協力者
暗闇の中、二人の武器が重なり火花を散らす。
場所は冒険者ギルドの演習場。街の外に転移するという選択肢もあったが、遠いと魔力消費が激しいのだ。
ノアは身体能力を魔力で最大限強化して戦っているが、今のところ一撃も当たらない。敵は隙をみては逃げようとするが、ノアは逃がさない。
「--悪いけど、このまま逃がすのは面倒なんでね」
「………」
ノアは空間収納から剣を取り出して、戦っている。流石にこの相手には徒手空拳では負ける。それほどの相手である。
無言の暗殺者は、ノアの剣戟を両手に持ったナイフでさばいていく。簡易的な魔術が施された剣、魔術剣の能力は【斬れ味上昇】。しかし、何度も受け止めているはずの暗殺者の持つナイフには、傷一つついていない。
剣とナイフが交差するたびに火花が散って、闇を照らす。ノアの剣技は誰かに習ったように行儀のいいものではないが、その鋭さは並みの剣士を凌ぐ。
ノアの右切り上げを暗殺者はナイフで止め、鍔迫り合いをしつつノアは身体の力を一瞬抜き、状態が前のめりになった相手の胴を蹴りつけた。が、相手はそのままの状態で背をかがめて蹴りを躱した。並みの者なら視ることすらできない高速戦闘。
ノアは程よい緊張感と高揚感に胸が躍った。自然と口元が緩み、弧を描く。
そんな時、暗殺者が攻勢にでた。深夜の暗闇に、身体が溶け込んだ。今までいたはずのその場所には何もいない。気配も感じ取れない。
(……と、透明になった……?武闘技か⁉これは……)
このままではまずいということが直感で分かった。ノアはある魔術を発動させる。
「<空間裂>」
ノアは剣を持つ右手とは逆の手の五指の先に、魔術陣を展開して腕を薙ぎ払った。空間が裂けるということは、その空間に存在している物質も一緒に裂けるのだ。魔力を多く注ぎ込んだ魔術は、演習場の壁にまで達してしまい、演習場が揺れた。
えぐり取られたような五本の傷が大きく残った演習場の壁を見て、ノアは顔をしかめた。魔力で目を強化して視ると、地面には血の一滴もない。
「……もしかして、逃げた……?」
深夜の演習場はひどく静かだったが、ノアは警戒を解かない。無音、無臭で身体が透明になり、気配を完全に消せる相手。
<武闘技・五感強化・聴力>。聴力を強化して、ナイフのわずかな風切り音を聞き取ろうとする。身体から発せる音は消せるが、武器の音までは消せない。ノアは今までの戦闘によって、そのことに気付いていた。
強化された聴力によって、振り下ろされたナイフの音を聞いたノアは、わざと反応せずにナイフの一撃を受けた。背後からの一撃をわずかに身体をずらし、心臓から少し離れた位置に傷を受けるが、
「--ふッ」
短く息を吐き、反転しながらノアは暗殺者の首を狙った斬撃を放つ。首を狙った一刀は、暗殺者が素早くナイフから手を引いて、後ろに飛びながら躱した。が、
「それは、隷属の首輪……?ハァ、がっかりだなぁ…。せっかく面白かったのに、そんな物をつけて戦ってたのか」
ノアの剣は、首には届かなかったが、首元を隠すマフラーを切り裂いていた。露になった物を見て、ノアは背中にあるナイフを無造作に引き抜きながら、その楽しそうな笑みをひっこめた。暗殺者は一本になったナイフを構えて、首元に触れた。それは人に見られたくないというような、恥ずかしむそんなしぐさ。
急に冷めてしまった。相手は強制されて戦っていたのだ。しかし、ここで殺すのは惜しいとも思った。それはかつての自分と同じ境遇の暗殺者に同情したためかもしれない。それに隷属の首輪を外せば、この暗殺者が自分を狙った理由が分かる。ノアは、英雄紋の能力を使うことを決めた。
「止めよう。そんな物をしていたら、面白くない。君だって楽しくないだろう?」
身体の力を完全に抜き、ノアは剣を空間収納にしまう。それを見た暗殺者は仮面の下で、ほんのわずかに戸惑う気配を見せた。ノアはその一瞬の緩みを狙い、右の手の甲にある英雄紋へ魔力を流した。
「<魔力支配・黒装>」
漆黒のオーラがノアの全身を包む。そして、そのオーラが形となって、闇を凝縮したような漆黒のコートになる。英雄紋の力に、暗殺者が動揺する気配を感じた。警戒を強め、腰を深く落としたがーー
ノアは一瞬で距離を詰めて、暗殺者の首にはまっている隷属の首輪に触れた。隷属の首輪に登録された魔力を支配。そして、隷属の首輪を引きちぎった。ノアは手を下ろし、しっかりと暗殺者を見た。
「これで、自由に喋れるだろ?」
暗殺者は自身の首元に触れ、
「……驚きました。隷属の首輪を外せる者がいるとは」
高くて、澄んだ綺麗な女性の声。驚きましたという割に、声に動揺は見られない。やはり、彼女も他の暗殺者と同じ、人形のような無機質な者なのだろうか。
「悪いけど協力してもらいたいんだ」
仮面をつけた暗殺者は、少しの間をおいて答えた。
「……分かりました。私に出来ることであれば、喜んで協力させていただきます」
その返答を聞いてノアは安心したように、肩の力を抜いた。
長い夜はまだ終わらない。ノアは女暗殺者と共に、深夜の街を歩きながら話していた。宿屋ではレナが寝ているということもあって、都合が悪いためである。
そして、今回の暗殺の発端となったのが、聖騎士団長であるレノスと互角だった、ということから危険と判断されたことが原因らしい。ノアはそれを聞いていつか勇者殺すと誓った。
「ーーで、その聖光教?っていう宗教の偉い人が君達を差し向けたと?」
「はい、三名しかいない枢機卿の地位にある男、エストビオ・アース・ユルングです」
ふーむ、と考え込むノア。
「君に隷属の首輪をつけたのもその男?」
「はい」
ノアは、仮面の下がどんな顔をしているか気になった。なぜなら自分を縛っていた男に対して、怒りや憎しみ、そういった負の感情が感じ取れなかったから。かといって正の感情も感じ取れないが。
「それで、君以外にもまだ暗殺者がいると……?」
「はい。腕利きが一人。『星影』と呼ばれる暗殺組織の中で、トップクラスの実力を持っています。コードネームは『黒狼』」
暗殺者は短く返答するだけで、ノアの方を一度も見ない。ノアはとしては、聞きたいことは聞いた。今回の襲撃の顛末については理解した。しかし、彼女自身のことは、まだ何も聞いていない。ノアはこの協力者に興味を持っていた。
「……仮面、取らないの……?」
「とってほしいのですか?」
「まあね。俺は夜目もきくから、その不気味な仮面はとってくれるとありがたい。ま、でもどうしても嫌なら別にーー」
わかりました、そう言って彼女はあっさりと仮面を取った。まず目についたのは、翡翠色の綺麗な髪。次にとんでもなく整った美貌。目は切れ長で、どこか冷たい印象を与える。そして、人族にはない特徴があり、ノアは目を見開いた。
「…亜人種……?」
耳が長く、瞳孔も縦長。ノアは今までこの特徴をもつ亜人種を見たことがなかった。
「……違います。私は魔物に定義される【魔人種】、妖魔族です」
ノアはへー、と感心したように見た。ノアは魔人種と会ったのは初めて。自分の本当の両親もどっちかが魔人種だったらしいため、ノアは改めてじっくりと見た。
(……それにしても、美しいな……。レナも成長したら同じくらい綺麗になるだろうな)
ノアの負の感情を含まない視線に、妖魔族の女性は少しだけ戸惑ったようにノアを見詰めた。
「……おかしな人。私を見ても、何とも思わないなんて……」
ノアはどういう意味か分からなかった。
「いや、だって俺、魔物の友達いるし」
そう言ったノアを見て、美貌の妖魔族は無表情を初めて崩した。ほんの少しだけ、目を見開いた。
「……そう、ですか……」
そんなことより、と言って、ノアは両手を頭の後ろで組んで尋ねた。
「君の名前、教えてよ」
美貌の妖魔族は俯きながら、小さな声で答えてくれた。
「……エルマ、と言います」
ノアは俯いたままの女性を横目に、静かに笑った。
「そう。エルマ、じゃあ、もう一人の暗殺者の居場所とか分かる?」
「いえ、元々は私が失敗したら戻る計画でした。彼の居場所は分かりません。ですがーー」
一度、言葉を区切って、エルマは黒装束の上着から青色の小さな宝石を取り出した。
「この魔術石によって、連絡を取る予定でした」
魔術石、それは魔術を込められる特殊な石のことである。
(どういう原理で連絡を取れるんだろ…?空間系魔術かな……?いや、元素系の風を使って……?)
「ま、いいか。じゃ、それ貸してよ」
「…いいですが、私は始末されたと判断された可能性があります。連絡しても、でないこともあるかと」
そう言いつつ、エルマが手渡してきた魔術石を受け取り、ノアは躊躇いなくそれに魔力を流した。
「ーーもしもーし?聞こえてますー? 刺客は全て始末したので。それと、めんどいんで早く殺しに来てもらえます?さっさと終わらせたいんで」
ノアは舐め腐った言葉を投げかけた。魔術石はわずかに光を放ちながら、沈黙している。しばらく待っていると、低い声が聞こえてきた。
『……貴様がノアか。どうやら勇者と互角だったのは本当らしい。だが、俺はお前を殺す手段などいくらでも持っている。そして、聞こえているか化け物。あまり俺を舐めるな。どうやって裏切ったのか知らんが、お前も始末する。まとめて、な』
その言葉を最後に、魔術石から光が失われた。
「いくらでも殺す手段を持ってるなら、自分で殺しに来いよ。なんなんすかね、この人」
ノアの楽観的な態度を、横目で見ていたエルマがほんのわずかに口角をあげた。それを見たノアは目を見開いて、思わず足を止めてしまった。足を止めたノアに、エルマは後ろを振り返って、
「あなたは……強い人ですね」
月光に照らされた彼女は幻想的な美しさを帯びており、うっすらと優しく笑ったその姿は、神々しかった。その姿をみて、思わずノアの胸はドキッと高鳴った。頬が熱くなるのが分かる。
「……ま、まあ、この六年間はそれなりに修行してたから、ね」
照れ隠しに、ノアは足を速めてエルマに追いついた。
「君は宿に来てよ。その『黒狼』っていう人が、なんか企んでるかもしれないし」
しかし、エルマは首を縦に振らなかった。
「……人族にこの瞳を見られれば、面倒なことになります」
「大丈夫だって。俺に任せてよ」
ノアは空間収納に入ってある魔道具を取り出した。眼鏡型の魔道具、【光彩眼鏡】。これを掛けると、瞳の色や形が変化するという変装に使える魔道具である。
ノアはそれを手渡した。効果を説明して、掛けさせる。
「…………」
エルマが眼鏡を受け取り、掛けると瞳の色が変わった。普通の人族と同じような碧眼に変化した。眼鏡をかけたまま、無表情でノアを見詰めている。
「え、いや、似合ってるよ」
困ったように、ノアは視線をそらしながら答えた。
「そうですか」
それだけ言って、エルマはノアから視線をそらした。ノアの観察眼ではエルマの表情の変化に気付けなかったが。
「それと、その服。怪しさしかないその服装を変えよう」
ノアが持っている服は非常に少ないし、当たり前だが自分の分しか持っていない。しかし、魔道具の服は、ヴァレールの研究所から何着か持ってきていた。
エルマの返答を聞かずに、ノアは空間収納に手を入れ、魔道具・服と念じる。
深紅のローブ、『紅蓮套』。
銀色に輝く全身鎧、『聖銀鎧
芸術品のような精巧な刺繍が縫われた、『破魔の法衣』
そして、エルマの髪色と同じ色の、翡翠色をした鮮やかな軽装の服。『疾風の衣』
ノアはこの内、鎧は亜空間に戻すことにした。彼女には合わない装備だし、何よりゲイルと間違えそうだ。ヴァレールが使わない装備を研究所に置いていたのは何故なのか。ノアは少し気になったが、ヴァレールを殺した以上、どうでもいいことだ。
エルマは次々と亜空間から取り出される魔道具を見て、無表情で、
「……驚きました。これらは相当高価な装備です」
「いや、驚いたなら顔も相応の表情をしようよ」
ノアとしては『疾風の衣』一択だったが、それはエルマが決めることだ。ノアは三着の装備をエルマに手渡した。
「宿に着くまで、決めといてね」
「わかりました」
静かに了解を告げる声を聞いて、ノアはふう、と大きく息を吐いた。そして二人は並んで歩き始めた




