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魔王の後継者は英雄になる!  作者: 城之内
一章 聖王国からの刺客編
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もう一つの決戦


エルマは、気配を隠して豪魔の森を移動していた。聖光教の闇、暗殺組織『星影』の中でトップクラスの実力を持つ黒狼。エルマは、この魔物達の襲撃が黒狼の仕業である事を確信していた。魔物は、魔獣種、巨人種などたくさんの種に分類分けされている。エルマも、この定義から言えば魔人種に分類されるため魔物という事になる。だが、それは人族が考えた境界線である。本当は多少、人族よりも基礎身体能力が高くて、魔力が多いだけの同じ人間なのだ。しかし、そうは思わない者もいる。そのために、魔人種は狩り尽くされ……。


聖王国に捕らわれた時。エルマは人ではなくなった。化け物と蔑まれて、奴隷として自由を奪われ。。自分を見る人間の瞳がたまらなく嫌だった。自分という存在がどんどん薄くなっている気がした。身を守るために、強さを身につけ、感情を排して、命令のままに動く機械のようにならないと毎日を生きられない。


しかし、人として再び世界を見れた。


隷属の首輪を外してくれた、不思議な少年。エルマには、ノアという人間がとても自由に生きているように見えた。エルマとは違う。確固とした、自分という存在が確立されているような。そんな存在は、今のエルマにはまぶしく思えた。


 だから、恩返しがしたいのだ。汚れ切った自分は、このくらいしか役立てないと思うから。


 エルマはノアからもらった疾風の衣を身にまとい、黒狼がいると思われる森を探索している。標的がノアならば、必ず近くで魔物達との戦闘を見ているはずだ。気配を消して、足音を消し、姿まで消えて、無音の暗殺者(サイレントキラー)になる。自身の感覚も鋭敏になってくる。


 すると、薄暗い森の中で魔物以外の気配を感じた。そこを目指して、慎重に近付いていく。黒狼は自分が生きていることを知っているのだ。何故かはわからないが、彼も英雄紋を持っているのは確かだ。任務で何度か一緒になったことはあるが、一緒に行動したことはないため、能力は分からない。


 大木の陰から、こっそり覗き見ると倒れている木に座った黒装束の男の姿があった。狼を模した仮面に、様々な暗器を中に仕込んでいる黒い外套、顔を俯かせて、手を組んで座っている。不気味なのは、この場所が不自然なほど静かだということだ。ノア達が戦っている戦闘音がはっきりと伝わってくるように、無音と言ってもいい。


 その時、俯いていた顔を上げてこちらを見た。仮面の下から覘く悪意に満ちた瞳がこちらを捉えた。それを認識した瞬間、エルマは動いた。装備通り、疾風の敏捷をもってナイフをひらめかせた。しかしーー


「ーー来ると思っていた、化け物が」


 エルマのナイフは、黒狼の()によって受け止められていた。不自然に長く伸びた剣のように鋭い爪だ。一瞬の動揺を捨てて、エルマはその場から離脱した。次の瞬間、風を斬りさく音が聞こえた。エルマの瞳でもギリギリ見えるかどうか。


「……躱したか。やはり、少しはやるようだな」


 エルマは透明化の能力を解いて姿を現した。それから、相変わらずの無表情で尋ねた。


「それがあなたの英雄紋の能力なのですか?」


「答えると思うか、化け物が。それよりも何だそれは……?」


 黒狼の視線がエルマの瞳に向く。正確には、妖魔族の特徴である縦長の瞳孔を隠している魔道具(マジックアイテム)光彩眼鏡(ラスターレンズ)へと。


「クゥハハハハハハハハハハッ‼ おいおいおい! 化け物が‼ 人間にでもなったつもりかぁ⁉ ククッ面白すぎるなぁ」


 悪意ある哄笑が、静かな森に響き渡った。それに対して、エルマのレンズ越しの瞳は冷徹な色を浮かべていた。


「……よく喋りますね、黒狼」


「気安く呼ぶなクズが‼ ふぅ……お前は人の世界では生きていけない。例え、誰かに認められてたとしても変わらない。お前の居場所は王国にもない」


 息を落ち着かせて、仮面の下からエルマを見る瞳は暗く濁っていた。エルマは黒狼の過去なんて知らない。それでも何かあったんだろうと想像するのは難しくなかった。しかし、そんなことはエルマには関係ないし、どうでもいいことだ。それに、そんなことは言われなくてもわかっている。


「……本当によく喋る。私がどう生きようとあなたには関係ないでしょう。それとも、隷属の首輪を外された私が、羨ましいのですか?」


 そう尋ねた瞬間、黒狼から凄まじい殺気が放たれた。


「調子に乗っているな。人類がお前たち魔人種を滅ぼした力を、もう忘れたのか……?」


 そう言って、黒狼は両手の爪をさらに伸ばした。そして足を踏み出したと思ったら、既にエルマの目の前にいて、振りかぶった爪がキラリと光り、うっすらと斬撃が見えてーー


「遅いなあ、化け物がッ!」


 超速の斬撃を両手に持ったナイフで辛うじて受け止めた。エルマは自分から後ろに飛びながら、衝撃を和らげた。そしてそのまま木の陰に隠れた。木の影を利用して、撹乱しながら時々ナイフを投げていく。しかし、黒狼はそれさえ爪で弾き飛ばして、豪魔の森の太い木々をいともたやすく切り裂いていく。


 エルマは、正直、黒狼の近接戦闘がここまで強いとは思っていなかった。透明化を見破られている以上、透明化しても魔力を無駄に使うだけだ。元々、【魔人種】である妖魔族は、人族よりも基礎身体能力が高いだけで、他の【魔人種】よりも低い方なのだ。それを補っているのが、高い魔力量なのだが、強化して戦っているのも関わらず、近接戦闘では分が悪い。


「無駄だ。お前たち魔物にはない英雄紋。これこそが、お前達【魔人種】が人類ではない証。英雄に与えられたこの力で、魔人種は滅びに追いやられた。身体能力で勝ろうが、多少魔力量が多かろうが全て無駄だ」


「……どうやら、わかっていないようですね」


 そう、わかっていない。黒狼はわかっていないのだ。魔人種に英雄紋(そんな力)なんていらないことを。”魔王”に率いられた古代の時代。原初の英雄にして最強の英雄、”勇者”を要する人類を、あと一歩の所まで追い詰めたのは【魔人種】の力があってこそ。バラバラになった魔人種は英雄紋の力に屈したわけではない。ただの数の暴力で滅んだのだ。


 他の魔人種よりも身体能力で劣る妖魔族は、その分、特殊な能力を持っている。それは武闘技(スキル)の枠組みを超えた力。妖魔族では、この力を【妖術】と呼んでいた。例えばエルマの透明化。普通の武闘技(スキル)とは一線を画す力だ。


「わかっていないだと……? 何がだ……? 何か秘策でもあるなら早くした方がいい」


 嘲笑うかのように、黒狼はゆっくりととした足取りで近付いてくる。エルマも木の陰から背を離して、隠れるのを止めた。木の陰から出て、正面から黒狼を見据える。妖術の一つ、透明化は黒狼に見破られた。しかし、エルマには()()()()、妖術がある。


 エルマは自然体で歩き出した。斬ってくださいとでもいうかのように、無防備な姿。それを見て、黒狼は仮面の下で瞳を細めて、警戒を強めたのか腰を深く落とした。


 そして、限界に達した黒狼がついに動いた。身体能力が高い獣人種の中でも、敏捷ではトップクラスの狼人(ウェアウルフ)である黒狼の一撃。それも英雄紋の力によって更に高められた超速の一撃。しかしーー


「な、何ッ⁉」


 先程、黒狼の一撃をギリギリ反応していたエルマが、今度は簡単に避けた。身体をほんの少し捻っただけ。まるでどこに攻撃してくるのか、あらかじめ知っていたような避け方である。最小限の動きで爪撃を躱したエルマは、攻勢に移る。右手に持ったナイフで黒狼の胸部を一閃。


 しかし動揺も一瞬、黒狼も身体を引いて、深手は回避した。が、地面に鮮血が飛び散る。胸の位置の服に、斬れ筋が入っている。そこから、血がしたたり落ちた。


「驚いた。だが、身体能力自体は変わっていないな」


 エルマが使った妖術・<身勝手な感覚(オーバースローセンス)>。簡単に言えば、体幹時間を何十倍にも、引き伸ばす能力である。一秒が体感では何十秒にも感じるこの能力では、敵の動きがよく観察することができる。


 しかし、デメリットも存在する。著しく魔力を消耗するのだ。それに、普段、任務ではエルマはこの能力をほとんど使っていなかったため、更に厳しい。


 エルマは血が付いたナイフを振るって、血を落とした。


「英雄紋などなくても、あなた程度、敵ではありません」


「敵ではない、だと……? 俺はまだ本気も出していないのだぞッ! 」


 仮面の下で、黒狼が嗤った気配を感じた。そして黒狼は、懐から桃色の液体が入った小瓶を取り出して、地面に叩きつけた。エルマは悪寒がして、黒狼の胸にナイフを突き立てようとしたが、体幹時間が引き伸ばされた世界で視界に何かが映った。どこに潜んでいたのか、それはCランク級の魔物である人喰い狼(マーダーウルフ)である。


 噛みつこうと突っ込んでくる狼に、エルマは進行方向を計算してナイフを置いた。それだけで勝手に人喰い狼(マーダーウルフ)が真っ二つになっていく。そしてすぐに黒狼へと眼を向けたがーー


 ボコ、ボコッと音を立てて、黒狼の姿が変異していた。身体が一回りも二回りも大きくなっている。体毛が濃くなり、漆黒毛並みは艶を放ち。顔からは仮面が取れたが、その顔は好戦的な狼の顔。禍々しい赤目をしていて、口元からは鋭い牙が覗く。その姿は人型の巨大な人狼である。しかし、耳と尻尾がない歪な姿だが。


 更に、地面で割れた小瓶に入っていた液体が蒸発して、森の空気に溶け込んだ。すると、急に魔物達の雄たけびの声が聞こえてくる。しかも、その咆哮は、段々と近付いてきているようだ。


「さあ、始めるか、ノアを殺す前のウォーミングアップだ。英雄紋の力を存分に見せてやる」


 一段階、低くなった声で人狼が言った。


 その姿は英雄というよりも、化け物である。


 エルマは、ノアの命令、交戦するなという言葉を守らなかった。それでも、後悔はしていない。申し訳ない気持ちはあるが、それでもこの敵の体力を少しでも削っておくのだ。


 多くの魔物達と巨大な人狼に囲まれて、エルマは強く唇を噛んだ。




 



 

 



 












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