細めてこちらを見たが、ノアはそれでも涼しい顔である。


「まあ、いいだろう。詳しいことは街に戻ってからにしておこう。それと、君が助けたというあの女性だが。君の願い通り、治療を進めている。今のところは従順だ。この戦いの功労者の言葉は守ろう」


「ありがとうございます」


 ノアは素直に礼を言った。


「……話は変わるが、最大の脅威を討伐してくれた君にはある仕事をしてもらおうと思う」


 一泊おいてから、ガレスはふっと笑った。初めて見た領主の笑みにノアは悪い予感がした。


「それは……どんな……?」


「着いてきたまえ」


 マントを翻してガレスは歩き出した。ノアは肩にいるレナと首を傾げながら、その背に着いていった。








 案内された場には、馬鹿でかい荷車が何台も用意されていた。戦場に行くというときに、こんな物を持ってきていたのかと思っていたら、顔に出ていたのか領主が苦笑した。


 どうやら領主の命によって、街に残っていた騎士達から持ってこさせた物らしい。


 そしてその荷車の上には、地竜の巨体、それとオーガロード。あとはケルベロスが乗っていた。Aランク級の魔物が三体。


「これが、どうしたんですか?」


「うむ、これを引きづって街に凱旋するのだが」


「凱旋? ですか」


 何のために、とそう思ったが、ノアは聞かないで置いた。街を治める領主には何かと面倒なことが多いのだろう。決して話が長くなりそうだからではない。


「君達にはこの魔物達の傍にいて、凱旋してもらいたいのだよ」


「……いや、何のために……?」


 ノアは思わず聞いてしまった。


「新たな英雄の誕生を祝して、だ。英雄紋とはそれだけ重要な存在なのだ。そして、君の肩に乗っているレナ君も英雄紋所持者。もちろん、監視をつけていた」


 ノアは面倒そうに顔をしかめたが、英雄紋を使わずに勝てたかと言われれば首を横に振らざるをえない。と、そこでノアは気付いた。レナに監視をつけていたと、堂々と今いったのは……。


「……レナ、気付いてた……?」


「…………全然」


 レナは首を横に振った。疲れたのか、ほとんど瞳を閉じたままであるが。


「もしかして……俺が襲撃されてたの分かってました……?」


「もちろんだとも。黒装束の者達。報告に来た者が言うには、暗殺者らしき集団だとか。まあ、詳しいことは街に帰ってからにしようという話だったな。話が逸れたが、この願い聞き入れてくれるな?」


 願いと言っても、領主の目は断ることを許さない、そんな目をしている。襲撃がバレているのなら、頃装束を着ていた『黒狼』の死体を領主に引き渡したのは間違いだった。


 ノアは諦めたようにため息を吐いた後、首を縦に振った。








 

 

 




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