(19)婚約成立?
「すぐに見つからないように、棚の一番下の隅に隠れていたの。でもあの二人ったら、揃って迂闊なんだから。仕事の合間にこそこそ隠れるくらいなら、もう少し室内を観察するべきなのに。さすがに内側から鍵をかけたけど、ろくににパントリー内を確認しないで始めちゃったのよ」
「…………」
エルシラが憮然とした表情で、思い返しながら説明を続ける。他の者は顔を引き攣らせたり笑いを堪えたりしていたが、誰も言葉を発しなかった。
「どうしようかなと思ったの。邪魔するのは悪いけど、どれだけ時間がかかるか分からないじゃない? だから『ちょっとどいてくれない? そろそろ出ないとお茶の時間に遅れるの』と声をかけて、棚の外に出たんだけど」
「それで? どうなったんだい?」
「二人揃って悲鳴を上げて、腰を抜かしたわ」
「……っ!! ぐふっ!!」
思わずと言った感じで口を挟んだリロイは、冷静な語り口を耳にした瞬間、片手で口を押さえて必死に笑いを堪えた。そんな兄には構わずに、エルシラが話を続ける。
「それで『公爵様や奥様には内密にお願いします!』と土下座しながら泣いて縋られたから、『これから私の言うことを聞いてくれるのなら、誰にも言わないわ』と言ってあげたの。それでケーキを食べに部屋に戻ったわ。最近では、『エルシラお嬢様がすっかり耳年増になってしまって。旦那様や奥様に露見したら殺されるかも』と涙ぐまれているけど」
「ぶふっぁっ!!」
そこでいきなり椅子が倒れる音が食堂内に響いたと思ったら、リロイが床に転がって口とお腹を押さえながら悶えていた。妹越しにそんな兄に冷ややかな視線を送ったマグダレーナは、エルシラに皮肉っぽく告げる。
「……凄いわね、エルシラ。あなた、お兄様を笑い死にさせそうよ?」
「どこにそんなに笑う要素があるのかしら? お兄様の感覚が、良く分からないわ」
「そうね……、私には怒りの要素しかないのに、本当に不思議ね」
するとここで、ミレディアが控え目に会話に割り込んだ。
「あの……、エルシラ。聞いても良いかしら?」
「何? ミレディア姉様」
「さっきからあなたの話の中で、良く分からない内容が出てきて。パントリーに入ってきた二人が何を始めたの? 保管してある物を盗んだのなら、幾ら些細な物でも隠蔽に加担したら駄目でしょう。きちんとお父様とお母様に報告するべきよ」
「そんな風に面と向かって聞かれると、ちょっと言いにくいんだけど……」
真顔で諭されたエルシラは、困惑しながら長姉に視線を向けた。それと同時にマグダレーナが声を荒らげる。
「ミレディア! あなたは知らなくて良いから!」
「え? でも……」
「そうだね。それについては、淑女はあまり知らなくても良いかな?」
さすがにこれ以上突っ込んだ話は拙いだろうと判断したイムランが、さりげなくフォローに入る。しかしそれで余計にミレディアの疑問が深まった。
「でも、淑女であるお姉様はご存じのようですし……。あと先程の病気がどうとか、『きょせい』とか言いましたか? それに今の、『みみどしま』の意味も分からなくて……」
「…………」
「あはははははっ!!」
静まりかえった食堂内に、リロイの爆笑のみが響き渡る。それで完全に神経を逆撫でされたマグダレーナは、常よりも低い声で八つ当たりした。
「お兄様、今すぐお黙りください。そうでないと喉を締め上げて、くびり殺したくなりますわ。そうなってもお兄様は自業自得ですが、ネシーナ様に申し訳が立ちません」
「こっ、怖いなぁ! 我が愛しの妹は!」
「お姉様?」
「い、いえ、あのね? ミレディア」
ミレディアから不思議そうに視線を向けられたマグダレーナは、本気で進退窮まった。するとここで、テーブル越しにディグレスが声をかけてくる。
「ミレディア嬢。少し良いかな?」
その声に、ミレディアはすぐに反応して彼と視線を合わせた。
「はい、ディグレス様。どうかされましたか?」
「あなたが姉妹と比べると遙かに常識的で、一般的な貴族の女性であるのが良く理解できた。それに加えてあなたが話しているのを聞いて、教養や社交性も問題ないのが判明している」
「それは……、ありがとうございます」
「正直に言わせて貰えば、色々な意味で突き抜けている非凡なマグダレーナ嬢やエルシラ嬢の相手は、凡庸な私にはとても務まらないだろう。丁重にお断りさせていただく」
真摯な面持ちで告げられた内容を瞬時に理解したミレディアは、少しだけ皮肉っぽく言葉を返した。
「あら……、そうなると私は、消去法で選ばれたのでしょうか?」
「三人のうち、我が家を問題なく支えられる人材はあなたしかいないと思った。確かに消去法と言われればそうかもしれないが、それでは不服だろうか?」
率直に告げられたミレディアは、特に気分を悪くした素振りは見せず、寧ろ満足そうに応じる。
「いいえ。構いませんわ。公爵家の中でも指折りの、シェーグレン公爵家を支えられる人材と見込んでいただけたのなら光栄ですもの。見たところディグレス様は少々社交が苦手とお見受けしますし、その方面は万事私にお任せください」
「ああ、そうなると思う。よろしく頼む」
「はい、心得ました。こちらこそ、よろしくお願いします」
すっかり打ち解けて笑顔を交わしている二人を横目で見ながら、イムランはエルシラに確認を入れる。
「じゃあ、俺達の方も決まりかな? 随分な好条件を提示して貰ったし、俺としてはこれを拒否する理由はないからね」
「そうですね。よろしくお願いします」
何が何やら良く分からないうちに妹達の婚約が調ってしまったらしい事態に、マグダレーナはひたすら呆然としていた。
(え? ミレディアの疑問が有耶無耶になったのは良かったけど、こんな事で婚約話が進んでしまって良いの? というか、お兄様!! 最年長でこの場の責任者のあなたが、いつまで笑い転げているんですか!? いい加減にしてください!!)
相変わらず床に蹲ったまま身体を震わせている兄を蹴りつけたい衝動を、マグダレーナは必至に抑え込むことになった。




