(34)苛立ち
「今では実の息子に見向きもしない方ですが、実際にエルネスト殿下が立太子されて即位の流れになったら、狂喜乱舞して王太后としての権利を主張してくるに決まっています。そして王宮内で我が物顔で振る舞うのが目に見えていますし、ここぞとばかりに母国のナジェル国の者を引き入れかねません」
「確かに目障りな害虫ではあるな」
「陛下……。仮にも正妃に対して、その物言いはどうなのでしょうか」
まさに虫けらを見るような眼差しで言及したレイノルに、マグダレーナは頭痛を覚えた。しかし彼は、平然と話を続ける。
「懸念は尤もだが、その辺りは心配するな。あれがクレランス学園を卒業するまでに、ケリを付けてやる。私だけさっさと引退したら、後に残る者が困るのが分かっているからな。もう暫く付き合って貰うテオドール達に報いるため、もう一働きしてやろうではないか」
「寛大なお言葉、ありがとうございます……」
どこか虚ろな表情と声音で応じたテオドールを見て、マグダレーナはこれまでの大叔父の苦労を垣間見た気がした。
「あの……、陛下? どうケリをつけるおつもりなのか、差し支えなければ教えていただけないでしょうか?」
まさかこの人、王妃と側妃を纏めて葬るつもりではなかろうな、とでも言いたげな表情でリロイが控え目に尋ねた。先程の王子達に対する言動からマグダレーナも同様に思ったが、レイノルは淡々と詳細について語る。
「王家直轄地には小さな飛び地が幾つかあって、屋敷もそれなりにあるからな。臣籍降下する息子達のためにその屋敷を拡充したり設備を整えておくと言っておけば、周囲はそれほど怪しまないだろう。それで二年間のうちに、四箇所の整備を済ませる」
「小規模の直轄地に関しては分かりますが、四箇所ですか? 王子二人分なら、二箇所で済むのではありませんか?」
「対外的には母親の隠居所の分も含めると言えば、四箇所になるだろう」
「ああ、なるほど。それで、その四箇所には陛下、王妃陛下、ユージン殿下とその母親、ゼクター殿下とその母親で入るのですね?」
「そういうことだ。追い払うまでは責任を持ってやってやるし、私も王座を譲ったらそこに籠もって以後の国政に口は出さない。それで文句はないだろう」
「それはそうですが、そうすんなり事が運ぶとは到底思えませんね……」
語り終えたレイノルは、平然と冷めた茶を口に運んだ。しかし主君ほど楽観的になれなかったリロイは、苦笑を深めながら相手を眺める。
(この人だったらやってしまうかもしれないけど、押し込めても平気で王都まで出てきそうよね。この人は二度と戻ってこない気満々でしょうけど)
盛大に溜め息を吐きたくなったマグダレーナだったが、何とかそれを堪えた。するとレイノルが再び口を開く。
「さて、それではマグダレーナ。私からも質問してよいか?」
「はい、何でございましょう?」
「お前は先ほど、あれには権勢欲も自己顕示欲もないと言った。そんな奴に即位しろと言って、おとなしく頷くものかな?」
うっすらと笑いながらの問いかけに、予想してはいたもののマグダレーナは僅かに顔を強張らせながら言葉を返した。
「……拒否するでしょうね。ええ、確実に」
「それが分かっていて、お前はあれを推すわけだ」
「…………そうでございますね」
「それであれば、あれに王太子、つまり国王として立つのを納得させて承諾させるのは、お前の責任ということになるな?」
「…………………ええ。全面的に私の責任ですわね」
「うむ、クレランス学園創設以来の才女との呼び声が高い、お前の手腕に期待しているぞ」
「……………」
わざとらしい満面の笑みで、レイノルは満足そうに告げた。その向かい側で無言のまま両拳を握りしめている妹を見て、若干焦ったようにリロイが囁きかける。
「マグダレーナ、相手は腐っても国王だ。殴りつけるのだけは止めろ」
「お兄様。今、必死に我慢している所ですから、気を散らさないで欲しいのですが」
「それから、マグダレーナはエルネストの嫁に来てくれるのか? それなら色々な意味で安心なのだがな」
その神経を逆撫でする台詞を耳にした途端、マグダレーナの中で何かが音を立てて切れた。そして反射的に罵声を浴びせる。
「一々五月蠅いわよ!! 元はと言えば、あんたが適当に女を集めて子供だけ作って、ほっぽり出してたのが原因でしょうが!! ろくでなし親父の分際で、何が色々と安心とかヘラヘラほざいてんのよ!! てめぇの尻拭いはてめぇでしやがれっ!!」
「………………」
マグダレーナの怒鳴り声が響いた後、一瞬室内に静寂が満ちた。しかし次の瞬間、レイノルの爆笑と、テオドールとリロイの呻き声が生じる。
「ぶわははははっ!!」
「……マグダレーナ」
「気持ちは分かるがな……」
「いやはや、期待以上に楽しませて貰った。それで? 結論としては、嫁に来てくれるのか? 来てくれないのか?」
怒るどころかすこぶる上機嫌で問いを重ねてきた国王に対し、マグダレーナはもはや礼儀を取り繕う事もせず、冷え切った眼差しで応じる。
「どなたかのような方が舅になるなど、まっぴらごめんです」
「それはそれは、振られてしまったか。あれも気の毒に」
「どちらかと言えば、あなたを振ったのですが」
「まあ、これも縁だから仕方がない。その代わり、面倒ごとはなるべく片付けておくので、諸々をよろしく頼む」
「畏まりました」
そこでレイノルは満足そうに立ち上がりながら、テオドールに語りかける。
「よし、それでは今日の所はこれで良いかな? そろそろ戻らないと私の不在を誤魔化している者達の頭頂部が、益々薄くなってしまいそうだからな」
「はい、結構です。ご足労頂きありがとうございました」
「それでは行くぞ。ああ、お前達、見送りはいらんからな」
年長者に続いて立ち上がったリロイとマグダレーナを見て、レイノルは悠然と声をかけた。それを聞いた二人は、その場で恭しく一礼する。
「分かりました。それではここで失礼します」
「道中、お気を付けて」
その場でレイノル達が応接室を出て行くのを見送ってから、リロイは呆れ顔で妹に尋ねた。
「マグダレーナ。さっきのは一体何だ?」
「陛下にお会いした時、とっさに悪態の一つや二つを吐けるようにしておきたいと思って、レベッカに色々教えを請うていました」
「レベッカ……、何を教えているんだ。だが、これで後戻りはできなくなったな。お互いに」
「ええ、分かっています」
彼らしくなく、リロイは微妙にうんざりとした表情になる。そしてこれからの事を思ったマグダレーナの心境も、兄のそれと大して変わらなかった。




