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悪役令嬢は優雅に微笑む  作者: 篠原 皐月
第3章 悪役令嬢の真実

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(23)探り合い

 リロイとネシーナの挙式後は、披露宴に参加する招待客が続々とキャレイド公爵邸に集まってきた。大広間が次第に喧噪に満ちてくる中、予定時刻になる。そしてランタスとリロイの挨拶によって、無事に披露宴が開催された。


(婚約披露の場でもあからさまではあったけれど、今日もジベトス伯爵とバルナック伯爵の動きが露骨すぎるわね。一応、今日はユージン殿下とゼクター殿下の名代という立場だから、変に他人の反感を買うような真似は謹むとは思うけれど)

 新郎の妹として当初はリロイの側に控えていたものの、大方の招待客との挨拶を済ませたマグダレーナは、両親や兄夫婦とは少し離れて冷静に周囲の観察をしていた。すると、壁際で所在なげにしているマテルに気がつく。


(先程、お兄様達に挨拶と祝福の口上を述べに出向いた時も、緊張からか疲労感を漂わせておられたのよね……。無理もありませんけど。この際ですし、少し突っ込んだお話をしてみましょうか)

 そこまで考えたマグダレーナは、真っ直ぐマテルに向かっていった。


「マテル様、ご無沙汰しております。街での散策中にお目にかかって以来ですわね。楽しんでいただけていますか?」

 マグダレーナがさりげなく声をかけると、振り向いたマテルは神妙に一礼した。


「これはマグダレーナ様。丁寧なご挨拶、痛み入ります。私には少々場違いな場所で、お見苦しいところがあると思いますがご容赦ください」

「そんなことはありません。エルネスト殿下の名代として、立派にお役目を果たしておられると思いましたが」

「……ありがとうございます」

 主役である兄夫婦や両親に挨拶した時、マテルの所作と口上がきちんと礼儀に則っているのをマグダレーナは目の当たりにしており、本心からの言葉だった。しかしマテルは社交辞令と受け取ったのか、微妙な表情で軽く頭を下げる。マグダレーナは、相手が積極的に会話する気が無いのを察知したが、遠慮無く話を続けた。


「ノイエル男爵邸からの帰途でエルネスト殿下と共にお目にかかったとき、どなたかのお見舞いと殿下が仰っておられたかと。もしかしてマテル様のご家族の体調が良くなかったのでしょうか? 街でお会いした時、妹さんに買い物を頼まれて来店したとか仰っておられたかと思いますが、妹さんの体調が優れないのですか?」

 マグダレーナは、自分でも少々踏み込みすぎたかと思いながら尋ねてみた。それを聞いたマテルは一瞬迷う素振りを見せたものの、淡々とそれに応じる。


「妹は元気です。街でお会いした時は出産直後で、色々手が回らなくて買い出しを頼まれたのです。昨年から体調を崩しているのは母でして、この前はわざわざ見舞いに行くと仰ったものですから」

「まあ、そうでしたの。それは心配ですわね」

「苦労して私達を育ててくれましたから、私が官吏になって何とか楽に暮らしていけるようになったら、安心してしまったのかもしれません。妹も結婚して、気が緩んだのでしょうね」

「お父様は?」

「私が子どもの頃に、生まれたばかりの弟と前後して流行病で亡くなりました。それで母が主家のトラヴィス子爵に相談した際、殿下の乳母役に推挙されたのです」

 ここで彼の母親が未亡人だと聞いていたのを思い出したマグダレーナは、神妙に謝罪の言葉を口にした。


「そうでしたわね……。すっかり失念しておりました。誠に申し訳ありません」

 そんな彼女を、マテルが苦笑しながら宥める。


「お気になさらず。末端貴族の分家出身である一官吏の家族構成など、知っている方がおかしいですよ。どこからお耳に入ったのですか?」

「兄が、エルネスト殿下の乳兄弟であるあなたについて、簡単に語ってくれたことがございます。兄はああ見えて、物事を記憶したり洞察する能力に優れていますの。身内の欲目と言ってしまえば、それまでなのですが」

「いえ、街で遭遇した時もそうですが、確かに直にお話ししてみて見識が深いと感じる事がありました。ご本人は、周囲にはそうと悟らせないようにしているとお見受けしましたが」

 率直な感想を述べているらしいマテルに対し、マグダレーナは興味をそそられた。


(お兄様をそんな風に疑うというか、お調子者で頼り甲斐がない擬態が効かない人はそれほど存在しないのに。それほど才気走った感じはしないけど、なかなか見所がある方なのかもしれないわ)

 密かに考えを巡らせたマグダレーナは、もう少し踏み込んだ話をしてみることにした。


「マテル様にお伺いしたい事があるのですが」

「何でしょうか?」

「エルネスト殿下に付き従っておられるのは、単に乳兄弟の関係からですか? 自分に便宜を図ってくれる人物がいて、その方が殿下と離れるように指示したらどうなさるのかしら?」

 それを聞いたマテルは当初呆気に取られ、次に不快そうに僅かに顔を歪めたものの、何を思ったのかすぐに苦笑の表情になって口を開いた。


「マグダレーナ様は、随分遠慮無くものをお尋ねになるのですね。殿下からクレランス学園入学以来のあれこれを聞かされていますが、想像以上に破天荒な方のようです」

 それを聞いたマグダレーナは、不審そうに尋ね返す。


「一体殿下は、あなたに何をお話になったのですか?」

「それは、まあ……、色々、ですか? ご苦労が多い方だなぁと、密かに同情しておりました。申し訳ありません。それらを思い出してしまいまして……」

 そう口にしたきりマテルは片手で口を押さえ、笑いを堪える態勢になった。それを目の当たりにしたマグダレーナのこめかみに、淑女に似つかわしくない青筋が浮かび上がる。


(殿下……、あなたは実際以上に話を盛って、乳兄弟に面白おかしく話したわけではありませんよね!? 万が一そうでしたら、絶対に許しませんわよ!!)

 内心の怒りをなんとか抑え込み、マグダレーナは話を元に戻した。





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