(15)姉妹のやりとり
事実上の見合いの場であるお茶会について、事前に説明を受けたミレディアとエルシラの反応は、非常に淡泊なものだった。当初、反発されたり嫌がられたらどうしようかと気を揉んでいたマグダレーナは、素直に了承した妹達を見て安堵するのと同時に、これで良いのだろうかと少々心配になる。
そうこうしているうちに約束の日になり、休日で屋敷に戻っていたマグダレーナは、妹達とリロイと馬車に同乗してノイエル男爵邸に向かった。
「皆様、我が屋敷へようこそ。歓迎いたします」
「手狭で行き届かないところがあるかとは思いますが、寛いでいってください」
当主夫妻に正面玄関で出迎えられ、リロイとマグダレーナは笑顔で礼を述べた。
「本日は場所をお貸しいただき、ありがとうございます」
「お手数をおかけします」
ここで兄姉に続いて、ミレディアが礼儀正しく一礼して挨拶をする。
「モーリス様、アンナ様。我が家にいらした時にご挨拶はしましたが、ネシーナ様を含めて親しく語らうような機会がなかったものですから、今日の話を両親から聞かされてからは楽しみにしていました。本日はよろしくお願いします」
公爵令嬢として完璧な礼儀作法を身につけているミレディアは、十三歳でありながら貴婦人としての威厳すら醸し出しながら口上を述べた。その立ち居振る舞いに感嘆の色を浮かべながら、モーリスとアンナは笑顔で応じる。
「ミレディア様、こちらこそよろしくお願いします」
「エルシラ様も、今日はゆっくりお過ごしください」
「はい、ありがとうございます」
二人の姉に比べて、さすがにエルシラは少女らしい雰囲気を漂わせる、無邪気な笑顔を見せた。それから四人は揃って応接間に案内され、ネシーナも交えて雑談に興じる。当初は緊張気味のモーリスとアンナも、天真爛漫なミレディアと好奇心旺盛なエルシラが率先して話題を出し、和やかに時間が過ぎていった。
楽しい時間というものはあっという間に過ぎるもので、マグダレーナは置き時計の時刻を確認して残念そうに口にする。
「話が尽きませんが、そろそろいらっしゃる時刻でしょうか?」
それにアンナが頷きながら立ち上がった。
「そうですね。それでは食堂の方に移動していただけますか? そちらのテーブルが大きいので、揃って顔合わせができますから。お茶をお出した後は、人払いをしておきます」
「分かりました。お願いします」
そこで四人は立ち上がり、アンナの先導で食堂へと移動した。長いテーブルの一辺に、リロイ達が四人が並んで座る。年齢順ではなく、ミレディアとエルシラを挟んでマグダレーナとリロイが座る並びになった。そしてひとまずアンナが下がって食堂内に兄妹だけになると、ミレディアが幾分声を潜めて問いを発する。
「お姉様。お二人ともそれなりに優秀でそれなりに行動力があってそれなりに美形だって仰っていたけど、本当? どちらかを選ぶとなったら、どちらがお勧めかしら?」
「あのね、ミレディア」
妹からにこやかに尋ねられたマグダレーナは、咄嗟に返答に困った。しかしここで、エルシラが見た目に似合わない淡々とした口調で口を挟んでくる。
「ミレディア姉様。迷わず勧める人だったら、こういう顔合わせとかの場は設けないと思うわ」
その声にミレディアは妹に向き直り、不服そうに問い返す。
「えぇ? お勧めできないタイプだっていうの?」
「そうじゃなくて、私達のような子どもに選択権を与えるなんて、うちって結構甘くて緩いと思うわ」
「それはそうかもしれないけど、問答無用で婚約者を決められるよりは良いんじゃない?」
「普段、色々あれこれ裏工作してるお兄様達を見ていると、単に娘や妹可愛さで選ばせているだけではないような気がするもの。何を企んでいるんですか?」
エルシラからは冷静な、ミレディアからは不安そうな眼差しを向けられたリロイは、苦笑しながら言葉を返した。
「エルシラ、酷いな。純然たる妹達への愛情からなのに。企んでいるだのなんだのと」
「お兄様が悪巧みをしなくなったら、寿命が尽きる間際のような気がします」
「そうか……、エルシラの中では、私はそういう人間なのか……」
「はい。違いますか?」
「違わない」
末妹の台詞に、一瞬だけ傷ついた表情を見せたリロイだったが、すぐにニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。そのやり取りを目の当たりにしたミレディアが、憤然としながら訴える。
「お兄様! タチの悪い冗談は止めてください! エルシラも、お兄様に対してちょっと酷すぎると思うわ!」
「ミレディアは優しいな。こんな私でも庇ってくれるなんて」
「ミレディア姉様は、もう少し世間を見た方が良いと思うわ」
「何ですって!?」
「あなた達、いい加減にしなさい!」
茶化す気満々のリロイに、次姉に幾分哀れみを含んだ視線を向けるエルシラ。そこでミレディアが声を荒らげたため、マグダレーナが慌ててその場を制しようとする。そんな混沌とした場になりかけたところで、控え目にドアがノックされた。
「失礼します。イムラン様がお越しになりました」
「どうぞ、お入りください」
アンナの声に、四人は瞬時に気持ちを切り替えて姿勢を正す。兄妹を代表してリロイが穏やかな声で応じると、静かにドアが開いて悠然とイムランが現れた。
「やあ、こんにちは。本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」
静かに四人は立ち上がり、背後に向き直って一礼した。更にリロイは差し出された右手を握り返しつつ笑顔で応じる。
「こちらこそ、わざわざお越しいただきありがとうございました。今日は馬で?」
「はい。目立たない方が良いと思いましたので、近くまで馬で来て、馬は同伴者に連れて帰って貰いました。そこからは歩きでこちらに。時間を見計らって、その者には同じ場所に馬を連れてきて貰う手筈になっています」
「なるほど。それであれば、ここの出入りは人目に付きにくいでしょうね」
「そういう事情ですので、見栄えのしない出で立ちで失礼します」
四人は普段通り上級貴族としての外出着で出向いていたが、イムランはノイエル男爵家のような下級貴族の普段着として違和感のない簡素な服装であり、その格差は一目瞭然であった。しかしそれを聞いたミレディアが笑顔で応じる。
「私達はもうすぐノイエル男爵家の縁戚になるので、親しく行き来していても周囲に不審がられないですが、これまで男爵家と付き合いのないローガルト公爵家の方が出入りしたと分かれば噂になりますもの。それを慮って配慮していただいた方に、見栄えが悪いなどと思ったりいたしませんわ。それに人間の価値は見た目ではなく、内面だと思いますから」
「これは嬉しいお言葉です。それでは内面も大したことはないと思われないように、心がけなければいけませんね」
二人でにこやかに言葉を交わした後、イムランはアンナに案内されてマグダレーナ達とは反対側の椅子の一つに落ち着いた。そして続けてディグレスの来訪が告げられ、彼が執事に案内されてくる。しかし彼が姿を現した途端、食堂内に微妙な空気が漂った。




