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悪役令嬢は優雅に微笑む  作者: 篠原 皐月
第3章 悪役令嬢の真実

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(17)爆弾発言

 メイド達によって手際よくテーブルに茶器や菓子が並べられ、和やかな空気で歓談が開始されたが、すぐに喋っているのは二人だけになった。


「まあ! そちらのご領地では、そんな珍しい物が見られるのですか? 全然存じませんでした!」

「そうは言っても、気軽に見られる物ではありませんがね。領境の渓谷まで行かなければいけませんし」

「でもイムラン様は、直にご覧になったのでしょう?」

「ええ。好奇心が赴くところ、どこまでも行きたいもので」

(先程から、イムラン様とミレディアしか喋っていないのだけど……。こんな調子で、本当に良いのかしら?)

 元より、リロイとマグダレーナは付き添いのようなもので、会話の主導権を取るつもりはなかった。それで妹達の様子を無言で観察していたが、ミレディアは最近の流行や気候の変化、話題の催し物などについて次々言及し、それに如才なくイムランが応じる形で会話が進んでいく。その一方で、ディグレスは静かに茶を飲みつつ冷めた眼で隣席のイムランを見やり、エルシラに至っては反対側の窓の外に視線を向けて微動だにしていなかった。

 これはさすがにどうなのかと、マグダレーナは思った。するとそこで全く会話に混ざってこない妹が気になったのか、ミレディアがエルシラに声をかける。


「ねえ、エルシラ。ローガルド公爵家と取引のある商会で、外国産の珍しい織物を大量に取り寄せたのですって。一緒に見せていただきましょう?」

「大丈夫よ、ミレディア姉様。私はそれほど外出用のドレスを仕立てる必要は無いし。マグダレーナ姉様と一緒に見せていただければ良いわ」

「ええ? せっかくイムラン様から、ご紹介いただいたのに」

 一応次姉に視線を向けたものの、エルシラは淡々と断りを入れた。それにミレディアは食い下がる素振りを見せる。そしてテーブルの向こう側では、イムランがディグレスに小声で絡んでいた。


「おい、ディグレス。ずっと黙り込んでどうしたんだ? 素敵なレディの前で緊張のあまり声も出ないとか、可愛らしいことを言うなよ?」

 それにディグレスが、舌打ちを堪えるような顔つきで言葉を返す。


「私が喋らなくても、お前が私の分まで喋っているだろう。放っておいてくれ」

「そうはいくか。こんな美しい姉妹を前にして、ずっとその仏頂面のままでいるつもりか? 淑女を目にしたら褒める。これは紳士としての絶対条件だろう?」

「それはお前の中でだけの常識だ。私を巻き込むな」

(何というか……、ディグレス様はこんな場でもぶれないわね。若干軽めに見えるイムラン様はイムラン様で、不安になるのだけど……。お二人で組み合わせを考えるのなら、やはりイムラン様とミレディア、ディグレス様とエルシラの方が抵抗がないかしら?)

 この場をどう纏めるべきかと、マグダレーナは密かに悩み始めた。すると唐突にエルシラが発言する。


「笑顔が胡散臭いけど、お兄様ほどではないわね。これなら十分、許容範囲内だわ」

「え?」

「はい?」

「エルシラ?」

「今、何て?」

 一体何を言ってるのかと、他の者はエルシラに視線を向けた。すると彼女は、隣で怪訝な顔になったミレディアに向かって、淡々とした口調で告げる。


「だってミレディア姉様は、お兄様みたいなタイプの人じゃなくて、お父様みたいな方と結婚したいって言ってたでしょう? この人、お兄様の廉価版だもの。だから私が結婚するわ」

「…………」

 ビシッとイムランを指さしながらの宣言に、室内は完全に静まりかえった。そして真っ先に我に返ったマグダレーナが、末妹に対して声を荒らげる。


「エルシラ、いきなり何を言い出すの! イムラン様に失礼でしょう! すぐに謝罪しなさい!」

「何に対して謝罪するの? お兄様みたいな人と言ったことに対して? それともお兄様とは似て異なる格下と言ったことに対して?」

「ええと、それは……。両方?」

「でも事実でしょう?」

「事実だからと言って、口にして良いという事ではありません!」

「マグダレーナ姉様も、そこは認めるのね」

 納得したように深く頷いたエルシラを見て、ここでリロイが腹を抱えて爆笑した。


「ぶふぁっ!! あははははっ! そうかそうか、ミレディアは私が嫌いなのか! 今の今まで知らなかったよ!」

「い、いえっ! お兄様を嫌ってはいません! ただ、お兄様のような人と結婚したら、もの凄く苦労しそうだと思っただけで! 本当に他意はありませんから!」

「でも私のような人間と、結婚したくはないのだろう?」

「いえ、あの、それはですね!?」

 兄の楽しげな台詞に、ミレディアが狼狽しながら弁明する。そして当のイムランは、笑いを堪えながらディグレスに対して軽口を叩いていた。


「あれ? もしかして俺って今、可愛らしいレディに逆プロポーズされたのか? 初めてのパターンだな」

 それを耳にしたディグレスが、咎めるような視線を向ける。


「……何度か求婚したことがあるような物言いだな」

「大丈夫だ。これまで実際に結婚したことは一度もない」

「当たり前だろうが! ふざけるのも大概にしろ!」

「何だよ、機嫌が悪いな。ちょっと先を越されたからって、ひがまないでくれよ?」

「誰がひがむか! お前は少し黙れ!」

(ああ、もう本当に、この場をどう収めれば良いのよ!?)

 本気で額を押さえながら呻くのを堪えているマグダレーナの隣で、エルシラが冷静にお茶を飲んでいた。



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