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悪役令嬢は優雅に微笑む  作者: 篠原 皐月
第3章 悪役令嬢の真実

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(20)予想外の遭遇

 イムランとディグレスとの茶会を終えたマグダレーナ達は、彼らとは時間差で出るために、最初に馬車に乗り込んでノイエル男爵邸を離れた。リロイと並んで、進行方向に背を向けて座席に収まったマグダレーナは、窓の外を眺めながら深い溜息を吐く。


(疲れた……、今日は一体、何だったのかしら……)

 お茶会での会話を思い返し、彼女の疲労感が倍増していく。そんな妹に、リロイがわざとらしい笑顔で尋ねた。


「マグダレーナ、どうかしたのかい? 随分疲れているようだが」

「何でもありませんわ」

(半分以上はお兄様のせいですから! でもあとは屋敷に戻るだけだし、もう少しの辛抱よ。部屋に戻ったら、誰が何と言おうと夕食までソファーで寝ているから!)

 兄に素っ気なく言葉を返したマグダレーナは、夕食の時間までぐだぐだ過ごすのを密かに決意していた。すると再び窓の外に視線を移したリロイが、意外そうに呟く。


「あれ? こんな所で珍しいな……」

 その声に、マグダレーナは反射的に問い返した。


「どうかしましたか?」

「さっき、エルネスト殿下を追い越した」

「はい!?」

 どうしてこんな所でその名前を聞くのかと、マグダレーナは本気で狼狽した声を上げた。その様子に、向かい側に座って会話していたミレディアとエルシラが、興味深そうな視線を向ける。姉妹が揃ってリロイを凝視する中、彼は窓の外に視線を向けたまま独り言のように告げた。


「そういえば……、殿下の乳母が、トラヴィス子爵家の分家の未亡人だったな。もう役目を退いているが、王族の乳母まで務めた女性を放逐できないと、子爵家が貴族街の一角に小さな家を持たせたはずだ。それが、この辺りだったかもしれない。殿下に一騎付き従っていたし、彼が乳兄弟のマテル・トラヴィスかな?」

「色々と良くご存じですのね」

「それはまあ、色々と?」

 情報収集は完璧らしいと、マグダレーナは半ば呆れながら感想を述べた。それにリロイが苦笑しながら答える。そこでエルシラが、予想外のことを言い出した。


「エルネスト殿下というと、生母が王妃様の第三王子殿下ですよね? 名前も聞くのも珍しいのに、こんな所で見られるとは思わなかったわ。ねえ、お兄様。ご挨拶したら駄目かしら?」

 まだ城の公式行事や夜会に参加したことがないエルシラにとっては、全く目にしたことがない王族を見られる絶好の機会程度の認識しかないらしく、気安く兄に頼み込んできた。それを聞いたマグダレーナとミレディアは、さすがに末妹を窘める。


「エルシラ、いきなり何を言い出すの!?」

「そうよ! こんな街路で、きちんとご挨拶できるわけがないでしょう!?」

「だって、向こうだって一人だけお供を連れて、馬に乗って出歩いているんでしょう? 礼儀なんて有って無いようなものじゃないの?」

「…………」

 不思議そうに問い返されたマグダレーナ達は、確かにこんな所をれっきとした王子がろくに護衛も付けずにうろうろしているなど通常ではあり得ないため、咄嗟に反論できなかった。そんな妹達のやり取りを眺めていたリロイは、笑顔で断定する。


「うん、これはエルシラの方に一理あるかな」

 そう告げるやいなや、彼は早速行動に移した。背後の壁を何回か強く叩いてから、外の御者に聞こえるように少し大きめな声で指示を出す。


「悪いが、予定変更だ。道の端に停めてくれ」

「畏まりました」

 御者の声と共に、馬車はゆっくりと速度を落としていった。そして端に寄って行き、少しして完全に停止する。それから御者が馬車のステップを引き出してから、恭しくドアを開けた。


「お待たせしました」

「リロイ様、どうかされましたか?」

 御者が馬車の中に呼びかけると同時に、護衛として同行している騎士の一人が、困惑顔でお伺いを立ててくる。そんな彼らを、リロイは笑顔で宥めた。


「大したことはないのだが、珍しい人物を見たいとエルシラに言われてね。ほら、やって来たようだ」

「どなたです?」

 真っ先に地面に降り立ったリロイは、今来た方向に目を向けて楽しげに笑った。しかし王子の顔など知るよしもない御者や騎士達は、近づいてくる二騎に怪訝な顔を向ける。そうこうしているうちにマテルと並んで馬を進めていたエルネストは、道端に停まっている馬車の前で佇んでいるリロイに気がついた。

 

「エルネスト殿下、ご無沙汰しております。こんな所でお目にかかるとは奇遇ですね」

 そんな声をかけられてしまっては無視して通り過ぎる事もできず、エルネストは馬を止めて地面に下りた。


「お久しぶりです、リロイ殿。お目にかかるのは、いつぞやの夜会以来でしょうか?」

「そうですね。それにしても、こんな所で何をされておられるのですか? 馬車も使わず、騎馬での移動とは」

「個人的な外出ですから、これで良いのですよ。それに知人の見舞いですから、大げさにするのも良くないでしょう」

「なるほど。確かに仰々しく押しかけたら、先方の迷惑になりそうですね」

 王子の行動とは思えないと暗に含んだ台詞に、エルネストはやんわりと言葉を返す。リロイはそれ以上は食い下がったりせず、背後にやって来たマグダレーナ達を手で指し示した。


「話は変わりますが、殿下をお見かけしたと言ったところ、妹達が『殿下にご挨拶したい』と言い出したもので。ご迷惑かもしれませんが、声をかけさせていただきました。同じクラスにおられるので、マグダレーナはご存じですね? 二番目の妹のミレディアと、三番目の妹のエルシラになります」

(殿下に挨拶したいと言ったのは、エルシラだけですけど!? どうしてこう、面倒ごとを増やしてくれるのかしら!!)

 内心で腹を立てたものの、そこでマグダレーナは傍目には礼儀正しく一礼した。






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