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悪役令嬢は優雅に微笑む  作者: 篠原 皐月
第2章 予想外の展開

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(16)暗闘の顛末

「その……、立太子されない王子殿下は、後々の後継者争いを防ぐために、臣籍降下して一代限りの大公位を賜りますよね? 他に母方の家と養子縁組してその家を継承するとか、どこかに婿入りする場合もありますが」

「ええ、その通りね」

「その際、当事者としてはどのようにお考えになったのでしょうか。はっきり言わせていただければ権力闘争に敗れたわけですから、相当に複雑な心境になられただろうことは想像に難くありませんが」

「マグダレーナ。失礼ですよ?」

 ここではっきりと顔を顰めながら、ジュリエラが娘を窘めた。しかしサリーマは、冷静に妹を宥める。


「構わないわ、ジュリエラ。今現在、立太子に絡んでのあれこれが起きているのだもの。実際のところがどうだったのか、興味をそそられるのは当然でしょう」

「いえ、さすがに全てが興味本位からきているとは申しませんが……」

 さすがに褒められた行為ではないのを自覚していたマグダレーナは、恐縮気味に弁解した。するとサリーマは僅かに考え込んでから、冷静に話し出す。


「そうね……。正直に言わせてもらえれば、私自身、王妃になるのを全く夢見なかったと言えば嘘になるわ。でも、そんな考えはすぐに捨ててしまったから」

「どうしてですか?」

「陛下がおられたからよ。確かに母方の後見は無きに等しくて、有力な貴族達からは相手にされておられなかったわ。だけど逆に言えば、それが補えたら次代はこの方で間違いないと思っていたもの。そんな事、間違っても口には出していませんでしたけど」

 そこでジュリエラが、怪訝な顔になりながら口を挟んだ。


「お姉様? ちなみに、いつ頃からそのように思われていましたの?」

「そうねぇ……、はっきり覚えてはいないけど、結婚する前からなのは確かよ」

 それを聞いたジュリエラの顔が、驚愕の色に染まった。


「え? それなのに当時のグリード殿下、テニアス大公閣下と結婚なさいましたの?」

「あら、何か問題でも?」

「あの……、だって、お姉様は、未来の王太子妃、ゆくゆくは王妃になるために嫁ぐと思っていらっしゃったのだと……」

「貴女までそう思っていたなら、私の演技力も相当ね。自信が持てたわ」

 妹が半ば呆然としているのを眺めたサリーマは、満足そうに笑みを深めた。そこで母と同様の心境だったマグダレーナは、慎重に確認を入れてみる。


「あの……、確かに陛下が有能なのは存じ上げていますが、当時はまだ大公様が立太子される可能性も十分あったのではありませんか?」

 その指摘に、サリーマは苦笑しながら小さく首を振った。


「マグダレーナ……。気を遣ってくれるのは嬉しいけれど、あの人は単に善良なだけの人よ。それだけで国を治めることはできないわ。それにあの人を推していたのが、父を筆頭とする家柄だけの無能集団よ。どう考えても無理でしょう?」

「はぁ……」

「あの人と私は確かに政略結婚だったけれど、あの人には申し訳ないことをしたと思っているのよ。だって私と結婚したことで、あの父から手駒扱いされる羽目になったのだし。王になる器でもないのにね」

「お姉様……」

 淡々とした姉の口調に、ジュリエラが微妙な顔つきになった。それを目にしたサリーマが、冷静に付け加える。


「ああ、ジュリエラ、誤解しないでね? 今の台詞は自虐的なものではなくて、夫に対する褒め言葉なのよ? だって国王なんて、四六時中あらゆる権謀術数を駆使していくような人間でないと、務まらないと思うもの。特に、当時の状況を鑑みるとね」

 そこでジュリエラが、しみじみとした口調で頷く。


「確かに……、人柄がよろしいお義兄様には、あれを乗り切るのは到底無理でしたわね……」

 ここでマグダレーナは、一応指摘してみた。


「お母様。その物言いでは、陛下のお人柄がよろしくないと言っているのと同じかと」

「ここにいるのはあなたとお姉様だけだから良いでしょう」

 母娘でそんなやり取りをしていると、サリーマが顔つきを改めて話を続ける。


「マグダレーナ。あの陛下でなければ、当時の国の舵取りは不可能でした。それは殆どの貴族が認めるところですが、認められない愚か者もごく少数存在していました。その者達がどうなったのか、知っていますか?」

 真正面から問われたマグダレーナは、一瞬だけ動揺を見せたが、すぐにいつもの表情で応じる。


「私が公式記録などで確認した限りの内容ですが、大公位を賜った陛下の異母兄弟方は、今現在も健やかにお過ごしです。ですが、彼らを推していた有力な方々は、隠居されたり不慮の事故や病を得てお亡くなりになっておられる方が、何人かおられますね……」

 悪質な抵抗勢力と見なされて、現在の政権上層部の手にかかったと察したマグダレーナは、それが分かった時点で詳細について調べるのを止めていた。その表情を眺めたサリーマが、溜め息交じりに話を続ける。


「そうね。本当に、思慮がない方々ばかりだったわ。私は当然だと思っていたのだけど、ある日、あの人が私に謝ってきたの」

「お義兄様がですか?」

「ええ。『君を王妃にできなくてすまない。だが、私は義父上が言うように王にならなくて安堵しているんだ。私はそんな器ではないからね。だから二重の意味で申し訳なかった』と頭を下げたのよ。だから私も言ってあげたわ。『私も王妃なんて器ではないので、ちょうど良いでしょう』とね。そうしたら、凄く驚かれてしまったのだけど。結婚して二年は経過していたのに、私ったらもの凄く権勢欲旺盛な女だと思われていたみたい。それもこれもあの父が色々と吹き込んでいたせいかと思うと、今でも腹立たしいわ」

「本当に……、あの方と血が繋がっているのが、時々恥ずかしく思えます」

「陛下と宰相閣下の温情で隠居するだけに留めていただいたのに、今頃恥も外聞もなくのこのこと出しゃばってくるなんて」

「本当に、老害甚だしいですわね」

 ギリッと貴婦人に相応しくない歯ぎしりの音を響かせたサリーマと、常には見られない母の冷え切った眼差しを見て、マグダレーナは普段話題に上がらない母方の祖父が、想像以上に娘達から疎まれているのを実感した。



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