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悪役令嬢は優雅に微笑む  作者: 篠原 皐月
第3章 悪役令嬢の真実

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(21)冷え切った空気

「エルネスト殿下、ごきげんよう」

「ああ、マグダレーナ嬢。二日ぶりだね。元気そうでなにより」

 笑顔で言葉を返したエルネストに、(嫌味のつもり?)とマグダレーナは内心で苛ついたが、表には出さずに妹達を振り返った。


「ミレディア、エルシラ。殿下にご挨拶なさい」

 それを受けて、まずミレディアが動き出す。


「エルネスト殿下には、初めてお目にかかります。ミレディア・ヴァン・キャレイドです。お見知りおきください」

「初めまして、ミレディア嬢」

 一歩前に出て恭しく一礼したミレディアにも、エルネストは優しく微笑んでみせた。続いてエルシラが、姉と同様に神妙に挨拶をする。


「エルシラ・ヴァン・キャレイドと申します。お目にかかれて光栄です」

「こちらこそよろしく。今日は兄妹揃ってお出かけですか?」

 エルシラに微笑んでから、エルネストはリロイに視線を戻して尋ねた。


「ええ。私の婚約者の屋敷に、妹達を同伴して出向いた帰りです。幸いなことに、向こうの家族とは家族ぐるみで親交を深めております」

「それは何よりですね。家族仲が良いのは羨ましいです」

「…………」

 実にしみじみとした口調で、エルネストが感想を述べた。そんな彼の事情をマグダレーナ達は勿論知っており、揃って思わず口を噤む。


(確かに異母兄どころか、実の両親も揃ってろくでもない方々だものね。さすがにエルシラも空気を読んで、余計なことを口走ったりしないで良かったわ)

 神妙にしているエルシラを横目で見ながら、マグダレーナは胸を撫で下ろした。するとエルネストの様子を伺っていたエルシラが、唐突に問いを発する。


「殿下にお尋ねしても良いですか?」

「はい、エルシラ嬢。何でしょうか?」

「お知り合いのお見舞いだからお供を付けないで簡素な服装だと仰っておられましたが、普段は大勢引き連れて、馬車も立派な物を使うのですか?」

 真顔でそんなことをエルシラが尋ねたため、姉たちは慌てて制止しようとした。


「エルシラ! あなた何を言っているの!?」

「そんなこと、聞かなくても良いでしょう!?」

「だって、街でユージン殿下を見た事があるのだけど、立派な馬車で何人も人を付き従えていたから。エルネスト殿下も普通はそうなのかと思って」

 姉達に不思議そうに言葉を返すエルシラを見て、エルネストは意外そうな顔になって何回か瞬きした。しかしすぐに笑みを深めながら、その問いに答える。


「元々、仰々しく人を引き連れて歩くのは、あまり好きではないんだ。だから普段でもユージン兄上のようには出歩かないかな」

「そうなのですね。でも、あまり質素すぎると、王族としての威厳が足りないと思いますが」

「足りなくても別に問題は無いよ。別に、不自由はしていないからね」

「そうなのですか? 王妃様は気になさらないのですか?」

「エルシラ! もう黙りなさい!」

 不思議そうに問いを重ねる妹を、マグダレーナが叱りつけた。そこでエルネストが僅かに眉根を寄せながら、冷ややかな笑みを浮かべる。


「あの人は気にしないだろうね。大事なのは自分だけだから」

「…………」

 エルネストの即答っぷりと冷徹な声音に、その場に再び沈黙が漂った。そこでリロイが、冷静に断りを入れる。


「エルネスト殿下。お引き留めして申し訳ありません。我々はこれで失礼します」

「ああ。それでは私達も失礼するよ」

 何事もなかったかのようにエルネストは笑顔で挨拶を返し、馬を進めていった。この間のやり取りをハラハラしながら見守っていたらしいマテルも、リロイ達に馬上から軽く頭を下げて主の後を追う。二人を見送ってから、リロイが妹達に向き直った。


「さて、それでは私達も帰ろうか」

 それにマグダレーナが溜め息交じりに応じる。


「そうですね……。それにしてもエルシラ。いきなり失礼な事を殿下に尋ねないで頂戴」

 マグダレーナが苦言を呈したが、エルシラは怪訝な顔で尋ね返した。


「でも、王族が周囲より見劣りするのって、拙いのではないの? どうして王妃様が、エルネスト殿下を気にしないの? 殿下は王妃様がお生みになったのでしょう?」

「それは、色々と事情があるのよ」

「どんな事情があるの?」

 実の母親が子どもに対して関心が無いというのはエルシラにとっては理解できない状況らしく、控え目ながら食い下がった。マグダレーナがどう説明しようかと困惑していると、リロイが口を挟んでくる。


「先程、エルネスト殿下が言っていたように、王妃陛下は自分の事が一番大事で、自分を崇め称えてくれる者や自分を引き立ててくれる者にしか、関心を向けない方だからね」

「どうしてそんなことが分かるの? お兄様だって、エルネスト殿下と王妃様の実際の様子を、直にみたわけではないのでしょう?」

「昔、エルネスト殿下の側付きにならないかと、勧誘されたことがあってね。キャレイド公爵家を取り込みたいという思惑から、その話が出たのだろうが」

 その告白に、マグダレーナは本気で驚いた。


「そんなことがあったのですか? 全く存じませんでした」

「その時に直にやり取りしたのだが、この女性ひととは完全に馬が合わないと思ったよ。それでろくでもない自堕落な令息を演じて、しっかりきっぱり断った。対外的には、向こうから断らせたのだがね」

「……演じて」

「お兄様が馬が合わないと、そこまで断言するなんて」

「誰にでも適当に合わせるお兄様が?」

 普段八方美人の兄が、そこまで毛嫌いするような何が対面時にあったのかと、マグダレーナ達は思わず顔を見合わせた。疑問に思ったものの、それを素直に教えてくれる兄ではないのも理解しており、マグダレーナは話を終わらせることにする。


「エルシラ、エルネスト殿下に挨拶もできたし、もう良いでしょう。お兄様、帰りましょう」

「そうだね。馬車に乗ろうか」

 そこで四人は元通り馬車に乗り込み、微妙な空気を漂わせたまま屋敷へと戻っていった。






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