(30)理不尽な要求
「だからあなたの予算を、私に回しなさい!!」
(はぁ? 何が『だから』なんだ?)
唐突な要求に、エルネストは小首を傾げた。
「どういう意味でしょう?」
「ドレスの支払いが滞るから、予算を管理している者を呼び出して、あなたの予算を回すように言ったのよ! そうしたら何と言ったと思う!?」
「何と言われたのですか?」
「『エルネスト殿下のご指示がなければできません』と、面と向かって言い放ったのよ! たかが使用人の分際で、なんて無礼なの!!」
忌々しげに吐き捨てたソニアは、その時のやり取りを思い出したのか、相手に対する罵詈雑言をまくし立て始めた。エルネストはその様子を、半ば飽きれながら眺める。
(要するに、私を呼びつけた本題はこれか……。しかし『たかが使用人』と罵倒しているのが、れっきとした財務局所属の官吏のはずなのだが)
そこまで考えた彼は、その官吏に対しての苛立ちを覚えた。
(だが、誰が呼びつけられたのかは分からないが、きちんと任務を果たしてくれないかな!? この分からず屋に説明をして、そんなことは無理だと納得させるまでが職務ではないのか? 私に対応を丸投げしないで欲しいのだが。まあ、この人の相手を延々としたくはない気持ちは分かるが……)
顔も知らない官吏に対して若干腹を立てたものの、エルネストは最終的に彼に対して同情した。そんな考えを巡らせていると、思いつくだけの悪口を言い終えたらしいソニアが、甲高い声で言い放つ。
「エルネスト、聞いているの!? さっさと財務局に言って、私に予算を回すと言っていらっしゃい! あの不心得者は、あなたが指示すれば処理すると言っていたのよっ!!」
そんな理不尽な要求をされたエルネストは、平然と断りを入れた。
「お断りします」
「何ですって!? もう一度言ってみなさい!!」
「お断りすると言っています。聞こえないなら何かに書きましょうか?」
「母親を馬鹿にする気なの!?」
(真っ当な母親なら、子どもの予算をかすめ取ろうとはしないと思うがな)
事ここに至って、エルネストは面と向かって相手をするのも馬鹿馬鹿しくなってきた。しかし義務感だけでなんとか話を続ける。
「馬鹿になどしていません。母上の立場を慮ってのことです。王族が生活に使う予算は、年単位で決められています。その決められた額をどう配分してどう使うのかは、各自の力量に任せられているのです。私の予算から母上の方に融通したら、どうしてもその記録が残ります。母上は割り当てられた予算をまともに管理できないという、不名誉な肩書きを欲しておられるのですか? 側妃の方々は、そんなことはされておられない筈ですし」
落ち着き払って正論を繰り出したエルネストだったが、それで納得するソニアではなかった。
「そんなの不公平じゃない! あの女達は実家から金品を融通して貰って、派手な生活をしているのよ!?」
喚き立てた母親に、エルネストは若干皮肉を込めて提案する。
「ですから母上も、ナジェル国から融通して貰っているのではないですか。伯父上に送金の増額をお願いすれば良いでしょう」
「それができないから言っているのよっ!!」
「どうしてですか? 母上を大切に思って案じてくださっている伯父上であれば、母上がお願いすれば大抵の事は叶えてくださると思いますが?」
「…………」
(それはそうだろうな。使えない上にトラブルメーカーでしかない元王女の散財のために、送金する気にはならないだろう)
エルネストは表面上はにこやかに勧めたものの、結果は分かりきっていた。密かに辛辣なことを考えていると、悔しげに口を閉ざしたソニアが呻くように言い出す。
「もうこんな屈辱には耐えられないわ。出て行きます」
「そうですか。お気を付けて」
即座に淡々と言葉を返してきた息子に、ソニアは苛立ったように告げた。
「エルネスト。あなた、本当に分かっていないの? 私が出て行くと言っているのよ?」
「ええ、分かっておりますよ? 城を出て、ナジェル国へお戻りになるのですよね。道中お気を付けて」
素っ気なく返されたソニアは、忽ち激高した。
「この国の王妃が出て行くと言っているのよ!? こんな事が公になったら、陛下の面目が丸潰れになるのよ!?」
「ならないでしょう。我が国と強固な同盟を結びたい国は複数あります。こぞって王女を送り込んでくるでしょうし、重臣の方々も喜ぶでしょうね」
「……っ!?」
怒りで顔を赤く染めたソニアは、含み笑いで述べる息子を睨み付ける。しかしエルネストは容赦せず、そのまま話を続けた。
「ところで、出立はいつになりますか? お見送りはしますので、決まり次第教えてください」
「お黙り!!」
「それでは話が終わったようですので、これで失礼します」
「エルネスト!!」
(一応、ここまで話をきいて差し上げたのだから、これ以上付き合う必要は無いな)
本格的に精神的疲労を覚えてきたエルネストは、ここでソファーから立ち上がった。未だにソニアは喚き立てていたが、その金切り声を背中で聞きながら、エルネストは母の元から立ち去っていった。




