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悪役令嬢は優雅に微笑む  作者: 篠原 皐月
第3章 悪役令嬢の真実

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(31)諦観

 心底うんざりしながら自分の部屋に戻ったエルネストを、バーゼルが恭しく出迎えた。


「エルネスト様、お帰りなさいませ」

「ああ。今回もろくでもなかったよ。散々埒もないことを口にした挙げ句、城を出て行くとさ」

 些か乱暴にソファーに腰を下ろしながら、エルネストは呆れ気味に吐き捨てた。それを聞いたバーゼルは、怪訝な顔で考え込む。


「あの方がここを出て行くと仰ったのは、三回目でしょうか?」

「私が寮にいる間に喚いていなければ、そうだと思う」

「学習しないというか、自分のご発言を綺麗さっぱりお忘れになるのは、相変わらずのご様子ですね。もはや特技と申し上げても過言ではないかと」

 明らかに皮肉を含んだバーゼルの台詞に、エルネストが忌々しげに応じる。


「残念な事に、半年以上記憶を保持できないようだね。いっそのこと、王妃であることを忘れてくれれば良いものを……」

「お疲れ様でした」

 その辛辣すぎる言葉に、主の苛立ちが手に取るように分かってしまったバーゼルは、深く同情しながら頭を下げた。するとエルネストが、愚痴っぽく続ける。


「本当に疲れたな。浪費が過ぎたから私の予算を自分の方に振り替えろとか、真顔で言っていたぞ。そんなことを許可できるわけ無いだろうが」

「…………」

「バーゼル、どうかしたのか?」

 そこでバーゼルが黙り込み、なんとも言えない表情になった。そんな彼を不審に思いながら、エルネストが声をかける。するとバーゼルが、神妙な顔つきで口を開いた。


「少し前に財務局の方がこちらに出向いて、『王妃陛下が、エルネスト殿下の予算を自分に回すように要求している』と報告してきました」

 それを聞いたエルネストの顔が、僅かに引き攣る。


「……それで?」

「『殿下の許可も得ず、そんなことはできません』とお断りしたら、『尤もです』とあっさりお帰りになりました。要は、先方も一応お伺いを立てたという実績だけ欲しかったのでしょう。どうでも良い些事でしたので、報告するのをすっかり失念しておりました」

「そういう事は、最初に言ってくれ……」

「申し訳ありません」

 がっくりと肩を落とした主に向かって、バーゼルは深々と頭を下げた。それを見たエルネストは済んだことは仕方が無いと気持ちを切り替え、淡々と指示を出す。


「これからも色々言ってくるかもしれないが、無視して良い。たかだかドレスの支払いが滞る程度だ」

「そうですね。王妃陛下がツケでドレスを作れる店が、また一つ減るだけの話ですから」

  そこでエルネストは、ふと疑問を覚えた。


「まさか、これまでにも支払いを先延ばしにした事があるのか?」

「私どもの耳に入る程度には、噂になっております。大抵は、ナジェル国の大使が尻拭いをされておられるようです」

「……そんな前歴があれば、ナジェル国からの送金が滞るのも納得だな」

 今まで知らなかった事実に、エルネストは頭痛を覚えた。そんな彼を労るように、バーゼルが尋ねてくる。


「エルネスト様、お茶でもお持ちしましょうか?」

「いや、夕食の時間まで一人でゆっくりしている。下がって良いよ」

「それでは失礼します」

 そこでバーゼルは引き下がり、エルネストは書斎へと移動した。そして机の上に溜まっている書類や封書を処理しようとしたが、そんな気分にはなれずにそのまま放置する。見るともなしに窓の外に視線を向けながら、エルネストは先程まで目の当たりにしていた母親について考えを巡らせた。


(側妃達と張り合って、豪奢なドレスを作ったか。そんな物を身に纏っても、誰も見向きもしないのが未だに理解できないとは。あなたが尊敬されないのは、見栄えが悪いとか周囲より見劣りしているからではなくて、性根が悪くて中身がないからですよ)

 実の母親に対する評価としては辛辣を通り越したそれを、エルネストは未来永劫否定も撤回もする気はなかった。


(思慮深くて他人への配慮ができて、知己に富んだ会話ができるようであれば、例え周囲と見劣りする装いだとしても、自然に人が集まるだろうさ)

 そんなことを考えたエルネストは、ここで一つ溜め息を吐いた。そこでふと、最近何かしら接点が多かった人物を思い出す。


(そうだな……。マグダレーナ嬢は、あの人とは正反対のタイプだな。自分が他人からどう見えているかなんて気に留めないし、周囲に過大な要求などはしない。それに自分の立場や利益に相反しない限り、他人を慮って行動できる人だからな。それに、この前兄妹四人で外出中の時に偶然出くわしたが、随分、仲が良さそうだった)

 マグダレーナの美点を冷静に評価し、あの人が彼女のように振る舞うのは絶対にできないだろうなと考えたところで、ごく最近の出来事を思い出す。兄妹四人で賑やかに、和やかに会話している様子は、エルネストの目に微笑ましく映っていた。


「少しだけ、羨ましいかな……」

 家族団欒など求めるだけ無駄なことは、エルネストには物心ついた頃から分かりきっていることだった。



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